重量を他人と争わない。58歳のトレーニーが手放した「エゴ」― 60代で大会から消える人と、残る人の違い
1. 60代で、大会出場者が激減する
ボディメイクの大会で競技を続けている58歳です。大会に向けて、今日も体を作っています。
大会に出続けていると、肌で感じることがあります。
60代に入ると、出場者が一気に減る。50代と比べて、おおよそ3分の1ほどになる。
なぜ、これほどまでに減るのか。
答えはシンプルです。「健康の壁」です。
2. 「筋肉」は鍛え直せる。でも、「関節」は消耗品である
60代でステージを降りる人たち。その理由を整理します。
① 関節・腱のダメージの蓄積
筋肉は年齢を重ねても鍛えられます。でも、関節・軟骨・腱は「消耗品」です。50代までは気力でカバーできていた古傷や慢性的な痛みが、60代に入るとごまかしがきかなくなる。
② 内臓疲労と回復力の低下
大会に向けたストイックな減量や高タンパクな食事は、内臓に多大な負担をかけます。加齢とともに内臓の処理能力が落ち、ハードな減量期に体調を大きく崩し、ドクターストップがかかる人が増える。
③ メンタルの燃え尽き
ホルモンバランスの変化により、同じ努力をしても筋肉が反応しにくくなる。身体的な不調を抱えながら過酷な自己管理を続けることに、精神的な限界が来る。
つまり、60代でステージを降りる人たちは、「やる気がなくなった」のではなく、「体が許さなくなった」のです。
3. 左目の手術が、すべてを変えた
私自身、「健康の壁」を体験しました。
左目の緊急手術。それが、私のボディメイクへの向き合い方を根本から変えました。
手術の後、眼圧が上がる動作――息を止める、いきむ――が危険だと知りました。これは、ウエイトトレーニングで重いものを持ち上げるときに、無意識にやっている動作です。
そのとき、気づいたのです。
健康でなければ、筋肉を限界まで追い込むことも、ステージでポーズを決めることも、絶対にできない。
「健康でなければ人生面白くない」。手術を経験して、その当たり前のことが、初めて腑に落ちました。
4. 「無理をしない」は「妥協」ではない。「戦略」である
手術以降、私が意識的に変えたことが2つあります。
① いろんな意味で、無理をしないこと
② 重量を、他人と争わないこと
若い頃は、「あいつより重いものを上げる」「誰よりも激しく追い込む」という、目に見える数字や他者との比較にエネルギーを使っていました。
でも、年齢を重ねるごとに気づきました。その「エゴ」こそが最大の敵だと。
関節や腱のダメージは、一度負えば長引きます。最悪の場合、選手生命を絶ち切る。だから、「無理をしない」は「妥協」ではなく、戦い続けるための「高度な戦略」です。
これは建設現場の安全管理と同じです。「工期が遅れたから突貫で取り戻す」のではなく、「工程を組み直す」。無理に取り戻そうとする焦りが、事故を起こす。トレーニングも同じ。無理に重量を追う焦りが、体を壊す。
5. ステージに立ち続けるということ
60代に入ると、周りのライバルたちが健康上の理由で次々とステージを降りていく。
その中で、ステージに立ち続けること自体が、もう勝負である。
それは、単なる筋力の強さではありません。日々の彼底した自己管理と、「健康への深い感謝」があるからこそ、ステージに立ち続けられる。
私は来年の大会で、優勝を目指しています。でも、その前に守るべきものがある。
筋肉より先に、健康。重量より先に、関節。勝負より先に、ステージに立ち続けること。
それが、58歳の私がたどり着いた、「大人のトレーニー」の答えです。
まとめ〜この記事から得られる3つの教訓
教訓1:「エゴ」を手放せた人が、長く戦える
「あいつより重く」「誰よりも激しく」というエゴが、関節を壊し、選手生命を終わらせる。他人との比較をやめ、自分の体と対話する。
教訓2:「無理をしない」は「妥協」ではなく「戦略」
体の悲鳴を聞く力、休む勇気、重量を落とす決断。それは弱さではなく、ステージに立ち続けるための最も賢い戦略。
教訓3:「立ち続けること」が、もう勝負である
60代で周りが次々とステージを降りる中、健康を守りながら立ち続けること自体が、生き様の証明である。
