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ホームマウンテンのある暮らし

 あちらに見えますのが大阪と奈良を隔てる生駒山脈のメインマウンテン、生駒山。そうそう、山の上にずらりと電波塔が並んでいます。
 ちょうど西の空に夕陽が沈んでゆくところ。

矢田丘陵から見ゆるホームマウンテン|生駒山(標高642m)

 麓には家々が密集する市街地が広がっています。
 ですが、生駒山の中腹あたりまで埋もれるようにして人の暮らしがあるのは、この山域、そして生駒山の東端を源流とする竜田川流域の古くからの光景です。


暗越奈良街道くらがりごえならかいどう

 南北に流れる竜田川を挟む形で、やはり南北に連なる生駒山系と矢田丘陵が織りなす生駒谷では、陽が上るのも沈むのも早い。

 今の時代は星も見えづらくなってきましたが、「暗い」は昔の生駒を言い表す形容詞だったようにも感じられます。

 生駒谷の町が闇に包まれゆく時間になっても、山の向こうに広がる大阪平野では、きっとまだ西に沈みゆく夕陽を拝めることでしょう。

随分と明るくなってしまった生駒の夜景

 生駒山の山頂から南(写真左手)へと下ったところ、微かな灯りが見える窪みは暗峠くらがりとうげ、標高455.8m)と言って、奈良から大阪へ向かう古道『暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)』が通じています。

 かつて遣唐使や西国に赴任する官人が暗峠くらがり峠を越えて難波へ向かい、シルクロードを通じて日本にもたらされた宝物を運んだ道でもあります。

奈良は若草山から眺める生駒山

 生駒山は奈良公園近くの若草山からでも視認することができます。
 シンボルである山上の鉄塔群が目印。生駒山は肉眼でも探しやすいので、奈良へお越しの際はぜひ遠景にも注目してみてください。

THE 若草山の風景と奈良盆地

 ただし奈良に来ても、鹿には触らないであげてくださいね。
 彼らはれっきとした野生動物ですから。

 どうやら最近は、わざわざ若草山まで鹿せんべいを持ってきて、ここであげてしまう方をお見かけします。そのせいか、一昔前には確かに存在した「若草山エリアでの鹿と人間との距離感」は、失われてしまったように感じます。

 それこそnoteというプラットフォームが誕生した2014年ごろはまだ、奈良のこの狭いエリアの中でも、野生動物である「奈良の鹿」と人間の距離感にはコントラストがありました。
 例えば東大寺・奈良公園周辺、飛火野、若草山周辺、春日大社周辺、春日山原始林それぞれで異なる「鹿とヒトとの距離感」があったのです。

「奈良の鹿」と「ヒト」とのバウンダリー|綺世界探訪

そこは帰る場所

 さて、生駒に話を戻します。

 よそへ出かけて帰ってくる時に生駒山が見えると、「帰ってきたなぁ」と実感します。出かけた先が遠くても近くても。西からでも東からでも。もちろん南北のいずれでも。

 人それぞれに自分が住む場所のランドマークがあると思いますが、山って遠くからでも見えるものです。
 実際に家に辿り着くまでにまだしばらくかかるにしても、見慣れた山が視界に入ると毎度ホッとする。その「帰ってきたなぁ」と感じられる山を「ホームマウンテン」と呼んでいます

 恐らくこれは山の近くに住む者特有の感覚でしょうか。

 私が生まれ育ったのは生駒山の南麓、標高145m付近です。
 どこへ出かけるにも、行きは下り、帰りは上り。

 そのため行き先がたとえ生駒市内であっても、家に帰る時には必ず生駒山が視界に入ります。幼稚園、小学校、中学校は生駒で最も低い位置にある竜田川沿いにあったので、やはり帰宅時は山を見ながら歩きます

手前に見えるのが中学校

 つまり、「家に帰る」=「山に帰る」という感覚があるのです。 

 家(ホーム)みたいな感じのする山
 それをホームマウンテンと呼びたくなる。

 生駒山は私にとっては家みたいなもので、「この山で育った」という感覚がずっと消えることなく在り続けています。

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