坂の町で育つということ
自転車に跨がればどこまでも行ける。リュックに入るだけのアイテムを詰め込んで、年を重ねた今でも子供のころの郷愁に浸ることができる。
そんな大人になれてよかった。
谷間の町の日常
生駒といえば谷の地形で、おまけに急坂で名が知れた土地だ。小学校の毎年の遠足では、奈良から大阪へ向かう古道『暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)』を歩いた。
あの遠足、今の時代にもまだあるんだろうか。
自宅に帰るためには急坂を歩くか自転車で駆け上るか、谷の町で生まれ育つと坂を登ることが日常茶飯事になる。だからと言って坂を見れば歓喜するという訳ではないけれど、平野部で育った人に比べると慣れていると思う。
子供の頃に通った私塾も坂の上にあった。
登り切ったところに寺があって、まさにその横にある寺子屋的な教室に足繁く通っていた。重たい教材やらノートやらを背負い、歩くか自転車のペダルを踏み締めて登った。
谷の町で育つと、坂道はありきたりな日常の一部であり、毎日が修行である。
暗峠がサイクリストの聖地だなんて大人になってから初めて聞いた。
それもまたありきたりな話で、そういったことを語るのは大抵よその人だ。だってこの土地ではそんな斜度の坂道は、珍しくもなんともないのだから。
大人だって坂の町で遊ぶ
大人になってクロスバイクを手に入れてからは、自転車で緩く走るポタリングサークルのイベントに参加することもあった。大抵は矢田丘陵の向こうにある富雄川沿いを走るのだけど、山の上にある寺を目指すこともあった。
ポタリングなのに、なかなかハードである。
富雄から生駒方面に来る場合は、当然のように山越え谷越えルートになる。鳥見通りを上り、帝塚山を越え、生駒谷へと降りる。けれど、そもそもが集合場所である富雄へゆくために、谷越え山越えする。
おまけにあの時は生駒山の中腹にあるフィールドアスレチックを大人集団で本気で楽しんだ。地形に合わせて作られたフィールドアスレチックはそれらを巡るだけで、山を歩くことにもなる。それでまた来た道を谷越え山越えして富雄に戻ったんだっけ。
今思えば、何故あんなことができたのだろう。
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