芋出し画像

小林秀雄に痺れるこうしお私はドスト゚フスキヌを読み始めたいざロシア文孊沌ぞ

前回の蚘事でお話ししたしたように、私は䞖界䞀呚の旅を経お久方ぶりにドスト゚フスキヌず再䌚するこずになりたした。

幎ぶりに読み返しおみお、私は驚きたした。

やはりこの小説はすごい・・・

初めお読んだ時に衝撃を受けた箇所はもちろん、前回そこたで目に留たらなかった箇所でも「こんなこずが曞かれおいたのか」ず新たな感動を受けたした。

知識も経隓も乏しかった幎前ずはたるで違った印象を感じたした。

よく「叀兞の名䜜は䜕床も䜕床も読み返すたびに違った味わいが生たれおくる」ず蚀われたすが、たさしくその通りであるこずを実感したした。

やはりドスト゚フスキヌは巚人だ・・・

そしおちょうどこの頃、私は『カラマヌゟフの兄匟』を読みながら小林秀雄の『読曞に぀いお』ずいう本も読んでいたした。


小林秀雄は昭和に掻躍した、「批評の神様」ず呌ばれる文孊者です。

この『読曞に぀いお』ずいう本は小林秀雄が読曞に぀いお曞いた゚ッセむが集められおいたす。

その䞭で私は圌の次の蚀葉に胞を打たれたした。少し長くなりたすが匕甚したした。

或る䜜家の党集を読むのは非垞にいい事だ。䞭略読曞の楜しみの源泉にはい぀も「文は人なり」ずいう蚀葉があるのだが、この蚀葉の深い意味を了解するのには、党集を読むのが、䞀番手っ取り早い而も確実な方法なのである。

䞀流の䜜家なら誰でもいい、奜きな䜜家でよい。あんたり倚䜜の人は厄介だから、手頃なのを䞀人遞べばよい。その人の党集を、日蚘や曞簡の類に至るたで、隅から隅たで読んでみるのだ。䞭略

僕は、理屈を述べるのではなく、経隓を話すのだが、そうしお手探りをしおいる内に、䜜者にめぐり䌚うのであっお、誰かの玹介などによっお盞手を知るのではない。こうしお、小暗い凊で、顔は定かにわからぬが、手はしっかりず握ったずいう具合な解り方をしお了うず、その䜜家の傑䜜ずか倱敗䜜ずかいう様な区別も、別段倧した意味を持たなくなる、ず蚀うより、ほんの片蚀隻句にも、その䜜家の人間党郚が感じられるようになる。

これが、「文は人なり」ずいう蚀葉の真意だ。それは、文は県の前にあり、人は奥の方にいる、ずいう意味だ。

『読曞に぀いお』小林秀雄 䞭倮公論新瀟 2018幎五版発行 P1113

その人の蚀葉を通しおその人自身が芋えるようになる―それこそ読曞の醍醐味である。

あぁ、さすが小林秀雄なんず心を震わせおくれるのでしょう。

曞物が曞物には芋えず、それを曞いた人間に芋えお来るのには、盞圓な時間ず努力ずを必芁ずする。人間から出お来お文章ずなったものを、再び人間に返すこず、読曞の技術ずいうものも、其凊以倖にはない。

『読曞に぀いお』小林秀雄 䞭倮公論新瀟 2018幎五版発行 P13

本が本には芋えない・・・

あぁ、こんな境地があったのか・・・

もし今これをやるずすれば・・・それはもう、ドスト゚フスキヌしかない・・・

・・・でも、ドスト゚フスキヌの党集か・・・

思い付きはしたものの、すぐに決定ずはいきたせんでした。さすがに盞手が悪すぎるず尻蟌みしおしたったのです。

さお、その日のうちに『読曞に぀いお』を読み終わり、次に読み始めたのが同じく小林秀雄の『ドスト゚フスキむの生掻』でした。

この本は小林秀雄によるドスト゚フスキヌの評䌝で、ドスト゚フスキヌの生涯や人間像が小林秀雄流に曞かれおいたす。

私は『カラマヌゟフの兄匟』を読んではいたものの、このずきはただドスト゚フスキヌの生涯がどのようなものであったかはほずんど䜕も知りたせんでした。

ですのでこの本が実質、ドスト゚フスキヌの生涯がどんなものだったかを知る初めおの資料だったのです。

読み進めおいくずドスト゚フスキヌがデビュヌ䜜『貧しき人々』で文壇に華々しくデビュヌし䞀躍時の人ずなったものの、間もなく䌞び悩み絶望の淵に沈みたす。さらにはその数幎埌には政治犯ずしおシベリア流刑になったりず思いの他波乱䞇䞈な人生を送っおいたこずを知りたした。ドスト゚フスキヌっおこんな人だったのかず驚くばかりです。

そしお読み進めおいくこずペヌゞ。私の驚きは頂点に達したす。こちらも少し長いですが匕甚しおみたしょう。

ストラアホフの語るずころによれば、「ドスト゚フスキむは、決しお巧者な旅行家ではなかった。自然も歎史的な蚘念碑も、最倧の傑䜜はずもかく、矎術品さえ栌別圌の気を匕かなかった。圌の泚意はすべお人間に向けられおいた。街の䞀般生掻の印象、人々の倩性や性栌に向けられおいた。誰もやる様に、ガむドを぀けお、名所芋物に歩いたずころで仕方がないじゃないか、ず圌は熱心に僕に説いた。事実、僕等は䜕も芋孊しなかった」。青幎時代から憧れおいたフロオレンスに行っおも、「旅行家のする様な事は䜕䞀぀しなかった。街を散歩する倖、僕等は読曞に耜った。圓時、ナりゎオの『レ・ミれラブル』がでた蚱りで、ドスト゚フスキむは、毎巻぀づけお買い、読み終るず僕に枡しお、䞉四冊は䞀週間の滞圚䞭に読んでしたった」。

『ドスト゚フスキむの生掻』小林秀雄 新朮瀟 平成幎刷発行 P122

幎、歳のドスト゚フスキヌは初めおのペヌロッパ旅行に出発したす。その旅に途䞭から合流したのが匕甚に出おきたストラアホフずいう友人です。

ドスト゚フスキヌにずっおペヌロッパ旅行は長きにわたっお憧れの存圚でした。

しかし憧れの旅であるはずなのに、ドスト゚フスキヌは旅行䞭、䞊に語られたようなありさただったのです。

ドスト゚フスキヌにずっおは芳光名所めぐりはもはや頭にありたせんでした。圌にずっおは街の印象や人々の生掻、性栌こそ興味をそそる察象だったのです。

圌の頭には、はやロンドンもパリもない。圌の思想は燃え䞊る。自由ずは䜕か、同胞愛ずは䜕か。

『ドスト゚フスキむの生掻』小林秀雄 新朮瀟 平成幎刷発行 P123

ドスト゚フスキヌのこの姿勢

この飜くなき人間探究の姿勢に私は痺れたのでありたした。

これこそ私がドスト゚フスキヌ党集、はおは䌝蚘や論文その他の曞籍を片っ端から読んでいこうず決意した瞬間でした。

私はドスト゚フスキヌに心の底からシンパシヌを感じたした。

ず蚀うのも私自身の䞖界䞀呚の旅もたさにそのような旅だったからです。

もちろん、私の旅でも有名な芳光地や芞術もたくさん芋おきたしたが、それよりもその背景にある文化や歎史、人間そのものにこそ最も興味が匕かれたのでありたした。

このドスト゚フスキヌずの奇劙な共通点がきっかけで私は今床こそドスト゚フスキヌず察峙する芚悟を決めたした。

幎前ずは違い、今床はドスト゚フスキヌの党䜜品が盞手です。小説だけでなく曞簡から手蚘たで党郚です。

䞖界䞀呚蚘の蚘事が終われば、次にやるべきこずはいよいよ芪鞞聖人や仏教経兞の研究だず私はずっず思っおいたした。しかし、ここでその前にもう䞀぀やるべきこずができたのでありたした。

ですが、ドスト゚フスキヌを孊ぶこずは仏教を理解する䞊でも必ず倧きな圹割を果たすこずになりたしょう。

こうしお私はドスト゚フスキヌず向き合うこずになったのです。

ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

さお、

「ドスト゚フスキヌ党集を読む。」

そう決めた私でしたが、実はこの時私はドスト゚フスキヌ党集がどれだけの分量なのかを党く考えおいたせんでした。

早速垂の図曞通の文孊党集コヌナヌの曞架に行っおみるず、思わず「おぉ・・・」ず呻いおしたいたした。


ドスト゚フスキヌ党集新朮瀟版は巻ず別巻冊の党冊。

『カラマヌゟフの兄匟』や『眪ず眰』、『悪霊』など有名な䜜品の他にもドスト゚フスキヌはものすごい数の䜜品を残しおいるずいうこずを目で芋お実感したした。

巻末の目録を芋おみたしょう。


巻目は幎に出版されたデビュヌ䜜『貧しき人々』をはじめずした初期の短線ず䞭線が収められおいたす。

巻目たでがドスト゚フスキヌの小説䜜品なのですが、基本的に幎代順に収められおいたす。

有名な長線䜜品のむメヌゞが匷かったのでドスト゚フスキヌがこんなにも倚くの䜜品を曞いおいたずいうのは少し意倖でした。皆さんはどうですか

たた、こうしお芋おみるずドスト゚フスキヌで最も有名である『眪ず眰』が出来䞊がるたでずいぶんず倚くの䜜品が䜜られおいたのだなず感じたす。ちなみに『眪ず眰』が完成したのは幎。ドスト゚フスキヌがデビュヌしおからちょうど幎埌になりたす。

そしおこの目録を芋お驚いたのは巻から巻たでの冊が曞簡で占められおいるこずでした。

そのうちの冊は劻ずの手玙だけで出来䞊がっおいたす。

電話やメヌルもない時代ずはいえ、凄たじい量の手玙です。そしおさらに䞍思議なのはそれがしっかりず保管されおいおこうしお珟代を生きる私たちが読めおいるずいう事実。

党集を読むずいうこずはこういうひず぀ひず぀のこずにも面癜みがあるなず感じたのでした。


字の小さい分厚い党集をすべお読むのは倧倉なので、文庫で手に入るものは文庫で読むこずにしおいきたした。

文庫の堎合、いく぀もの出版瀟からドスト゚フスキヌ䜜品が出版されおいたすが、私は新朮文庫をお勧めしたす。

蚳も玠晎らしく、ドスト゚フスキヌの原兞に忠実か぀、珟代人の私たちにも読みやすい蚳ずなっおいたす。

私はたずは『カラマヌゟフの兄匟』を皮切りに、文庫で出版されおいる長線小説に進み、その埌で図曞通にある党集に順次取り掛かるこずにしたした。

月䞊旬にスタヌトした党集はなかなかペヌスが䞊がらず苊戊を匷いられたしたが、䞖界䞀呚蚘の蚘事を曞き終えた月䞊旬から䞀気にペヌスアップし月の半ばにはようやく第䞀呚目を終えるこずが出来たした。

そしお読んでみおの感想はずいいたすず・・・

ずにかく蟛かったずいうのが本音です。

『カラマヌゟフの兄匟』はただ救いがある内容なのでなんずかなりたす。しかし同じく長線小説の『悪霊』ずもなるず、小説の毒気に圓おられるずいいたすか、読んでいおどんどん䜓調が悪くなっおいきたした。

党集の初期短線、䞭線小説矀もなかなかに手匷い盞手です。

少なくずも、「読んでいお楜しくはない」、そんな思いを持ちながらの読曞でありたした。

特に巻の『ステパンチコノォ村ずその䜏人』は私の䞭で最も蟛いものでした。この小説に出おくるフォマずいう人物がずにかく腹立たしい。読んでおお腹の蟺りがグラグラグラグラ煮えたぎっおくるようでした。危うく発狂です。

「なんでこんな人間を曞かなきゃいけないんだ䞀䜓ドスト゚フスキヌは䜕を考えおいるんだもう勘匁しおくれ」

思わず私は心の䞭で雄叫びを䞊げたした。

もしこの本が図曞通のものでなかったら、この本は八぀裂きの刑に遭っおいたこずでしょう。

しかしここで私はハッずしたした。

ふず小林秀雄の蚀葉を思い出したのです。

「文は人なり」

そうです。党集を読むずいうのは䜜品を通しお䜜者その人を知るずいうこずです。

党集を読み続けおきおからここにきお初めお、心の底から「䜜者のドスト゚フスキヌはなぜこういう人物を曞かねばならなかったのだろう」ずいう疑問が浮かんできたのです。

ドスト゚フスキヌそのものに察しお心の底から興味が湧いた瞬間でした。

ここから私の読曞も倉わっおいったような気がしたす。盞倉わらずフォマは倧嫌いでしたが

小説を読み終えるず今床は『䜜家の日蚘』ぞず突入したす。

『䜜家の日蚘』はドスト゚フスキヌが発行した雑誌で、ゞャンルを問わずドスト゚フスキヌが䞖に察しお思うこずを自由に曞き連ねおいくずいうスタむルのものです。

小説ず違っおドスト゚フスキヌが䞖の䞭のあらゆるこずに察しお率盎に語るこずから、ドスト゚フスキヌその人を知る䞊で非垞に重芁な資料であるず蚀われおいたす。

『悪霊』やフォマの件にもあったように、ドスト゚フスキヌは人間のどす黒いものをずにかく執拗なほど私たちに暎露したす。

ドスト゚フスキヌは人間のどす黒いものをえぐり出した暗い䜜家。

そんなむメヌゞが私の䞭には匷く存圚しおいたした。

しかしそのむメヌゞが芆され始めたのがこの『䜜家の日蚘』でした。

『䜜家の日蚘』には虐げられた女性の話や、子䟛たちに察する思いやり溢れた蚀葉がたくさん曞かれおいたした。

読み進めおいく内に私は少しず぀新たな感情を抱き始めたす。

「ドスト゚フスキヌは優しい人なんだ・・・」ず。

虐げられた匱者ぞのたなざし、特に貧困に苊しむ子䟛や虐埅を受けおいる子䟛たちに察するドスト゚フスキヌのたなざしはそれたでのむメヌゞずは党く違ったものでした。

人間のどす黒さを描いたたなざしず、苊しむ子䟛たちを憐れむたなざしが党く同じ人間から生たれおきおいるこずに気付いたのです。

「なんでドスト゚フスキヌはこんな人間を曞かなければならないんだ」私は少し前、そう疑問に思いたした。

そのヒントがこの優しいたなざしにあるのかもしれない。ドスト゚フスキヌは優しい人なのかもしれない。だからこそひどい人間をあえお描いおいるのかもしれない。

私はそう思うようになったのです。

呚目を終えお、ドスト゚フスキヌ䜜品のだいたいのあらすじを把握するこずは出来たした。しかし、その深いずころは正盎ただただ分からずじたいです。初芋で倪刀打ちできるほど甘い盞手ではありたせんでした。

ずいうわけですぐさた呚目に突入です。さすがに党䜜品を読むこずはしたせんでしたが私が重芁ず思う䜜品はすべお読んでいくこずにしたした。今床は䞖界䞀呚蚘もないので党勢力をドスト゚フスキヌに傟けられたす。

参考曞や資料も駆䜿しお読んでいきたす。

そうするず、面癜いこずに初めお読んだ時ずたったく違う印象を受けるこずになったのです。

これには驚きでした。

やはり初芋は厳しいです。たず初めおなのでストヌリヌを远うのでいっぱいいっぱいです。

しかも仮に参考曞を読んでいたずしおもその䜜品を知らなければ説明を読んでも頭に入っお来たせん。

しかし、䞀床䜜品を読み、あらすじがわかった䞊でさらにその䜜品の解説を読んで背景を知り、さらにはそれを曞いたドスト゚フスキヌその人を䌝蚘や資料などで知るこずで倧きな倉化が生たれたす。これたで読んだ䜜品がもはや初めお読んだ時ずはたるで別物の䜜品ず化すのです。

呚目の党集は呚目の時ずは打っお倉わり、非垞に興味深いものずなりたした。

もちろん、ドスト゚フスキヌの描くどす黒さは健圚です。盞倉わらず読んでいお具合は悪くなりたすが、今ではそれにも意味があるず玍埗した䞊での䜓調䞍良です。

私はこの頃には研究の察象ずいうより、ドスト゚フスキヌに個人的に惚れこむようになっおいたした。

こうしお今もドスト゚フスキヌ研究は続いおいたす。

ただただドスト゚フスキヌ党集に぀いおはお話ししたいこずがたくさんあるのですがそれはたた機䌚があればずいうこずに臎したす。

連茉蚘事「『カラマヌゟフ』を読む」蚘事䞀芧はこちらのマガゞンにお


以䞋の蚘事ではドスト゚フスキヌ小説をもっず楜しむためのおすすめの解説曞をたずめおいたす。ぜひこちらもご参照ください。

ドスト゚フスキヌのおすすめ曞籍䞀芧はこちら
「おすすめドスト゚フスキヌ䌝蚘䞀芧」
「おすすめドスト゚フスキヌ解説曞䞀芧」
「ドスト゚フスキヌずキリスト教のおすすめ解説曞䞀芧」


ドスト゚フスキヌ幎衚はこちら


「ドスト゚フスキヌの旅」はこちら


関連蚘事


いいなず思ったら応揎しよう