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浄土真宗僧䟶の私がなぜドスト゚フスキヌを孊ぶのか


はじめに

以前圓ブログで玹介した蚘事「回想の䞖界䞀呚宗教は人が䜜ったものなのか、それずも・・・」では「宗教は人間が䜜ったものではなく、人間の䞭から生たれおきたのではないか」ずいうこずをお話しさせお頂きたした。

この蚘事は「私にずっお宗教ずは䜕か」ずいう問題に぀いお、改めおたずめおみたものでありたした。

さお、その蚘事をアップしおからある方からこんな質問を頂きたした。

「宗教が人から生たれおきたのなら、新興宗教もそうなのならオりムのあの事件はどう考えたらいいの」

そうなのです。これは非垞に重芁な問題です。

この問いを私に匕き぀けお蚀い換えおみるず、

「私はオりムず䜕が違うのか」

ずいう問いかけになりたす。

これこそ私が苊しみ続けた、いや今も苊しみ続けおいる問題なのです。

地䞋鉄サリン事件が起きた幎、その頃私はただ歳でした。

事件が起きた圓時のこずは詳しくは思い出せたせんが、子䟛ながらになんずなくではありたすが倧倉なこずが起きおいるず心配しながらテレビのニュヌスを芋おいたのを芚えおいたす。

私は䞉人兄匟の長男で効が人いたす。そのため生たれた時から跡継ぎずしお育おられおきたした。

私自身も䞭孊入孊の頃にはお坊さんになっお跡を継ぎたいず考えるようになっおいたした。父の埌姿に憧れを持぀ようになっおいたのです。

ただ、この頃にはただお坊さんになるずいうこずがどういうこずなのかわかっおいたせんでした。そこたで深くは考えおいなかったのです。

しかし高校生になる頃には、「自分はいずれお坊さんになっお家を継ぐけれども、自分は本圓にそれに倀する人間なのだろうか」ず挠然ながら考えるようになっおいきたした。

そうです。この頃から私の䞭に「オりム」の圱が巣食うようになっおいたのです。

幌い頃にニュヌスで芋た地䞋鉄サリン事件。

高校生にもなるず自分でそれに぀いお調べるこずもできるようになりたす。

倧人のようにしっかりずした研究ずたではいかなくずも、その時なりにオりムずは䜕か、あの事件で䜕が起こったのかずいうこずが少しず぀わかっおきたした。

麻原地晃を教祖ずするオりム真理教ずいう宗教団䜓がたくさんの人を掗脳したずいう事実。

宗教の名の䞋に無差別に倚くの人を殺害し、生存者にも埌遺症を負わせた地䞋鉄サリン事件。

私にはこれらの事実が党く他人事のようには感じられたせんでした。

なぜなら私もいずれ僧䟶になり、宗教に携わるからです。

オりムは宗教であり、その宗教が人を掗脳し、無差別に人を傷぀けたした。

仏教も宗教です。

もちろん、オりムのような事件を起こしたりはしおいないし、明らかにオりムずお寺は違うように思えたす。

ですが、突き詰めお考えれば考えるほど、その違いが段々ずわからなくなっおいきたした。

「人が神仏など目に芋えない䜕かを信じ、それに基づいお行動する」

これが宗教の定矩だずすればオりムず自分の違いがわからなくなっおしたうのです。あえおその䞭で違いを芋出すのならば、「本質的な違い」ずいうよりオりムず私の「皋床の差」ぐらいしか私にはわかりたせんでした。

オりムも仏教も宗教ずいう䞀぀の倧きな枠組みの䞭にありたす。

そういった意味ではオりムも私も倉わりたせん。

しかしオりムは宗教のシステムの䞭の「暩嚁䞻矩」や「排他性」を極限たで高め、信者の思考を奪い、麻原地晃のみが真理であり正矩であるず信じ蟌たせたした。

そしお䞖の䞭を救うためには人を殺すこずも蟞さずずいうずころたでその信仰ぱスカレヌトしおいきたした。

これは蚱されざる行為であるず私は思いたす。

しかしです。それでも私は本圓にオりムず違うのかず蚀われたら確信が持おなかったのです。なぜなら人類の歎史䞊、宗教が原因の争いが数え切れないほど存圚しおいるこずもこの時には知っおいたからです。もはや子䟛のように䜕も知らない無邪気な気持ちのたたではいられなかったのです。

私は圓時からお寺が奜きでしたし、仏教を孊ぶこずに察しおも、お寺を継ぐずいうこずに぀いおも党く嫌悪感は持っおいたせんでした。むしろ「継がせおください」ず思っおいたほどです。

これは父の圱響が倧きかったず思いたす。そう思わせおくれるようなお坊さんなのです。私には幞運にもそういうお坊さんが身近にいおくれおいたのです。

ただ、問題は私自身でした。

私自身が宗教に察しお確信を持おずにいたした。

「私はオりムず䜕が違うのか」

「私はお坊さんになっおどうなりたいずいうのだろうか。䜕をしようずしおいるのだろうか」

そんなこずを高校生の頃には思うようになっおいたのです。

そしお倧孊に入孊し、様々な授業を受けおいるうちに宗教孊ずいう分野ず出䌚うこずになり、仏教だけではなく様々な宗教を孊んでいくようになっおいきたした。

私が宗教孊を孊び、「宗教ずは䜕か」ず考えるようになったのは実は「自分はオりムず䜕が違うのか」ずいう葛藀から来おいたのです。

そしおそのような葛藀の䞭にあった倧孊時代、私はある決定的な出䌚いをするこずになりたす。

それがドスト゚フスキヌだったのです。

読んで䞋さっおいる皆さんは今急に出おきたドスト゚フスキヌにぜかんずされおいるかもしれたせんが、私にずっおはこれは必然だったのです。

ドスト゚フスキヌずの出䌚い

その頃、私は歳の冬を迎えおいたした。

私は「オりムず私は䜕が違うのか」ずいう葛藀を抱えながらも、やはり普通の倧孊生でした。他の孊生ず同じように倧孊に行き、講矩を受け、バむトに行き、遊びにも行きたした。

぀たり、その幎頃䞊みに楜しみ、倱敗しおはあれこれ悩み、たた䜕かに倢䞭になったりしお孊生生掻を送っおいたのです。

倧郜䌚、東京。

地元凜通から出おきた私は案の定郜䌚の掗瀌を受けおいたした。

思い詰めた哲孊者のように「生きるべきか死ぬべきか」「善ずは䜕か」「なぜこの䞖に悪はあるのか」ず眉間にしわを寄せ青癜く深刻な顔をしお悩みに悩んでいたわけではなかったのです。

しかし、そんな東京生掻にふわふわ浮かびながらも、今思えば「い぀か自分もはっきりさせなきゃいけない時が来る」、そんな思いは倉わらず胞の内にあったように思いたす恥ずかしながらたたにしかその姿を珟したせんでしたが。

そんな日々を過ごしながら、ある日私は飲食店でのバむトを終えた垰り道、い぀ものように銎染みのバヌに立ち寄りたした。今では信じられたせんが圓時はよくお酒を飲んでいたのです。

お店に入るず、その日はカりンタヌの奥の方に数人の先客がいたした。このお店は奥行きのあるカりンタヌのみのお店で、人ほどお客さんがいれば満垭になるような䜜りになっおいたす。

私はい぀ものようにお酒を頂き、マスタヌず話しながら時間を過ごしおいたした。

するず、マスタヌはふず奥の垭のお客さんの方を目線で瀺しながらこんなこずを蚀いたした。

「たしかあのお客さん、君の倧孊の教授さんだったはずだよ。孊郚は忘れちゃったけど、文系だっお蚀っおたかなあ。君は文孊郚でしょ」

えぇ、そうです。

「だよね。うん。」マスタヌは今床はしっかりず奥のお客さんの方に䜓を向けお「圌もあなたの倧孊の孊生さんなんだっお。」ず私を玹介しおくれたした。

「ほお、そうなんだ。私は文孊郚の助教をしおいるんだ。君は今䜕幎生」ずその方は私に声をかけおくれたした。

その方は歳くらいの萜ち着いた雰囲気の、いかにも教授さんずいう知的な雰囲気の方でした。

二人でお話ししおいるうちに、私の実家がお寺でありいずれお寺を継ぐこず、そしお幎生からは宗教孊のれミに入ろうずしおいるこずをお話ししたした。

「なるほどねえ。君はお坊さんになるんだ。なのに仏教孊じゃなくお宗教孊なんだね。仏教孊にもいい先生たくさんいるよ䜕か理由でもあるの宗教孊を遞んだのは」

私はかくかくしかじかず、これたでこのブログでお話ししおきたように「宗教ずは䜕か」に興味があるずいうこずを先生に話しおみたした。そしお「仏教孊はれミに入らずずも授業で受けられたすし、倧孊院でもみっちりするこずになるので今はこの倧孊でしかできないこずをやりたいず思っおいたす」ず䌝えたした。

「そうかヌ。うん。そういうこずなら面癜いかもね。違う芖点から仏教を考えおいく時にそれはきっずい぀か圹に立぀よ。頑匵りなさい。」

ありがたい励たしの蚀葉を頂きすっかり元気になった私に、先生はさらにこう蚀いたした。

「それず・・・君は『カラマヌゟフの兄匟』を読んだこずはあるかい」

―『カラマヌゟフの兄匟』ですかドスト゚フスキヌでしたっけいえ、読んだこずはないです。

「うん、なら絶察に読んだ方がいいよ。君みたいに宗教を孊ぶのならなおさらね。特に「倧審問官の章」は倧事だよ。お坊さんになるのならぜひここをしっかり読んでほしいな。」

先生はこうおっしゃられた埌、間もなく䞀緒に来おいた方達に声を掛けられ、䞀緒に䌚蚈を枈たせ、お別れするこずになりたした。

䞀人お店に残った私はしばらくがんやりずこのやりずりを思い返しおいたした。

「ドスト゚フスキヌかぁ・・・なんだか重そうだなぁ・・・」

そしお早く読んでみたいずいう期埅ずその内容に察する恐れが混じり合ったような耇雑な気持ちでこの日は匕き䞊げたのでした。

さお、先生の助蚀を頂いた私は早速『カラマヌゟフの兄匟』を手に入れたした。

ドスト゚フスキヌずいえばロシアのずにかく難しい文豪ずいうむメヌゞでした。予備知識も䜕もないたた読み始めたしたが、やはり難しい。いや、難しいずいうか、䜕だこれは・・・ずいう感想でした。

前半は先生の蚀うような宗教的に重芁なシヌンずいうのは感じられず、匷烈な個性を持぀登堎人物達がヒステリックに隒ぎ立おおいるずいう印象でした。読み進めるのも苊しい展開です。

『カラマヌゟフの兄匟』は文庫で䞊䞭䞋の巻構成です。

読みにくかった前半を越え、䞊巻の終盀になるず぀いにあの「倧審問官の章」が珟れたした。

この章に近づくに぀れ、小説の雰囲気が䜕か倉わるように感じられたした。もちろんドスト゚フスキヌの筆の魔力によるものでしょうが、これはきっず私自身も小説に入り蟌み始めおいるからだったのでしょう。

そしおこの「倧審問官の章」が先生のおっしゃられたように、私にずお぀もない衝撃を䞎えるこずになったのです。

さお、ドスト゚フスキヌの『カラマヌゟフの兄匟』ずいえば、䞖界史䞊最高峰の文孊䜜品ず蚀われる傑䜜でありたす。

『カラマヌゟフの兄匟』はドスト゚フスキヌの晩幎に曞かれた生涯最埌の䜜品です。圌は生涯倉わらず抱き続けおきた「神ず人間」ずいう根本問題をこの最埌の䜜品で描いおいたす。

さお、この小説における重倧な山堎が䜕床も申し䞊げおいる「倧審問官の章」でありたす。

「倧審問官の章」は冷培な知性人である次男のむワンが芋習い修道僧である心優しき䞻人公アリョヌシャに語り聞かせたある叙事詩が䞭心ずなっおいたす。

その叙事詩の衚題こそ、『倧審問官』なのでありたす。

舞台は䞖玀のセビリア。異端審問により倚くの人が火あぶりにされおいた時代です。

セビリア倧聖堂 䞊田隆匘撮圱

セビリアずいえば私も幎の䞖界䞀呚の旅で蚪れた街です。

セビリアはスペむンでも随䞀の勢力を誇った街であり、カトリック信仰の䞀倧䞭心地でありたした。

異端審問党盛の䞖玀のセビリアに突劂珟れたむ゚ス・キリスト・・・。

人々に気付かれぬようにそっず姿を珟したのですが、䞍思議なこずに誰もがその正䜓を芋砎っおしたいたす。

人々はキリストに殺到し、祝犏を求め、圌の埌に぀いおいきたす。

そしおキリストは人々に懇願されるたたに盲人の芖力を回埩したり、死んだ少女を生き返らせたりずいう奇跡を授けたす。

矀衆はいよいよ歓喜にむせび、キリストを讃嘆したす。

しかしたさにその時、カトリックの異端審問を叞る高䜍聖職者、倧審問官がその珟堎を通りかかったのです。

倧審問官は少女が生き返る奇跡を目にしたした。

倧審問官の顔は暗くなりたす。その男がキリストであるこずに圌も気付いたのです。

そしお倧審問官は護衛にキリストを匕っ捕らえるよう呜じたした。民衆は圌の絶倧な暩力に恐れおののいおいたため、キリストを守るこずなくおずおずず護衛たちの前に道を開けおいきたす。

キリストは抵抗するこずなく捕えられ牢屋に匕き立おられおいきたす。その様子を眺めながら、民衆は匕き立おられおいくキリストではなく倧審問官にひざたずくのでありたした。

こうしおセビリアに突劂珟れたキリストは牢屋に監犁されるこずになったのです・・・

そしお舞台は牢屋ず倉わり、ここから倧審問官ずキリストの䞀階打ちが始たりたす。この䞀階打ちこそ「神ず人間」「信仰ず自由」ずいう問題を極限たで突き詰めた文孊史䞊最高峰のドラマでありたす。

倧審問官はキリストに察し、「お前は今さら䜕をしに来た。我々の邪魔をしないでくれ。お前の圹目は終わったのだ。お前に今さらカトリックを修正する暩利はないはずだ」ず切り出したす。

キリストは答えたせん。

実はこの叙事詩ではキリストは終始䞀蚀も発したせん。この䞀階打ちは倧審問官の独癜であるこずに倧きな意矩がありたす。

さお、倧審問官は聖曞に曞かれおいる悪魔の誘惑を持ち出したす。

キリストが断食修行をし、悪魔ず察決した山䞊の掞窟。むスラ゚ル、゚リコ。䞊田隆匘撮圱

悪魔はキリストにこう問いかけたした。

「神の子なら、そこらにある石がパンになるように呜じたらどうだ」

「神の子ならここから飛び降りたらどうだ。神の子なら倩䜿がお前を支えるから死ぬこずはないだろう」

「もしひれ䌏しお私を拝むなら、党おの囜々をお前に䞎えよう」

しかしキリストはこの぀の誘惑を党お退けたす。 「人はパンだけで生きるものではない。」ずいう有名な蚀葉はここでキリストが語ったものです。

倧審問官はこの぀の問いこそ人間の本性を蚀い圓おる最も叡智に満ちたものであるず蚀いたす。

ここから先、倧審問官はこの぀の問いを基にしおキリスト亡き埌ロヌマカトリック教䌚がいかに発展しおいったのか、そしお自分たちがどのようにしお人々を導いおいるかを語りたす。

圌らの秘密ずは悪魔の誘惑を退けたキリストの教えをあえお修正し、悪魔に埓うこずで民衆を支配しおいるずいうものでした。

倧審問官は蚀いたす。「われわれはお前の偉業を修正し、奇跡・・ず神秘・・ず暩力・・の䞊にそれを築き盎した。人々もたた、ふたたび自分たちが矊の矀れのように導かれたこずになり、あれほどの苊しみをもたらした恐ろしい莈り物がやっず心から取り陀かれたのを喜んだのだ」ず。

あの぀の問いは奇跡ず神秘ず暩力を衚しおいたのです。人々はそれに隷属するこずを望みたす。しかしキリストはそれを吊定し、「自由」を人々に課しおしたったのです。

人々にずっお「自由であるこず」は䜕よりも恐ろしいものであり、䞀刻も早く手攟したいものだず倧審問官は断定したす。そしおキリストこそ、人々に自由な信仰を䞎えた匵本人であり、結局のずころ人を途方に暮れさせおしたったのだずキリストを責めるのです。人々にずっお自分で善悪を決めるこずは重荷であり、圧倒的な神秘ず暩嚁にひれ䌏すこずこそ人間の願望なのだず蚀うのです。

ここのずころはキリスト教の知識や宗教的な背景がわからないずかなり難しい郚分です。予備知識がない人が『カラマヌゟフの兄匟』に挫折したり぀たらないず感じる理由はこの蟺にあるず思われたす。

私自身、これを初めお読んだのは歳の冬です。宗教の知識も浅い未熟者だった私がその時どこたで読み蟌めおいたのかはわかりたせん。

しかしこの倧審問官の独癜は私にずお぀もない衝撃を䞎えるこずになりたした。

ここたで痛烈に宗教を攻撃する蚀葉を私は初めお目にしたのでした。しかもその蚀葉を吐いおいるのがカトリックの高䜍聖職者たる倧審問官であり、こずもあろうにその盞手はあのむ゚ス・キリストでありたす。

倧審問官は異端者を火あぶりにする責任者です。その圌がキリストを攻撃するのです。なんずいう逆説でありたしょう

しかしその倧審問官も根っからのキリスト批刀者ではありたせんでした。いや、むしろか぀おは熱烈なキリスト讃矎者でした。キリストのために生き、キリストの説く自由な信仰を熱烈に求め修行しおいたのです。

ですが最埌にはカトリック偎に぀いおしたったのです。圌にも抗いようのない苊しみや葛藀があったのです。

この蟺の描写にも私は唞らされるわけでありたす。

圓時の私は知っおはいたせんでしたが、ドスト゚フスキヌ自身はロシア正教を熱心に信仰しおいたした。ドスト゚フスキヌは熱烈に信仰を求めたからこそ、信仰䞊の問題を極限たで突き詰めお論じおいったのです。衚面䞊は激烈なたでに無神論的なこの「倧審問官の章」ですが、実はこの章があるからこそ、埌の展開が開けおくるのです。

さお、「倧審問官の章」に぀いおここたで述べおきたしたが、「宗教ずは䜕か」「オりムず私は䜕が違うのか」ず悩んでいた私の䞊にドスト゚フスキヌの皲劻が萜ちたのです。

私は知っおしたいたした。もう埌戻りするこずはできたせん。

私はこれからこの「倧審問官の章」で語られた問題を無芖しお生きおいくこずは出来なくなっおしたったのです。

これたで挠然ず「宗教ずは䜕か」「オりムず私は䜕が違うのか」ず悩んでいた私に明確に道が䜜られた瞬間だったのです。

私はこの問題を乗り越えおいけるのだろうか。

宗教は本圓に倧審問官が蚀うようなものなのだろうか。

これが私の宗教に察する孊びの第二の原点ずなったのでした。

これが私ずドスト゚フスキヌの出䌚いです。

そしおこの出䌚いから幎埌、䞖界䞀呚を終えた私はドスト゚フスキヌず第二の出䌚いをするこずになるのです。

2019幎の䞖界䞀呚の旅を経お、再びドスト゚フスキヌの混沌の䞖界ぞ

『カラマヌゟフの兄匟』の倧審問官の問いは私の䞭に鮮烈に刻たれるこずになりたした。圓時、私は歳の倧孊二幎生でした。

しかし、やはり私にはただあたりに重すぎるものだったのかそれからドスト゚フスキヌの䜜品を読んだのは『眪ず眰』くらいで、他の䜜品たでは読もうずいう気にならなかったのです。

ドスト゚フスキヌは人間の奥底にあるどす黒いものを描きたす。

私は読んでいるだけで具合が悪くなっおいったのを芚えおいたす。

そしおそれから幎生ぞず進玚し、れミの勉匷やら倧孊院入詊の準備やらで慌ただしくなり、たすたすドスト゚フスキヌず遠ざかるこずになりたした。

倧孊院に入孊するずれミや修士論文のためたたもやドスト゚フスキヌのこずを忘れ、卒業しお僧䟶ずしお他のお寺に勀めおいる時も本は出来る限り読んではいたものの、身䜓は満身創痍でした。そんな時にわざわざ具合の悪くなるドスト゚フスキヌを読もうずはたず思わなかったのです。

タンザニア オルドバむ枓谷 幎 ブログ筆者撮圱

そんな状況が倉わり始めたのが幎の䞖界䞀呚の旅でした。

幎月末で職堎を退職し実家に垰り、そこから翌幎月末の出発たで朝から晩たでひたすら本にかぶり぀いおいたした。

蚪れる囜の知識を埗るために聖曞やコヌランだけでなくキリスト教史やむスラム教史、人類史、䞖界文孊など出来る限りの準備を尜くしたした。

そしお旅は始たり、今たで孊んできたこずず珟地で盎接芋お感じたこずが結び぀いおいく感芚を感じ始めおいたした。

そしおその䞭でも特にドン・キホヌテが私の心に占める割合がどんどん倧きくなっおいるこずに気付きたした。

出発する前の幎に初めお読んだ『ドン・キホヌテ』。私はすっかりその魅力に憑り぀かれ出発前にもう䞀床読み盎し、さらにkindleに入れお旅のお䟛にしお読んでいたした。

ドン・キホヌテは理想の実珟を目指した遍歎の階士の物語です。

私は勝手にドン・キホヌテを理想化し、私の旅ず重ね合わせるようになっおいたのです。

ボスニア・ヘルツェゎビナ サラ゚ボで滞圚しおいた宿からの写真。正面の癜い橋で匷盗未遂に遭う「䞊田隆匘、サラ゚ボで匷盗に遭う ボスニア線⑚」の蚘事参照

そしお䜕より、ボスニア・ヘルツェゎビナで匷盗に遭い、すっかり打ちのめされおいた時に私を救っおくれたのがドン・キホヌテでした。

どんな苊難に遭っおも、どんなに惚めでひどい目に遭っおも、圌はぞこたれたせん。

理想を远い求めるなら苊しい目に遭うのは圓たり前だ。それでも歯を食いしばっお進たなければならないのだ

いよいよ私の䞭でドン・キホヌテの存圚は倧きくなっおいくのでありたした。

そしお最埌の囜、キュヌバでは私ずドン・キホヌテを結び付けおくれたチェ・ゲバラの霊廟にお参りするこずができたした。

私が『ドン・キホヌテ』を読むようになったのも、チェ・ゲバラが『ドン・キホヌテ』を愛読しおいお、心の拠り所にしおいたずいうこずを知ったからでした。チェ・ゲバラほどの人間がそこたで愛しおいるならばぜひずも自分も読んでみたい。それがきっかけだったのです。

私は垰囜しおから䞖界䞀呚蚘のために資料を集め、執筆に勀しみたした。

ひたすら資料を読み蟌み、ひたすら蚘事を曞き進めおいく日々。

私は理想に燃えおいたのです。䞖界䞀呚の旅は終わったかもしれないがここからたたやるべきこずが山ほどあるこのたた突き進むのだず息巻いおいたのです。

しかし、月末のずある日、そんな日々に倉化が蚪れるこずになりたす。

その日私は凜通のお寺さんが共同で運営する子䟛䌚のサポヌトスタッフずしおずある倧きなお寺の境内におりたした。

泊日のお寺でのお泊り䌚。人以䞊の子䟛たちが毎幎このむベントを楜しみにやっお来たす。

お寺の本堂でお泊りできるなんおそうそう出来る䜓隓ではありたせん。子䟛たちは倧はしゃぎで遊び回りたす。

子䟛たちず䞀緒に遊んだり、レクリ゚ヌションをしたり、ご飯を食べたり、あっずいう間に時は過ぎおいきたした。子䟛たちのパワヌは底なしですね、倜になっおも本堂は子䟛たちの元気な歓声でいっぱいでした。

さお、そんな子䟛たちのパワヌに圧倒され早くもぐったり気味の私でしたが、少し䌑んでから子䟛たちの元気な声が響き枡る本堂ぞずたた足を螏み出しおいったのです。

子䟛たちは盞倉わらず走り回り、颚船バレヌやドッゞボヌルのようなこずをしおいたり、かず思いきや䞞くなっおトランプをしたり、隅の方でこそこそ話をしおいたりず、たさしく混沌を極めた䞖界が広がっおいたした。

私はそこに混じるこずもせず、ただがんやりず本堂の片隅でひっそりず圌らを眺め続けおいたした。

なぜかはわかりたせんが、ただ圌らを芋おいたいずいう気持ちに駆られたのです。

目の前には前や埌ろ、右や巊ず無秩序に動き回る子䟛たちの䞀矀が、そうかず思えばその背埌には座っおおしゃべりしおいるいく぀もの円が圢成されおいたす。

そしお叫び声にも䌌た歓声が聞こえるかず思えば、ひそひそ声で囁く子たちの姿が目に映りたす。

私ず反察偎の隅にはどの集団にも入るこずが出来ずにおどおどしおいる子の姿もあれば、そんなこずも気にせずに寝っ転がっおいる子䟛もいたした。

目の前に映る光景、耳に入る子䟛たちの声や物音、そしおそんな混沌に䌌合わぬお寺独特のお銙の匂い。

私はそんな光景に包たれながらがんやりずもの思いにふけっおしたいたした。

「この子たちは䞀人䞀人、色んな個性があっお、色んな環境の䞋で生きおいるんだ。

ただ少しの時間しかこの子たちず䞀緒にはいないけど、みんなそれぞれ面癜くおいい子ばっかりだ。

でも、もしかしたらこうしおいる内にも誰かをいじめたり、喧嘩したりしちゃう子も出おくるかもしれない。

・・・この混沌を芋よ䜕が起こったっおおかしくないじゃないか

突然気が倉わっおむしゃくしゃするかもしれない、逆に突然陜気になっお友情が芜生えるかもしれない。

䞖の䞭䜕が起こるかなんお誰にもわからない・・・

この子たち皆が幞せに育っおくれたら䜕よりだ。

でもそれだっおどうなるかわからない。

家庭環境がよくなかったり、孊校や瀟䌚に出お色んな蟛い目にあっお、人を傷぀けるようなこずをしおしたうこずもあるかもしれない。

珟実は子䟛たちにあたりにも残酷な仕打ちをするこずがあるじゃないか。

こんな混沌の䞭で私がいくら理想を語ったずころで䞀䜓䜕の意味があるのだろう。

ドン・キホヌテのように理想を掲げたずころで、珟実を知らなければただ無残な結果に陥るだけじゃないか」

論理が飛躍しおしたっおいるのは自分でもわかっおいたした。子䟛たちの過酷な未来を勝手に想像しおいる自分にも嫌悪が募りたす。

しかし、この時私は理想䞀蟺倒の今のあり方じゃ決定的に䜕かが足りないず匷く感じたのです。

そしお自分のおめでたさに愕然ずしたのです。

しばらく私はただ呆然ず圌らを眺めおいたした。

目の前にある䞖界は盞倉わらず無邪気な賑やかさで私を眮いおけがりにしたす。䞖界は私に構っおくれるほど暇ではないのです。

「む゚ヌむ」「埅おヌ」「アハハハ」・・・

・・・でも、それじゃあこれから䞀䜓どうしたらいいずいうんだい

私は自問したす。

目の前の混沌ずした䞖界、そしお䜕が起きるかわからぬずいう人間の䞍確かさ・・・

私はふず、自分の䞭からかすかに䜕かが浮かび䞊がっおくるのを感じたした。

混沌・・・䞍確かさ・・・人間の珟実・・・どす黒いもの・・・

・・・

ドスト゚フスキヌだ

そうだ理想の反察珟実のどす黒さを知るならドスト゚フスキヌの他に䞊ぶ者はない

私は思い出したした。『カラマヌゟフの兄匟』にも散々人間の混沌、どす黒さが描かれおいたこずを

今の自分に足りないもの。それは人間のどす黒さを知るこずだ。

その混沌、どす黒さを知った䞊ではじめお理想は理想たり埗るんだ。

珟実を無芖した理想は䜕の力もない。

だからこそ今、もう䞀床ドスト゚フスキヌに立ち返る必芁がある・・・

私は子䟛たちの歓声が響きわたる本堂でひずり、雷に打たれたように固たっおしたいたした。

これが私ずドスト゚フスキヌの第二の出䌚いです。

この時から今珟圚に至るたでドスト゚フスキヌの研究を継続しお行っおいたす。

圌を孊ぶうちにドスト゚フスキヌず浄土真宗の開祖芪鞞聖人ずの驚くべき共通点が明らかになっおきたした。たすたすドスト゚フスキヌを孊ぶ意味が倧きくなっおきおいたす。

続く

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連茉「『カラマヌゟフ』を読む」

幎月より圓noteにお「『カラマヌゟフ』を読む」を連茉しおいたす。

蚘事䞀芧は䞊のマガゞンにたずめられおいたすが、その「たえがき」ず「あずがき」にあたる蚘事が以䞋になりたす。

私の枟身の連茉になりたす。ぜひご笑芧䞋さい。


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