MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Documents : The Original Diaries of Anne Frank 1942–1944 / アンネ・フランクの日記原稿

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アンネ・フランクの日記原稿
それでも私は人間を信じたい
赤と白のチェック柄の表紙を持つ、一冊の小さな日記帳。
1942年6月12日、13歳の誕生日を迎えた アンネ・フランク が受け取ったものだった。
その後、アンネ はこの 日記帳 に、自分の生活、家族、友人、学校、そして日々の思いを書き始めた。
同年7月、家族は ナチス・ドイツ による迫害を逃れるため、アムステルダムの隠れ家へ入った。
アンネ は隠れ家での生活を記録し続けた。
現在、その 日記帳 と原稿は、アムステルダムの アンネ・フランク の家に保存されている。
最初の日記帳
The Red-Checkered Diary
アンネ が13歳の誕生日に受け取った 日記帳 は、赤と白のチェック柄の布で覆われ、表紙には小さな留め具が付いている。
アンネ は1942年6月12日から、この 日記帳 に文章を書き始めた。
最初の記録には、誕生日の出来事や贈り物、学校生活などが記されている。
その後、家族が隠れ家へ入ると、日記は外部から隔離された生活を記録するものとなり、現在、この日記帳は アンネ・フランク を象徴する最もよく知られた遺品の一つである。
隠れ家での執筆
Secret Annex|1942–1944
1942年7月6日、アンネ・フランク 一家はアムステルダムのプリンセンフラハト263番地にある隠れ家へ入った。
隠れ家は、父オットー・フランクの会社が入っていた建物の奥に設けられていた。
アンネ は、家族や他の隠れ家の住人たちとともに、約2年間をそこで過ごし、日記 には、隠れ家での日常生活が記録されている。
アンネ は、日々の出来事だけでなく、自分の内面についても文章を書き続けた。
複数の日記帳と原稿
Original Manuscripts
アンネの日記 は、最初の赤いチェック柄の 日記帳 だけで構成されているわけではない。
その後、アンネ は複数のノートや紙に文章を書き続けた。
現存する資料には、最初の 日記帳、後に使用したノート、そして本人が書き直した原稿が含まれている。
一部の期間については、最初に書かれた 日記 の原稿が現存していない。
そのため、現在残されている資料は、1942年から1944年までのすべての日記が同じ形で連続して保存されたものではない。
アンネ自身による改稿
The Revised Manuscript|1944
1944年3月、アンネ はラジオ放送を通して、戦後に 日記 や手紙などの記録を保存・出版するよう呼びかけるオランダ政府関係者の発言を聞いた。
これをきっかけに、アンネ は自分の 日記 を将来出版することを意識するようになった。
1944年5月から、アンネ はそれまでの 日記 を別の紙に書き直し始めた。
文章を整理し、表現を変更し、登場人物の名前を仮名にするなどの作業を行った。
この改稿原稿は、最初の 日記 とは別に現存している。
つまり、現在残る資料には、最初に書いた日記 と、アンネ 自身が出版を意識して書き直した原稿 という、異なる段階の文章が含まれている。
最後の記録
アンネ が残した 日記 の最後の日付は、1944年8月1日である。
1944年8月4日、隠れ家はドイツの保安警察などによって発見され、住人たちは逮捕された。
アンネ はアウシュヴィッツへ移送され、その後ベルゲン=ベルゼンへ送られ、1945年2月または3月、アンネ はベルゲン=ベルゼンで亡くなった。
15歳だった。
原稿の保存
Miep Gies
隠れ家の住人たちが逮捕された後、支援者の ミープ・ヒースとベップ・フォスキュイル は、隠れ家に残されていた アンネ の原稿を回収した。
ミープ・ヒース は、原稿を読まずに保管していた。
戦後、隠れ家の住人の中で唯一生き残った オットー・フランク がアムステルダムへ戻ると、原稿は彼に渡された。
オットー は、 アンネ が亡くなったことを知った後、日記 を読み、出版を進めることになる。
出版された『アンネの日記』
Het Achterhuis|1947
1947年、オランダで『 Het Achterhuis 』が出版された。
日本語では『 アンネの日記 』として知られている。
出版された書籍は、アンネ が最初に書いた 日記 と、本人による改稿原稿などをもとに、父 オットー・フランク が編集したものである。
その後、さまざまな版や翻訳が出版された。
現在では、アンネ 本人が書いた原稿の違いを確認できる学術版も公開されている。
現在の所蔵・展示
Anne Frank House
アンネの日記帳 と原稿 は、現在、アムステルダムの アンネ・フランク の家に保存されている。
Anne Frank House
博物館では、赤いチェック柄の日記帳や原稿が展示されている。
展示では、日記帳 の実物、手書きのページ、関連資料などを通して、アンネ が実際に文章を書いていたことを確認できる。
保存上の理由から、展示される原稿や展示方法は変更される場合がある。
現存するもの
アンネ・フランク の 日記 に関する主要な現存資料には、次のものがある。
赤いチェック柄の日記帳
1942年6月12日に受け取った最初の 日記帳。
後に使用したノート
隠れ家での生活を記録した 日記原稿。
改稿原稿
1944年に アンネ 自身が出版を意識して書き直した文章。
その他の手書き原稿
アンネ が残した物語や文章など。
関連資料
写真、手紙、家族に関する資料、隠れ家の記録など。
これらは、アンネ 本人が実際に書き、残した歴史資料である。
原稿を読む
アンネ・フランク 本人が書き残した 日記 や改稿原稿は、アンネ・フランク の家と Huygens研究所 によるオンライン学術版で公開されている。
原稿画像と文字起こしを通して、アンネ が実際に書いた文章や、出版を意識して書き直した原稿を確認できる。
公式学術版|Anne Frank Manuscripts
この学術版は、アンネ・フランク の家とオランダの Huygens研究所 が協力して研究したもので、最初の 日記、アンネ 自身による改稿原稿、その他の著作を区別して収録している。原稿画像と文字起こしを通して、本人が何を書き、どのように書き直したかを確認できる。ただし、著作権の関係で閲覧できる国が制限されており、日本から全文を閲覧できるとは限らない。
アンネ・フランクの全著作について(公式解説)
赤いチェック柄の 日記帳、後に使ったノート、1944年に本人が書き直した原稿の違いが説明されている。Galleryの記事で原稿の実物と出版版を分ける際にも使える資料。


Basic Data
名称| アンネ・フランクの日記原稿
English| The Original Diaries of Anne Frank
著者| Anne Frank
執筆期間| 1942年6月12日~1944年8月1日
最初の日記帳| 1942年6月12日の誕生日に受け取る
隠れ家生活| 1942年7月6日~1944年8月4日
本人による改稿| 1944年
最終記録| 1944年8月1日
原稿保存| Miep Gies / Bep Voskuijl
初版出版| 1947年
初版タイトル| Het Achterhuis
現在の所蔵・展示| Anne Frank House, Amsterdam
主な現存物| 日記帳・ノート・改稿原稿・その他の手書き資料

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