MVP ARCHIVE HISTORY | English Civil War 1642 / イングランド内戦 - 王を制限する争いは、王を裁く時代へ

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イングランド内戦
王を制限する争いは、ついに「王そのものを裁けるのか」という地点まで進んだ
1642年、イングランドで国王と議会の軍隊が衝突した。
English Civil War|イングランド内戦 である。
その背景には、税、宗教、軍事、議会の権限、そして国王の統治権をめぐって何十年も蓄積してきた対立があった。
1628年の Petition of Right|権利の請願 でも、その対立は解消されず、やがて政治的な交渉は武力衝突へ変わる。
1649年、イングランドはヨーロッパ政治史でも異例の地点へ到達した。
現職の国王 Charles I|チャールズ1世 が裁判にかけられ、処刑され、
王政も廃止された。
イングランドは共和政を経験し、クロムウェルの護国卿体制へ進み、最終的には再び王政を復活させる。
この一連の経験は、後の Glorious Revolution|名誉革命 と Bill of Rights|権利章典 へつながる重要な前史となった。
Charles Iと議会
1625年、チャールズ1世が即位、当時のイングランドでは、国王と議会の権限が明確に整理されていたわけではない。
特に大きな争点となったのが財政だった。
戦争の資金を、税や強制借款などによって財源を確保しようとしたが、議会は国王が議会の同意を経ずに負担を課すことに反発した。
1628年、議会は Petition of Right|権利の請願 を提出する。
国王権力の行使に制限を求め、チャールズ1世 はこれを受け入れたが、対立は終わらなかった。
11年間の親政
1629年、チャールズ1世 は議会を解散、その後1640年まで、約11年間にわたって議会を召集せず統治する、Personal Rule|親政 の時代である。
議会を通さず国家財政を維持するため、国王は既存の徴税制度などを利用し、議会を通さない課税をめぐる政治問題へ発展した。
スコットランドから危機が始まる
チャールズ1世 はイングランドだけでなく、スコットランドとアイルランドの王でもあったが、宗教制度を統一しようとする政策は、スコットランドで強い反発を引き起こした。
1637年、スコットランド教会へ新しい祈祷書を導入しようとしたことなどから対立が激化、Bishops' Wars|主教戦争 へ発展した。
戦争には資金が必要だった。
11年間議会を開かなかった チャールズ1世 は、ついに議会を召集せざるを得なくなり、1640年、短期間で解散された Short Parliament|短期議会に続き、Long Parliament|長期議会 が召集された。
ここから王と議会の対立は決定的な段階へ入る。
王と議会 誰が軍を支配するのか
議会は親政期の政策を批判し、国王の側近を追及した。
さらに1641年、アイルランドで反乱が発生する。
反乱を鎮圧するには軍隊が必要だった。
しかし、ここで根本的な問題が浮上、その軍隊を誰が支配するのか。
互いに相手が軍を利用して自分たちを排除することを警戒した。
1642年1月、チャールズ1世 は議会の有力議員5人を逮捕しようとするが失敗、政治的妥協の余地は急速に失われた。
同年8月、国王がノッティンガムで軍旗を掲げ、内戦が始まった。
Royalists vs Parliamentarians
国王側は、Royalists|王党派 あるいはCavaliers|キャヴァリアーズと呼ばれ、対する議会側は、Parliamentarians|議会派 あるいはRoundheads|ラウンドヘッズと呼ばれた。
さまざまな要因が重なって、人々は異なる陣営へ分かれた。
イングランドだけで完結した戦争でもなく、スコットランドとアイルランドを含む複雑な戦争だった。
そのため、Wars of the Three Kingdoms|三王国戦争 として捉えられる。
New Model Army
戦争初期、議会側が常に優勢だったわけではない。
しかし議会軍は次第に軍事組織を改革していく。
1645年に成立したのが、New Model Army|新模範軍 である。
地域ごとに編成されていた軍隊を再編し、より統一的で規律ある軍事組織を構築、重要人物となったのが、Thomas Fairfax|トーマス・フェアファクス と Oliver Cromwell|オリヴァー・クロムウェル だった。
1645年6月の Battle of Naseby|ネイズビーの戦い で議会軍は王党派の主力を破り、第一次内戦の帰趨を決定づける戦いとなった。
1646年、チャールズ1世はスコットランド軍へ身を委ね、後に議会側へ引き渡されたが、戦争は終わらなかった。
国王との交渉、そして第二次内戦
戦後の政治体制や宗教制度について異なる構想を持っていた。
さらにチャールズ1世自身も複数の勢力と交渉を続けた。
1648年には再び戦闘が発生する。
Second English Civil War|第二次イングランド内戦 である。
議会軍は再び勝利した。
しかし軍内部では、国王と交渉を続けても再び戦争が起こる という認識が強まり、ここから問題は、王権を制限する段階を越えていく。
国王を裁く
1649年1月、チャールズ1世は特別に設置された高等法院で裁判にかけられ、国王に対する罪状は、人民に対して戦争を起こした「 暴君、反逆者、殺人者、公敵 」であるというものだった。
チャールズ1世 は、裁判所が国王を裁く権限そのものを認めなかった。
国王は誰に対して責任を負うのか。
伝統的な王権観では、国王を通常の臣民と同じように裁くことは容易に想定されていなかった。
しかし議会軍側は、国王であっても国家と人民に対する責任を免れない という地点まで進み、1649年1月30日、チャールズ1世 はロンドンのホワイトホール宮殿前で処刑された。
王政そのものが消える
王政、貴族院も廃止され、イングランドは、Commonwealth of England|イングランド共和国 となる。
約400年前の マグナ・カルタ では、「 王にも法的な制約がある 」という原理が示されていた。
1628年の 権利の請願 では、「 国王には行使できない権力がある 」という要求が具体化した。
そして1649年、ついに「 国王自身も政治的責任を問われ得る 」というところまで進んだのである。
CromwellとProtectorate
しかし共和政になれば、政治的自由と安定が自動的に実現するわけではなく、新しい国家をどのように統治するかという問題が続いた。
1653年、クロムウェルは Lord Protector|護国卿 となる。
Protectorate|護国卿時代 の始まりである。
しかし強力な行政権と軍事力を背景とした統治が形成された。
これはイングランドに新たな問いを突きつけた。
Restoration|王政復古
1658年、クロムウェルが死去し、息子リチャードが護国卿を継承したが、政治体制を維持できなり、混乱の中で、王政復活への動きが強まる。
1660年、処刑されたチャールズ1世の息子、Charles II|チャールズ2世 が国王として迎えられた、Restoration|王政復古 である。
しかし王政が戻っても、17世紀前半とまったく同じ政治秩序へ戻ったわけではなく、王権と議会の関係をどうするかという問題は残り続ける。
そして1688年、Glorious Revolution|名誉革命 へつながっていく。
王を倒しても、問題は終わらなかった
王権を制限するという問題が、
国家の主権はどこにあるのか。
統治者は誰に責任を負うのか。
政治権力を誰が管理するのか。
という根本問題へ発展したことにある。
そしてイングランドは、一度王政そのものを廃止したが、それでも権力と統治の問題は残った。
この経験があるからこそ、後の 名誉革命 は単なる「 王を追放した革命 」ではなく、王権を法と議会の制度の中へ置く、という別の方向へ進んでいく。
近代立憲政治は、一直線に完成した制度ではない。
17世紀イングランドは、王権、議会、共和政、軍事権力、宗教、権利という問題を現実の政治と戦争の中で試し続けた。
イングランド内戦 は、その中でも最も激しく、国家そのものの形を一度壊して問い直した転換点だった。
Archive Data
名称 : English Civil War|イングランド内戦
主要期間 : 1642–1651年
より広い歴史的枠組み : Wars of the Three Kingdoms|三王国戦争
主要勢力 : Royalists|王党派、Parliamentarians|議会派
主要人物 : Charles I|チャールズ1世、Oliver Cromwell|オリヴァー・クロムウェル、Thomas Fairfax|トーマス・フェアファクス
主要転換点 :
1642|第一次内戦開始
1645|New Model Army / Battle of Naseby
1648|第二次内戦
1649|チャールズ1世処刑・王政廃止
1649|Commonwealth成立
1653|Protectorate成立
1660|Restoration
主要争点 : 王権と議会の権限、課税と財政、軍事権力、宗教政策、国家統治、正統性
歴史的重要性 : 現職国王の裁判・処刑、王政と貴族院の廃止、共和政の成立
護国卿体制、王政復古、後の名誉革命・権利章典への接続
歴史的接続 : Petition of Right → English Civil War → Commonwealth → Protectorate → Restoration → Glorious Revolution → Bill of Rights

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