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音速の壁とは
航空機が高速化していった20世紀前半。
パイロットや技術者たちは、ある速度領域で奇妙な現象に直面した。
速度を上げて音速へ近づくと、機体が激しく振動する、空気抵抗が増える。操縦性が大きく変化し、場合によっては機体を制御することさえ難しい。
まるで空中に存在する、目に見えない巨大な壁へ突入したようだった。
この現象はやがて、Sound Barrier 「 音速の壁 」と呼ばれるようになる。
航空機の速度が、空気中を伝わる圧力変化の速度へ近づくことで発生する、まったく異なる空気の振る舞いだった。
音とは何か
音は、空気などの物質を伝わる 圧力の変化 波 である。
海面付近、気温15℃程度の空気中では、音速はおよそ 343 m/s 約1,235 km/h となるが、音速は一定ではない。
特に大気中では温度によって変化するため、航空機の高速性能を表すときには単純な km/ hではなく、Mach Number( マッハ数 ) が使われる。
Mach 1は、その場所における音速と同じ速度。
Mach 2なら音速の2倍である。
空気は「先に知っている」
通常の航空機が音速より十分遅く飛んでいるとき、機体が空気を押したことで生じる圧力変化は、音速で周囲へ伝わっていく。
航空機自身より圧力変化の方が速く前方へ進める。
そのため機体前方の空気は、航空機が到達する前から圧力変化の影響を受け、比較的滑らかに機体を回り込むことができる。
ところが航空機が音速へ近づくと、この関係が変わり始める。
航空機自身が、自分の生み出した圧力変化に追いついていく。
圧力変化は前方へ十分に逃げられなくなり、機体周辺で圧縮されていく。
これが、音速付近で空気の振る舞いが大きく変化する理由である。
機体全体がMach 1でなくても始まる
さらに重要なのは、問題は航空機そのものが Mach 1 へ到達してから始まるわけではない ということである。
翼の上を流れる空気は、機体の飛行速度とまったく同じ速度ではない。
翼の形状によって局所的に加速される。
そのため航空機自体は Mach 1 未満でも、翼の一部では気流がすでに音速へ達し、さらに超音速になることがある。
亜音速の流れと超音速の流れが同じ機体周辺に存在する。
この領域が、Transonic 遷音速領域 である。
航空機にとって特に複雑な領域の一つだった。
Shock Wave|衝撃波
局所的に超音速となった空気が再び減速すると、流れの状態が極めて短い距離で急激に変化することがある。
そこで形成されるのが、Shock Wave( 衝撃波 )である。
衝撃波を通過すると、空気の圧力・温度・密度・速度が急激に変化する。
その結果、翼や機体に作用する空気の力も大きく変わる。
空気抵抗の急増、揚力分布の変化、振動、機首を下げようとする傾向、操縦舵の効き方の変化、場合によっては流れの剥離。
初期の高速航空機が遭遇した「 壁 」の正体は、このような 圧縮性流れと衝撃波が引き起こす複数の現象 だった。
Drag Rise|急増する抵抗
音速付近でもう一つ大きな問題となったのが、抗力の急激な増加である。
衝撃波の形成によって 造波抗力( Wave Drag )が大きくなり、航空機をさらに加速するために必要な推力が急増する。
エンジンを強くすれば、それだけで簡単に音速を越えられるわけではない。
機体そのものを、高速の圧縮性流れに適した形へ変える必要があった。
薄い翼、高速飛行に適した機体形状、適切な尾翼、後退翼、そして、より強力な推進機関。
音速への挑戦は、航空機全体の設計思想を変えていった。
「壁」を越える
1947年10月14日、チャック・イェーガー が操縦するロケット実験機 Bell X-1 は、制御された水平飛行で Mach 1 を突破した。
音速付近で起きる現象を理解し、それに対応した航空機を設計すれば、人間は超音速領域でも航空機を制御して飛行できる ことが実証された。
「 音速の壁 」は、破壊して通り抜ける物理的な壁ではなかった。
理解しなければ危険だが、理解すれば設計によって対応できる飛行領域の変化だったのである。
Supersonic Flight|超音速飛行
Mach 1 を越えると、航空機が生み出す圧力変化は航空機より前方へ伝わることができない。
衝撃波は機体から外側へ広がり、条件によっては地上まで到達する。
地上で聞こえる Sonic Boom( ソニックブーム )は、この衝撃波による急激な圧力変化が通過した結果である。
音速突破によって航空機は新しい領域へ入ったが、新しい問題も生まれた。
Mach 2、Mach 3、そしてMach 5を超える極超音速。
速度が上がるほど、空力加熱や材料、推進、制御など、新たな課題が現れていく。
Legacy
その正体は、空気が圧縮できる物質であり、圧力変化が有限の速度で伝わることから生じる現象 だった。
航空機が遅かった時代には、大きな問題として現れなかった。
しかし人類が速度を上げたことで、これまで見えていなかった空気の性質が姿を現した。
「 越えられない壁 」を、「 理解できる現象 」へ変えた。
その瞬間、音速は航空史の終着点ではなくなった。
その向こうには、超音速、極超音速、そして宇宙との境界へ続く、新しい飛行領域が広がっていた。

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