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なぜこの神話は「暗殺」を疑いたくなるのか:香椎宮の密室と、境界を溶かす技術〈前編〉

これまで見てきたように、日本の怪談や妖怪文化の底には、生者と死者、人間と非人間のあいだに強固な壁を築かないアニミズム的な世界観が流れています。
壊れた道具を弔う供養の文化や、六道銭が母の愛によってこの世の飴に変わる「子育て幽霊」の物語は、あの世とこの世を地続きのグラデーションとして捉える、優しい精神性の現れでした。

>> 連載「あの世の銭、この世の金」〈前編後編

しかしこの「境界を溶かす」感性は、優しさのためだけの知恵なのでしょうか。
同じ技術は、使いようによっては、まったく別の顔を見せるのではないか――そう考えるようになったのは、九州・香椎宮に伝わる、ある古代の物語をたどってからでした。


神託を疑い、琴を止めた天皇

第14代・仲哀天皇と后の神功皇后は、朝廷に反旗を翻した九州南部の熊襲を平定するため、筑紫の香椎宮へと下向しました。

事件が起きたのは、熊襲征伐の成否を神に問うため、沙庭(さにわ)で神を招く儀式が執り行われた夜のことです。天皇が琴を弾き、大臣のタケウチノスクネ(『古事記』では建内宿禰、『日本書紀』では武内宿禰と表記)が沙庭に控えて、神のお告げを待ちました。やがて神がかり状態となった皇后の口から、神託が下されます。「西の方に、金銀をはじめ様々な宝に満ちた豊かな国がある。まずその国を汝に与えよう」と。

しかし天皇の反応は冷ややかでした。高台に登って西を望んでも、果てしない大海原しか見えないため「国は見えぬ。ただ大海があるだけ。この神託は偽りだ」と、琴を押し退けて弾くのをやめてしまいます。

神は激しく怒ったとされます。「この天下は、汝の治めるべき国ではない。ひたすらに死の道へ進め」と。
驚いたタケウチノスクネは「なおその御琴をお弾きください」と諫め、天皇はしぶしぶ琴を取り寄せ、か細く弾き始めます。しかし音色はまもなく消え、灯りを点して見ると、天皇はすでに崩御していました。

三人しかいなかった、という事実

『古事記』や『日本書紀』は、これを「神託を疑った天皇の悲劇」として描きます。ただ、在野の古代史愛好家のあいだでは、以前からこの逸話に別の読み方を差し込む余地がある、と語られてきました。

その根拠として指摘されるのが、この場にいたのが天皇、皇后、タケウチノスクネの「わずか三人だけ」だったという記述です。天皇が崩御した時点で、すでに皇位継承資格を持つ皇子が三人いましたが、いずれも神功皇后の子ではありませんでした。もし天皇がこのまま生き続ければ、皇后の胎内にいた子(のちの応神天皇)に皇位が回ってくる可能性は低かった、という見立てです。

密室性、動機、そして「神の怒り」という説明のつきやすさ――これらが重なることで、この物語には、単なる悲劇の記録には収まりきらない、不穏な読み方の余地が生まれてしまいます。もちろん、これはあくまで一つの解釈であり、記紀が公式に語っているのは神託を疑った天皇への神罰の物語です。それでも、なぜこの神話が、時代を超えてこうした推測を誘い続けてきたのか――そこに、私はむしろ興味を惹かれます。

物語の「余白」が、想像力を招き入れる

『古事記』には、天皇の死後の描写として、もう一つ気になる記述があります。通常、貴人の死には「殯(もがり)」という一定期間の弔いの儀礼が行われますが、このときは代わりに「大祓(おおはらえ)」――本来は罪や穢れを祓うための儀式が行われた、とされています。なぜ弔いではなく祓えだったのか、この点も、研究者や愛好家のあいだで折々に話題になってきた箇所です。

こうした「説明しきれない細部」が残されていることこそが、物語に想像力の入り込む余地を生んでいるのだと思います。
以前見てきたように、暗闇や余白は、日本の怪談において、想像力が働く場所でした。それは都市伝説の鏡の前でも、古代の沙庭でも変わりません。神話の中の「語られなかった部分」もまた、一種の暗闇であり、そこに人はどうしても、何かを見てしまうのかもしれません。

>> 連載「幽霊を恐れる国、呪いを恐れる国」

まとめ

香椎宮に伝わるこの物語は、公式には神託を疑った天皇への神罰の記録です。しかし、密室性や動機、そして語られなかった細部が積み重なることで、物語の裏側に別の筋書きを読み込みたくなる――そんな余地を、今も静かに残し続けています。

では、天皇の死後、この地に何が起きたのでしょうか。後編では、香椎という地名の由来にまつわる、もう一つの不思議な伝承をたどります。

>> 後編「死者を"生きているふり"にする、香りの伝承」

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