幽霊を恐れる国、呪いを恐れる国:その違いは、死者の"数"ではなかった
怪談を追いかけていると、国によって「怖いもの」の形が違うことに気づきます。日本やイギリスでは幽霊が恐れられ、怪談が根強く愛されます。一方、アメリカのホラーで前面に出るのは、悪魔であり、そして「呪い」です。
同じ「怖い話」でも、なぜ立ち上がってくる恐怖の姿がこれほど変わるのでしょうか。
前回、日本人が恐れたのは悪魔ではなく「人間(怨霊)」だと書きました。今回はその問いをもう一歩先に進め、幽霊を恐れる国と、呪いを恐れる国――その分かれ目に、島国であることや戦争の歴史が関わっているのか、を確かめてみたいと思います。
人の心に長く影を落とすものの正体を知りたい、というのが、この一連の関心の根にあります。
平山夢明の、二つの見立て
今回、手がかりとしたのが、ホラー作家・平山夢明氏の『恐怖の構造』(幻冬舎)です。同書で平山氏は、恐怖の対象が文化によって変わる理由を論じています。その論には、性質の異なる二つの軸が含まれています。
一つめは、「幽霊」の軸です。
イギリスやフランスのように歴史の長い国は、幽霊譚が多い。その国土で大きな戦争や虐殺があり、大量の死者が積み重なった土地ほど、幽霊の物語が生まれやすい、という見立てです。
二つめは、「呪い」の軸です。
アメリカでは幽霊はさほど恐れられず、死者はむしろ「スピリッツ(精霊)」として捉えられます。その代わりに恐れられるのが「呪い」で、とりわけ先住民の呪いがホラーに繰り返し現れます。平山氏はこれを、先住民から奪った土地に今も住み続けているがゆえの、「足元に犠牲者が眠っている」という負い目の表れだと読み解きます。
この二つは、しばしば混同されますが、まったく別の仕組みです。
順に検証してみましょう。
「幽霊の軸」は、死者の量で決まるのか
まず幽霊の軸から。
「大量の死者が積み重なった土地が幽霊譚を生む」という見立ては、そのままでは通りません。
日本とイギリスは、幽霊を恐れる国です。
確かに、日本は、戦国時代や第二次世界大戦で戦場となりました。イギリスもまた1066年のヘイスティングズの戦いでノルマンディー公ウィリアムが上陸し、本土での決戦の末にイングランド王ハロルドが討たれました。さらに17世紀にはイングランド内戦(清教徒革命)で各地が戦場になっています。
一方、アメリカは、呪いを恐れる国です。
アメリカは本土が戦場にならなかったのかといえば、そうではありません。アメリカにも南北戦争があり、アメリカ史でも屈指の戦死者を出しました。つまり、本土が戦場になっていたのです。
日本やイギリスは本土決戦を知るがゆえに幽霊を愛するが、アメリカは南北戦争という大量死を抱えながら幽霊より呪いへ傾く――このことが示すのは、国土に積もった死者の「数」だけでは、幽霊を恐れるかどうかは決まらないということです。
「呪いの軸」は、略奪の有無で決まるのか
平山氏は、呪いの軸について、先住民から奪った土地に今も住み続けているがゆえの、「足元に犠牲者が眠っている」という負い目の表れだと解きました。
確かに、アメリカ建国の歴史をふりかえると、そういえるかもしれません。
しかし、同じように先住民から奪った土地に暮らす国、例えば、日本のアイヌの問題やオーストラリアのアボリジニの問題と照らし合わせると、オーストラリアのキャンベルタウンにおけるフレッド・フィッシャーの幽霊などは、呪いというより幽霊の軸としてとらえてもよいでしょう。
※フレッド・フィッシャーの幽霊とは、1826年に姿を消した男性の幽霊が野原の上空に現れて自らの埋め場所を指し示し、殺人事件の解決へと導いたとされるオーストラリア最古かつ最も有名な幽霊譚。
社会は死者とどう向き合ってきたか
幽霊の軸と、呪いの軸。
この二つの軸は、二項対立的に存在するのではなく、共通する一本の問いがその根底にあるといえます。それは、その社会は、自分たちの死者とどう向き合ってきたか、という問いです。
日本は怨霊をただ恐れて排除したのではありませんでした。菅原道真を天神として祀ったように、祟る死者を「神」へと転換し、共に生きる相手に変えてきました。イギリスもまた、幽霊が出ると謳う宿があるほど、死者を排除せず物語として住まわせてきました。いずれも、死者と和解し、共存する道です。
そして、死者との和解が成立しなかったとき、呪いに変貌するという一面も併せ持ちます。
平山氏は、アメリカのように、奪った土地の上に暮らし続ける社会では、足元の死者は「祀る」でも「共存する」でもなく、消えない負い目として抱えられている、と読み解きました。その落ち着かなさが、鎮められない「呪い」という形をとる、といいます。恐怖を分けるのは、どれだけ死者がいるかではなく、その死者と和解できたか否か、なのかもしれません。
幽霊と呪い――こうした見立てはいずれも一つの読み解きであり、平山氏自身も断定はしていません。ただ、恐怖の形をこう眺めてみると、幽霊と呪いの違いが、「死者との和解」という観点から、少し違って見えてくるのは確かです。
まとめ
幽霊を恐れる国と、呪いを恐れる国。
その差は「戦争が生んだ死者の量」では説明しきれません。より根にあるのは、その社会が自分たちの死者と、どう折り合いをつけてきたか――祀って神に変えたのか、物語として住まわせたのか、それとも鎮めきれない負い目として抱え続けているのか、という向き合い方の違いのように思えます。
恐怖の対象を見れば、その社会が何を鎮め、何と共存し、何を鎮めきれずにいるのかが浮かび上がってきます。怖い話は、その民族の「死者との関係史」を映す鏡なのかもしれません。
>> 怪談〈前編〉「日本人が本当に恐れたのは、悪魔ではなく「人間」だった」
>> 怪談〈後編〉「なぜ人は、怖いのに怪談を聴きたがるのか」

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