あの世の銭、この世の金:怪談から読み解く「富」の精神史〈前編〉
江戸時代には、百物語や歌舞伎、浄瑠璃で怪談が熱狂的な人気を集めました。
四代目鶴屋南北や三遊亭円朝らの怪談劇、そして百物語の流行は、単なる娯楽にとどまりません。都市化が進み、木版印刷というメディア革命によって「共通のイメージ」を人々が共有し始めた江戸期において、人々の内面にある欲望や不安、社会のひずみが、エンターテインメントとして噴出した社会現象でした。
その怪談の底流に、極めて現実的なシステムである「お金」が深く絡み合っている――この組み合わせに私は惹かれてきました。価値を数値化し合理的に等価交換する「お金」と、非合理な異界に属する「怪談」。一見すると対極にある二つが、なぜこれほど濃密に結びついてきたのでしょうか。
今回は「お金と怪談」を手がかりに、日本の伝承をたどってみます。
あの世の通行税が、愛の対価になるとき
日本における「あの世とこの世の境界」を、お金の力で溶かしてしまった代表的な物語が、民話「子育て幽霊」です。
夜な夜な一人の女が飴屋に現れ、一文銭を差し出しては飴を買い求めます。のちに墓地を掘り起こすと、亡くなった母親の遺体と、彼女が買った飴をしゃぶりながら生き延びていた赤ん坊がいました。
この物語で幽霊が支払っていた一文銭は、棺に納める「六道銭(ろくどうせん)」――三途の川の渡し賃、あの世への旅費だったとされます。本来あの世の秩序に属するはずのこの銭が、母親の「我が子を生かしたい」という思いによって、この世の飴という物理的な栄養へと姿を変えたのです。
日本の怪談には、単なる恐怖を超えた「供養」や「愛着」の精神が底流している、という指摘があります。あの世とこの世は完全に断絶しているのではなく、お金という共通の価値基準を介して対話や交換が可能な、地続きの領域として捉えられ、この「子育て幽霊」の話は、六道銭が、母の愛によって「生の対価」へと昇華されました。
つまり、お金は冷たい金属ではなく、境界を越えて絆を結び直す「心の媒介物」として機能していたのです。
つかもうとすると消える、富の精霊
お金が持つ「気まぐれに流動し、人々の運命を翻弄する」という性質そのものをキャラクター化したのも、日本の妖怪文化の知恵でした。
江戸時代、関東から近畿にかけて広く記録された「金霊(かなだま)」は、富をもたらす気まぐれな精霊です。夜空を光りながら浮かぶ人魂のような怪異で、家に入ると富み栄え、出ていくと没落すると語られました。
滝沢馬琴の随筆『兎園小説』には、丈助という男が早朝、青天に雷鳴のような響きを聞き、驚いて駆けつけた先にできた穴の中に「光る鶏卵のような玉」を見つけ、宝として家に持ち帰ってから次第に富み栄えた、という逸話が紹介されています。ちなみに「金霊」という字面は、素直に読めばどこか艶っぽい響きにも見えますが、正しくは「かなだま」と読みます。これは、江戸の人々らしい、洒落の効いた命名だったのかもしれません。
さらに山岡元隣の怪談本『古今百物語評判』には、空中を漂う銭の精「銭神(ぜにがみ)」が登場します。欲深い者が刀で斬りつけると大量の銭がこぼれ落ちたものの、実体のない精霊であるため拾い集めることはできなかった、と皮肉交じりに語られます。つかもうとすると煙のように消えてしまう富の本質を、江戸前期の知的な怪談は見事に捉えていたのです。
不条理を「見立て」で手なずける
金霊や銭神のような妖怪は、江戸後期の急激な貨幣経済の発展と都市化を、色濃く映し出していると指摘されます。町人が吉原で大金を蕩尽し、富くじの一攫千金に一喜一憂した江戸において、お金とは「指の隙間をすり抜け、どこからともなく飛んできて、またどこかへ消えていくもの」でした。
ここで重要なのは、人々がこの流動的で不条理なシステムに対する不安を、排除も抑圧もしなかった点です。
代わりに、「金霊」や「銭神」という、どこか愛らしくも皮肉のきいた妖怪に見立てることで、日常の笑いへと昇華し、その不安を手なずけていました。これは、以前見てきた付喪神や見立ての技法――恐怖や理不尽に顔を与えて共存する、という日本の擬人化文化の型と、まったく同じ発想です。お金という抽象的なシステムでさえ、日本人は「妖怪」という親しみやすい輪郭を与えることで、隣人として扱ってしまうのです。
>> 連載「壊れた道具が、なぜ妖怪になるのか」
まとめ
六道銭は死者と生者を繋ぐ愛の対価となり、金霊や銭神は都市の不条理を笑いに変える隣人となりました。日本の怪談におけるお金は、あの世とこの世、人と物のあいだに絶対の壁を置かない、地続きのグラデーションの中に位置づけられています。
では、海を越えた西洋の怪談で、お金はどのように描かれてきたのでしょうか。後編では、視線を西洋へ転じてみたいと思います。
>> 後編「執着の鎖と、破滅の罠」

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