死者を「生きているふり」にする、香りの伝承:境界を溶かす技術のもう一つの顔〈後編〉
前編では、香椎宮に伝わる仲哀天皇崩御の物語が、なぜ時代を超えて「暗殺」という読み方を誘ってきたのかをたどりました。後編では、天皇の死後、この地に何が起きたとされているのか――そしてそこから見えてくる、日本的な世界観のもう一つの顔について考えてみます。
亡骸を、椎の木に立てかける
当時、軍の最高指揮官である天皇の死が兵士や地方豪族に知れ渡れば、軍は大混乱に陥りかねません。そこで神功皇后とタケウチノスクネは、天皇の死を秘匿することにした、と伝えられます。
天皇の亡骸を、近くの椎の木に立てかけ、あたかも天皇がまだそこに座っているかのように装って、その前で会議を続けた――これが「棺掛椎(かんかけのしい)」の伝承です。この椎の木は、現在も香椎宮の起源の地に神木として祀られています。
そしてこの隠蔽の現場から良い香りが漂ってきたため、人々はそれを吉兆として喜び、この地を「香椎」と名づけた、という美しい地名起源の伝承が残されています。実際、香椎宮はもともと神社ではなく「香椎廟」――天皇・皇后の霊を祀る「廟」としては最古の例だったとされ、平安時代なかごろから神社としての性格を帯びていったと伝わります。
温かい毛布か、隠れ蓑か
物理的にはすでに世を去った存在を、現世の政治という舞台に留め置き、生者として扱い続けるという光景は、静かに考えると、かなり異様です。生者と死者の境界をグラデーションとして捉える感性があったからこそ、こうした振る舞いに、当時の人々は強い心理的抵抗を覚えなかったのかもしれません。
ここに、これまでの連載で見てきた「境界を溶かす」日本的な世界観の、もう一つの顔が見えてきます。
壊れた道具を弔い、六道銭を愛の対価に変え、金霊や銭神を隣人として迎え入れるという、そのような優しさを生んできたのと同じ感性が、都合の悪い現実を覆い隠すためにも働きうる、という可能性です。
西洋の一神教的な二元論であれば、人間が神託を偽り死者を政治利用する行為は、神の秩序を乱す明確な「悪」として、より厳しく語られたかもしれません。境界が強固であるほど、そこには欺瞞を許さない理性の監視が働きやすくなります。しかし境界が滑らかに溶け合った世界観のもとでは、不都合な出来事は「神の怒り」として語り直され、死者の扱いは「香しい神木の奇跡」として語り継がれていく――そう読むこともできるのではないでしょうか。
>> 連載「異形を愛でる東洋、理性を写す西洋」
もちろん、これも一つの見方にすぎません。神功皇后とタケウチノスクネは、今も香椎宮で丁重に祀られ、皇室からも篤い崇敬を受け続けている存在です。この物語をどう読むかは、最終的には読み手の解釈に委ねられています。
まとめ
境界を溶かして世界と優しく共存する日本の感性は、過酷な現実や死の悲哀を包み込む「温かい毛布」になる一方で、同じ技術が、都合の悪い現実を覆い隠す「隠れ蓑」として働く余地も、静かに抱えているのかもしれません。
香椎宮の古宮跡に立つ棺掛椎。その静けさの中に身を置くとき、そこに残っているのは、神聖な物語だけなのでしょうか。それとも、境界が溶けた場所だからこそ生まれた、もう一つの読み方が、今も静かに息づいているのでしょうか。

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