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39 日本が国際連盟脱退後、国際的に孤立したという事実も、直ちにドイツに近づいたという事実もない「嘘だらけの日中近代史シリーズ2」

 1933年の国際連盟脱退後、日本は国際社会から孤立し、ドイツに近づいたという説明を、これまで散々聞かされ、石破戦後80年談話でも当然のように語られているが、事実に反している。むしろ、脱退したことで日本はアメリカと対等な立場に立ったというべきである。

1 国際連盟脱退したために、日本が国際的に 孤立した事実はない。

 国際連盟総会でリットン調査団報告書に関して賛成票を投じた国のうち、日本に対して国交断絶、経済的文化的交流の断絶を通告してきた国はないし、経済制裁などを課してきた国もない。

 
日本は国際連盟から旧ドイツ領南洋諸島の委任統治を任されていたが、国際連盟脱退後も、南洋諸島の日本統治はそのまま継続した。
 日本は、統治継続の法的根拠を、1923年に米英仏日で締結された4か国条約ヤップ島等赤道以北の委任統治領に関する日米条約にあるとした。
 ワシントン体制のうち、中国に関する9か国条約はソ連の広東政府援助で既に破綻しかけていたが、米英仏と太平洋に関して締結した条約は生きてきた。
 東京オリンピック招致活動も継続していたし、これまでと同様、世界各国と普通にスポーツ、文化芸術の交流も行っていた(日米野球、ベーブルース、アインシュタインの来日等)。日本が今の北朝鮮のように孤立した事実はない。

 日本の孤立を言い立てるのは、サヨクの印象操作である。
 張学良の満州支配が苛斂誅求であり、経済が破綻しかかっていこと、大量の日本人(朝鮮人)を逮捕していた情報を、当時英米仏は公使館ルートで知っていたのである。(マクナリー覚書、国務省に握り潰された。そのときの国務長官がスティムソン。)
 したがって満州という辺境の地の局地紛争のことで、日本と対立しようという国はなかった。

 がしかし、満州の特殊性を一切考慮せず、日本が中国を侵略したような話に事実を捻じ曲げ、日本を批判する重要人物がいた。
 
錦州占領、満州国建国に対して、田中上奏文のデマを信じるアメリカのスティムソン国務長官が「不承認主義」という形で口先介入してきた。
  アメリカは国際連盟の加盟国でもないにも関わらず、オブザーバーとして中国の肩を持ち日本を批判し国際連盟に影響力を及ぼしたことで、日本の世論が反米に傾くきっかけを作った。

フーヴァー大統領は、大統領選挙の敗北で3月には退任が決まっていたので、スティムソン国務長官が日中問題に無神経に介入するのを止めることができなかった。それでも、スティムソン国務長官の対日経済制裁の提案は、拒否した。

このヘンリー・スティムソンこそ、共和党員でありながら、ローズベルト政権の対日政策に影響を及ぼし、ローズベルトに乞われて1940年陸軍長官に復帰、在米日本人の強制収容、原爆製造、投下まで関与し、日本を追い込み続けた危険人物である。彼の異常な反日感情は、熱心なプロテスタントであったことが関係しているらしい。
 なぜか京都を原爆投下目標都市から除いたことや戦後の天皇存続を認めた美談だけが好意的に語られる。

2 ドイツの国際連盟脱退は日本の脱退とは無関係

 

 ドイツでは1933年1月末にヒトラー政権が誕生したが、2月24日のリットン調査団報告書に関する国際連盟総会決議では、ドイツやイタリアは賛成票を投じている。
 むしろ、このときのドイツは、軍事顧問団を中国南京政府に派遣し、華独関係の強化を図っており、日本とは敵対的な関係であった。

 日独が接近するのは、コミンテルンが共通の敵になる1936年から、またドイツが満州国を承認したのは、中国から軍事顧問団を引き上げた1938年5月である。

ドイツは、国際連盟主催の64カ国が話し合うジュネーブ軍縮会議で軍拡を非難されたため、1933年10月、国際連盟を脱退した。


 同年3月の日本の国際連盟脱退に続いての脱退だが、ドイツが日本に影響されて脱退したわけではない。

 日独が、ベルサイユ体制、ワシントン体制に反発して、手を組んで国際連盟を脱退した、という説明は、出来事の順番を無視した印象操作である。

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