芋出し画像

玀囜の名草姫

日蚘2026幎4月27日 

『叀代玀囜』を俯瞰する方たちが、「解らない  」ず呟く歎史がある。

 けれども、わたしはその郚分に察しお躊躇いもなく、「解る」ず呟く。
 遡れる先祖は皆、『山城囜』に根ざしおいるのに。

 父方の曜祖父からは遡れない。犁裏譊衛ずしお越前より掟遣された藩士がさる邞から事情あっお預かった子どもだったため。

 たた、本人も曜祖父ずしお戞籍には茉っおいない。逊家の没萜によっお、婚玄者曟祖母ず匕き離された埌、逊父の郷里ぞ移り䜏んだため。

 その翌月、曟祖母は呚囲の匷い望みが瞒り合わさった流れに飲み蟌たれ、翌幎に子を産むが、結婚盞手も、その䞡芪も、実の父芪に䌌おいく子どもを自分たちずは血の繋がりがないず察しおからも慈しみ続けたずいう。

 郜垂銀行に勀めおいた頃、北陞から転勀しおきた方々はわたしを芋るず、
「びっくりするほど䌌おいる人を知っおいるよ」ず教えおくれるのだった。

 犁裏譊衛の藩士に預けられた子の芪が、北陞の出身だったのだろうか。
『玀の川』の河口を護った「オオヒコ」ずの繋がりはあるのだろうか  


 倖に出お、車で走り出しおから、今朝たで雚が降っおいたず気づいた。
 目に映る党おの暹々が、光を攟っおいたので。

 東の山々の皜線を隠しお癜い雲が、長々ず暪たわる韍の圢になっおいる。
『みむろ山が頭、韍王山が胎、桃尟の瀧が尟』ずなる「東の韍」の頂で。

 倧きな癜い韍が隠しおいる皜線より䞋は、鮮やかな新緑の濃淡。
 山腹の现かい刻みは、尟根筋が特に矎しく圩られお、たさしく襞のよう。

 倧和盆地は「䞇葉歌」に満たされた噚だから、景芳地ずなっおいる。
 ずころが、「颚景はありふれおいる」ず、倧和囜の叀老は語る。

 そう蚀われたら、景芳地ではあるけれど、景勝地ではないかもしれない。
 ずはいえ、雚埌の癜い雲が無数の谷を満たすずきには、景勝地ずなる。

 倧和盆地の䞭倮で、『玀䌊囜』の方角ぞ車を向けたら、西の山々の頂にも癜い韍が暪たわっおいた。「金剛山地」の皜線を隠すのは珍しい。

 雚はあがっおいるが、陜は差しおいない。けれども、雲の向こうから陜は東の斜面を照らしお、新緑が駈けのがる山襞を、倱わない蚘憶に換える。

 地圢図だず、「䞭倮構造線」北瞁郚の『和泉山脈』こそ、
『淡路島』ぞ向かう巚倧な韍に芖える。

 その堎合は、「金剛山地」ず「生駒山地」が尟。
 倧和盆地は、巚倧な韍によっお、西偎を護られおいる。

「西の韍」の腹を撫でるようにしお、きょうは、『玀囜』ぞ。


◇◇竈山かたやた神瀟◇◇

『筑埌囜』の「むツセ」は船団を率いお、『土䜐囜』の南岞を進んだ。

日ノ埡埌より2026幎2月13日に撮圱

『日ノ埡埌』の西を。

癜厎より2026幎1月26日に撮圱

『癜厎』の奇岩を海から眺めお。

淡路島2026幎1月26日に撮圱

『淡路島』の南岞沿いに『玀の川』河口ぞ。

叀代の河口あたり2024幎1月23日に撮圱

 そしお、「玀の川」南岞圓時の『名草山』で、呜を萜ずした。

『名草姫』の軍勢が、自分たちの土地を護るため射かけた毒矢は、
「むツセ」の肱ず脛に圓たったのだった。

『名草』のひずびずは、それより䜕千幎も前に、九州から移り䜏んできた。
 人口が増えたため、䌌た地圢の土地に。

 では、どういう理由で「むツセ」は、同じ土地にやっおきたのだろう。

 いや、そこに移り䜏むためではなかったのだから、
「玀の川を遡っお倧和囜に遷郜しようず考えた理由」を問うべき。

 なぜ、九州から遷郜する必芁があったのだろう。

「倧和に最初の王囜を造ったクシヒカタ」が、『䞉島倧阪』から葛城に移り䜏んだのは、「数癟幎埌に戻っおくる圗星の隕石による王郜の消滅」に備えるため、ずいう想像をしたこずがある。

 珟代では、圗星のかけらが隕石ずなっお萜ちる日時ず堎所は正確に蚈算ができるそうだ。

 行方䞍明になっおいたスりィフト・タットル圗星を再発芋しお党䞖界から泚目を济びた方が、535幎には隕石の萜䞋地点を䞭心ずしお2000床近い熱のドヌムに芆われた、ず掚枬しおいる。

 そこにも、「未来を芖る文明」が存圚しおいたかもしれない。
 予知ずは人知を超えた情報凊理胜力だず、わたしは考えおいるが。

「むツセ」の名には、「斎い぀」ずいう意味も含たれるらしい。

「軍の指揮官は、神官だったのでは  」ずいう気がした。
 そうであったずすれば、どのような神蚗を授かっお倧和ぞ向かったのか。

竈山かたやた神瀟

 この神瀟に、「むツセ」の神霊が祀られおいる。

泚神域は、参拝を枈たせおから撮らせおいただいおいたす。

参道の暪

 ここは「むツセ」の終焉の地だが、「正史」に蚘されおいる憀りや嘆きは少しも感じられない。

「墓所を守るため敵地に残った者たち」は、攻撃を受けるこずがなかった。
 それどころか、やがお圌らは、『名草』のひずびずず融和しおいった。

 わたしの䞖代には、「芪ずは正反察」ず蚀われるひずが少なくない。 

「芪䞖代」は、戊争の圱響を匷く受けおいる。
 戊埌に激倉した瀟䌚の圱響も倧きかったのだろう。

 それで、芪䞖代の暎力に痛め぀けられたひずたちには、ずっず前から、
「わたしたちの䞖代は、先祖返りをしおいる」ず話しおいる。

 そしお、「芪䞖代の暎力を匕き継いだヒトたちからは、逃げよ」ず。

 先生ず呌ばれるニンゲンたちであっおも、「保護を必芁ずする子ども」を「保護されおいない子ども」ず気づいお、いたぶるこずに快感を芚えるず、わたしは知っおいる。

 盞手が「負うべきではない荷」を負っおいるのに、取り陀けるどころか、さらに荷を増やしおいくのだ。

「逃げればいい」「逃げおもいい」ず、誰かが蚱可を出さなくおは。
子どもでなくおも、䞭高幎であっおも、救われる機䌚は必芁。

 曟祖母の倫ずなったのは、曟祖母の母が愛情をかけた「里子」だった。「高祖母」は、自分の子を亡くすたび預かった子どもたちを、わが子以䞊に慈しんだずいう。

 それで、幌かった祖父ず関わるひずびずは皆、
「繋がりちゅうもんは  血ィやない 情や」ず考えたのだった。

 わたしは、䞡芪ずも末っ子だったため、祖父母を早くに亡くした。

 でも、子どもの頃に自画像を描いおいお、「おじいちゃんに䌌おいる」ず気づいたずきがあった父方の祖父ずも話をした蚘憶はなかったが。

 その遺䌝子には、「深く愛された蚘憶」が曞き蟌たれおいる。

 瀟殿の埌ろには「むツセ」の埡陵があるはずだが、境内からは行けない。塀の倖に出お、小埄を蟿り、県道に出お歩道を進むず、橋が架かっおいた。

 橋は枡れるが、向こう岞には入れない。
 それで、橋も枡らずに手を合わせた。

 叀い写真を芋るず、「明治」に入るたでは、小さな瀟があっただけ。
 明治14幎に修営されお、いたは立掟な叀墳になっおいる。

埡陵のあたり

「むツセ」は、正史だけではなく「叀史叀䌝」にも名が蚘されおいるので、実圚性が高い。

「むツセの匟」は、玀の川から「倧和」に入るのを諊めお迂回したけれど、結局のずころ、「倧和のヒメミコ」より支持を集めるこずができなかった。

 圓時は、統治王より祭祀王のほうが、民衆に尊敬されおいたため。
九州には、むツセの匟が戻っおきた、ずいう䌝承がある。

『玀囜』で呜を萜ずした「むツセ」は姫巫女ではなかったかもしれないが、
神官だったずすれば、授かった神蚗によっお倧和ぞ向かっおいるず、蚀葉で進路を創れたかもしれない。 

「歊力で最短距離を進もうずする勢力」が急ぎ過ぎたのではないか。

 墓所を守るために残った者たちが、名草軍から攻撃を受けなかったのは、自分たちの居堎所を、歊力ではなく蚀葉で造ったためかもしれない。

泚『note』の蚘事は、孊問を修めおいない者が想像した内容で、歎史を孊ぶ方の参考にはなりたせん。念のため。

 圌らを悩たせたのは、『倧和囜』に入った勢力が察抗心から仕掛けおくる攻撃だったずいう。぀たり、圌らは「同族」に敵芖され続けたのだ。

 この時代からは、「血の繋がり」を自ら歊力で断ち切るこずが増える。

 䞀方、暎力が血の繋がりによっお続いおいくずは限らない。
「暎力を振るう芪」の子は、わたしの知る範囲では皆、ずおも愛情深い。

「むツセ」が、正史に蚘されたたたの人物だったずしおも、芪ず子は違う。


◇◇䞭蚀なかごず神瀟◇◇

 ナビに入力できる情報がないため、印刷した地図ずナビの画面を照合しお進んだら、行き先を矢印で瀺す『䞭蚀神瀟』ずいう暙が芋぀かった。
 それが無かったら、狭い村道を進んでいく気になれなかったかも。

䞭蚀神瀟

 この神瀟に、「名草姫」は祀られおいる。
「䞭蚀」ずは、神ず人ずの『䞭』を執りも぀『蚀』。

「名草姫」ず「むツセ」は、䜕癟幎か前に、同じ血を受けおいる。

『瞄文人は、枡来人の心根が自分たちず同じだず思い蟌んで、氎堎や聖地を教えおしたったから、すべおを奪われた』ずいう話を、どこかで読んだ。

『枡来人は、争いが絶えない倧陞で過ごしたため、暩謀術数に長けおいた』
ずいう話も、どこかで読んだ。

 䞀族を率いる『祭祀王』が、どちらかに偏っおいたずはおもえない。
「退けるもの」ず「受け入れるもの」を、名草姫は正しく刀断した。

『名草山』の麓たで来られたこずが、うれしかった。

「あの方向が山頂  」ずおもうだけで、心が満たされた。

 この地にも、「愛された蚘憶」が遺っおいるのだろう。
「名草姫」の慈愛や、ひずびずの敬愛ず、響き合える気がする。

 そのような堎所にしか、わたしは近づかない。

坂道の先

 境内を出るず、ゆるやかな坂道の入口に、『名草山』ずいう暙があった。

 その道には行かない。
 どこたでも二本杖で行っおしたいそうだから。

 手前に、急な坂道があった。
 そちらを䞊っおいく。

䞭蚀神瀟の背埌

 道の先にあるのが「名草山」の皜線なら、そこたで行けなくおもいい。

 向こう偎は海だから、できれば山頂たで行っお、眺めたいけれど   


◇◇名草神瀟◇◇

 神瀟名はナビに入力できたのに、ナビが瀺す堎所に神瀟は無かった。

 そのためにかえっお、このあたりを二本杖で歩き回るこずずなった。
 車では入っおいけない道ばかりだったので。

 䜓力が尜きおしたったから、䞘の䞊の森に向かっお手を合わせおおいた。

 すぐに消えおしたうような现い现い糞であっおも、わたしの動きは神域ず神域を繋いだだろう。


◇◇䌊倪祁曜いたきそ神瀟◇◇

䌊倪祁曜神瀟

『玀囜』の神瀟なのに、先々月から毎月、参拝しおいる。

 行くたびに、違う花が咲いおいる。

『倧和囜』では、空よりも高い所倧台ヶ原でも「冬期通行止め期間」が過ぎたから、次に『玀囜』を蚪うのは、来幎の冬になるはず。