洞窟で暮らすハチワレを救いたい(イオンとフラット35をアップデートする)
今日も、僕が主催する研究会で「ちいかわ化する社会」の話になった。
労働疎外を家族アイデンティティで埋め合わせる戦後中流モデルは崩壊した。経済構造的にも、女性の人権という観点からも、このモデルの再建は不可能で、するべきでもない。クリエイティブな仕事で疎外を克服できるのは一握りのエリートだけだ。こうなると、「地域共同体に戻れ」という言説が出てくるが、これも絵に描いた餅だ。共同体は主役には天国だが、モブキャラには地獄だ。だから人類は、こうしていまも農村共同体から都市へ脱出し、賃労働を選択し続けている。
じゃあ、どうするか。弱者たるアンダークラスは、仕事での自己実現も家族形成も諦め、ブラックバイトで日銭を稼ぎながら、「友だち」とラーメンを食べることを楽しみに生きることになる。これが『ちいかわ』の世界だ。
それで何が悪い、と思う人もいるかもしれない。しかし、問題は二つある。
一つは、身分の問題だ。ちいかわたちの種族と「鎧さん」たちの種族との間には、明らかな支配関係がある。身分制を受け入れることを、納得できない人にまで強制するのは、どう考えても悪だ。もう一つ。『ちいかわ』の登場人物には良いやつが多いが、現実世界に存在するちいかわ的なアンダークラスの何割かは、排外的なナショナリズムに傾く可能性が非常に高い。というか、現実にそうなっている。
この状況に対して、どう対応するか。僕は地方関係の仕事で、よく「地方の農村に帰還して、地域の人たちと仲良くコミュニティーを運営し、豊かな人間関係の中で生きる実感を得る」……みたいなビジョンがウットリと語られる場面に出くわすのだけど、僕はそういうのに全くリアリティを感じない。それは、言ってみれば東京のクリエイティブ・クラスの自分探しやセルフブランディングの域を出ていない。「でかつよ」や「鎧さん」のあいだで流行するサブカルチャーの域を出ず、「ちいかわ」たち、つまり一般層やアンダークラスに普及するとは思えないのだ。繰り返すが、「共同体は主役には天国だがモブキャラには地獄」なのだが、港区のクリエイティブ・クラスはこれを見落としがちなのだ。
僕の考えは、概ね以下の三つだ。まず、格差の問題には、なんだかんだで再分配の強化しか解はない。グローバル市場で発生した格差を、ローカルな国家内の再分配で埋めることには限界がある。しかし、ここに知恵を絞るしかない(まだやっていないことはたくさんある。グローバル・ミニマム課税とか、情報銀行型労働組合とか)。
二つ目。再分配によってときに損なわれる尊厳(「施される側」とされること)を守るには、労働疎外というか、賃労働そのものにメスを入れるべきだ。ジョブ型雇用は新自由主義的なゲームの温床として批判されるが、ここは再分配の形式を変えることで再設計できるはずだ。分厚い(個人単位の)再分配+ジョブ型雇用による「弱い自立」モデルなら、再分配によって損なわれる尊厳を、「自分の仕事」をしている誇りがかなりカバーするだろう。
三つ目は、「つながり」の再設計だ。「つながり」が生活のために不可欠なインフラを握ってしまうと陰キャは詰むので、やはり「つながり」と生活インフラは切り離すべきだろう。個人単位の都市生活をベースに、つまり、一人で生きようと思えば生きられる環境を維持しながら、「友だち」的な横のつながりをつくりやすい環境をどう整備するかが課題になる。ここでも、令和のマリー・アントワネットたちは、意識の高いコミュニティースペースや、地元のボスがでかい顔をする居酒屋やカフェをドヤ顔で提案するが、そういうのにはまったく意味はない(ある程度のコミュ強や、金持ちや権威持ちには、さぞかし気持ちの良い空間だろうが)。
じゃあ、どうするのか。僕の考えは、比喩的に言えば「イオンとフラット35をアップデートする」ことだ。
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