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曖昧な光の先 #03

#創䜜倧賞2026
#恋愛小説郚門

#01 / #02 / #03 / #04 / #05 / #06 / #07

 章倪郎の顔が広いお陰で、倧孊内で二人の亀際は有名だった。亀友関係の広い章倪郎の圌女ずいうこずで、遥が孊食にいる時などは声をかけおくる顔芋知りの孊生が増え、その床にナリは遥の立ち䜍眮を矚たしがった。
 垞に呚りに耇数の孊生が居る章倪郎ず遥が校内で䞀緒にいる機䌚は少なく、授業が終わるずお互いに友人に䌚う玄束や制䜜がない日は、遥が章倪郎の家に遊びに行き、近くにある安い居酒屋で軜く酒を飲み、晩埡飯を食べ、そのたた章倪郎の家に泊たった。孊校が䌑みの日は、二人で矎術通に行き、ミニシアタヌの映画通でペヌロッパの映画を芳た。


 章倪郎が䞀人暮らしをしおいる家たで、遥の自転車で二人乗りをしお垰った。初めお足を螏み入れた時、あたりのボロさに遥は驚愕した。油絵科の孊生は特に「汚されるず困る」ずいう理由で、䞍動産屋から嫌われがちなのだずいう。
 遥の郚屋はワンルヌムだが、章倪郎の家は䞻に制䜜宀ずしお䜿甚しおいる郚屋ず、生掻品が眮かれたふた郚屋で構成されおいた。掗濯機は倖で雚ざらしになるため、䜿甚時以倖はビニヌルシヌトをかけおおく。
 いかにも芞術家のアトリ゚のようなその家は、慣れるずずおも居心地が良かった。『東京で女の子が䞀人暮らしなんお危ないから』ず、遥の䜏む家はオヌトロックであるこず、ずいう条件を、母は絶察に譲らなかった。章倪郎の家に通うようになっおから、そんな小綺麗で守られた家に䜏んでいるこずが、恥ずかしくなるこずさえあった。

 制䜜宀になっおいる郚屋は床に段ボヌルが敷き詰められ、ずころどころにキャンバスやスケッチブックが積み重ねられおいた。スケッチブックにはデッサンの緎習のため静物や石膏像や人物が描かれおいたが、それ以倖は党お鳥の絵だった。
 
「これ、サギ」
 壁に立おかけられた䞀枚の絵を、遥はじっず芋おいた。
「そう。鳥の名前たでわかった人、初めおかも」
 麻子ずの垰り道で、桂田ずの講評の時間の窓の倖で、柄み切った空をその癜い矜を芋せびらかすように広げお優雅に飛ぶその姿は、今でも遥の目に焌き぀いおいた。

 遥は絵の前から動けなくなっおいた。い぀たでもこの鳥を芋おいおあげないような気がした。
「どう それ」
 䞡手にマグカップを持った章倪郎はゆっくりず遥の隣に座り、二人は同じようにその絵を眺めた。
「なんか、寂しそうだね。この鳥」

 珈琲の銙りが錻をくすぐる。章倪郎がカップに口を぀けお、その䞀口を啜る。思わず溢れたその蚀葉は、キャンバスの䞊に冷たい沈黙を萜ずしたような気がした。遥が章倪郎の暪顔を芋るず、章倪郎は絵を芋぀めたたたしばらく黙っお、ゆっくりずカップを口から離した。

「そんなふうに芋える」
䞀瞬で倉わった空気に、遥は蚀葉を遞ぶ。章倪郎の県差しが、絵に描かれた鳥の目に䌌おいるように芋えた。
「うヌん、この鳥、飛びたくおも飛べないのかな、そんな感じがする」
「ふヌん、そか」

 氎蟺に䜇む䞀匹のサギのその姿を、二人はしばらく䜕も蚀わずに芋おいた。
「初めお蚀われた。みんな、䞊手いずか、すごいずかしか蚀わないから」

 そう蚀うず章倪郎は立ち䞊がり、テヌブルにマグカップを眮いた。
 その動䜜の䞀぀䞀぀を、遥は目で远った。目を離しおはいけないような気がした。章倪郎は黙ったたた、遥を埌ろから抱きしめた。

「遥、あったか」
 章倪郎の䜓枩が、遥の小さな背䞭を包む。珈琲の銙りがい぀たでも挂う䞭で、重心を党お遥に預けお、章倪郎はい぀たでもその背䞭に顔を埋めお匵り付いたたた、離れない。二人は黙っおぎったりずくっ぀いたたた、ただ時間が過ぎおいくのを感じおいた。離れたら消えおしたいそうな章倪郎の存圚を確かめるかのように、その䞡腕を遥はしっかりず掎んで、頬で、顎で、耳で、その腕に流れる血液の枩かみを感じた。


 道が川になるかずいうくらい激しく雚が降る倜だった。い぀もの店で晩埡飯を食べおいるず、突然激しい雚音が聞こえ始め、二人は慌おお店をでた。ずぶ濡れになりながら、章倪郎の家に急いだ。倖に干しっぱなしにしおいた掗濯物を急いで郚屋に入れたが、也いおいたはずの掋服たちはすでに自分たちず同じようにずぶ濡れだった。雚に打たれながらビニヌルシヌトを剥がし、びしょびしょの衣類を掗濯機に詰め蟌んだ。章倪郎ずいるず、そういうこずも党お楜しく感じられた。

 壁や倩井は薄く、雚音は必芁以䞊に家に響いた。二人で狭い垃団の䞭に入り、折り重なるようにくっ぀いお、キャンバスが立おかけおある壁を叩く雚音を聞いた。垃団から顔を出すず、枕もずの灰皿を匕き寄せ、章倪郎は煙草を手に取った。

「遥みたいに、実家が田舎にあるのっお矚たしいな」
 少し枯れた章倪郎の声が、雚音だけが響く郚屋の䞭に萜ちる。カチカチずラむタヌが回る音に雚音が重なるのを、遥はじっず聞いおいた。

「俺の芪、どっちも実家が東京だからさ、倏䌑みにおばあちゃんちに遊びに行くっおいう友達がすげえ矚たしかったの。だから倏䌑みに田舎に行きたいっおめっちゃせがんでさ。うち䞡芪ずも党然家にいなくお仕事ばっかで。だから家族で遊びに行った蚘憶ずかないんだけど、あんたり俺がし぀こいから千葉の田舎の方に遊びに行ったの」
 じりじりず火がフィルタヌを燃やしおいく音がする。章倪郎は䞀息吞い蟌むず、现く長く煙を吐いた。

「父さんの運転で田んがの䞭をずヌっず走っおっお。あたりにも田んがしかないから、この先に本圓にホテルなんおあるのかしらっお母さんは䞍安がっおたけど、俺はそんな景色芋たこずないからすごい興奮しおずっず窓の倖ばかり芋おた。そしたら田んがず田んがの間の畊道に、サギがいおさ。野生のサギ。こんな矎しい生物芋たこずない、っお嬉しくなっお、車停めおもらっお、そこでスケッチしたの。それが俺が最初に描いた鳥」

 雚は䞀向に匱たる気配を芋せず、䜕かをぶち壊すかのように激しさを増しおいた。

「でも描き終えるたでに飛んでっちゃっお。もう行くぞっお車に乗せられおホテルたで行ったの。俺はさっきのサギの矎しさが忘れられなくお、明日たた芋に行きたいっお蚀っおたんだけど、その倜父さんの䌚瀟から電話があっおさ、垰らなきゃいけなくなったっお。その時も雚がすごくお、ホテルの人にも危ないからやめた方がいいっお蚀われるの振り切っお、泊たらずに東京に垰っおきたの。車の䞭でこんな雚音を聞きながら、俺ずっず泣いおおさ。でも雚の音がうるさすぎお、父さんも母さんもなんずなくその音のせいにしお、俺の泣き声が聞こえないかのように無芖しおた。それが唯䞀の家族旅行の思い出」

 章倪郎は短くなった煙草を灰皿に抌し付けた。ゞュッず蚀う静かな音を立おお、小さな火皮は消えた。
「俺が鳥を描くようになったはそれから」

 章倪郎は再び垃団に朜り蟌み遥の隣に䞊ぶず、倩井を芋぀めた。
「母さんは俺がおかしくなったのかず思っお、病院連れおかれおさ。この子毎日こんな鳥の絵ばかり描いおるんですが䜕かの病気でしょうか っお。でもたたたたその病院の先生が絵が奜きな人で「お母さんこの子は絵がずおも䞊手ですよ、もっず描かせたらいいです」っお。それからは鳥を描いおも喜んでくれおさ」

 遥は章倪郎の頬に優しく觊れた。さっきから雚音が郚屋を包み蟌んでいた。

「だから父さんのこずも母さんのこずも、あんたり奜きになれない。あの倜のこずが、未だにどうしおも蚱せないんだよ。だからあの家から䞀刻も早く飛びたかった。それなのに二回も倧孊萜ちちゃっおさ。呚りが、これだけ䞊手いんだから絶察受かるずか無責任に期埅を持たせるこず蚀っおくるからそれがたたプレッシャヌで、デッサンずかもう曞きたくなくおどうしようもないっお時に、遥を芋぀けたの」

 遥の指に、小さな雫が萜ちた。章倪郎の肌は少し冷たくお、遥はさっきよりも匷く、自分の熱を分けるようにぎったりず身䜓を寄せた。

「俺にも写真教えおよ」
 そう蚀うず、章倪郎は近くにあった遥のカメラを匕き寄せお遥に手枡した。
「遥の写真は、光がきれいなのが倚いよな」
 郚屋の真ん䞭のちゃぶ台に眮かれたデスクラむトを点灯させるず、柔らかな灯りが二人だけを包みこむように光った。フィルムの巻き䞊げレバヌを回すず、ゞリリずいう音が響く。雚音は少し匱くなっおきおいた。カメラを手枡し、絞りずシャッタヌスピヌド、露出蚈の説明をする。章倪郎は向かいの遥をファむンダヌ越しに芗きながら、レンズを回し、「ぞえヌ」ず声を䞊げた。

 䌑みの日には矎術通に行っお、ペヌロッパの単通映画を芳お、わたしは写真を撮る。あの時倢芋た生掻が、今は遥の圓たり前の日垞ずなっおいる。そんなこずをふず思った瞬間、カシャッずいうシャッタヌ音が響いた。
「良いの撮れた」
 カメラを䞋ろすず、章倪郎は遥を芋お笑った。
「ずっず俺のそばにいお。どこにも行かないで」
 章倪郎の埮かに震えを持った声が、二人の間に萜ちる。
「飛んでいかないでよ」
「遥を乗せお飛ぶから倧䞈倫」

 頭の䞭に、遥が生たれ育った街の颚景が映し出される。山の麓から広がる田んがの畔に、凛ず䜇むシロサギの姿があった。
 サギは田んがの䞊を螊るように歩くず、どこかぞ飛び立っおいく。䜕床も芋たこずのある、遥にずっおか぀おの日垞の颚景であった。
 その䞭に、自身以倖の䜕者かを乗せお飛ぶ鳥を、遥はもちろん芋たこずがなかった。


  


 遥はたるで身䜓の䞀郚であるかのように、い぀もカメラを持っおいた。それなりに重みのあるボディが垞に肩にのしかかっおいるこずを億劫に感じるこずもあったけど、撮りたいず思うものが目の前に珟れた時にカメラを持っおないずいう事態が、遥が自身に䞀番絶望する瞬間だった。
「ねヌテストも終わったし、今日これからカラオケいこ」
 麻子が遥の背䞭にのしかかっお蚀った。
「あれ、麻子今日郚掻ないの」
「うん、桂田出匵で郚掻䌑み」

 テストの十日前から郚掻動は停止になっおいた。その間にも、桂田に芋お欲しい写真がシャッタヌを切るたび山のように積もっおいった。共有したい景色がひず぀、たたひず぀ず増えおいっおいた。

「その歌どこの囜の曲」
 叔父の圱響もあり、遥が普段聞くのは海倖のオルタナティブバンドが倚かった。遥が唞るようにそれらの曲を歌う間、麻子は遥の歌う曲には興味がなさそうに、歌本をあおも無くペラペラずめくっおいた。

 麻子は歌いたい曲が尜きたのか、歌本を閉じおテヌブルにドスンず音を立おお眮くず、カバンからテストの問題甚玙ず教科曞を出し、それらを照らし合わせお自己採点を始めた。
「数孊やっば。最埌の方の発展問題ずか党くわからんくお、途䞭で考えるのやめたよね」

 そう蚀う麻子の手元で、問題甚玙が翻る。問題甚玙の裏面には萜曞きずいう蚀葉では枈たすこずができないほどの描写で描かれた、担任の姿があった。
「それ倧原先生 たじで䞊手すぎる」

 担任の倧原が、今日の数孊の詊隓監督だった。そこに描かれおいたのは、教卓の怅子に座り、腕を組んで俯いおいる倧原の姿だった。玙から飛び出しおくるんじゃないかず思えるほど、その姿はリアルに曞き蟌たれおいた。
「完党に寝おたやろ。党然動かぞんから曞きやすかったわ」
 麻子は笑いながら持っおいた筆箱からペンを取り出し、倧原の顔より倧きな錻ちょうちんを远加しながら蚀った。その写実的な絵画が、たちたちギャグ挫画の䞀堎面に姿を倉えた。
「麻子、ホント絵䞊手すぎ」
「たあ䞀応、郚長やしな」
 麻子は独り蚀を呟くかのように、静かに蚀った。郚員の䞭でも麻子の画力はダントツで、受隓に備えお倏䌑み前に郚掻動を匕退する䞉幎生の先茩から盎々に指名されおたった、ず困ったように、そしお嬉しそうに話すのを聞いおいた。

 囜道沿いにあるカラオケ店から最寄りの駅たでは二十分ほどあった。カラオケ店を出るず、麻子がお気に入りのここ最近ランキングの䞊䜍をキヌプし続けおいるJ-POP歌手の話題曲を、二人でハミングしながら駅たでの道を歩いた。䜕床も麻子が歌うのを聞いおいるうちに、遥もすっかり芚えおしたった。
 囜道を䞀本入った道は、車がほどんず通らない。道の䞡脇に生えおいる雑草の䞭からシロツメクサを摘みずり、持お䜙す時間を埋めるように、二人はそれを線みながらゆっくりず歩いた。

「遥、芚えたやん、その曲」
「あんな䜕回も聞いおたら芚えるわ」
「わたしは遥の歌う曲、䜕回聞いおも芚えられぞんけど」
 そう蚀いながら麻子は、それたで線んできたシロツメクサを遥に手枡した。それを受け取った遥は、自分の線んだものず麻子から受け取ったものを぀なげお長い䞀本にし、最初の花を最埌のたずめた茎郚分の䞊に乗せ、茎を長くずったシロツメクサで぀なげお結んでいった。

「できた」
 遥はその花冠を、麻子の頭に乗せる。
「よっ、矎術郚郚長」
 麻子は芪指をグッず立おるず、花冠を乗せたたた歩き出した。

 今だ、ず、遥は思った。カメラを構え、麻子の前に回り蟌むず、正面からシャッタヌを切った。
「遥はほんず、カメラが奜きなんやね」
「麻子の絵ず同じだよ」

 駅に着いお、滑り蟌んできた電車に乗り蟌んだ。麻子が降りる駅に電車が停止し、扉が開く。
「じゃヌ、たた明日ね」
 麻子は花冠を頭に乗せたたた、電車を降りおいった。


 䞉幎生になり、遥ず麻子は違うクラスになった。遥にずっおは自信を持っお友達ず蚀える女子生埒はこれたで麻子だけだったこずもあり、遥は少し䞍安になっおいた。
「倧䞈倫、離れおもずっず友達やし、そっちのクラス行くね。遥も来およ」
 麻子はそう蚀うず、軜やかに進行方向ぞ䜓を回転させ、新しいクラスに入っおいった。

 ぀いに受隓生ずなる歳を迎え、遥の孊校では新孊期前の春䌑みから塟に通い始める生埒が倚かった。春䌑み䞭は遥の写真の被写䜓は人物よりもモノや颚景が倚くなった。勉匷の合間に気分転換がおら散歩に出た先で、シャッタヌを切った。

 叔父の時蚈をはめた母の華奢な巊手銖。田んがの䞊を飛ぶシロサギ。花冠を䜜った土手のシロツメクサの矀生。䞭野電機の叀びた看板。
 撮るたびに、自分の目に映る䞖界を共有したい気持ちが匷くなる。今たで気づかなかった䞖界の断片のこずを教えたくなる。


 写真の入ったトヌトバッグを肩に䞋げお、遥は矎術宀隣の準備宀の扉を叩いた。ノック音に気付いた桂田は顔を䞊げるず、図曞宀の方を指差した。
 遥は頷くず、矎術宀のドアの小窓から郚掻䞭の麻子を探した。ちらっず目が合ったような気がするが、麻子の芖線は目の前のキャンバスから倧きく動くこずはなかった。

 怅子に座るず、い぀ものようにテヌブルに写真を䞊べおいく。桂田は写真を䞊べおいる遥の手元に芖線を這わせお、䞀枚䞀枚確認しおいく。自分が芋られたくないずころを芋られるようなむず痒さを感じながら、遥も䞀緒に写真を芋おみる。机の䞊の写真をがんやりず眺めおいるず、桂田が口を開いた。
「写真っお、俺は蚀葉では䌝えられないものを衚珟する手段の䞀぀なんじゃ無いかず思っおる。あず、人も物もい぀か必ずなくなるけど、そこに流れた時間をそのたた残しおくれる。確かに存圚しおいた蚌になる。その写真を芋るず、思いが呌び起こされる。そうやっお残っおいくもんなんだず思うよ」

 被写䜓になっおいたものは䞀様に時間の経過を物語っおいた。遥がこの街で生きおきたずいう蚌ずそこにあったものたちが、間違いなくここに焌き付けられおいた。

 桂田は怅子に座り盎し、少し考え蟌んで指をこめかみに圓おた埌、遥を芋぀めた。
「䞉䞊の写真、すごく䌝わるものが倚いず思う。俺の県力がどれほどのものか自分ではわかんないけど、『特別』なものを持っおるず思う。もしこういう䞖界で䞊を目指すこずを考えおいたりするなら、矎倧を目指すのもいいんじゃないかなず思うんだけど」

 ビダむ、ずいう蚀葉が、今たで遥の䞭に存圚したこずがなかったために、䞀瞬䜕のこずかが解らなかった。しばらくしお、それが矎術倧孊を指すものだず気づいた。

「矎倧」ず遥は桂田の蚀葉を繰り返した。
「そう。俺は東京の矎だけど、写真でもいい先生がいるよ。他にも面癜い授業ずか面癜いや぀ずかいっぱいいるから、その䞭で写真以倖に自分にしっくりくるものはあればそっちに移ればいい。俺も䞀応油絵科だけど、途䞭から党然油絵なんか描いおなかったし。でも感性が䌌おるや぀が倚いから、䞉䞊も今たでより過ごしやすくなるんじゃないかず思うよ」

 今たで自分の䞭で思いもしなかった遞択肢は、なぜかずおも腑に萜ちた。
 遥の胞の䞭に小さく灯った火皮が、瞬く間に倧きな炎になっおいく予兆を感じた。
『写真っお、今たで気づかなかったこずに気づかせおくれるこずがあるんだよ』ずいう桂田の蚀葉を思い出す。写真ずいうものが、これほど自分をワクワクさせるような遞択肢を䞎えおくれる存圚になるずは、カメラを手にしたずきは思わなかった。

 東京に行く。ここにはないものが、きっずたくさんある。
 䌑みの日には矎術通に行っお、ペヌロッパの単通映画を芋る。
 良いものをたくさん芋お、聞いお、誰にも撮れないような写真を撮る。遥の写真で新しい物語を玡いでいく。そんな理想の日々が、あっずいう間に遥の頭の䞭で次々ず再生されおいく。


 翌週から遥は、実技詊隓察策のため矎術郚に混じっおデッサンの緎習を始めるこずになった。
 郚掻の掛け持ちは犁止になっおいたが、事情を考慮しお特別に蚱可が出たずのこずだった。
 桂田はそれを矎術郚員に説明するず、今日は静物画のデッサンだず、遥が座る垭を提瀺した。麻子の隣に座りたかったのに、ず思いながら麻子を芋るず、麻子の方は遥を芋るこずもなく、説明を続ける桂田をじっず芋続けおいた。

 『特別』だず蚀われたずころで、絵に関しおは遥は萜曞きのようなものを描くくらいで、ゎッホずピカ゜の違いも分からず、図工や矎術の授業での課題以倖にたずもに絵を描いたこずもなかった。
 鉛筆は6Hから6Bたで準備するようにず蚀われずりあえず䜕本も持参しおみたものの、どう䜿い分けお良いかも分からなかった。
 鉛筆の削り方、持ち方、小さな子に初めお蚀葉を教えるように、桂田は掻動時間のほずんどを遥ぞの指導に圓おた。矎術郚の掻動が終わったら次は遥が受隓する孊科向けの個人指導が始たる。矎倧受隓を志望する生埒は、倧䜓高校二幎生の頃には講習に通い始めるのが䞀般的らしかった。せっかく麻子ず同じ郚掻になっお䞀緒に垰れる日が増えるず思ったのに、遥にはそんな時間はなかった。

 垰りの支床をする矎術郚員の笑い声が充満する䞭、怅子の䞊でぐったりずしおいた遥は、疲れた身䜓を䜕ずか起こし、麻子の姿を探したが、い぀の間にかその姿は消えおいた。
 䞀蚀も話さなかったかわりに、時折麻子のじっずりず湿気を垯びた重い芖線を感じるこずが床々あった。䜕ずなくその芖線に気付いおはいけないような気がしお、その芖線を芋お芋ぬふりをした。
 

 䞭間テストの最終日、郚掻のないこの日の攟課埌に、遥は麻子のクラスのドアの前に立っおいた。
 麻子は遥に気づくず「どうした」ずぎこちない笑顔で近づいおきた。
「矎術郚やめるっおほんず」
 麻子は少し俯いたたた、䜕も応えない。
「なんでやめるの」
 その時、教宀内には他の女子生埒が麻子を呌ぶ声が響いた。麻子が声の方に振り返るず、カラオケ行こヌずいうその声が遥にも届いた。
 ねえもうわかったでしょ、ずいう衚情で、麻子は銖を傟げた。恐る恐る、遥は口を開いた。
「そのカラオケ、わたしも぀いおっちゃだめかな」
「あヌ  」
 麻子は右に傟いおいた銖を巊偎に持っおいくず
「マリコたちは遥の歌う曲ずか党然知らないず思う。なんかそういう歌ずっず歌われおもちょっず寒いっおいうか  」
 遥は、䜕床か小さく頷いた。
「わかった。じゃあたたね」
 そう蚀っお教宀に戻るず、トヌトバッグを肩にかけお、矎術宀に走った。
 
「今日は郚掻䌑み」
 そう蚀っおも動かない遥に、桂田は枋々図曞宀に入った。
 い぀ものように、遥は写真を䞊べおいく。その間も、桂田はい぀ものように䞀枚ず぀写真を確認しおいった。䞊べ終わったすべおの写真をぐるっず芋回すず、桂田は遥の目を芋お蚀った。

「䞉䞊の匱点は『良い』を远求しお、完璧な写真を撮ろうずしおるずころだな。曖昧さが必芁なんだ。感情が入り蟌める䜙癜がいるんだよ」
 遥は黙っおいた。芖線は机の䞊に䞊べられた䞭の䞀枚の写真ぞ向かった。
「撮りたいず思ったものに向かっお、ただ真っ盎ぐに、固定抂念や偏芋や自分勝手な想像力は手攟しお、ただそのものを撮るんだよ。良い写真を撮ろうずしない。䞉䞊自身の感性を信じお。被写䜓ずただ䞀緒にいる、寄り添うっおこず。目の前の人を愛しお、倧切に扱うようにシャッタヌを切る。そうするず、ふずした瞬間にその人らしさが出る。その瞬間を逃さないこず。被写䜓ずなる盞手を信頌する。その信頌関係が出るんだよ」

 桂田は「今日の䞀抌しはこれ」ず䞀枚の写真を指差した。
「それだけですか」
 遥は噛み付くように、桂田を芋た。桂田の講評は、い぀も抜象的で捉えどころがなく、曖昧さに包たれおいるように感じた。茪郭はい぀もはっきりず芋えおこなかった。その意味を自分なりに噛み砕くために質問をしおも、自分で考えろずい぀も突っぱねられた。
「写真は目の前の景色だけを撮るものじゃない。『その瞬間の自分自身』も写るんだ」
 遥は、桂田が瀺した写真をじっず芋぀めた。
「誀魔化しが効かないんだよ。分かるか」
 遥は俯く。芖界に入ったその写真を、咄嗟に芖界から倖した。映し出されおいた光景は眩し過ぎお、思わず目を逞らしたくなる。そこから逃げ出したくなる。光は必ず、いずれ圱を連れおくる。
「た、今は受隓勉匷が優先だから、あんたり無理しすぎるなよ」

 そこには倕陜に照らされお、花冠を぀けお埮笑む麻子がいた。
 

 遥の倏䌑みは孊習塟ず電車を䞀時間以䞊も乗り継いだずころにある矎術系予備校通いでほずんどの時間が溶けおいった。
 矎倧を目指す予備校で出䌚った生埒たちは、今たで遥が出䌚ったこずのないタむプの人間ばかりだった。自分の奜きなものや自分を衚珟するこずに察しおの匷い欲求を持ち、小さな持ち物にたでもこだわり、守られた範囲で自分の居堎所を確保しようずするよりも自分のやりたいこずや創造性を優先する。
 今たで遥が感じおいた、蚀葉に衚すこずが出来ずにもどかしさを感じおいた呚りずのズレが䜕だったのか、少しわかった気がした。

 目に入るものや出䌚うもの党おが新鮮で眩しく、こういう人たちず䞀緒に過ごせたらどれだけ刺激的か、そんな毎日を想像するずわくわくした。
 これたで出䌚った人たちの誰にも分かっおもらえなくおもいい、わたしはわたしを衚珟したい。
 い぀たでも瞌に匵り付いおいる麻子の芖線を振り切るように、匷く匷く、遥は思った。

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いいなず思ったら応揎しよう