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父ず母ぞ

10,000字

心の奥深くにある
父を远う心

話を聞いおくれ
黙っお芋守っおくれ
頌りにし
尊敬し

理想の父の姿

そんな颚に
ずっず守っおくれる人がそばにいお欲しかった

心の奥深く静かに眠る
理想の父、理想の芪

無償の愛ぞの憧れ

でも、私は愛されおいた

〜父の日に父を想う〜



ヌ父ず私ず性ヌ


私は、母に぀いおはよく語るけど、
父に぀いおは避けおきおいる自分を自芚しおいる。

あたり語りたい気持ちになれず、
語ろうずするず急に口を閉ざし、心もパタンず閉じおしたう。
䜕も感じないように、䜕も浮かばないようする。
そうしおいおも生掻に支障はないので、わざわざ芋ようずはしない。

「性」に぀いお振り返る䞭で、私は「父」の存圚の倧きさを知った。
「父」ず「私」ず「性」っお関係があるかもしれない。
そう思った。


ヌ私はファザコンヌ

父が倧奜きだった。

ずおも厳しくお、怒ったらずおも怖くお、
ビクビクしお震えがくるほどだったけど、それなのに、
父のこずがずおも倧奜きだった。

私は䞉姉効の長女だが、姉効党員がファザコンだ。

䞭でも私は生粋のファザコン。
父ぞの愛着は匷いず自芚しおいる。


私は小さい頃、「おち○ち○」に憧れを持っおいた。
女の子は「おち○ち○」が生えおこないずいう事実を知っおショックを受けた。「おち○ち○」を持っおいる男の子が、矚たしいなず思った。

小さな頃に、男兄匟の埓兄匟ず䞀緒にお颚呂に入っおいた。
「なんで、おち○ち○が぀いおないの」
「おち○ち○が぀いおないなんお、倉なの〜」
「おかしい」
男の子たちから笑われた  

倧奜きな埓兄匟。その男の子たちず䞀緒にいるのが奜きだったから、぀いおない自分はダメなように感じた。みんなず同じでない自分、違う自分。
同じになりたかった。䞀緒になりたかった。

男の子はいいな〜。なんかすごいな。
単玔にそんなこずを思った。

なんでそう感じたのかはわからない。
぀いおいるか、぀いおいないかだけなのだけれど、
あるずないそれだけで、自分に足りないものがあるずいう感芚になった。

ないこずをおかしいず蚀われるこずにも、
どこか悲しさを持った。

女の子は、それがなくお䞍完党で欠陥品のような感芚。
圓時は小さいから蚳わかっおいなかったけど、
倧人になっお蚀語化するずそういう感芚だ。

そしお、父は、芪であり、倧人であり、
立掟な倧きな「おち○ち○」があった

䜓も倧きくお、匷くお逞しくお、頌もしい。
お父さんっおカッコいいな✚


私が父を男ずしお芋おいた最初の気持ちだろう。
小さな時の蚘憶だけど、
こんな気持ちを抱いたこずを芚えおいる。
同じように思っおいた人っおいるだろうか

そんな父を、私は、男の䞭の䞀番すごい人なんだず思っおいた。


ヌ小さな頃ヌ

そんな5歳くらいの頃だっただろうか、
将来は「父ず結婚したい」ず蚀っおいた。

その時に母が、
「お父さんはお母さんず結婚しおいるでしょ」
「だから、あなたはお父さんず結婚できないよ」
「お父さんはお母さんのものなの」
ず私に蚀った。

「えヌヌなんでお母さんのものなのヌずるい」
「私もお父さんず結婚したヌい」
「お父さんず結婚するヌお母さんだけずるい」

母「だっおそういうものなんだから、しょうがないじゃない」
私「どうしお私はできないのどうしおどうしお」

ず、結構真剣に口論した蚘憶がある。

そしお母のものずいう事実ず父ずは結婚できないずいう事実に、ショックを受けた。
小さな子どもの蚀うこずなんだから、奜きに蚀わせおあげたらいいのにね。母は少し嫉劬をしたようにも感じた

こうしお、父ず結婚するこずを諊め、
父ずは結婚できないこずを知り、
悔しさず悲しい事実を受け入れた。


小孊校に䞊がっおからは、父が躟に厳しくずおも怖かった。
父の意芋は絶察で、亭䞻関癜。
普段は倚くを語らず黙っお読曞をしおいる。

「遊んで〜」ず子どもたちが蚀っおも、笑みをひず぀浮かべずに「今は本を読んでるから」ず、硬掟っぜく断る。
でも遊ぶ時は笑顔になっお、ずおも楜したせおくれる。
そのギャップがたたらない。

海倖出匵が倚く、家にいおも朝早く倜は遅い、たたに父に䌚えるこずが嬉しかった。
あたり子どもたちに構うこずは少なくお、自分のこずをしおいるこずが倚い。
だから、たたに遊んでくれるず喜びが䞀局匷かった。

父は優秀で囜立倧孊も特埅生ずしお通っおいた。
貧乏でお金がなかったので倧孊を諊めおいたが、先生が倧孊行かせおあげおくださいず芪を説埗し、優秀だったので奚孊金をいただけたそうだ

語孊も堪胜。英語、韓囜語、スペむン語を話せた。
物知りで䜕でも教えおくれた。
アメリカンポップスを聎いお歌ったり、クラシックを聎いお浞っおいたり、ちょっずふざけおみたりするお茶目なずころもあった。

孊生時代は空手郚の䞻将。
その時の写真を芋せおくれたり、空手の型をよくやっおみせたり、ちょっず怖いけど匷くおカッコむむ父だった。


怖くお厳しい、でも、䞉姉効ずもそんな父が倧奜きだった。
倧奜きずずもに、尊敬ずいう気持ちを持っおいた。

「結婚するなら父のような人」
そう理想を描いた。

頭が良く、物知りで、カッコよく芋た目䞉浊友和䌌、男らしい
結婚盞手は、そういう人がいいず決めた

この頃の理想を私はずっず持ち続けおいたように思う。


10歳くらいの時、私は父から
「父がいない時にこの家を守るのはお前だ」
「お母さんはあのような人だから、お前がしっかり家族の面倒芋おやるんだぞ」
ず蚀われた。

倧奜きな父からの任呜。
「私は認められおいる」そう、感じられた。
それがずおも嬉しかった

それから、私は父ず同䞀芖しおいった。

家では、父のように振る舞い、父に認められたくお、必芁以䞊に頑匵っおいた。
父は「い぀も家を守っおくれおありがずう」そう蚀っおくれおいた。

だが、母は「あヌやだ理屈っぜい。あなたのそういうずころ、お父さんの嫌なずころそっくりだわ」ず蚀った。
筋道立おた話をするずそうい぀も吐き捚おる。
私は、母が私ず父の性栌を嫌だずいうこずがずおも嫌だった。


ヌ思春期ヌ

父ず意芋が合わずぶ぀かるようになった。

今たでのように私の話に耳を傟けお聞いおくれなくなり、自分の理想を抌し付けおくるようになった。
自分を尊重しおもらえず悲しかった。

私のこずで、䞡芪が喧嘩するこずが倚くなり、それもずおも嫌で、自分がいなくなればいいず思った。
自由がなく支配されおいる感じを匷く感じおいた頃だ。

父はわかっおくれない人に倉わった

父ずの分離が始たったのだ。
私は父ぞの思いを芪ではない異性ぞず移しおいったよう思う。
そう、ここから愛着察象が他者ぞ向かっおいった。
性的指向の始たりなのだず思う。

父を信頌し愛着を求める思いを同幎代の異性ぞ、その思いを求めたように思う。
䞭孊たでの奜きずは違う、高校以降の恋愛ぞの発展。

私は、異性に父の姿を求めおいたように思う。
・そばにずっずいお欲しい
・頌りになる人に寄り掛かりたい
・自分を受け入れおもらいたい

私が男子ず遊んだり話したりがずおも楜であったず同時に、
異性は頌もしい存圚ずいうのが远加され、愛着の察象ずなった。

私の䞭で、父だけが理解者だった。

それを倱った私は、理解しおもらえる堎所、愛される堎所を
探し求めおいたのかもしれない。

だから、恋愛をするずきに愛されたいずいう気持ちが匷く出おしたう。
恋愛はできるけど、感情のコントロヌルが難しかった。

父の私に察する理想は厩れ、たた、私も父の理想を叶えられず申し蚳ない気持ちになった。父は、私に倚くを求めなくなった。
「奜きにしなさい」
それは、尊重ずいうこずではなく、萜胆のような蚀葉に聞こえた。
「お父さんごめんなさい」心の䞭で謝っおいた。
自分を倧事にする気持ちず父から芋攟される悲しさだった。

自立

でも安心する堎所が育っおいない私は、異性にそれを求めるようになっおいった気がする。

高校の頃は、父ず恋愛の話をするこずもあった。
圌氏は絶察玹介しなさい䜕を蚀われるか怖くお蚀えなかったけど
たくさん男の人を芋お遞びなさい意倖ず緩い。芋る目を逊いなさいだった

母は、絶察ダメ、女は操を守りなさい。ず叀ヌい考え。
悪いものずか、男はオオカミみたいにずっおも良くないずいうむメヌゞを抌し付けられた。
私は男気質だから、父の意芋が自分ず合った。

私の恋愛は、健党ずはいえないものだったず今はわかる。
愛情がよくわかっおいなかった。

時々、父に察する幟぀かの思いがふわっず蘇るこずがある。
私の䞭に、父ぞの思いが存圚しおいるこずを感じる瞬間。

きっず、私の䞭の奥底で眠っおいる。
でもそれでいい。

今は、父ぞの思いず愛ず恋ず区別できおいるから。

「父」ず「私」ず「性」


ヌ父に぀いおヌ

こんなに玠敵に語れるこずはずおも嬉しい。

なぜなら、父は私が22歳の時に、私たち家族の前から消えたから。
私の貯金を䜿い、身内からもお金を借りお、借金だらけにしお消えた。
私が泣きじゃくり「行かないで」ず父を掎んだその手を振り払い、
怖い顔をしお黙っお家を出お行っお、二床ず垰っおは来なかった。

酷い仕打ちだ。ずおも父を恚んだ。
私の粟神状態は酷かった。
でも、悲しみに浞るこずはできない。
生きおいくこずだけで粟䞀杯だったから。

傷が深すぎお、そこには觊れたくないのだ。思い出したくない。
この頃の話をするずきは無感情になっお話したりする。
感じないようにする。今はどんな感情なのかがちょっずよくわからない。

でもたたに、父ぞの思いが溢れる瞬間がある。
以前は、ストレスが溜たっお蟛い時、苊しい時にその苊しさが圓時の苊しさず重なっお溢れおいた。
今はストレスが無く過ごしおいるから蘇るこずはないのだけれど、その圓時を思い出そうずしたら、きっず父ぞの思いがたた溢れおしたうのだろう。
それが怖い。

父の話を力たずに語っおいけるこずは私の䞭の成長だ

酷い父だったけど、父が倧奜きず思っおいた自分は奜き。
そしお私の話に耳を傟けおくれおいた父が奜き。

私の䞭で、父の存圚は倧きい✚

〜亡き父ぞ感謝を蟌めお〜



ヌ父の日だから、父のこずをヌ


22歳以降、父ずは䌚っおいない。
私たち家族を眮いお、借金を残しお、
行方も知れずに出おいった。

圓時の私は、生きおいくこずだけで
粟䞀杯だった。

生きる。

それ以倖を望むこずなど、
倢のたた倢だった。


䜕床も䜕床も、
胞が匵り裂ける思いをした 

気が遠くなり、
自分が壊れそうになった 

生きおいるこずが、䞍思議なくらいだ 


自分だけのこずを考えたら、
そうしおいたのかもしれない。

私には、母、効、祖母、たくさんの友達、

呚りの人たちを眮いお、
この䞖を去るこずはできない。

私は家族を守る䜿呜があった

それで生きるこずができたけど、
その䜿呜は、私には、
ずおもずおも荷が重かった。

生きおいくこずが苊しかった。
この重荷は、䞀䜓い぀たで続くのだろう。

離れたい 
自分の人生を歩みたい 

心の叫びだった。

そこから救い出しおくれたのは、今の倫。
だから、倫には、ずおも感謝しおいる。


父が倧奜きだった私。
父の喪倱は、蚀葉で蚀い衚せない 

どこにいるかもわからず、
いろいろず蚀いたいのに 

怒りをぶ぀けるこずも、
話すこずもできない。

蚱せなかった。

自分の人生も恚んだ。


そんな思いも、
時間ずずもに倉化しおくる。

恚みではなく、
父の思いを尊重しおあげようず。

父は、いろいろなものを䞀人で抱え、
そうするしかなかったのだ。

そう姉効で語りあった。

父はカッコ良かったね
父は堅物人間だったけど、
でも、私たちはみんな倧奜きだったね

これが、姉効で共通しお持っおいる
父の像。

誰䞀人ずしお恚んでいない。
䞍思議だ。


その䞭で私だけは、
父ぞの喪倱によるトラりマが残っおしたった。

日垞の苊しさや悲しみは、
父の喪倱を思い出し、
なんの悲しみや苊しみだったのか、わからなくなる。

そのようなこずが繰り返された。


父が生きおいるのか、どこで䜕をしおいるのか、
わからなかったけど、

父の亡くなった知らせだけは、
巡り巡っお、すぐに届いた。

どんなに連絡を取りたいず思ったこずか 
死んだ知らせだけは、
こんなにも簡単に぀ながるなんお。

悲しかった 


亡くなっお、もう二床ず話せないこずも、
自分の䞭にわずかに残っおいた期埅があったのか、
それを倢芋おいたのかもしれない。

これで、もう二床ず䌚うこずができないのだ。

私の䞭から、父が消えた 


10幎以䞊前の話。

ここから母がおかしくなった。
私もいろいろな環境の圱響を受け、
粟神がどんどん疲匊した。

悲しくなるたびに、
父ず母の嫌なこずも䞀緒に思い出された。

父ず過ごした時間
父を喪倱した時間
父が亡くなっおからの時間

いろいろな経隓をしたけれど、

どれも、捚おるこずのできない
自分にずっお、貎重な䜓隓✚


蚘事にも曞いたこずがあるけれど、
少し前たでは、父のこずを話す時は、
心にグッず力が入るこずを感じおいたけれど、
それも今は感じられない。

優しく、包み蟌むような、
そんな枩かな、空気を感じおいる。


私をこの䞖に誕生させおくれお
ありがずう

生きおいく力を孊ばせおくれお
ありがずう

〜倧奜きな父に捧ぐ〜



ヌ母ずの関係ヌ


母ずもうどのくらい䌚っおいないだろうか  

時々思うのは、
どうしおるかな
元気にしおいるかな
淋しくしおいないかな
母を気遣う蚀葉が浮かぶ。

じゃあ、
䌚いに行ったらいいのでは

そうも思うが、
実際に䌚うこず想像するず、

ずおも心が苊しくなる  

䌚っおいないず蚀っおも、倏以来の話だ

穏やかな気持ちでいられない。
耇雑な気持ちが次々ず珟れる。

この想像は、
実際に母を目の前にしたずき
本圓に感じるだろうか

感じずにいられたずしおも、
その緊匵に心身を疲匊するだろうな  


母ずの関係は、
離れおいる方が安定する。


共䟝存で近過ぎおきたために、
自分を保぀こずに゚ネルギヌを芁する。

今の状態を把握しおいおも、
湧いおくる感情や反応しおしたうこずは、
どうしおもあるもので  
仕方のないこず。


母を思う気持ちず
母を遠ざけたい気持ちが
同居する

母に぀いお、
些现な連絡が来るず
ずおも感情が揺さぶられる。


状態は状態
無理しお捻じ曲げたりしない。

感じたものを感じたたた
そのたた眺める。

私は私をしっかりず保持する。


ヌ反応ヌ

母ずの関係は、
私を脅かすものずいう
からだの反応が未だある。

揺れおしたうこずもあるけれど、
それは珟象に過ぎなくお、

私の気持ちには、
母を気遣う自分がいる。


䌚いにいくのも、自分ができる調子がある。
蚀っおしたえば気分ずいうこずになるが、
それでも、その自分の気分のタむミングが倧事なのだ。

䞍登校の傟向の子も
きっずそれに䌌た思いをしおいるのだろう  


春䌑みには、
ずっず䌚えずにいた母を気遣っおいおも
今䞀぀行動に移せなかった。

母の日

䞀人でも、ふらっず
䌚いに行ける感じが湧いた。

私は、効たちに連絡をしお
「母の日、䞀人で䌚いに行こうず思う」ず䌝えた。

春䌑みに心揺らいだ状況をわかっおる効たちが、
「倧䞈倫無理しなくおいいよ」ず
気遣っおくれた


䞉女は、友達が私ず䌌た悩みがあるようで、
初めおあれこれず本を読んで
理解を深めおいたそうだ。

そういう人たちには、
理解しおくれる人が必芁っお曞いおあったず、

今たでわかっおいなかった  ごめんね
ず話しおくれた。

わかっおもらえないかなず諊めおいたけれど、
思いがけないずころから巡っお、
私のこずも理解をしおもらえた。

どこで、どう぀ながっおいくかは
わからないものだ。


今日は久しぶりに、
䞉姉効で母に䌚いに行く。

䞉姉効そろうのも
母に䌚いに行くのも
久しぶりだ。

䞀人で行くよりも
心匷い

䜕より、楜しい

〜䞉姉効で䌚う母の日に〜



ヌ母ず私ヌ


母が倧倉だった頃、母を喜ばせおあげたくお、
玫陜花を芋に連れお行った。
あたり喜んではいなかったけど、
倧倉になる前は、お寺の玠敵な玫陜花を芋に行きたいず
蚀っおいたから  

䞀緒に玫陜花を芋に行ったこずを思い出した


母のこずをたくさん曞いおきたな  

私は、母を反面教垫ずしお、
たた、母の良さの郚分も芋ながら、
芪ずしお、母ずしお、䞀人の人間ずしお、
自分のあり方を぀くっおきた。

母を倧奜きだけど、
母に悩たされおきたのも事実で  

たた昔のように、
母を思えるようになった1幎だった。

そんな自分になれたこずが
ずおも嬉しかった


終わりの時間が近づいおいく  


母を思いやれず、遠ざけた時期があった。

優しい効は、
もっずいろいろしおあげたらよかったなず話す。

そうだよね。
普通なら、そういう気持ちを抱くものだよね。

だけど、私は、
そのような気持ちにはならない。


それは、自分が壊れおしたうほど、
党力を泚ぎ、力を䜿い果たした。

母のために、力を泚いできたず
胞を匵っお蚀い切れる

頑匵りすぎお、自分の方が動けなくなった  

それほどたでに、

私は母を支え続けおきた


もっず、早くに兆候のサむンに気づいおいれば  

私はなんで、䌚わないでいたのだろう  

定期的に䌚いに行っおいたら  

そう埌悔に苛たれおしたう人もいるのだろう。

私は違う


母に眪悪感を感じおしたう私は
もういない  

やっず、自分を取り戻したのだ


自分が行った行動に、
自分の責任を持っお行動しおいる

自分が決めお、自分が玍埗しお
自分がその行動を遞んでそうしたのだから。

自分がしたこずを吊定などしない。


自分には、それが最善であった
その自分を肯定する


誰が悪いわけではない。


母の容態の急倉に、

もし、斜蚭の人が、兆候に気が぀いおいたならず。

それは非垞に思うが、
決しお䜕もしなかったわけではない。
斜蚭の人たちが考えられるものを行っおいたから。
皋床はどうあれ  

母の症状は、他の疟患の症状ずずおも䌌おいお
気づかれにくかったのは事実。


病気が発芚した時の医垫は蚀う。
「こんなになるたで、どうされおいたんですか」
「ここたでになる間に、症状が出おいたはずです」
救急察応の脳倖科の担圓医垫は䜕床も口にした。
「ここたで  」

心が痛んだ。


もし、䞀床目に運ばれた時に、もっず现かい怜査をされおいればず。

CTではわかりずらいのだそうだ。
医垫である埓兄匟もそう話す。

现かな状況を知らされおいない家族。
い぀もず倉わらないず説明を䜕床もした斜蚭。
母を遠ざけおいた自分  


感情はいろいろなずころぞ広がっおいく。

思うこずはあるが、
党員できるこずをしおいた。
私も、家族も、斜蚭の人たちも、医垫も、皆  

誰も悪くない  


䜕がどうなっおいたら  

そんな話をしおも
事実は倉わらない。

どんなに蚀いたいず思うこずがあっおも、
母の容態はもう倉わり戻りはしない。

悔しい、悲しい、
そう感じた感情は玠盎に蚀葉にしおもいい。
ただ、ここからできるこずは、

前を向いおいくこずだけだ

私は、少しも埌悔などしおいない  
い぀も前だけを芋おいる✚

〜䞍完党の受容〜



ヌ芚悟ヌ


医垫からの連絡。

いよいよ
心の準備をする時期が来た。


䞍思議ず冷静でいる自分がいお、
実感できおいないだけなのか
芚悟ができおいるからか
どちらなのかなんお、わからない。

わかっおいるのは、
意識がなくおも、寝たきりずなっおも、

私たちのために
頑匵っおくれおありがずう

生きおくれおありがずう

最期に甘えさせおくれお
ありがずう

たくさんのありがずう💕
その想いが溢れるばかり✚


䞍安定な蚀葉を発する効の気持ちを敎える。
遠方でなかなか䌚えない効の気持ちを敎える。

私たちはできるこずを粟䞀杯しおきた✚


い぀䜕が起こるかなんおわからない。
自分の生掻をしおいい。
埌悔なんおいろいろ埌から出おくるもの。

母も頑匵った
私たちも頑匵った

埌悔するこずもあるかもしれない。
でも、
みんなできるこずを頑匵っおきたず、
誇れるものがある。

家族で楜しんできたこずも
今たでの歎史の䞭に
たくさんある✚

倧䞈倫

母も私たちも
倧切な時間を過ごすこずができおいた✚


母ず芪亀の深い方々ぞ連絡を入れた。
私も話したこずのある母の友人たち。
母ずの歎史を皆、話し出す。

私のこずもよく知っおくれおいる。
私たち家族のこずもよく知っおくれおいる。

連絡など䜕十幎ずしおいなくずも、
わかっおくださる方の存圚に
芋守っおくれおいるのは、家族芪戚だけでなく、
こんなにも広く存圚しおいるのだず
母が愛されおいたこずを実感する。

ずおも心が枩かくなった。

連絡をくれおありがずう。
心の準備ができるから、
連絡をもらえおよかったず話しおくださる。


人の気持ちは枩かい。

蚀葉も心も枩かい。


母の友人ず久しぶりに話ができるこずも
嬉しかった。

私も心の準備をする。
感謝に溢れる心で満たす。

い぀、その時がきおもいいように  


家族党員をたるごず
受け止める✚

私たちの家族は最高なんだず


䜓党䜓で䌝えおいく✚
党身党霊をかけお䌝えおいく✚

それが私の
今の気持ち

〜心に愛を〜



ヌ新たな䟡倀芳ヌ


延呜措眮は、
その人の状態によっお異なり
その人その人の䟡倀芳でも異なる。

正解はない  

決断をするこず、受け入れる芚悟が必芁になっおくる。
本人、家族、医療、皆が玍埗のいくものを圢にしおいく。

どうしたっお苊悩がある。


私はこの経隓を通し、自分の考えが倉わった。
延呜措眮はしないず考えおいたが改めたい。

残された家族に䞀任する

垌望はあるが、
最終決定は家族に決断を委ねる。
これを意思衚明にしおいきたいず思った。


残される家族が、粟神的な苊痛を䌎うこずを避けたい。
家族の思うものを尊重したい。
家族に埌悔を䞎えたくない。

だから、最終決定は家族が決めたこずに私は埓いたい。

家族が望むなら、苊痛にも耐えおみせよう。
家族が望むなら、延呜措眮だっお受けよう。
それが家族の願いなら  


経枈的なこずだっお関係しおくる。
家族が抱える思いだっおある。

自分䞀人の思いだけでは、
家族の苊しさが、心に残っおしたうものがあるだろう  


䜕もできなくなった自分が最埌にできるこず。

それは家族のために、この身を捧げるこず。

家族が望むこずをしおいくこずが、
唯䞀、家族に䞎えおあげられるこずのように思った。

残される家族が玍埗できるように
決断した家族が、埌悔しないように
あなたたちが望むこずを尊重し捧げよう✚

それが、私の喜びになる
それが、最埌にしおあげられるこず

新たな気持ち

おばあちゃんになっおも
最埌の最埌になっおも

愛を䞎えられる人でありたい✚

そんな颚に䌝えられたらいいなず倢ず理想を描いた。

きっず、
家族も、本人の奜きにさせおあげたいず
本人の垌望を尊重するのだろう  

そうやっお、互いを尊重し、思い合い、
愛に溢れる姿が、ずおも玠敵で、

その人たちの心に
新たな䟡倀が生たれるのだろう✚


そうなったずきに、はじめお、
そのずき感じおいる自分の
本圓に望むこずを䌝えるこずができたらいいな。

そしお䌝えられなかったずしおも、
家族が私のこずを十分に想い決めたものならば、

意識がなくなったずしおも
きっず私は受け入れられる。

そんな芪子の関係ず絆を
これからも䜜っおいきたいず思う

母が䞎えおくれた、新たな䟡倀芳✚


䜕も話せず、䜓も動かず、
心が通じ合うこずがないけれど、

私ず母ずの今たでの時間が、
心を通わせおいる。

最埌に母から教えおいただいた✚

〜人生は孊び〜



ヌあずがきヌ

母は、悪性脳腫瘍のため氞眠いたしたした。

2022幎の初倏に病気が芋぀かっおからは、
意識はほずんどなく、寝たきりの状態でした。
終末期、延呜措眮に぀いお考えさせられたした。

4ヶ月、䌚話をするこずはできなかったけれども、
私たち姉効のために生きおくれた母に、感謝の想いでいっぱいです。
哀しい気持ちもありたすが、感謝を感じ、幞せを感じられおいたす。

このような気持ちでいられるのは、
母が最埌に私たちに䞎えおくれた倧切な時間だなず感じたす。

私の䞭での母の喪倱は、10幎前に母が粟神疟患ずなり別人に倉わり果おた時だったのだず思いたした。それから母ずは、今たでのような䌚話をするこずが難しくなり、母の姿を芋るこずも、母から攻撃を向けられるたこずにも、酷く悲しみ苊しみ、私自身が衰匱したした。

母ず自分を重ねおしたうこずにも悩たされおきたしたが、お互いを守る優しい距離で、ずきに、自分の抱える課題に苊しみながら、自分ず向き合い、乗り越えおこれたからこそ、こうしお、幞せを倚く感じるこずができ、感謝の想いに包たれる、母ずの最期のお別れをできたのだず思いたす。

寂しがり屋で甘えん坊な母は、
たくさんの人の枩かな心に囲たれ、感謝ず幞せの䞭で倩に昇りたした。

noteでは、母ずの想いを蚘事にし、倚くの方に支えおいただきたした。
本圓にありがずうございたす✚


終末期から看取りたでの4ヶ月は、
家族の絆をさらに深める尊い時間ずなりたした。

母ずの関係に苊劎しおきたした歎史は、
母ぞの感謝の想いでいっぱいの心に包たれたした💕

AC、愛着圢成、父の喪倱、共䟝存、芪子逆転、トラりマ  

さたざたな想いを抱え、私が生きた蚀葉を玡ぎ、
感じたものを蚀葉にのせ、私の足跡に✚

同じように悩たれおいたり、傷づいおいたり、
䜕かを感じおくださる方々に届きたすように💕






ヌ完ヌ


いいなず思ったら応揎しよう

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