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【SSBJ対応 第2回】キリンHD vs みずほFG|早期適用2社を比べてわかる、実務の「分かれ目」

【SSBJ対応連載】
▶ 第1回|義務化が確定したSSBJ基準
▶ 第2回|キリンHD VS みずほFG(本記事)
▶ 第3回|一般開示基準の主戦場は「人的資本」
▶ 第4回|第三者保証への備えと対応8ステップ

前回(第1回)は、SSBJ基準の全体像と、2026年7月15日成立の改正金商法によって義務化が確定したスケジュールを整理しました。

今回は、義務化を待たずに早期適用に踏み切った2社──キリンホールディングスみずほフィナンシャルグループ──の開示を読み比べます。

先に結論を申し上げると、両社の比較から見えてくるのは次の2点です。

  1. 実務の分かれ目は、「母集団の作り方(出発点)」と「しきい値の設計」 にある

  2. 実際に開示された重要なリスク・機会のうち、気候基準の対象は「気候変動」だけ。残りの大半は 一般開示基準 で開示されている

つまり、SSBJ対応の工数の中心は、多くの企業が身構える気候基準ではなく、一般開示基準の側にある ということです。



1. 早期適用の状況──ごく少数にとどまる

2026年7月24日時点で、SSBJ基準に準拠した開示を行った企業はごく少数です。

  • キリンホールディングス(2025年12月期)
    日本企業初のSSBJ基準準拠開示。2026年3月に日英同時で公表。義務化より約3年前倒し。

  • みずほフィナンシャルグループ(2026年3月期)
    有価証券報告書においてSSBJ基準に準拠した開示を実施。

  • そのほか、KDDI、損保HD等が気候基準などへ 部分適用 しているものの、いずれもごく少数にとどまります。

母数が少ないからこそ、この2社が実務上のベンチマークとして機能します。しかも業種(酒類・飲料・食品 vs 金融)もアプローチも対照的であり、自社の「型」を検討するうえで好対照の教材になっています。


2. 事例① キリンHD──GMM起点・定量しきい値で7つの重要テーマ

準拠する基準

ユニバーサル基準(適用基準)/一般開示基準/気候関連開示基準を、2025年12月期より早期適用

出発点=グループ・マテリアリティ・マトリックス(GMM)

キリンHDは、GRI・ISO26000を参照した既存の GMM(グループ・マテリアリティ・マトリックス) で経営諸課題を抽出することを出発点としています。そこに、IFRS S2産業別ガイダンス(酒類・清涼飲料・加工食品)とSASBの開示トピックを加味して母集団を作っています。

既存のマテリアリティ資産を再利用した アプローチと言えます。

判断軸=定量しきい値

特徴的なのは、重要性の判断軸を 数値で明示 している点です。

  • 財務上の影響度:50億円未満/50〜100億円/100億円以上

  • 発生可能性:10年に1回/10〜30年に1回/30年以上に1回

この二軸で重要性を判定しています。さらに、テーマ別に PL・BS・CFへの影響額 まで開示している点も踏み込んだ対応です。

識別された7つの重要テーマ

アルコールの負の影響/健康長寿社会/アンメットメディカルニーズ/人的資本/人権/消費者課題/環境(気候変動・自然資本)

各テーマには担当役員が配置されています。そして「人的資本」は重要テーマとして特定され、一般開示基準を適用して開示 されています。

(出所)キリンHD 第187期(2025年12月期)有価証券報告書 サステナビリティ関連財務開示


3. 事例② みずほFG──SASB起点・定性判断で10のリスク・機会

準拠する基準

ユニバーサル基準(適用基準)/一般開示基準/気候関連開示基準(2026年3月13日改正版)を、2026年3月期より早期適用。

出発点=関連産業の特定

みずほFGは、自社の事業(銀行・信託・証券・その他金融)に照らして SASBスタンダードで関連7産業を特定 することを出発点にしています。そのうえで、SASB+ISSB産業別ガイダンスのリスク・機会をロングリスト化しています。

キリンHDが「自社の経営課題」から入ったのに対し、みずほFGは 「産業」から入っている。ここが第一の対照点です。

判断軸=定性評価

「財務的影響」×「発生可能性」の二軸で評価する点は共通ですが、定量のしきい値は設けていません。金額の定量開示は不確実性が高く「有用でない」として原則行わない、という立場です(気候のみ、シナリオ分析で定量的に影響を評価)。

これが第二の対照点です。

識別された10のリスク・機会(4テーマ)

テーマ:リスク・機会
環境:気候変動/自然資本/サーキュラーエコノミー
人的資本:人材基盤/労働環境
公正・誠実な企業活動:人権尊重/企業倫理/AML・CFT(マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策)等
情報セキュリティ:データセキュリティ/サイバーセキュリティ

人的資本領域から「人材基盤」「労働環境」が重要なリスク・機会として識別され、こちらも 一般開示基準を適用して開示 されています。

(出所)みずほFG 第24期(2026年3月期)有価証券報告書 サステナビリティ関連記載事項


4. 比較表:枠組みは共通、中身は対照的

両社に共通するのは、SSBJの3基準(適用・一般・気候)を早期適用し、「財務的影響×発生可能性」の二軸で重要性を評価している 点です。枠組みそのものは同じです。

差が出ているのは、母集団の作り方(出発点)しきい値の設計、そして 定量開示の方針 の3点。これは業種特性の反映でもあります。金融業は事業の性質上、サステナビリティ課題の財務的影響を金額で示すことの不確実性が高く、みずほFGの判断には合理性があります。

実務上の示唆は明確です。 開示文書の文言をどう書くかよりも、その手前の「どこから母集団を作り、どのしきい値で切るか」の設計が、開示のアウトプット全体を決めます。ここを自社の業種特性・既存資産(統合報告書のマテリアリティ等)を踏まえて設計することが、SSBJ対応の実質的な出発点です。


5. 最重要の発見──気候基準の対象は「気候変動」だけだった

両社の開示項目を、適用された開示基準ごとに整理すると、この連載で最もお伝えしたい事実が浮かび上がります。

キリンHD(7つの重要テーマ/8つの開示項目)

※「環境」テーマが気候変動・自然資本の2項目に分かれるため、7テーマ=8開示項目となります。

テーマ:適用基準
環境(気候変動):気候基準
環境(自然資本):一般開示基準
アルコールの負の影響:一般開示基準
健康長寿社会:一般開示基準
アンメットメディカルニーズ:一般開示基準
人的資本:一般開示基準
人権:一般開示基準
消費者課題:一般開示基準

※「環境」テーマのうち気候変動は気候基準、自然資本は一般開示基準で開示。他6テーマはすべて一般開示基準。

みずほFG(10のリスク・機会)

リスク・機会:適用基準
気候変動:気候基準
自然資本/サーキュラーエコノミー:一般開示基準
人材基盤/労働環境:一般開示基準
人権尊重/企業倫理/AML・CFT等:一般開示基準
データセキュリティ/サイバーセキュリティ:一般開示基準

※ 気候変動=気候関連開示基準。その他9項目=一般開示基準(SASBスタンダードを考慮)。

つまり──

**キリンHDは8項目中7項目、みずほFGは10項目中9項目が、一般開示基準による開示。**

SSBJというとどうしてもScope1・2・3やシナリオ分析といった気候の論点に目が行きますが、実際に開示された項目の大半は気候以外です。人的資本・人権・情報セキュリティといった非気候テーマへの対応準備こそが、SSBJ対応の実質的な工数の中心になる──これが早期適用2社が示した事実です。

そして、その中でも両社が揃って重要項目に挙げたのが 人的資本 でした。業種を問わず、です。これが次回(第3回)の主題になります。


6. 海外動向──21法域が採用済み、ISSBは人的資本を研究中

視野を海外に広げると、同じ方向性が確認できます。

2026年4月時点で、28法域 がIFRS S1/S2を採用(強制・任意)しており、さらに 12法域 が導入を計画しています。

主要法域の動き

  • 豪州:AASB S1/S2として法制化し、2025年度から段階適用

  • 香港:HKEXが上場企業に気候開示を段階的に義務化(大型株は2026年〜)

  • ブラジル:証券規制当局(CVM)が2026年度から段階適用

  • チリ・カタール・メキシコ:2026年からISSB参照の強制適用を開始

  • ナイジェリア・トルコ:早期に全面採用した先行法域

  • 英国・カナダ・シンガポール・韓国:採用・法制化を推進中

グローバルに事業を展開する企業にとっては、日本のSSBJ対応だけでなく、各国子会社側での対応要否も並行して確認しておく必要があります。

そして注目すべきは ISSBの動き です。ISSBは2024〜2026年ワークプランにおいて「人的資本」に関する開示の研究プロジェクトを推進しています。2025年12月の理事会では、投資家が人材関連のリスク・機会や、人的資本戦略と経営戦略の関係についてより良い情報を必要としているという証拠が確認され、基準設定の要否が検討されています。

気候が先行し、次のテーマとして人的資本が浮上している──国内外で同じ流れが起きているということです。

(出所)IFRS財団/S&P Global "Where does the world stand on ISSB adoption?"/各法域規制当局の公表資料


7. 第2回のまとめ

  • 早期適用はキリンHD・みずほFG等ごく少数。だからこそ両社が実務のベンチマークになる

  • 両社とも 3基準を早期適用し、「財務的影響×発生可能性」の二軸で評価 する点は共通

  • 分かれ目は ①出発点(GMM起点 vs SASB産業起点)②しきい値(定量 vs 定性)③財務的影響の定量開示(する vs しない)

  • 開示項目の大半(キリン7/8、みずほ9/10)は一般開示基準。気候基準の対象は気候変動のみ

  • 両社とも業種を問わず 人的資本 を重要項目として一般開示基準を適用

  • 海外では 21法域がIFRS S1/S2を採用、ISSBは人的資本の基準化を研究中

次回(第3回)は、この「一般開示基準の主戦場」である人的資本開示を掘り下げます。人的資本可視化指針の改訂、開示府令改正、ISO30414の浸透、そしてTISFDの動きまで、政策・制度・実務の3つの潮流を整理します。
次回は8月26日公開予定です。


お問い合わせ

先行事例のベンチマーク分析、自社のマテリアリティ特定(出発点・しきい値の設計)、SSBJ基準対応のGAP分析・ロードマップ策定について、ご相談を承っております。

株式会社Re-grit Partners GRC Advisory
Director 田中 義人(Yoshito Tanaka)
yoshito.tanaka@regrit-p.com


本記事は2026年7月時点で公表されている情報に基づいて作成しています。

主な参考資料
キリンHD 第187期(2025年12月期)有価証券報告書
みずほFG 第24期(2026年3月期)有価証券報告書
IFRS財団HP関連資料
S&P Global "Where does the world stand on ISSB adoption?"
各法域規制当局の公表資料
上記を基に弊社で整理


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