【SSBJ対応 第4回(最終回)】第三者保証の担い手は足りない|「開示してから」では間に合わない理由と、対応8ステップ
【SSBJ対応連載】
▶ 第1回|義務化が確定したSSBJ基準
▶ 第2回|キリンHD VS みずほFG
▶ 第3回|一般開示基準の主戦場は「人的資本」
▶ 第4回|第三者保証への備えと対応8ステップ(本記事)
本連載もいよいよ最終回です。
今回のメッセージは1つです。
保証は「開示してから」では間に合わない。
その理由と、具体的に何をすべきかを整理します。
1. 第三者保証は、開示義務化の「翌年度」から
まず制度の骨格です。有価証券報告書のサステナビリティ開示には、第三者保証が制度化されます。
開示義務化 第1弾(2027年3月期)
5年平均時価総額3兆円以上のプライム上場企業からSSBJ基準開示を義務化
保証義務化 第1弾(2028年3月期)
開示義務化企業に 限定的保証 を義務化(Scope1・2+ガバナンス・リスク管理)
3年目以降
国際動向等を踏まえ、対象範囲の拡大を検討
以降も同じ構造で、1兆円以上3兆円未満は2028年3月期開示/2029年3月期保証、5,000億円以上1兆円未満は2029年3月期開示/2030年3月期保証と続きます。
保証制度の枠組み
保証水準:限定的保証(limited assurance)から開始。合理的保証より低い水準で、手続も簡素
保証範囲:当初2年間は GHG排出量Scope1・2+ガバナンス及びリスク管理 に限定
担い手:登録制(法人)。監査法人以外も要件を満たせば登録可能
保証基準:国際保証基準 ISSA5000/JICPA実務指針「サステナビリティ保証業務実務指針5000(サス保実5000)」
補足すると、保証水準の違いは結論の表現に表れます。
限定的保証:重要な虚偽表示を示す事項は認められない(消極的結論)
合理的保証:重要な虚偽表示はない(積極的結論)
制度を円滑に導入する観点から、企業に過度な負担を課さないよう、合理的保証への移行の検討は行わない とされています。ここは実務上ありがたい判断です(当面は限定的保証で固定され、3年目以降に国際動向等を踏まえて対象範囲の拡大が検討される、という整理になります)。
一方で、保証範囲の3年目以降の拡大 は今後の検討事項です。開示項目全体へ拡大すべきという意見もあり、拡大する場合は時間的猶予をもって方針を公表すべきという意見も出ています。当初範囲(Scope1・2、ガバナンス、リスク管理)だけを見て体制を作ると、拡大時に作り直しになる 可能性は念頭に置くべきでしょう。
2. 構造的な問題──保証の担い手が足りない
ここが本記事で最も重要な論点です。
需給ギャップの実態
保証義務化の対象企業は、段階的に 数百社規模 へ拡大する見込み
4大監査法人は採用・配置転換で体制整備を進めているが、サステナビリティ保証に対応できる専門人材は不足
会計士の配置転換により、財務諸表監査の側が手薄になることへの懸念 の声もある
任意保証の実務では、監査法人以外の保証提供者の活用がすでに過半。保証水準はほぼすべて限定的保証
つまり、需要が段階的に立ち上がる一方で、供給側の人材が追いついていない という構造です。
これが意味すること
保証は「開示ができてから、保証してくれる会社を探す」という順番では回りません。理由は2つあります。
① 義務化直前には、保証パートナーの確保自体が困難になり得る
同じ時期に数百社が一斉に保証提供者を探す状況が想定されます。特に初回の保証は、保証実施者側にとっても企業理解のための工数が大きく、受け入れ可能な社数には限りがあります。
② そもそも「保証に耐える開示」は、開示後に作れない
保証は、算定結果の数字だけを見るものではありません。算定プロセス、根拠となる証跡、内部統制 が対象です。開示が終わってから証跡を遡って揃えようとしても、そもそも残っていないものは作れません。
だからこそ、開示準備と保証準備は並行して進める 必要があります。
3. 今から着手すべき3つのアクション
① 保証パートナー候補の早期選定
候補の比較評価を行い、プレアシュアランス(予備的評価) を実施します。制度開始前に任意保証やプレアシュアランスで一度サイクルを回しておくことで、指摘事項を洗い出し、本番までに是正できます。
義務化スケジュールから逆算し、開示初年度の前年までに保証パートナーとの試行を済ませておく のが望ましい姿です。
② 保証対象の統制整備
当初の保証範囲である Scope1・2、ガバナンス・リスク管理 に係る算定プロセス、証跡、内部統制を整備します。
具体的には、算定方法の文書化、データの入手元と加工過程の記録、承認プロセスの明確化、拠点間での算定定義の統一といった、地味だが時間のかかる作業です。
③ 人的資本指標の算定基準の標準化
第3回で述べたとおり、ISO30414等の枠組みを活用し、将来の保証範囲拡大(人的資本等)に備えて 指標の算定基準を標準化しておきます。
すでに人的資本レポートの認証・保証を取得している企業が国内25社(2026年6月時点)に達していることは、この領域が保証の対象になりつつある予兆と読むべきです。
4. 補足:任意保証の取扱いと、企業側に生じる説明責任
義務化対象外の情報・企業が受ける「任意の保証」についても、制度上の位置づけが整理されています。
有報に保証報告書を添付できる「任意の保証」の3要件
SSBJ基準に準拠して作成されたサステナビリティ情報に対するものであること
登録された保証業務実施者によるものであること
登録保証業務実施者が遵守すべき保証基準に沿ったものであること
※ 例:義務化対象企業がScope3の保証を受ける場合や、早期適用を含む義務化対象外の企業が保証を受ける場合
要件を満たさない場合
有報への保証報告書の添付は不可
任意保証を受けた旨を記載する場合も、実施者名称・登録の有無・準拠基準・保証の結論・制度に基づく保証ではない旨 等の開示が必要
そして重要なのは、企業側にも保証業務実施者の選任理由及び保証報酬の開示が求められる方向 であることです(監査の状況の開示を参考にする方向)。
つまり、「誰に・なぜ依頼するか」の説明責任が生じます。 価格だけで決めた、あるいは既存の付き合いで決めた、という選び方では説明が難しくなります。保証パートナーの比較検討・選定プロセスを、記録に残る形で早期に整備しておく必要があります。
保証業務実施者の側の規律
参考までに、保証提供者側にも厳しい規律が課されます。
登録要件
業務執行責任者が開示・保証に必要な専門的知識・経験・能力を有すること(公認会計士資格には限定しない/profession-agnostic)
業務執行責任者・業務従事者の十分な確保
品質管理部門(又は品質管理専従者)と審査担当者の設置
「法人」であること、賠償資力確保のための財産的基礎
行為規制
ローテーションルール:業務執行責任者は一定期間で同一企業の保証業務から外れる
利益相反の禁止:開示情報の作成業務と保証業務の同時提供や、出資先企業への保証提供を禁止
守秘義務(違反には罰則)、法令違反等事実の当局通知
検査・監督/エンフォースメント
当面は自主規制機関ではなく 金融庁が検査・監督
行政処分(業務改善命令・業務停止命令等)+虚偽保証への課徴金(報酬相当額、故意は1.5倍)
立証責任を転換した民事責任(ただし企業にセーフハーバーが適用される場合は実施者も責任を負わない)
ここで企業側が実務的に注意すべきは、利益相反の禁止 です。開示情報の作成業務と保証業務の同時提供は禁止されるため、開示支援と保証は別の事業者に依頼する必要がある と解されます。この前提で体制を設計してください。
5. SSBJ対応の8ステップ──計画に落とし込む
最後に、これからSSBJ対応に着手する企業が踏むべきステップを整理します。
第3回でも触れたとおり、統合報告書向けに作成したマテリアリティは、投資家向けに限定されておらず、かつダブルマテリアリティであるため、SSBJ対応にそのまま使うことはできません。GAP分析とロードマップ策定を起点に、マテリアリティ特定の実務を経て、残課題対応と保証への備えまでを一連のステップとして計画する ことが重要です。
GAP分析:現状開示(TCFD・統合報告書・有報等)とSSBJ基準の要求項目との差分を棚卸し
ロードマップ作成:義務化時期から逆算した3か年計画と推進体制の設計
バリュー・チェーンの特定:上流〜自社〜下流の範囲を決定し、リスク・機会をマッピング
リスクと機会の見直し:SSBJ基準/SASB・産業別ガイダンスを踏まえた識別・再整理
影響度×発生可能性の評価:二軸で評価(定量しきい値/定性判断を設計)
重要性がある情報の特定:SSBJ基準に基づき開示すべきマテリアリティを確定
残課題対応:一般開示基準・気候基準とのGAP充足(人的資本指標・シナリオ分析等)
非財務開示に関する保証:保証パートナー選定・プレアシュアランスで「保証に耐える」開示へ
フェーズの目安は、Step1-2=現状把握・計画/Step3-7=マテリアリティ特定と開示高度化/Step8=保証への備え です。
SSBJ対応の詳細ステップーGAP分析からマテリアリティ特定・開示対応まで
GAP分析とロードマップ作製で全体を設計したうえで、「マテリアリティ特定」と「開示対応」へと進めます。
実務としては、フェーズごとに成果物を定義して進めると管理しやすくなります。
GAP分析
主な作業:有報・統合報告書等の現状開示を棚卸し/SSBJ基準とのGAPを分析し課題を整理/対応可否・難易度・想定対象部門を設定
成果物:GAP分析結果
ロードマップ作成
主な作業:未達課題への具体的な対応策を検討/各対策の優先順位づけ/3か年のスケジュールを策定
成果物:ロードマップ
財務マテリアリティ特定
主な作業:リスク・機会の整理/バリュー・チェーン範囲を決定/SASBに基づくリスク・機会の見直し/重要性がある情報の特定
成果物:VCマップ/重要性がある情報(マテリアリティ)
開示対応
主な作業:ユニバーサル・一般開示基準対応(人的資本等)/残課題の整理(データ準備が間に合わない箇所)
成果物:GAP対応・残課題整理表
財務マテリアリティ特定が、その後の開示基準の適用範囲を左右する要 です。ここが決まらないと、一般開示基準をどのテーマに適用するのかが決まらず、必要なデータも指標も確定しません。逆に言えば、ここを丁寧にやれば以降の作業は見通しが立ちます。
そして繰り返しになりますが、バリュー・チェーンの決定から重要性がある情報の開示まで、対応するべき要素が多く、フル対応には2年以上の期間が必要 です。早期の着手が鍵になります。
6. 連載のまとめ──SSBJ対応、成功の3つの鍵
全4回を通じてお伝えしてきた内容を、3点に集約します。
① 先行事例に学び、早期着手する
まず必要なのは、現状の不足部分を認識して対応するための 「GAP分析・ロードマップ作成・重要性がある情報の特定(マテリアリティ特定)」 です。
キリンHD・みずほFGはアプローチこそ対照的ですが、いずれも一般開示基準を人的資本に適用しています。先行事例をベンチマークに、自社の「型」──出発点・しきい値・定量開示方針 ──を早期に設計してください。
② 気候基準以外は、人的資本が主戦場になる
人的資本可視化指針の改訂、有報記載の高度化(開示府令改正)、ISO30414の浸透により、一般開示基準の適用は人的資本から本格化する見込みです。指標の算定基準・データ収集体制の整備を先行させる ことが有効です。
③ 保証への備えは「今」
非財務保証の担い手は国内で不足しており、義務化直前には確保が困難になるおそれがあります。開示準備と並行して保証パートナーを早期に確保し、プレアシュアランスで開示の保証耐性を高めておく ことが重要です。
SSBJ対応は、開示文書を書く作業ではなく、サステナビリティ情報を継続的に、保証に耐える品質で生み出す仕組みを作る 取り組みです。だからこそ2年以上かかりますし、だからこそ早く始めた企業ほど楽になります。
本連載が、皆様の社内での検討の一助となれば幸いです。
お問い合わせ
SSBJ基準対応のGAP分析・ロードマップ策定、マテリアリティ特定支援、人的資本開示高度化、第三者保証への備え(統制整備・プレアシュアランス対応)について、ご相談を承っております。
株式会社Re-grit Partners GRC Advisory
Director 田中 義人(Yoshito Tanaka)
✉ yoshito.tanaka@regrit-p.com
英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。総合電機メーカー/ラキール社でのISO取得支援、KPMGコンサルティングでのCSR高度化支援、AVANTグループおよびBSIグループでのESG開示高度化支援を経て、Re-grit Partnersに参画。製造業・商社を中心に、SSBJ基準対応、TCFD/TNFD開示支援、人的資本開示高度化、グループガバナンス強化、ERM構築、品質不正監査等のプロジェクトを多数リード。
株式会社Re-grit Partners
東京都千代田区紀尾井町1-3 東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー13F
GRC Advisory部門では、ガバナンス・リスク・コンプライアンス領域を幅広くカバーし、ESG(SSBJ基準/統合報告書/人的資本開示など)開示高度化を支援しています。
本記事は2026年7月時点で公表されている情報に基づいて作成しています。制度の詳細は今後の政令・内閣府令・ガイドライン等により変更される可能性があります。
主な参考資料
金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」報告(2026年1月8日)
金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案(令和8年4月10日提出・令和8年7月15日成立)
金融庁公表資料
SSBJ各基準
上記を基に弊社で整理
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