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無知の知ずコレクティノ - 神は、内に圚るのか、倖に居るのか


我々が芋おいないずき、
空にかかる月は存圚しおいないのか


 ミクロの䞖界では、倧きな存圚である僕たちの「普通」から芋るずかなり異様なルヌルが敷かれおいる。

 たずえば、分子を構成する原子やその原子を構成する電子、陜子、䞭性子、光の粒子である光子など、ごく小さな「量子」ずいう「粒」は「波」のようにも振る舞う。

 光子のダブルスリット実隓が有名だが、コペンハヌゲン解釈の理論的な䞍備、それを埋める゚ノェレットの倚䞖界解釈など倧きな存圚偎から芋た異様さに関する議論は、吊定や肯定もできない代わりに芳枬もできないため、未解決議論が進たない状態のたた、人類の県前に深遠を広げおいる。

 ギュりギュり詰めの満員電車を想像しおみる。

 それは、いよいよ、僕を含めた乗客党員が降りるタヌミナルに到着する。車䞡の前方ず埌方に぀のドアダブルスリットがあっお、それが開いたずき、車内の人々は、それぞれ個人でありながら、抌し合い揉み合い「うねり」 波のような状態を描きながらプラットフォヌムぞず降りおいくはずだ。

 あるいは、十センチほどの柔らかなカラヌボヌルが倧量に詰め蟌たれた子䟛甚の遊戯堎––––そこに子䟛が飛び蟌んだずき、個々のカラヌボヌルは球䜓でありながら、党䜓的には波状を描くうねりを生み出す。

 いずれも、僕や人の子䟛がコントロヌルできる珟象でもなければ、他の誰かが操䜜したり、あらかじめ指揮掚枬できるような珟象ではない。

 ぀たり、僕たちも粒子ずは蚀いわないが「個䜓」でありながら「波」ずいう状態にもある。ミクロな䞖界に敷かれた「異様なルヌル」ずは「粒」でありながら「波」でもあるコトではなく、その「あり方」が、蚀葉通り、垞軌を逞しおいるずいう意味だ。

 倧きな広堎を想像しおみよう。

 僕は、今、その北端に立っおいお、南端は、はるか先、そこから目芖するこずはできない。僕の埌ろには、先ほどの満員電車ず同じ数の人々が列を成しおいる。

 僕は独り、南端にある二぀のドアダブルスリットのいずれかを目指す。

 他の誰かず話すこずは犁じられ、トランシヌバヌや携垯電話などで情報共有するこずも叶わない。

 時間以䞊歩いお、やっず、ドアの前たで蟿り着き、東偎にある「右」ずいう方を遞んで、その先にある「赀いスペヌス」で他の人々を埅぀こずにする。

 その埌、癟を超える人々が、僕ず同じように人ず぀やっお来お、各々が自由に赀いスペヌス、もしくは、西偎の「巊扉から入る青いスペヌス」ぞず入っおいく。

 最終的に、人々が、赀青きっちりず半分ず぀に集たる確率はいかほどだろう

 もし、遞択できる扉が぀あれば、自然ず均䞀に等分されるようなこずは起こりうるだろうか

 満員電車のように呚りに人々がいる状態で、僕ずいう個が、党員で圢づくる波状の䞀郚を圢成するこずは想像に容易いが、埌者のような条件で、時間差を぀けおたった人、他人の未来の動きを想像しながら波状を成す動きを描くのは、䞍可胜に近い。

 原子や光子ずいった目に芋えないほどの小さな粒はかなり極論だがそれをやっおのける。たずえ䞀粒ず぀であっおも、はるか遠くの壁に均䞀の瞞暡様を描ける。ダブルスリットの実隓でも、たさに申し合わせたように矎しい「瞞暡様干枉瞞」が珟れる。しかも本ではなく、䜕本も––––

 しかし、それを我々が芳枬※した途端、量子力孊ミクロな䞖界の物理法則的な珟象は消え倱せ、僕たちが生きる「倧きな存圚の日垞」 満員電車やだだっ広いスペヌスを牛耳るマクロな物理法則に埓うようになる。 ※芳枬ずいうのは正確な衚珟ではありたせんが、䟿宜䞊、そのようにしおおく。

 どうしお、そのようなこずが起こるのだろうか––––

 ––––幎のある日、アむンシュタむンは、
   敬愛するむンドの詩聖タゎヌルに、こう尋ねた。

「我々が芋おいないずき、
 空にかかる月は存圚しおいないのでしょうか」

 タゎヌルは「この䞖界は人間の䞖界です。䞖界に぀いおの科孊理論も、所詮、科孊者の芋方にすぎたせん」ず答える。それに察し、「実圚は人間ず無関係に存圚するもので、人が芋おいなくおも月は確かにある」ず䞻匵したアむンシュタむンに、タゎヌルは、再床、

「月はあなたの意識になくずも他の誰かの意識にはある結局、人々の意識の䞭にしか月が存圚しないこずに倉わりない」

 ず、告げた。

 それを聞いたアむンシュタむンの答えはこうだ。

「私は、人間を超越した客芳性が存圚するず信じおいたす。ピタゎラスの定理は、人間の存圚ずは関係なく存圚する真実です」

 神はサむコロを振らないずも述べたアむンシュタむンが述べた「客芳的な実圚」、あるいは認識した瞬間に結果が決たるような確率論ぞの拒絶である「隠れた倉数」は、「ベルの䞍等匏の砎れ」や「りィグナヌの友人ずいう思考実隓」によっお、今では、波のように揺らいでいる––––続くタゎヌルの回答は、その予蚀のようにも感じられるのだ。

「科孊は、月も数倚の原子が描く「珟象」であるこずを蚌明したではありたせんか。あの倩䜓に、光ず闇の神秘を芋るか、それずも無数の原子を芋るか。もし、我々の意識が月だず感じなくなれば、それはきっず月ではなくなるのです」

 僕たちは、䞭途半端なテストなどで定量化するために正解が必ずある教育によっお、自身ずいう肉䜓や空にかかる月ずいう倩䜓が分子ずいう原子の集たりの集たりで出来おいるこずたでは知っおいる。しかし、肝心の䞖界を構成する最小単䜍かも知れない「量子」がどのようなものであるか、ほずんど理解できおいない。そしお、それは、僕やあなただけでなく、アむンシュタむン、りィグナヌ、゚ノェレット、シュレヌディンガヌ、ピタゎラス、ベルなど、倚くの倩才が解明できなかった䞍萜の難問なのだ。

 光子のダブルスリット実隓で、起こった䞍思議。
 どうしお、そのようなこずが起こるのか––––
 その答えは「わからない」しかない。

 正解でも䞍正解でもない、第の答え「䞖界は、わからない」ずいう状態を自芚するこずこそが、唯䞀、珟生人類に蚱された正しい姿勢––––そんな僕たちは固定されたように芋える肉䜓の䞭に無数の波を飌っおいる。たずえば、身䜓の半分以䞊を占める氎分子を構成する氎玠原子ず酞玠原子の䞭で飛び回る量子運動ずしお、あるいは、心ずも呌ばれる脳内の感動ずしお。それらの波状は、宇宙ず同じくらい膚倧な謎に満ちおいる。

 そのベクトルを、次は、内向から倖ぞ向けおみる––––それぞれが小さな宇宙を内包する「生呜」の根底である「现胞」は、膜ずいう存圚によっお生たれた。

 地球ずいう倩䜓が持぀環境䞋で、ごく自然か぀偶発的に「现胞膜」が生たれる奇跡を瀺す科孊的怜蚌がある䞀方、それが自然発生する可胜性は䜎いずいう説もある。぀たり、生呜の起源は、地球倖から飛来した可胜性が高いず考えおいる科孊者も倚い。

 地球倖––––぀たり、宇宙。それを内包する「宇宙のある空間」の倖偎には「その空間のある空間」があるはずで、その空間のある空間のたた倖に  ず、氞遠に続くず思うしかない無限ルヌプの果おはどこたで遠く、どんなずころなのか、想像も぀かない  想像が届かない。

 幌い頃は、自分の胞に手を圓おるず心臓が錓動しおいるのも䞍思議だった。「手のひらを倪陜に」に觊発されお、陜の光にかざした手䞭を血朮が流れる姿をずっず芋おいられるほど、想像力や感受性の豊かな時代が誰にでもあったはずだ。

 そんな若くお青い時代––––倜空に瞬く星々を芋䞊げおいるず、「感動」よりも蚀いようのない「䞍安」を感じた。

 きっず、その予感は圓たっおいお、僕たちは自分自身が䜕で出来おいおミクロぞのベクトル、今、どんな空間のどのあたりにいるのかマクロぞのベクトルさえ知らないこずを、子䟛ながらにきちんず感知しおいたのだろう。

 いや、玔粋な子䟛だからこそ、正確に認識できおいたのかも知れない。

 僕たちがはっきりず断蚀できるのは、今も昔も「䞖界を、知らない」––––それだけ。

 僕は、知識を埗るに぀れ、そういう面で、少しず぀愚かになっおいくのを感じおいる。

 か぀お、自分の内倖に、無限に、無数に、存圚しおいたそんな䞍思議のほずんどを解明できないたた、倚くの「元子䟛たち」が、すべおを知ったような気分で日垞を過ごしおる。それは「諊め」ずいう名の䞍感症で、それこそ冒頭に曞いた「倧きな存圚偎の普通」ではないか

 この「普通」ずいう衚珟に「嫌悪感」や「疑い」を持った方もいたはずだ。

僕だっお、倧っ嫌いな衚珟だ。


 知りえない森矅䞇象の真意たで分かっおいるかのように振る舞わないずいけない空気をたずった珟代特に先進囜瀟䌚には、科孊では蚌明も説明もできない事象を、無意味に、無根拠に、芋䞋す雰囲気さえ垯びおいる。それらすべおを衚面的な暗黙の了解で取り぀くろい、謎に満ちた本質を軜薄に傍芳しおいるのが平均的な珟代人の「ワタクシタチ」ではないか。

 知識は、人類を、䞀郚の面で、明らかに愚かで䞍賢にしおいる。

 その内の人であるワタクシも、䞇胜ではない珟時点でのちっぜけな知識を盟に、そこに絶察的か぀唯䞀の解を求めようずしおしたう。ビゞネスにおいおも、結果論に過ぎない利益に、無理矢理、論理的な根拠を圓おはめおみたり、短絡的で枈むものを無意味に耇雑化しおみたり、ずきにそれを誀っおおこがたしく「マヌケティング」ず呌んでみたり––––「法治瀟䌚」は、囜家政治レベルのミクロロヌカリズムあるいは地瞁や血瞁によるゲマむンシャフトなコミュニティのみに適甚されおいお、経枈䌁業レベルのマクログロヌバリズムあるいは瀟䌚的機胜的であるゲれルシャフトなコミュニティにおいおは、今なお旧態䟝然のたたの「人治瀟䌚」である矛盟を芋ず、民䞻性の完成圢のように扱い、ずきにそれを誀っお恩着せがたしく「マネゞメント」ず呌んでみたり––––

 ––––それらを超越した䜙癜を、䞖界では「神」ず呌び、
   タゎヌルは、その知識倖的な「真癜」に祈ったのかも知れない。

 法治囜家や資本䞻矩ずいったシステムより実践的な矎埳の方が、圧倒的に懐が深く、真理に近い堎合もあるはずだ。タゎヌルの祈り通り、この䞖界は魂粟神の䞖界でもある。それは間違いない。そこには、ただただ、生たれたおの子䟛たちが垌望を持おるだけの䜙癜が残されおいるはずだ。

 知らない物事は知らないず蚀う。そうでなければ、人類がこれたで培っおきた知識や組織ずいう小さな箱は、䜙りある真癜に闇を萜ずすような慢心からの䞍甚意な塗り朰しを犯すだろう。珟時点の瀟䌚における自分の圹割においおも、たず、無知を知り、限界を認め、事実的な生掻における事実的な解決に、小さく、倧きな個人ずしお、身を捧げるほかない。それの届く範囲が「䞖界平和」たで広くなくずも、せめお、この目が届く家族や友人のために、そしお、そんな小さな䞀歩䞀歩の蓄積の先で、僕たちにできる発芋があるかも知れない。

 人人は凡人でも互いに協力し、各々の胜力を掻かすこずができれば良い。䟡倀あるコトを䞖に送り出すずきに、人の倩才の出珟を埅぀必芁はない。

 - Thomas Alva Edison -

 人のカリスマのひらめきよりも、人々のコラボレヌション。
 ゆえに、たずはアむデアを支揎する瀟颚を創造すべき。


 - Linda Annette Hill -

「Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation」リンダ・A・ヒル著

「倉動や䞍安定・䞍確実性・耇雑性・曖昧や䞍明確さ」がたすたす加速する珟代、アゞャむル組織やティヌル組織の有甚性が説かれおいる。それらに共通する「個の集合」のあり方を啓くフィロ゜フィヌの぀が「COLLECTIVE GENIUS集合倩才」だ。トヌマス・A・゚ゞ゜ンの研究チヌムを始祖ずする革新的むデアで、経営思想家リンダ・A・ヒルによっお曎新された。集合倩才に求められる組織 「コレクティノ」のあり方はそうであるに越したコトはないがビゞョナリヌであるこずはマストではなく、理想のリヌダヌ像も人の倩才スタヌ瀟員にフォヌカスするようなものではない。

 ヒル氏は「才胜ある人々は誰かに付いおいこうずは思わない」ず指摘し、「䞀緒に未来を創り出したいずいう自発的な集合を目指すべき」ず提蚀しおいる。

 そのためにリヌダヌが行うべき最重芁課題は「堎」の蚭蚈だ。

 倧倚数を占める「実はできる凡人」が少しず぀保有する「倩才の片鱗」を解き攟ち掻かせる雰囲気づくり誰もが、発蚀、行動しやすいオヌプンで透明床の高い空気感の醞造を行う「゜ヌシャル・アヌキテクチャヌ」が求められる。

 圌らは、革新の源泉や組織成長の䞭心を、ピラルキヌの先っぜにいる特暩階玚「経営者」から珟堎ぞず移行し逆ピラミッド型を築き、実践の䞭で日垞的に起こるむノベヌションの質ず速床の向䞊を目指す。アゞャむル組織の正䜓ずも蚀える「」ではなく「」ずいうサむクルを重芖し、机䞊の空論ばかりを長時間亀わすこずなく、たずは実際にやっおみるこずを䜕より重んじる。絶察に倱敗できない倧芏暡な䌁画の実珟ではなく、玠早く小さな瀟䌚実装から「始めるこず」を優先するのだ。

「仕留めるのにたくさん撃぀人が䞋手な鉄砲撃ち」なのではなく、
「たず数を撃たねば䞊手な狙撃手が育たない」のが真実だ。

 チヌムメンバヌが、䞋手な鉄砲撃ちになるか、䞊手な狙撃手になるかは、゜ヌシャル・アヌキテクチャヌたるリヌダヌが蚭蚈する実践環境に懞かっおいる。な䞖界で「数撃ちゃ圓たる戊略」は、もはや、悪ではない。ずいうプロセスで、「倱敗」ず「成功」は、いずれも倧切な成果であり、貎重な情報源だ。成功は有益で、倱敗は無益、ずいうような捉え方は、停滞ぞの近道。だからこそ、倱敗の際、誰も、䜕も、傷付けないために「道埳」「矎埳」「コンプラむアンス」が、より重芁芖されおいる。

 倱敗さえも歓迎できる姿勢こそが「集合倩才」の神髄だ。

 圓然、コレクティノの構成チヌムが持぀倚様性が倚圩であればあるほど「数チャンス」は生たれやすくなる。今埌「ゲマむンシャフトの拡匵である倚囜籍連盟䟋」みたいな「ゲれルシャフトの拡匵である倚䌁業組織䟋レコヌドメヌカヌの瀟員であっおも、瀟内や゚ンタメ業界だけで線成されるチヌムワヌクだけでなく異なる業皮の他瀟ずの協働や共創を行う機䌚を探求すべき」から生たれるボヌダレスなプロゞェクトが、氎面に波王を描くように䞉千䞖界ぞず拡散しおいくこずを心から願う。

圹に立たないビッグデヌタ 
必芁なのは、 シックデヌタ


 実は、リンダ・A・ヒルは「民族誌孊゚スノグラフィヌ」の孊者でもある。その孊問は、「フィヌルドワヌクに基づいお人間瀟䌚の珟象を質的に説明する衚珟」を重芖する。぀たり、数倀を重芖するビッグデヌタでは分からないコトを芋出すために「芞術的な芖点※」を持぀必芁性を説いおおり、具珟化ずしお、数的なデヌタではなく、物語文章をもっずも重芁芖しおいる。

※ 民族誌孊的で、たずえば「日本人の囜民性」を衚す際、身長や職業などのビッグデヌタを䞊べた統蚈孊的な数量分析では本質には蟿り着けないため、日本に長期間滞圚し、曞き溜めた日蚘䟋東方芋聞録のような文章化シックデヌタが重芖される。

 むノベヌションずは、レアだから他にはないからこれたでにないからこそ、初めおむノベヌションたるわけで、そもそもビッグデヌタ数的デヌタの取り甚がないものだ。そういった定量化しづらい䞖界では、枬定可胜な結果を無意識に重んじる「定量化バむアス数的デヌタ重芖」による支配的な閉じた系構造から解攟された「シックデヌタ濃密な文章によるデヌタによる根拠」に基づき、その是非を刀断される開かれた性質が重宝される。

 ヒル氏は、たさに、グヌグルやピクサヌをはじめ䞖界䞭のむノベヌティノな組織のいく぀か民族誌孊的にはそれで十分で、長時間のフィヌルドワヌクを行い、共通項などを「シックデヌタ」「ドキュメンタリヌ」ずしおたずめ䞊げ、最新版の「COLLECTIVE GENIUS」を発衚した。僕が「集合倩才」を掚す根拠ずしお、これ以䞊の「蚌拠デヌタ」はないず思う。圌女のプレれンテヌションから「このフィロ゜フィヌはきっず圹に立぀」ず信じる勇気を䞎えおもらった。そしお、その勇気こそをみんなず共有したい。

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 いただ、あらゆる向こう偎は、未曟有の存圚でしかない。
「  予枬䞍可胜」な䞖界では、
「  たず、やる」しかない。
 芋えないのではなく、芋ようずしないだけで、
「All Ocean」のすぐ隣にある「Galaxy」を芋るこず。

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「知るこず」や「知ったこず」は、蚀うたでもなく有意矩だ。しかし、それを過信するこずは、ずきに僕たちの刀断を曇らせる。賢くなればなるほど、愚かになるリスクも高たる。理解できない事象に察しお、持っおいるわずかな知識で、䜕ずか、無理矢理、解釈し、衚珟あるいは実行しようずするからだ。そんなでっち䞊げをするくらいなら「分からない」は「分からないたた」にしおおくべきだ。

 むしろ、その無知に、信じられないパワヌが存圚するこずを信じたい。 
 すでに芳枬認識できおいる䞖界を疑い、未知に感謝を忘れないこず。

 可胜性ずいうのは、垞に生み出さなくおはいけないむノベヌションではないず思う。生み出す必芁のない生産性の高い可胜性を、僕は「芋付ける可胜性」ず呌んでいる。「すでにあるもので、芋ようずしおいないものを芋る」ずいう実践的な意識の培底、぀たり、倩才ではない凡人の情熱ず執念によっお発芋されるこずもあるずいう信念だ。

 これは、「遠倧過ぎお芋えない宇宙」を芋ようずするようなごく䞀郚の倩才に蚱された非実践的な思考実隓想像䞊のみの蚌明ずはたったく異なる。新たに生み出すこず発明を意味する英語の「Invention」には「捏造」ずいう意味も含たれおいる。ほずんどの情熱的な凡人には、䌌お非なる「発芋」ずいう意味を持぀「Discovery」ずいう、芆っおいたベヌルcoverを剥がすdisずいう、すでに存圚しおいたのに隠されおいただけの䜕かをフィヌルドワヌク執念で芋付けるずいう蚀葉の方が、䌌合っおいたり、盞応しいず感じる。

 僕は、埌者の「生み出す発明」ではない「芋付ける発芋」による新たな垂堎を「ギャラクシヌ銀河マヌケット」ず呌んでいる。それは、ブルヌオヌシャンずレッドオヌシャンを足したオヌルオヌシャン地球にすぐ隣接する倖偎にある垂堎で、「can not 倖的芁因からできない」のではなく「do/will not 内的芁因からやらない/しようずしない」ずいうバむアスによっお「芋えない」ず誀認されおきた「芋ようずしおいなかっただけの䞖界垂堎」のこず。

 芋えないものを芋ようずはするが、無理矢理、理解しようずはせず、たずは動いおみる姿勢。そういう意味ではコペンハヌゲン解釈に近い発想で、空を芋䞊げようずもしない、そのための望遠鏡を䜜ろうずもしないこずが本質的な問題であり、凡人にずっおは「新たな垂堎」ずいう可胜性を「生み出すinventionずきに捏造になりうる」よりも、即効性ず生産性を持぀「芋付けるdiscovery」ための「むノベヌティノな組織集合倩才」ずいう実践的なコレクティノこそが必芁䞍可欠だず思っおいる。

 ゚スノグラフィックな無意味に溢れる膚倧な情報を取捚遞択し䟡倀を生む芖点を持぀ためにも、たず「すでにあるWe have」ず自芚すべきだ。その意識の届く範囲は、広ければ広いほど良い。だから、個瀟が抱える物事よりも幟瀟にもたたがる物事の方が、圓然問題も含めお倚圩で魅力的であり、高い゚ントロピヌを保有しおいるはずだ。

 䞖界の理は、い぀だっお倧きく深過ぎるべきだ。

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 自由ずは、行動にしおはならないもの。
 䜕をすたじきか。
 平等ずは、行動でしかなしえないもの。
 䜕をするべきか。

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 䌁業が䜜家にオヌダヌメむドの近未来ストヌリヌプロトタむピングを䟝頌するずいうトレンドもある。量子力孊だけでなく、哲孊やアヌトが芋盎されおいる颚朮も含め、数孊的な理論だけでなく芞術的な劄想も重芖されおいるのは、たしかな、時代の流れだ。

 可胜な限りの根拠をもっお、未来予想図を描くには、「ブレヌドランナヌ」における「レプリカント」のような共通蚀語フィロ゜フィヌやナレッヂや「」が存圚する「幎宇宙の旅」の瀟䌚情勢みたいな䞖界芳マヌケティングを共有する必芁があり、このノヌトでは、僕が身を眮く音楜業界から芋た䞖界の事実的な芋解を、必ず、前眮きするようにしおいる。

 それらを評䟡する際の基準に据えたのは、ナシム・ニコラス・タレブの「反脆い」ずいう新しい蚀葉だ。“良い” 戊略や “匷い” ビゞネスモデルよりも、サステむナブルで普遍的な “しなやかさ” を持぀戊略やモデルを評䟡するための圢容詞ずしお最適な蚀葉だ。

「反脆いモノゎト」を、音楜業界の歎史に沿っお文章化゚スノグラフィックなマヌケットリサヌチするこずにも泚力しおいる。これは映画で蚀えば、冒頭を占める「䞖界芳の背景にある歎史」の説明スタヌりォヌズの最初の字幕郚分。その䞭には、モノづくりずコトづくりずいう蚀葉に、音楜業界から感じる違和感や、より具䜓的か぀事実的な䜓隓から導き出した「○○○○○」や「非物質的」ずいう倧きな信頌を寄せるべき蚀語ナレッヂも含たれおいる。

 最終的には「IMMERSIVE  没入」のコアである「 : 仮想珟実 /  : 拡匵珟実 /  : 耇合珟実」に関する反脆い「哲孊」や「実践法」や「魂倫理」ずしお重芁な「新たな法治」ずいうメ゜ッドにも觊れおいく。

 開祖や興囜における神話には共通項があり、それずの察立を避け続けお珟代があるのは吊めない。身䜓性を䌎わない信仰における境界線は、最初は無意識的でも、い぀しか意図的なタブヌや犁足地を生み、それを悪甚するこずで正矩のたがいものずしおの共同幻想を生み、垃教や䟵略、差別ず排陀を、繰り返し繰り返し成長させおきた。

 どこに、どのように、線を匕くかではなく、線を匕くこず自䜓が盞察的䞀定の悪に繋がっおいる。

 それが分断した片偎たずえば、党生物の䞀郚に過ぎない人類に察する「生き易さの享受」は、䞀定の善である「生き蟛さの匷制」ずいう双子を孕んでいる。それは、悪魔ず倩䜿のような存圚でなく、぀の混濁ずした珟実だ。絶察悪も絶察善もなく、枅濁䜵せ持぀䞀面の灰––––そんな濃淡グレヌの䞖界で、自由は行動にしおはならず、垞に倉化進化を远求する絶察に远い付けない理想であるべきで、逆に、平等は思惑ではなく、行動でしかなしえないこずだ。

 今やるべきこずは、決しおやれないのではなくやれる範囲の䞭にある抑制的な自由ず胜動的な平等に違いない。

 いずれも、䞀郚の生き易さよりも䞀定の生き蟛さを産むものだ。

IMMERSIVE SOCIETY 
神は - 内に圚る倖に居る


人間に限っお、䞖界の半分以䞊は、
想造想像による創造で出来おいる。

 幎、䞖界的パンデミックがこの星を包み蟌んだ。人々が取る距離は゜ヌシャルディスタンスず呌ばれ、我々が「人類」ではなく「人間」だず名乗る根拠を明瀺した。い぀だっお、人ず人の間に確かに存圚する「䜕か」こそが、人間にずっお重芁なのだず思い知った。

 戊争を起こすのも「人間人ず人ずの間」にある「囜境」に違いない。
 しかし、それは、決しお、実圚しないものなのだ。

 本来、手に觊れるこずも、目に映るこずも、悲鳎ずしお聞こえたり、熱ずしお肌を焊がし、苊枋を舐めさせるこずもない。぀たり、だから、倉えるこずのできる軜薄な存圚だ。物理法則や自然摂理のような絶察はない。匕き金を匕き飛び出した匟䞞の速床、回転、嚁力、勢いよく噎き䞊げた毒の成分、拡散、効果、これらは決しお芆らない重みを持っおいるが、それを匕く気持ち、撒く事情は、心ひず぀ですぐに撀回するこずができる。行った埌ではなく、行う前にできるこずがある、いや、行う前にしかできるこずはない。ミサむルは撃っおしたえば、着匟しようが、空䞭で砎壊されようが、もう、未然ではない。肉䜓的な被害ではなく粟神的な被害劄想は、次ぞ次ぞず飛び火しおいく。

「囜境」ず呌ばれる線䞊あるいは戊堎に、自然に存圚する裂け目や壁などの䜕かしらの実圚物䜓を芋たこずがあるだろうか––––ないはずだ。だからこそ、鳥は、軜々ず、悠々ず、本胜のみに埓い、そのボヌダヌを飛び越えおゆける。そんな幻を芋おいるのは、「人類」ではない「人間」だけで、鳥瞰に囜境が映るこずもない。そしお、たずえ「人間」がただの「人類」に退化しようずも、航空ずいうテクノロゞヌを手に入れ進化しおも、もう、氞遠に、本胜でそれを飛び越えるこずはできない。

 知っおしたえば、愚かになる。

 このような境界線は、物理法則でも自然摂理でもない。人間が想像による創造「想造」ででっち䞊げた幻に過ぎない。にも関わらず、僕たちはその幻に囚われお生きおいくしかない。

 目の前にある、僕やあなたが、今、包たれおいる「人間瀟䌚」こそが、「幻仮想によっお拡匵された珟実」であり「拡匵された珟実に没入する䜓隓にするずも蚀われる」なのだ。

 人間に限っお、䞖界の半分以䞊は、想造で出来おいる。

 その䞖界は、少なくずも数十䞇幎に枡り、党人類が総出で築き䞊げた自䜜自挔の「IMMERSIVE SOCIETY想造に過剰に没入する瀟䌚」なのだ。

 僕が知る限り、没入瀟䌚は、人類史䞊、段階の進化を遂げおきた。僕は、珟圚を「1.0」ず「2.0」の間に䜍眮する過枡期1.5ず捉えおいる。「1.0」が本栌的に始たる以前のプロロヌグに「れロ」があり、それは「想造は珟実のたったく倖偎のみにあった時代」を指す。圓時の人々は、その倖偎を「神界」ず「魔界」に分け、それぞれの䜏民である「神」や「悪魔」ずいう「盞反する埗䜓の知れない存圚」を畏怖しおいた。この頃からすでに、新たな発想むノベヌションは、必ず「進化」ず「問題」ずいう双子を生み出すこずを、本胜的に察知しおいたのだろう。

 想造が生んだ「幻バヌチャル仮想」ずいうむノベヌションも、他に挏れず、陜陰、善悪、正負など、枅濁䜵せ持った可胜性を孕んでいた。仮想ずは、珟圚の珟実では有り埗ない物事を脳内にだけ造り䞊げるこずを蚀う。仮想䞖界では、未来の理想の自分に成り切るこずも、過去の誰かに憑䟝しお新たな歎史を刻むこずも、䞖界をヒヌロヌや魔法䜿いの䜏むファンタゞヌに創り替え、ナニコヌンや怪物を産み萜ずすこずだっおできる。

 叀代の人々は、そういった珟実の倖偎を「神界」ず呌び、その䞻である「神」を畏れた。心の䞭に人倖のセカむを぀くり、䞖界の倖偎にある宇宙をも心の䞭「心界」で可芖化したのだ。内は倖で、倖は内。いずれにせよ、それらはあくたで「シンカむ」のみに存圚しおいた。

 い぀しか「脳」は、生物孊䞊の臓噚から「心」ずいう粟神的な機胜に昇華され気䜓のように手に觊れられないモノになり、知らぬ間に人間人ず人の間にある空気瀟䌚を冒しはじめる。たずえば、嵐は物理的な珟象に過ぎないはずが「神」の怒りのせいになり、それを鎮めるために貎重な䜜物を心的には祭壇ずいう脳的にはただの石の䞊で腐らせた。

 こうしお、本来、たったく乖離しおいたはずの「心」が生む「倢」のセカむず、「脳」が芋聞き嗅いで味わい觊れる「珟」の䞖界は、耇雑に絡み合い䞀䜓化し、あらゆる善的な利䟿ず悪埳な差別をも内包しおいった。

 それらは、宗教、政治、経枈など時代ず共に姿圢を倉え、自然摂理に人工的なルヌルを巧みに混沌ずさせたシステム×たやかしを駆䜿しお、人間を実に匷力に支配しおいった。

 僕は、宗教や神仏を吊定したいわけではない。「神」が珟実䞖界にはいない時空を超えた異次元の䜏民であるこずは倚くの宗教そのものが認めおいるし、珟に、ある宗教では、偶像厇拝を厳しく犁じおいる。

「神界」ずいうマクロな宇宙のどこか倖界にいる「神」を、
 脳で物理的に芋おずる客芳的に認識するのか
「心界」ずいうミクロの宇宙内界にいる「神」を、
 心で粟神的に信じる䞻芳的に信仰するのか

 その違いの説明をしおいるだけで、僕自身は、科孊的な根拠などなくずも、どちらかの「神」の存圚を感じおいる。ただし、その立堎をここで明らかにする぀もりはないし、僕は、それを「カミ」ずは呌んでいないだけの話だ。

 こうしお、原始は人類の倖偎にしか存圚しなかったはずのバヌチャルは、宗教や囜家ずいう倧矩名分をかざし、着実に、人間人ず人ずの間瀟䌚においおのみ実圚化あえお嫌な衚珟で曞くず䌌非物質化しおいった。

 人間は人ずしお眠っお倢芋るだけでは飜き足らず、仏像を掘り、宗教画を描き、䞇里の長城やベルリンの壁を築き、隣囜ずの界面に䜍眮する島に自囜の旗を掲げるなどしお、本来、物理法則や自然摂理に埓順だったはずの珟実を、非物質的で反自然的な想造を加えた人工的な偶像 「䌌非物質」で䟵しおいったのだ。

 圓初、人間瀟䌚においおのみ有効だったそれらは、い぀からか物質的にも生物孊的にも倧きな珟象を匕き起こしお、今に至りたす。䞭でも特にシンボリックな負の顕圚化こそ、今この瞬間もこの星の各地で進行し続ける「自然環境砎壊」だ。起点は人間の心幻だずしおも、終点は森矅䞇象の物理や摂理ずいうこずは少なくない。これらは明確な物質的な珟実非物質的な想造であり、に没入する珟実だ。このように珟代的な人間瀟䌚は、拡匵ず没入から始たった––––この段階を「IMMERSIVE SOCIETY 1.0」ず呌んでいる。

 䞀方、は、あくたで、䞻芳的か぀個人的な䜓隓でしかなかった。その代衚が眠っお芋る「倢」だ。「倢」は「瀟䌚」にはなりえず、長らく、個人の心脳の䞭で謙虚に留たり続けおいた。

 子䟛が絵本を読んでいるずき、䞻芳的人称芖点になればなるほど、ずいう鑑賞からずいう䜓隓ぞず倉遷しおいく。無知の知を倱った぀たらない倧人にずっお「シンデレラ」の絵本や「忍者」のマンガは、想造物語ず絵によっお拡匵挔出された玙ずいう䌌非物質䜜品を鑑賞するだけの代物に過ぎないが、想像力豊かな子䟛たちにずっお絵本ずいうむンタヌフェむスは、没入䜓隓ぞの入り口やトリガヌであり、「シンデレラ」や「忍者」は、目や脳で読む物鑑賞ではなく、心で感じるコト、ずもすれば、成る者䜓隓なのだ。

 ただし、その機胜は、非垞に䞻芳的であり、人間人ず人の間瀟䌚に倧きな圱響を及がさなかった。たずえ、子䟛が、物質であるドレスを着おシンデレラに成り切ったずしおも、忍者ず思い蟌んでプラスチックの手裏剣を実際に投げ付けたずしおも、無邪気な劄想は珟実を拡匵するような機胜や暩力を持っおおらず、あくたで、この䞖珟実をあの䞖仮想䞖界ず同䞀芖誀信しおいるだけで、拡匵された珟実ぞの没入にはならず、自分を含めたこの䞖界ごずアチラの䞖界ぞず飛び蟌むような荒唐無皜に過ぎないからこそ䟡倀があるだった。結果、それは、アヌトや゚ンタテむンメントの専売特蚱であり続け、囜家や政治など瀟䌚的゜リュヌションにはならなかった。

 もう、お分かりかも知れないが、僕は、//ずいうカテゎリヌを、技術やむンタヌフェむスデバむスを区別するための呌称ではなく発想や䜓隓を区別するための定矩ず捉えおいる。

 たた、最近、やをの次䞖代ず捉えおいる人も倚いが、それは間違いであるこずにも気付くはずだ。䞖玀末から起こったデバむスの技術革新ずいう短スパンの歎史が、䟋オキュラスリフトから/䟋アップルのノィゞョン・プロずいう流れだっただけで、人間瀟䌚は間違いなく/から始たった––––

 それが「IMMERSIVE SOCIETY 1.0」だ。

 玙物語で絵本、玙通貚ずしおの䟡倀で玙幣、石であれば硬貚になり、その石ず朚物語でコンセプト型の遊園地、神で自瀟仏閣、朚や石で出来た壁や城囜ずいう抂念で囜境など、「1.0」を構成するあらゆるは、物質仮想/ずいう構造を持っおいる。人間は、長らく、この「1.0」バヌゞョンの瀟䌚に居続けおきたが、むンタヌネットの登堎によっお、その空気は䞀倉した。特筆すべきは、が、぀いに「瀟䌚」になりはじめたこずだ。

 むンタヌネットずいう広倧な䞖界に存圚する様々な瀟䌚を、僕は「IMMERSIVE SOCIETY 1.5」ず定矩しおいる。それは、掲瀺板やチャットに始たり、倚皮倚様なにたで進化した。

「1.5」における「むンタヌネットず䟋」は、「1.0」における「地球ず/䟋囜や宗教」のような関係で、フィヌルドプラットフォヌムずも呌ばれるグロヌバルなセカむに、倧芏暡なコミュニティ瀟䌚を生み出し、囜境のような䌁業間のボヌダヌや競争戊争ではないずころに垌望を感じるを顕圚化し、新たな゚ンパワヌメント暩限移譲むンタヌネット時代の垂民革呜のような数々のパラダむムシフトによる超民䞻を同時倚発させおいる。

 以倖にも、超民䞻の蟞曞りィキペディア食べログナヌザヌが民䞻的に生成するコンテンツがあふれ、メタバヌスやずいうトレンドが䞖界経枈に圱響を䞎えた。すべお、玙も石も朚も䌎わない、物質を持たないバヌチャルぞの没入  だ。ブロックチェヌンを甚いた仮想通貚の䟡倀を担保するマむニングは、䞭倮集暩的ではなく非垞に分散的で、倧芏暡な゚ンパワヌメントを実珟した超民䞻の代衚䟋だ。それらは、圓初、内でのみ起こったムヌノメントだったが、ビットコむンでピザを賌入しおみたり䞖界䞀高䟡なピザ、マむニングが地球枩暖化を加速させたり、りィキも食べログも肉䜓的にも炎䞊したりず、/化  珟実䞖界ぞの䟵食が始たっおいる––––これは「IMMERSIVE SOCIETY 1.5」の次を予感させる珟象だ。

 仮想バヌチャルが珟実の倖偎にのみ存圚しおいた「IMMERSIVE SOCIETY以前  0」から仮想が珟実物質を拡匵する「1.0」に倉遷したずきに起こった䟵食ずたったく同様に、むンタヌネット内の  IMMERSIVE SOCIETY 1.5のみで起こっおいたコト仮想通貚やゲヌムなどが、珟実䞖界ぞず䟵攻を開始した䟋仮想通貚ず既存の䌌非物質的な貚幣の為替取匕やポケモン GOなど。

 それが、「IMMERSIVE SOCIETY 2.0」だ。

 この「内珟象の/化珟実や物質ぞの䟵食」は、たるで囜境を悠々ず飛び越える鳥のように、あらゆるボヌダヌを盎感で飛び越える本胜的な行為に近付いおいる。梅厎健理氏が提唱した「ニュヌアナログ」なむンタヌフェむスデザむンむラストレヌタヌのほずんどが物質の玙、鉛筆、絵の具ではなくペンタブを䜿甚するようなこずデゞタルなのにアナログっぜく盎感的に䜿甚できるデザむンは、それをプリミティノ自然摂理に則ったな行為だず思い蟌たせるこずに、おそらく、成功するだろう。

 ただし、そこには飛行機で物質的に飛び越えるのずは倧きく異なる非物質性物理法則を超越した性質たずえばリモヌト䌚議などのワヌプコミュニケヌションやゲヌムによるパラレルで無限にも思える付加䟡倀などから生じるデメリットも朜んでいるはずだ。前述の通り、新たな発想やテクノロゞヌは、必ず「進化」ず「問題」ずいう双子を䞖界に産み萜ずすからだ。

 今埌、それらの起こる堎所が、むンタヌネット内のずいう技術最重芁はセキュリティに裏打ちされたグロヌバルなゲマむンシャフトであろうが、孊校ずいう䌌非物質ゆえに物理地理に瞛られたロヌカルなゲマむンシャフトであろうが、あるいは、䌁業ずいう経枈に裏打ちされたグロヌバルなゲれルシャフトであろうが、政府ずいう囜境に瞛られたロヌカルなゲれルシャフトであろうが、すべおに等しく同じ地球芏暡の倫理が必芁ずなっおいくはずだ囜レベルで区切られた法埋では䞍十分な状態に突入しおいる。この䞖界は、再び「仮想ず珟実」「囜ずいう幻に過ぎない境ず各囜間にある法の差異」「グロヌバル化する䌁業」「生物孊的な性別を超越した粟神的な愛」など、ありずあらゆるむンタヌフェむスの消滅ボヌダレス化ず察峙しようずしおいるように芋える。

 この「序」を曞いた幎のある日パンデミックの真っ只䞭––––医療埓事者を称えるために、ブルヌむンパルスが頭䞊をものすごい勢いで远い越しおいった。戊争の終わらない地域では殺戮の象城である戊闘機も、ここ日本では平和の象城ずなり、みんなが笑顔でそれを歓迎しおいた。先の倧戊を経隓した老人は、旅客機であっおも飛行機の音を嫌う。そんな事実は、薄れはじめおいる。

「航空機が飛ぶ音は、から降り泚ぐ焌倷匟を思い出す」––––今も、䞖界には、そういう子どもがたくさんいる。これもたた、すべお、心の䞭から起こった/起こる/起こっおいく珟実だ。

 い぀の日か、ブルヌむンパルスが、鳥のように軜やかに、普通に、韓囜の゜りルを超えお䞭囜の北京や䞊海、その先どこたでも飛んでゆくのが圓たり前の時代が来る  もちろん、ただの曲芞ずしお––––そんなこずを、力なく願った。



▶ 新 侖 界 「 I M M E R S I V E   S O C I E T Y   2 . 0 」 を
玐 è§£ く  ぀ の キ ヌ ワ ヌ ド

A N T I F R A G I L E

反 脆 匱 性 ず い う 評 䟡 基 準

E M P O W E R M E N T

æš© 限 ç§» è­² か ら èµ· こ る 超 民 äž»

I N C O R P O R E A L

非 物 質 的 が 解 く 呪 い

M A T E R I A L I Z E

玠 材 化 に よ る 実 珟

M U L T I L A Y E R E D

倚 å±€ 化 瀟 䌚 が 生 む パ ラ レ ル な 可 胜 性

N A R R A T I V E

åžž 新 性 の 物 語 り  誰 が 語 り 手 か 


【 マ ガ ゞ ン 】

人間に限っお䞖界の半分以䞊は「想像による創造」で出来おいる。

鳥は自由に囜境を飛び越えおいく人が
そう呌ばれる「幻」の「壁」を越えられないのは
物質的な高さではなく、粟神的に没入する深さのせい

某レコヌド䌚瀟で音楜ディレクタヌずしお働きながら、クリ゚ティノ・ディレクタヌずしお、アヌト広告建築人工知胜地域創生ファッションメタバヌスなど倚皮倚様な業界ず運良く仕事させおもらえたボクが、叀くは『神話時代』から『ルネサンス』を経お『どこでもドアが普及した遠い未来』たで、史実ず、考察ず予枬、芳枬ず垌望を亀え、プロトタむピングしおいく。

音楜業界を目指す人はもちろん、「」ず「」の良くも悪くもな歎史レファレンスず未来将来性を知りたいあらゆる人向け。

 本圓のタむトルは––––

「本圓の商品には付録を読み終わるたではできれば觊れないで欲しくっお、
 付録の最埌のペヌゞを先に読んで音楜を聎くのもできればやめお欲しい。
 たた、この商品に収録されおいる音楜は誰のどの曲なのか非公開だから、
 音楜に関するこずをむンタヌネット䞊で䞖界䞭に晒すなんおこずは  」


【 自 å·± 玹 介 ず 目 次 】

【 プ ロ ロ ヌ グ 】



いいなず思ったら応揎しよう