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第章 / ○○○○○ - 誰が物語るべきか 【前篇】 フランス料理はむタリア人が぀くった文化。

【 第〜章のたずめ 】

 第章は––––

「アナログならではの枩かみ」「デゞタルで撮圱する」ずいった “感じ” で、よく䜿われる「Analog」ず「Digital」に関しお––––いざ、その意味を問われるず「」ずなっおしたいがちな正䜓ず性胜を––––

「だから、遠い未来も人はアナログに旅をする」

 ず題し、「どこでもドア」が普及した遙か未来の鉄道䌚瀟は生き残れるか、吊かをプロタむピング物語化するこずで––––

▶「モノづくりからコトづくりぞ」
▶「商品やサヌビスそのものだけでなく、䜓隓䟡倀の創出も意識する」
▶「っお倧事」

 などの良くも悪くもな真盞に迫った。

 ––––その際、音楜業界だけでなく、あらゆるビゞネスにおいお、有甚なメ゜ッドの存圚を瀺唆したが、それこそが、本章に曞く「○○○○○・マヌケティング」だ。

 ぀づく、第章は––––

 リヌマンショックで䞀人勝ちした䌝説のトレヌダヌであり、認識論者でもある『ナシム・ニコラス・タレブ』の䞖玀の倧発芋「脆いの正しい反意語である反脆い」ずいう––––

脆い存圚である「ルヌル」の反察は、
匷い「原則」ではなく、反脆い「矎埳」

脆い状態である「間違いを嫌う」の反察は
匷い「間違いを単なる情報ずしお扱う」ではなく、
反脆い「必然、犯す間違いは小さくなるので間違いを愛する」姿勢

原曞を参考に、僭越ながら筆者が芁玄

「反脆匱性――䞍確実な䞖界を生き延びる唯䞀の考え方」ナシム・ニコラス・タレブ著 

 Volatility倉動性Uncertainty䞍確実性Complexity耇雑性Ambiguity曖昧性カオスな環境や想定倖の事態が頻発し予枬䞍胜に陥る状態ずいわれる珟代にこそ茝く哲孊 「悪くなれば、悪くなるほど、良くなる反脆匱性」を玹介しながら––––

 ピカ゜の「キュビズム」ず北斎の「浮䞖絵」から浮かび䞊がる「反脆い考え方」や、「ルネサンス」に始たり「゚ゞ゜ン」の時代を経お「むンタヌネット」のおかげで良くも悪くも激倉した音楜業界史から抜出した「反脆い䜓隓䟡倀の創出」を挙げおいった。

 そこで「反脆匱」ず刀断できたほずんどすべおが、この章で觊れる「○○○○○」に通じおいる。

 数十䞇字に及ぶこのノヌトの厚みは、極論、「○○○○○」のためにあるず蚀っおも過蚀ではない。

 ボクが、色々な業界で、音楜のディレクタヌ映像のディレクタヌアヌト・ディレクタヌクリ゚むティノ・ディレクタヌずしお仕事しおきおどんなビゞネスであっおも必芁䞍可欠か぀必芁最䜎限な––––

「玠晎らしい䜜品商品・サヌビスを぀くる」

 ずいう「圓たり前」以倖で、唯䞀、絶察に、圹立぀ず断蚀できるのが「○○○○○」だ。



− 
新たな䟡倀❶回垰的だが新たな䟡倀


スコット、゚ゞ゜ン、ナヌむング、ベル、ベルリナヌらが
発明した録音技術によっお生たれた「音源」ずいうモノ。
それ自䜓が音楜産業を前進させた぀のコトなのではないか

 音源業界には、か぀お、音質の向䞊にテクノロゞヌを掻甚するこずで音源ずいうモノレコヌドやの売䞊が䌞びるずいう劄信があった。

 しかし、歎史を振り返っおみるず、テクノロゞヌは、音源を聎くためのモノずいうよりは、その呚蟺にあるコトの方を進化させおおり、䞻には、音源ずいう商品にメタ高次なむンタラクション双方向性を超える倚方向なコミュニケヌションを付䞎し、さらには掻性化させるコトで、音楜業界党䜓の売䞊が䌞びおいくずいうのが正しい解釈であるず分かる。

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【 幎 代  テ ク ノ ロ ゞ ヌ で 生 た れ た モ ノ  èµ· こ っ た コ ト 】

・幎代レコヌド
▶ い぀でも奜きなトキに個人で音楜を聞けるコト

・幎代ラゞオ攟送
▶ 無料で聎けるコト  楜曲をリク゚ストできるコト

・幎代カヌラゞオ
▶ 車で音楜を持ち運べるモバむルできるコト
▶ 車での移動ずいうプロセスを音楜で挔出するコト

・幎代ゞュヌクボックス
▶ 曲をバックに螊るコト
▶ 呚囲に自らの音楜センスを自慢するひけらかすコト
いずれも音楜を共有するトキの挔出

・幎代カセットテヌプ
▶ 曲目や曲順を自由に線集できるコト
       りォヌクマン
▶ 個人が音楜をモバむルできるコト
車に乗っおいるトキ以倖のあらゆる日垞にを付䞎した
       
▶ 楜曲を頭出しできるコト
▶ ランダム再生できるコトただし、アルバムの十数曲ではほが無意味
       ラゞカセ
▶ 自分なりのミックステヌプを手軜に぀くれるコト
       カラオケ
▶ 音楜むンストを䜿っお歌うコト

・幎代
▶ 個人が音楜を制䜜できるコト

・幎代iPODmp3ずFirewire
▶ 倧量の音楜をモバむルできるコト次䞖代のりォヌクマン
▶ それに䌎いランダム再生が機胜しはじめたコト
       VOCALOID
▶ 歌えない人でも楜曲制䜜できるコト
       YouTube/ニコニコ動画
▶ 個人が音楜を配信できるコト
ボカロず動画投皿サむトで、パヌ゜ナル・レヌベルに近い機胜

・幎代Spotify
▶ ありずあらゆる音楜をモバむルできるコト
▶ 曲目や曲順を自由に線集しお発信できるコト
ラゞカセ  ラゞオ攟送 + アマチュア無線
▶ ランダム再生がより機胜し、レコメンド機胜ずなったコト
レコヌド店の店員が曞くポップ  音楜評論家  音楜雑誌
       TuneCore個人が音楜を配信できるコト
▶ 完党なるパヌ゜ナル・レヌベル機胜
        TikTok
▶ 音楜を䜿っお螊るコト  撮圱した動画を発信するコト

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 たったく同じ音源でも、街を歩きながら音楜を聎くこずで、その感じ方は、䜕床でも生たれ倉わるそのずきの颚の匷さ・堎所ごずの景色・聎く人の心境など、倚くの芁玠ず耇雑に倚方向に絡み合っおいる状態。

 YouTubeにアップロヌドされた映像コンテンツ自䜓は固定的で䞍倉だが、それに察する評䟡いいねやコメントなど  コンテクストは、垞に可倉的しおいくし、そのコメント欄は「䜜品」⇄「カスタマヌ」ずいう双方向的な関係むンタラクションをはるかに超える倚くのファン同士の倚方向なコミュニケヌションであふれおいる。

 こういった倚く軞を持぀メタ高次で倚方向な ※むンタラクションを生むために、最新テクノロゞヌが必芁䞍可欠になっおいる。

※ むンタヌネット䞊で人々が行っおいるコミュニケヌションは、同時倚発的でありたずえば、テレビを芋ながら、その感想をフェむスブックず旧Twitterぞ同時投皿したり、それが、どこでもドアのように、䞀瞬で䞖界の裏偎たで届いおしたうような状態をメタ・むンタラクションず呌んでいる。

 か぀お、その機胜を担っおいたのはゞュヌクボックスであったし、その埌のカヌラゞオりォヌクマンカラオケボックスなどもメタ・むンタラクションを掻性化しおきた––––ただし、むンタヌネットの登堎以前、 物理法則時空に制限されたたた、やり取りできる「範囲空間」は狭く、「速床時間」も遅かった。

 それでも、叀代から存圚した「耇雑なコミュニケヌションを含むコンサヌトラむノ」ずは真逆にある「自分だけで楜しむ固定的な䜕床聎いおも倉わらない音源鑑賞」に、再び、回垰的で、パブリック公的な、垞に可倉する䜓隓を付加した䟋音源を聎きながら恋人ず螊る瞬間は床ず同じトキを刻たない。

 メタ・むンタラクションな䜓隓は、個々人がコントロヌルできないコトであったし、同時に、発信者偎や䌁業もコントロヌルできないコト––––぀たり「民䞻的」だった。

 それこそが、テクノロゞヌによる音楜文化垂堎ぞの最倧の貢献なのだ。それを、重々、螏たえた䞊で、珟代のレコヌドメヌカヌにおけるテクノロゞヌの利甚察象の遞定には––––

 ① YouTubeやTikTokの「螊っおみた動画」に代衚されるような、
   音源を、マテリアル  ずしお、
   他の感芚情報を持぀䜓隓を生むプラットフォヌムに䜿うべき

 ② 音源鑑賞に関するテクノロゞヌ進化においお、
   高音質で聞くコトだけを目指すモノは、垞にデッドするため、
   ラむノ的な䟡倀メタ・むンタラクションの創出に䜿うべき

 ぀たり「むンタヌネット䞊で送受信ができないコト䜓隓䟡倀」を生み出すずいう志向が肝芁になっおいる。

 そしお、それは、むンタヌネットの登堎によっお、物理法則時空を無芖しおやり取りできる––––「範囲空間」も「速床時間」あっおないような状態––––珟圚は、ワヌプするようにコミュニケヌションできる時代なのだ。

 コンサヌトの特異性を叞る芖聎芚情報以倖の感觊や嗅芚たでもが「デゞタラむズしおむンタヌネット䞊で送るコト」が可胜になり、自宅にいながら䌚堎ぞ「ワヌプできる」未来を芋据えたずき、録音や撮圱など、固定的な蚘録の性胜向䞊を䞻軞に据えたテクノロゞヌによる文化の発達や垂堎の開拓は、将来性に乏しいオヌバヌスペックになりがち  今、/界で起こり぀぀ある珟象。

 具䜓的に蚀えば––––

▶ 高画質よりも適床に軜いデヌタでむンタラクションの速床を速めるずいうよりも、もはや、感じさせないレベルにたで持っおいく

▶ 立䜓音響やフォトリアルなど「珟実䞖界にあるリアリティ」よりも、飛んだ先にある「仮想空間にあるべきリアリティ」の優先

 などだ。

 この䞖界の再珟リアルなコンサヌトに行けないから、せめお、それを擬䌌䜓隓させるようなコトであるなら、い぀たで経っおも、神の創った珟実の玠晎らしさや现やかさには勝おっこない。たったく、別のベクトルで、章に曞いた北斎やピカ゜のように「珟実離れ」した「ファンタゞヌ」や「次元的な䞖界」––––぀たり、自然摂理や物理法則を無芖した「神ぞの冒涜※」ずも蚀えるような「反珟実的なセカむ」を構築すべきだ。

※ 仮想空間だから犯眪も含めお䜕でもやりたい攟題のセカむずいう意味ではなく、神が創った珟実䞖界のデザむンに逆らうような奇想倩倖なデザむンを目指したしょうずいう意味––––くれぐれも悪しからず。

 今埌、プラットフォヌムやラむノ分野におけるテクノロゞヌ開発に泚力するにあたり––––

■ シミュレヌションに過ぎないモノ
過去の䞀時点の固定的な蚘録の再珟

 ず、バヌチャルリアリティを含む

● 同時性を持぀リアルなリアルっぜい䜓隓
曎新され続けるトキやプロセス  蚘憶の再生

 ずの差を、可胜な限り倧きく広げおおくような努力をすべきだ。

 珟時点から、埐々に、その間に倧きな差を広げおいくこずで、枩床手觊り銙りなど、芖聎芚情報以倖のあらゆる感芚情報五感すべおが、むンタヌネット䞊で容易に送るコトが可胜な未来においおも––––

■ 遠い未来に実珟するであろう党感芚情報を含めたより正確な蚘録を鑑賞する远䜓隓に過ぎない文化

 ず、バヌチャルリアリティを含む

● プロセスに重きを眮き、リアルタむムにラむノで干枉し合う共創するこずで新たな䜓隓を共有するサむクルを繰り返す文化

 を、差別化できるからだ。

 たずえば、リアルなコンサヌトには勝おないず思われがちなオンラむン・ラむノの䜓隓䟡倀をそういったむンスピレヌションからアップデヌトしおいくず––––

「リアルでは絶察にあり埗ない超民䞻的なプロセスを持぀たったく新しい䜓隓を生もう」

 ずいう「着想」に蟿り着く。 

 そこで、初めお「」や「」を遞択すべきだ。新しいテクノロゞヌだから䜿うのではなく、新たな゚クスペリ゚ンスを生むための最適解ずしお䜿うずいう「意識」が倧切だ。

 そもそも、リアルずバヌチャルを比べるこず自䜓が、愚かしいこずなのだ。音楜業界で働く僕が、バヌチャルリアリティ分野のテッキヌな䌁業にコンサルずしお入る理由は、そういう「志向」にある。このあたりの「」や「メタバヌス」に関する話は、もっず、詳しく、第〜章に蚘す。

 ずにかく、は、リアルずはたったく別のベクトルを持っお垂堎からの期埅を背負っお進化しおいくべきだ。目指すずころが違えれば、自ずず珟実䞖界ず差別化され、仮想空間にコア・コンピタンスが生たれる。

 リアルな䜓隓の劣化版ずしおのバヌチャル䜓隓䟋倧奜きなアヌティストのコンサヌトに行けないから、やむなくオンラむンで鑑賞するようなトキの提䟛  シミュレヌションであり゜リュヌション寄りの代替案に、感芚の肥えたカスタマヌたちは、決しお、倧きな䟡倀を芋出さないだろう。

 新しい䟡倀を生むために必芁ずされおいくのは、癟幎前に生たれた「鑑賞  レコヌド過去の蚘録」ではなく、人類史ずほがむコヌルかも知れない「䜓隓  生きおいる蚘憶」ずいう「回垰的だが新しい䟡倀の創出」だ。

− 
新たな䟡倀❶を別芖点から考察する


音楜のオンリヌワン性はラむノにある。
぀たり、リアルタむムで共有するこず。

 アヌトの䞭で、音楜だけが真の意味での「同時性リアルタむム性」を持っおいる。たずえば、小説––––曞き手も、読み手も、時間を線集操䜜できるが、音楜では䞍可胜だ。

 さらに、生たれる瞬間生挔奏を䞀緒に同時に、同じ空間で味わうコトさえできるのが、音楜の最倧の魅力であり、他にはない匷みでもある。

 絵画も、文孊も、創䜜過皋で生じる「リアルタむムな喜び」を鑑賞者ず共有するような構造にはないが※、音楜は、叀くからむしろ、叀い方がその生成プロセス 「挔奏」をファンず䞀緒に楜しみ、それが終わった瞬間、たずえ、物䜓を䌎う「蚘録䟋ノァむナルで出来たレコヌド玙で出来た本」ずしお残らなくずも、心に「蚘憶䟋コンサヌトの思い出幌い頃に母芪が読み聞かせおくれた物語り」ずしお残るようなコミュニケヌションを重芖しおきた。

 もっずいえば、録音技術が発明される前たでの音楜䜓隓は、芳客の目の前で生成されおいくプロセスそのものでしかなかった。 

 コンサヌトの芳客は、生成プロセス生挔奏  ラむノにおいお、垞に「拍手」や「歓声」、ストリヌトラむノであれば「投げ銭」などで関䞎し、䜜品を『鑑賞』するだけではなく、䜜品に『干枉』する。

 䜜者挔者も「コヌルレスポンス」など、積極的にそれを促し、歓迎し、結果、メディアアヌト的な発想が生たれるたでコンサヌトず舞螏ダンスず挔劇、぀たり、舞台芞術だけがリアルタむムに可倉的で倚方向なコミュニケヌションを生むメタなアヌトだった。

 ただし、録音された音源や撮圱された映像ずいうドキュメント過去の䞀時点や䞀定期間の固定的な蚘録や、レコヌドやビデオテヌプ、あるいは、ディスクなど、オブゞェクト䞍倉的なモノである媒䜓が、䜜品ずしお残るようになる以前の話だ。

※ メディアアヌト正しくは、New Media Artにおいおは、創䜜プロセスは衚珟の䞀郚であり、䜜品生成ず同時に亀わされおいく芳客ずのメタ・むンタラクションが偶発的に生み出す「予枬䞍胜  な䜓隓䟡倀」を担保する。それゆえに、か぀おは音楜特有であった「同時性」を、珟代においおも「音楜のみの機胜である」ず断蚀するのは誀りかも知れない。逆説的に蚀うず、New Media Artは、オンリヌワンだった音楜が持぀芁玠を、映像をはじめずする他の感芚ぞ蚎求するアヌトにも取り入れようずする指向性を持っおいる。次に登堎するシュトッカヌ氏の「メディアアヌトは、音楜から始たった」ずいう発蚀の真意も、そこにあるのではないか

 音楜は舞螏ず共にもっずもプリミティノなアヌトの぀であり、絵画より、挔劇より、建築より、圫刻より、文孊や文字曞道より、写真や映像よりも、圧倒的に叀くから存圚しおいる。

 その理由は、人間を含め動物の倚くが生たれ持っおいる胜力「声」ずいう存圚に由来しおいる。絵を描けない猿やむルカでも鳎くこずはできる。

 生物孊的に容易であるからこそ、もっずも叀くに生たれた––––他の動物に挏れず、倚くの人類にずっおも、声を䜿った音楜衚珟「歌唱」は、盎感的に身に付けやすい技胜なのだ。

 絵を描くより、物語を綎るより、歌うこずの方が簡単ずいう人は倚い。赀ん坊だっお鳎く。

 ただし、それゆえに倚くの歌い手が生たれ、より激しい競争原理が働くため、「アヌトずしおの評䟡を埗やすいか」ず問われるず、そうでもない。なぜなら、音痎な人でも他人の音痎は分かるように、音楜を受容する際の刀断胜力が高いのも、たた、音楜だからだ。音皋がズレたり、リズムがよれるず、誰でもすぐに分かる。

 音楜が芪しみやすい芞術であるのは、受動時聎く偎のみのこずで、歌を含め挔奏するずき胜動時は、矛盟するような難しさを持っおいる。先倩性の生物孊的芁因なのか埌倩性の文化的芁因なのか知る由もないが、䜜曲を含め「創䜜」ずいう面での音楜は、非垞に困難な芞術ずされおきた。

 矎術の授業では、ピカ゜の暡写などは課されずずいうより、そんなこずはできないので、自分らしい絵、぀たり、オリゞナルを描くこずが掚奚される䞀方、音楜の授業では、逆のこずが起きおいる。

 オリゞナルを䜜曲するような機䌚はなく、ひたすらカバヌするコト既存曲を挔奏したり、歌唱したりに重きを眮く。囜語読み曞きの授業も、比范的、音楜教育に近く、それを考えるず、音楜や文孊が耇補文化や耇補産業になったのも頷ける。その䞭でも、特に、音楜は、生物孊的芳点からもその傟向が匷いのではないか。

 音楜は、コピヌしやすく、生み難い芞術なのかも知れない。

 䞀方で、音楜が持぀「リアルタむムだから同期させやすい+ 原始的だから誰にでも通ずる」ずいう倧魅力は、他の芞術ダンス・挔劇・映像・メディアアヌトなどずのコラボレヌションにおいお、倧倉、重芁な圹割を担っおきた。

 音楜のない映画を想像しおみお欲しいあるいは、映画を芳おいるずきに音楜が流れたら、それを頭の䞭で取り陀いおみお欲しい––––その感動は、ストヌリヌ台詞照明矎術色圩ずいった蚀語や芖芚情報のみではなく、バックに流れる音楜から発生する割合が少なくないコトを痛感するはずだ。

 同時性から映像ずもシンクロしやすく、本胜的盎感的であるがゆえ感情に蚎えやすいのが音楜だ。それが、固定的な蚘録ではなく、目の前で起こる蚘憶の連続であるラむノず盞性が良いのは、蚀うたでもない。

新たな䟡倀❶ 「回垰的だが新たな䟡倀」ずは、

(1) 原始的・本胜的・盎感的なので
 誰にでも通ずる超䌝わりやすいからこそ––––
(2) 即座にリアルタむムで共有できるため––––
(3) みんなで䞀緒に行える民䞻的な個人が操䜜䞍胜なプロセス––––

 を、生む「ラむノ性」のコトだ。

第章「だから、遠い未来も人はアナログに旅をする」にも曞いたが、音楜は、䜕床でも “生” たれる––––「MUSIC is “LIVE”」だ。

− 
新たな䟡倀❷ENTER-TECHずいう最先端䟡倀 


音楜ず゚ンタヌテック゚ンタメ × テクノロゞヌは、芪和性が高い。
なぜなら、パむオニア・アヌトだから。

 前述の通り、音楜は「同時性」によっお「メタ・むンタラクティノ」な䜓隓を生み、非盎線的か぀非短絡的な文脈コンテキストを描くアヌトだ。「New Media Art以降、シンプルにメディアアヌトず呌ぶ」は、芖芚蚎求するアヌトが音楜的になるコト––––そんな、捉え方もできる。

 もちろん、出来䞊がる䜜品はたったく音楜ではないし、音楜が、映像や絵画より䞊ずいう話ではない。音楜的  ラむノが持っおいた芁玠を、固定的な映像や絵画に付䞎するずいう意味で、音楜は、メディアアヌトが目指す完成圢の䞀郚をすでに持っおいたずいう意味だ。

 その面で、音楜は「パむオニア・アヌト」ず評するこずができるだろう。

 もはや、「デゞタルアヌト」ず同矩に扱われる節もある「メディアアヌト」は、テクノロゞヌの進化ず切っおも切れない瞁を持ち、をはじめずも深い関わりを持぀。そしお、むンタラクティノ※ずいう発想を䞖に広めた存圚でもある。 

※「むンタラクティノ双方向性」は、今ずなっおは、あたり意味がないかなり限定的な効果しか持たないず断眪されおいる。もっずメタな倚方向に及ぶコミュニケヌションを目指す時代、「むンタラクティノ」ずいう蚀葉自䜓は圢骞化させられおしたったが、このノヌトでは「メタ・むンタラクティノ」ずいう蚀葉に進めお、重芖しおいる。

 コンピュヌタヌ界のオスカヌずも蚀われる「ゎヌルデン・ニカ賞」を䞻催し、䞖界䞭から優れたメディアアヌトが集たる祭兞「アルス・゚レクトロニカ」を䞻催するシュトッカヌ氏は、以䞋のように語っおいる。

 むベントはよりむベンチュアル起こり埗るコトになる。
ドキュメントからむベントぞの移行
 完成された䜜品は過去のモノずなり、
 オブゞェクト自䜓よりプロセスに移行する。
 そしお、それは音楜から始たった。


 - ARS ELECTORONICA CENTER / Gerfried Stocker -

https://ascii.jp/elem/000/000/305/305825/

 同時に、仮想珟実ずいう抂念を䞖に広め、「の父」ずも呌ばれるラニアヌ氏の蚀葉も玹介しおおきたい。

最終的に人々に行き着いお欲しいず望むの定矩を尋ねられた際
 長い沈黙の埌に


 音楜ず知芚の䞭間に䜍眮するものです。

 - COMPUTER SCIENTIST / Jaron Lanier -

https://wired.jp/2018/01/09/jaron-lanier-vr-interview/

 音楜文化は、各時代の最先端テクノロゞヌず共に歩み、今埌も密接に䞊走しおいくだろう。なぜなら、そのラむノ性は「リアルタむムに共有・共創するコト」にあるからだ。

 䞊蚘の賢人たちの蚀葉は、メディアアヌトやず、音楜ずの関係性を、非垞に的確に衚しおいる。

− 
新たな䟡倀❷を別芖点から考察する


「䞖玀の前倜から倜明け」は、
「盛期ルネサンス」ず、酷䌌しおいる。

 ルネサンスの巚人「レオナルド・ダ・ノィンチ」は「䞇胜人」ず呌ばれおいた。それを今颚に蚀えば「マルチスキル」ずなる––––その次は、どうなったか––––ルネサンス盛期のあずにやっお来た末期に、僕らが孊ぶコトのできる「すでに起こった未来歎史から孊べる事実」は、ないだろうか

 ïŒˆäž­å›œã®è²¢çŒ®ã‚’鑑みるず「発明」ずいう衚珟は本来正しくないがルネサンスの「䞉倧発明」ずしお「掻版印刷」「矅針盀」「火薬」が挙げられる。

 音楜業界の発祥にも寄䞎した飛躍的なテクノロゞヌ進化を埗た時代––––その䞭でも䞉倧巚匠ず呌ばれる「ダ・ノィンチ」「ミケランゞェロ」「ラファ゚ロ」は、党員、「Uomo Universale䞇胜人」ず評されおいた。

 これは、珟代で蚀うずころの「芞術」ず「科孊技術」を䜵せ持った「マルチクリ゚むタヌ」ず、ほが同矩だ。そしお、埌䞖においお––––䞖玀の前倜から倜明け、぀たり、今ずいう時代は、ルネサンスず䞊び称されるほど、文化的にも、科孊技術面でも、倧改革の進んだ華やかで面癜い時代かも知れない––––そんなふうに、未来から今を懐かしむような䞍思議な気持ちで、混沌ずした珟代を眺めおみるず、ワクワクしおくる。

 ルネサンスず今の共通点の぀は、音楜を含めた「アヌト」ず最先端の「サむ゚ンス」や「テクノロゞヌ」の「シヌムレスな融合」にある。

 芞術ず技術を合わせるず、魔術マゞックが起こる。

 ダ・ノィンチは、モナ・リザに代衚される絵画や圫刻などの芞術分野だけでなく、建築蚭蚈機械工孊金属加工など、圓時の最先端だった科孊技術にも粟通し、それらを行き来しながら掻躍した。同じような胜力や経緯で、倚くのメディア・アヌティストたちが珟代を垭巻しおいる。䞡者に共通するのは、アヌトずサむ゚ンスの間をボヌダレスに生きおいるこず。

 珟代版「䞇胜人」の倚くが、「ギルド」の代わりに「ラボ」を持ち、貎族の代わりに䌁業をパトロンに据え、瀟䌚の特暩階玚であるクラむアントルネサンスの貎族や富裕垂民珟代の䌁業に「アヌト × テクノロゞヌ」を売るコト2 Bで生蚈を立おおいる。よっお、そのほずんどは、庶民が賌入できるような䟡栌垯のモノではないが、パトロン貎族や䌁業の寛容さ次第では、協賛偎のステヌタスを䞊げる「アヌトむベント」ずしお庶民にも䜓隓できる機䌚が蚪れる。

 䜜品自䜓は、盎接的なカスタマヌビゞネス2Cのモノ売りにはなりがたいが、パトロンのブランディングやプロモヌションのために機胜し、圌らが䞇胜人の高玚なリテラシヌを䞀括賌入スポンサヌドするこずで「2B4Cビゞネス」ずしお完結される。

 ゆえに、このタヌムの䜜品が生み出す䜓隓は、非垞にアカデミックでストむック––––「分かる人にだけ分かれば良い」ずいう雰囲気の、䞀般垂堎を突き攟す䜜颚になるこずも少なくない。

 歎史から読み解く「その次」の動向ずしお––––

 たずえば、ルネサンスの「その埌」においおは、フランス革呜に代衚される「垂民革呜」のコアである「啓蒙思想」が掲げる「人民䞻暩」により、アヌト垂堎やテクノロゞヌ垂堎は、「2B特暩階玚  王族や貎族ずいったパトロン向け」から「2C䞀般的な倧衆  垂民向け」ぞず倉遷しおった。

 その過皋で、アヌトずテクノロゞヌは切り離され、アヌトはよりアヌト的に、科孊技術はより科孊技術的に、いずれも、より専門的で、閉鎖的な文化的構造を持぀「資本䞻矩集団」ず化しおいった。

 魔術的な機胜は倱われ、぀の盞察的で実践的な存圚ぞず倉貌したのだ。そしお、良くも、悪くも、排他的か぀商業的に傟倒し、珟代に至る。

 元々、アヌトずテクノロゞヌは、いずれも、瀟䌚で実践すべき物事ではなく、どこか浮䞖離れした存圚であり、生業たずえば、畑を耕し、家畜を飌い、生きおいくこずから切り離され、特暩階玚に庇護され、だからこそ、二぀のアりトサむダヌ同士は肩を寄せ合い、亀流を深め、芞術ず科孊を区別せず、神を信じ、違いの知芋や技を融合させ、魔術を起こした。

 人々は、そのマゞカルな䞖界芳にこそ魅了されおきたのだ。

 が、民䞻䞻矩運動のダヌクサむドによっお、その鳥籠は無惚に砎壊され、突劂、抌し入った工業倧量生産拝金––––資本経枈至䞊䞻矩によっお、荒野に攟り出されたアりトサむダヌらは、それぞれの埗意分野にフォヌカスした遞択ず集䞭を行い「ビゞネス」なるものをするしかなくなった。もっず、嫌な蚀い方をしおおいた方がいいだろう  自らの信念を金に換えおいったのだ。

 たずえば、フランス料理が珟代の地䜍を獲埗したのは、ルネサンス時代を垭巻したむタリアのメディチ家超倧なパトロン珟代に眮き換えればグロヌバルな倧䌁業出身であるカトリヌヌがフランス王家に嫁いだこずに起因しおいる。

 圌女は、専属のシェフや菓子職人を連れお嫁入りし、圌らずずもに、圓時のフランス王家で提䟛されおいた食事をアップデヌトしおいく。倧雑把な豚肉料理を繊现な牛肉料理やゞビ゚に眮き換え、新鮮な野菜を矎しい陶噚に盛り付けるなど、「芖芚的な食文化食事のビゞュアラむズ」の発展にも寄䞎した。

 その埌、フランス王家で発展しおいったむタリア料理が、垂民革呜を機に䞖に攟たれた無職ずなった王族専属の料理人たちが城の厚房から町のレストランに堎所を移し、庶民にその腕を振る舞い生業ずした結果、それたで評䟡の䜎かったフランス料理ずいう文化は、䞖界最高峰の料理カテゎリヌの぀にたでのし䞊がったのだ。

 蚀うたでもなく、垂民革呜においおもっずも重芁なファクタヌは「特暩階玚䞻導からの民䞻化」––––぀たり「䞭倮集暩的ではない分散型システムの構築」だが、蚀い換えれば、「人」が「人」を支配する䞖界からの解攟であり、実は、それは「人倖」が人でないゆえに冷酷に平等に「人」を支配するセカむの到来だった。

「人倖」ずは䜕か

「金」ず「法」だ。

 それこそが、䞀郚の人間に集暩的だった封建瀟䌚を壊し、「分散型システムの構築」ずいう倧矩名分の元、新たに産み萜ずされた暩力––––自由民䞻䞻矩  資本䞻矩の正䜓ずも蚀える新たな功眪だ。

 良く蚀えば「誰にでも平等な法で守られた䞖界」––––
 悪く蚀えば「誰にでも冷酷な金で争わせる䞖界」の誕生。

 僕の目には、ミレニアル以降の䞖代にも、䞖代から䞖代に移るに぀れ、「珟代版の垂民革呜」ずも蚀えるむンタヌネットを取り巻く「民䞻化運動」が同時倚発しおいるように映る。

 たずえば、クリ゚むションの民䞻化、誰でもアヌティスト化珟象囜民総クリ゚むタヌ時代や暗号通貚などがそれだ※ この章を蚘したのは幎のため、タむムラグがある点はご容赊を。

 䞀方で、珟圚のメディアアヌト界は、いただ、ルネサンスのように、その䜜品をパトロン的存圚「䌁業」が買っおいる「2B4C時代」だ。

 盎接のクラむアントは、倧手䞍動産業であったり、有名アヌティストのコンサヌト運営であったり、はたたた、テレビや雑誌ずいったマスメディアであったりず、あらゆる䌁業が、自瀟のビゞネスを成功させるための副次的なコト䟋むベントをサポヌトするこずで自瀟の宣䌝をするコトずしお、アヌティストの知芋や技、そしお、䜜品を賌入協賛する堎合が倚い。

 歎史から読めば、近い将来、この皮のテクノロゞヌはコモディティ化し、より倧衆的な文化ずしお垂民暩を埗お、「メディアアヌト」も、いよいよ「D2Cビゞネス」に突入するのではないか。

 そしお、最新の/むンタヌフェむスデバむスの登堎によっお、それは「すでに起こった未来」ぞず掚移しおいくだろう。僕は、の普及こそ「メディアアヌトの民䞻化」を加速させるず考えおいる。

 珟に、今幎圓時、すでに、か぀おは、パトロン向けにストむックでアカデミックだったメディアアヌトが、「2C4B」であっおも2C目線のより分かりやすい䜜颚ずしお成立する過枡期を迎えおいる。

 そこに敷かれおいるテクノロゞヌのテヌマは、「共有共感」や「民䞻性」だ。぀たり、音楜業界でいうゞュヌクボックスやTikTokのように※ −「倉化に察する反応速床は狙っお出せる」参照、䜜品を「芳る」のではなく、䜜品を「䜿う」ずいう意識を煜っおいる。

 芳客は、「鑑賞」ずいう「䜜者からの䞀方的なメッセヌゞを受動」したいわけではなく、そのメッセヌゞの䞭に入り蟌み、自らがそれを䜓珟し、発信する偎に回りたいのだ。最たる存圚は、のむンフル゚ンサヌたちだ。

 圌圌女らにずっお、䜜品は、セルフィヌの背景玠材であっお、
 本圓の䜜品は、自らがむンスタグラムに投皿する写真の方なのだ。
 それこそが、メディアアヌトの本懐でもあるのだから、皮肉なものだ。

 この本のサブタむトルにもなっおいる「IMMERSIVE SOCIETY没入的瀟䌚」の䞀端であり、今、埐々に日本でも話題になり぀぀ある「むマヌシノ・コンテンツ」や「むマヌシノ・シアタヌ」ずいうのは、メディアアヌトにおける垂民革呜でもあるのだ。

 前述の通り、メディアアヌトの本質は、むンタラクティノ双方向性や察話ではなく、民䞻的に倚くの人々が関わるこずで、「氞遠に唯䞀解ぞず収束しない、぀たり、い぀たで経っおも完成などしない––––高次で倚方向なコミュニケヌションメタ・むンタラクティノなプロセスにあり続けるコト」にある。

 その代衚遞手ずなった「チヌムラボ」の倧きな䜜品䞭に入る  むマヌシノ・アヌトは、い぀たで経っおも未完成だし、来堎者だけでなく䜜者である圌らにもアンコントロヌルドな状態にあり続ける。来堎者が、䜜品を「鑑賞」せずに、䜜品に「干枉」するからだ。

 だから、芳客ではなく来堎者あるいは参加者ず呌ばれる。「共創」ずいう名の「創䜜の民䞻化」が、人々を、確実に、熱狂させはじめおいる。これは、新たな民䞻化運動なのだ。

※ これを曞いた幎圓時は、COVID-19による䞖界的なパンデミックが発生する前であり、もアップルのノィゞョン・プロも登堎しおいなかった。実際、今、アヌトを投機のチャンスずしお捉え、個人所有する向きが盛んになり、に期埅する声もより高たっおいる。

 埓来の「パトロンが資金を出し、䜜品は自由にアヌティストが぀くるコラボレヌション」ずは異なり、「民䞻化による新たな共創」においおは、これたで制䜜偎のみが䞻導暩を握っおいた挔出の䞀郚を、いかにしお参加者偎に譲枡゚ンパワヌメントしおいくかずいう着県点が重芁になる。

 そしお、暩限譲枡ずいう発想自䜓が、文化的なトレンドになっおいくだろう。

 映画ずいうアヌトにおいお「堎所時間芖野の切り取りアングルやカット」ずいう挔出は、芳客には絶察䞍可䟵の挔出偎の圹割ずされおいる。監督Director芳る『方向を定める』人が決めた䞍倉のアングルずカットによっお自圚に時空を支配されるコトに身を委ねるからこそ、珟実や物理法則を超越した玠晎らしいアヌト䜓隓が埗られる––––が、䜜品においおはアングルずカット、぀たり、「い぀」「どこで」「どこをどの芖点から」芋るか は、芳客偎に譲枡すべき存圚ずなる。

 このような創䜜の民䞻化がより進んだ次の時代に向けお、音楜業界が目指すべきコトは、より分かりやすく気取らないテッキヌさ––––テクノロゞヌを纏っおいるかどうかも分からないような––––自然を装った新たな人工的音楜䜓隓を生み出すコトだず思っおいる。

 たた、歎史がたったく同じ圢で繰り返されるわけではないが枩故知新ずいう面では、今埌、同じパトロンでも、「珟代の䌁業」ず「ルネサンスの貎族」ずでは、劂実に、倧きな違いが出おくるはずだ。

 䌁業のほずんどは、プロモヌションの次に、どうしおも「D2Cビゞネス」を求めるからだ。すでに倚くの䌁業が「コトを提瀺」した結果「モノを売る」ずいう「本来の目的」を匷く意識するタヌムに入った。これにより、玔然たるアヌトずしお存圚するコトが蚱されおいたメディアアヌトも、良い意味でのコモディティ䞀般化が求められ、より実践的なビゞネスの堎で戊う時代に突入するだろう。

 アヌトずサむ゚ンスを生業ずし、 「誰にでも平等な法で守られた、誰にでも冷酷な金で争わせる䞖界」ぞ飛び蟌むタヌムが来た。それが「普及」の正䜓であり、アヌト界隈では「セルアりト※」ず蚀っお、嫌う向きもある。

※ 䜜品が持っおいたメッセヌゞ性を排し、商業的な利益ず远及する成果䞻矩的なアヌティスト掻動を揶揄する蚀葉。

 善い話ずしお––––

 そんな流れに身を眮く「テッキヌな芞術あるいは、゚ンタヌテック」は、医療や戊争に䞊ぶ有甚な最先端テクノロゞヌの「実蚌実隓フィヌルド」になるポテンシャルを持っおいる。

「アヌト」が、病院や戊堎よりも「実践の堎」ずしお優秀なのは、その実隓結果が人の生死に関わらず、初期段階から垞に倱敗を歓迎できる環境や空気をたずっおいる点だ。いや、むしろ、その倱敗さえ、反脆いプロセスずしお「衚珟」ず芋做し、䜜品の䞀郚にしおしたう䞍思議な分野が「メディアアヌト」、いや、そもそも「アヌト」ずはそういう存圚なのだ。

 実際、そういったアヌト的な思考志向を、ビゞネスに掻甚する動きもある。「デザむン・シンキングクリ゚むタヌが䌁画する際の思考回路の掻甚」や「リベラルアヌツ実甚性のある目的からは離れおいるからこそ玔粋な教逊」は、その代衚䟋だろう。

 それもたた、時代の流れの䞭で自然ず起こっおいるのだず思う。アゞャむル組織の本質の䞀郚も「倱敗の歓迎」ずいう反脆さにあるわけで––––

 より商業的ビゞネス寄りなアヌトを埗意ずするレコヌド―メヌカヌを含む゚ンタメ業界が、これたでのアカデミックな「アヌト × テクノロゞヌ」ずは䞀線を画したビゞネス䞀般的なニヌズに盎結した2C向けのサヌビスや商品ずしおの゚ンタヌテックに参入する時代も近い。

 か぀お、垂民革呜が、アヌトに「民䞻䞻矩」ず䞊行しお「資本䞻矩」を持ち蟌んだように––––たさに、音楜業界は「䞀般的」で「商業的」な「アヌト業界」なのだ。逆流しお蚀えば、そういった䞀般化された  普及を目指すアヌトの別名こそ「゚ンタメ」なのだ。

 今埌の音楜ビゞネスにおいお「アヌト × テクノロゞヌアカデミックなメディアアヌト」のコモディティ化ずしおの「゚ンタヌテック 」は、「回垰的な新たな䟡倀」を生む重芁なファクタヌになるはずだ。そしお、良くも、悪くも、たたもやそういったテクノロゞヌずもっずも芪和性の高いアヌトは、間違いなく「同時性 + 原始的」な音楜なのだろう。

 あゝ、たた、あのゞェットコヌスタヌに乗るかず思うず、吐き気がする苊笑−「すでに起こった未来」参照。

 音の波圢を近くから芋るず现かく䞊に䞊がったり䞋に䞋がったりを繰り返しおいる。でも、遠ざかっお芋るず、その䞊䞋が倧きな䞋降線もしくは倧きな䞊昇線の䞀郚に過ぎないこずが分かっおくる––––途䞭省略––––リスナヌがサビぞの期埅感を埗るのも、その盎前にある巚芖的な䞊昇あるいは䞋降線だ––––途䞭省略––––蚀うたでもなく、遠い未来を想像するずきも、なるべく遠くから、滑らかで、巚倧な波を芋ないずいけない––––途䞭省略––––短い波ず長い波では、今が、どれくらいの角床を持った䞋向きか䞊向きなのか、その捉え方がたったく異なっおくる––––途䞭省略––––ルネサンスから続く滑らかな波で、少なくずも今の音楜業界は、第波の緩やかな䞊昇に過ぎず、巚芖的には平坊に近いが、その波の䞊に乗っかっおいる珟圚進行圢の僕には、ゞェットコヌスタヌのような急募配のアップダりンでもあった。

 ぶっちゃけ、ずっず、吐きそうだった苊笑。
 でも、だからこそ、ほんの少し、正盎な䟡倀がある。

第章「だから、遠い未来も人はアナログに旅をする」

【 埌 篇 に ぀ づ く 】

「○○○○○」に入る蚀葉を明らかに〜メ゜ッドの具䜓策も


【 マ ガ ゞ ン 】

人間に限っお䞖界の半分以䞊は「想像による創造」で出来おいる。

鳥は自由に囜境を飛び越えおいく
人がそう呌ばれる「幻」の「壁」を越えられないのは
物質的な高さではなく、粟神的に没入する深さのせい

某レコヌド䌚瀟で音楜ディレクタヌずしお働きながら、クリ゚ティノ・ディレクタヌずしお、アヌト広告建築人工知胜地域創生ファッションメタバヌスなど倚皮倚様な業界ず運良く仕事させおもらえたボクが、叀くは『神話時代』から『ルネサンス』を経お『どこでもドアが普及した遠い未来』たで、史実ず、考察ず予枬、芳枬ず垌望を亀え、プロトタむピングしおいく。

音楜業界を目指す人はもちろん、「」ず「」の良くも悪くもな歎史レファレンスず未来将来性を知りたいあらゆる人向け。

 本圓のタむトルは––––

「本圓の商品には付録を読み終わるたではできれば觊れないで欲しくっお、
 付録の最埌のペヌゞを先に読んで音楜を聎くのもできればやめお欲しい。
 たた、この商品に収録されおいる音楜は誰のどの曲なのか非公開だから、
 音楜に関するこずをむンタヌネット䞊で䞖界䞭に晒すなんおこずは  」


【 自 å·± 玹 介 ず 目 次 】

【 プ ロ ロ ヌ グ 】



いいなず思ったら応揎しよう