100万人に配るEVO BAGは、「無料配布」なのか「100万人との接点」なのだろうか
拙著『サッカーを日本のナンバーワンスポーツに』から生まれた問い。
ここまで、ポケモンとJリーグについて4本の記事を書いてきた。
最初は、
サッカーが目的じゃなくてもいい。
ポケモンを見にJリーグへ行くことも、立派な入口ではないだろうか。
という話だった。
そこから、
60クラブに60匹の違うポケモンを割り当てる意味。
「うちのクラブのポケモン」という新しい推し。
全国60クラブを「ポケモン図鑑」のように巡る可能性。
そして前回は、
ポケモン目当てで来た人を、ポケモンがいない次の試合へ呼べるのだろうか。
というところまで進んだ。
ここまでは主に「人」について考えてきた。
今回は「物」から考えてみたい。
今回のポケモンJリーグフェスには、非常に分かりやすい「物」がある。
EVO BAGである。
しかも、少し配るという規模ではない。
合計100万人。
100万人へ無料でバッグを配る。
普通に考えれば、これは大規模な来場者プレゼントである。
でも、本当にそれだけなのだろうか。
100万人に「無料」でバッグを配る
Jリーグは、2026年8月から9月にかけて行われるポケモンJリーグフェスの対象ホームゲームで、EVO BAGを来場者合計100万人へプレゼントすると発表している。
縦37センチ、横30センチ。
ピカチュウと各クラブのクラブパートナーポケモンがデザインされ、リサイクルポリエステル100%で作られた環境配慮型のエコバッグである。
しかも非売品である。(Jリーグ公式サイト)
100万人。
改めて考えると、すごい数だと思う。
もちろん、100万人すべてが新規客という意味ではない。
もともとのサポーターも受け取る。
何度もスタジアムへ来ている人もいる。
だから、
EVO BAG100万個
=新規ファン100万人
ではまったくない。
それでも、
100万人の手元へ、Jリーグとポケモンが一緒にデザインされた物が渡る。
この事実は大きい。
バッグは、スタジアムに置いて帰らない
ここで私が気になったのは、EVO BAGが「バッグ」であることだ。
ポスターなら、その場で見る。
大型ビジョンの映像なら、その場で見る。
フォトスポットなら、その場で写真を撮る。
でもバッグは違う。
持って帰る。
そして、もしかしたら翌日も使う。
買い物へ持っていく。
学校へ持っていく。
子どもが使う。
旅行へ持っていく。
家に置いておくだけかもしれない。
それでも、スタジアムの外へ出る。
つまり、
スタジアムの中で生まれた接点が、街へ持ち出される。
ここにEVO BAGの面白さがあると思う。
スタジアムを出ても、クラブとポケモンが残る
試合は約90分で終わる。
イベントも終わる。
スタジアムから帰る。
翌日には仕事や学校が始まる。
そこで普通なら、Jリーグとの接点はいったん切れる。
次の試合を見るまで、クラブを思い出さない人もいるだろう。
ところがEVO BAGを持ち帰れば、家にポケモンとクラブが残る。
翌週、買い物へ行くときに使う。
そこで、
「そういえば、この前サッカーを見に行ったな」
と思い出すかもしれない。
家族が見る。
友達が見る。
学校で誰かが見る。
「それ、どこでもらったの?」
と聞かれるかもしれない。
そうなれば、一回のスタジアム来場が、一回で終わらない。
私はこれを、
「持ち帰れる接点」
と考えると面白いのではないかと思う。
これは単なる広告とも少し違う
もちろん、企業がロゴ入りのバッグやノベルティを配ること自体は珍しくない。
イベント会場ではよくある。
でも今回少し違うのは、EVO BAGそのものに「欲しい理由」があることだ。
ポケモンがいる。
自分のクラブのクラブパートナーポケモンがいる。
非売品である。
しかもクラブごとに違う。
だから、
広告が印刷されたバッグを仕方なく持ち帰る
のではなく、
欲しいから受け取り、持ち帰る
可能性が高くなる。
広告を「見せる」のではなく、
自分から持って帰ってもらう。
ここはかなり大きな違いだと思う。
「無料=価値がない」とは限らない
この話を考えていて、以前書いた記事を思い出した。
Jリーグの無料チケットは、本当に「タダ券」なのだろうか。
という記事である。
無料招待については、
タダで配ったらチケットの価値が下がる。
お金を払わない客を集めても意味がない。
という批判が出ることがある。
もちろん、無料招待を無制限に続ければいいという話ではない。
しかし、
何を無料にするか
だけを見ていては、本当の効果は分からない。
重要なのは、
無料にした結果、そのあと何が起きたのか。
である。
無料チケットで初めて来た。
スタジアムが楽しかった。
次は自分でチケットを買った。
さらに友人を連れてきた。
そうなれば、最初の無料チケットは単なる「タダ券」とは違う意味を持つ。
EVO BAGも同じではないだろうか。
無料配布ではなく、「次の行動」を考える
EVO BAGそのものは無料である。
しかし、その先に、
クラブを覚える。
ポケモンを通じて親しみを持つ。
バッグを街で使う。
友人に話す。
公式サイトを見る。
次の試合を知る。
グッズを見る。
もう一度スタジアムへ行く。
という行動が一つでも生まれれば、意味が変わってくる。
だから評価すべきなのは、
何個配ったか
だけではない。
配ったあと、何が起きたか
なのだと思う。
Jリーグ自身も「来場」で終わらせようとはしていない
これは私の思いつきだけでもない。
JリーグはtoCマーケティングについて、
認知 → 関心 → 来場 → リピート → 定着
という一連の顧客体験として整理している。
2024シーズンには、Jリーグを知っているものの観戦経験がない層を重点対象とし、国立競技場開催、大規模招待、IPコラボなどへの投資を増やして、年1〜2回来場するライトファンへの転換を目指していた。(Jリーグについて)
さらにJリーグのクラブ経営ガイドを見ると、ファンを来場回数によって段階的に分類している。
直近1年で0回来場。
1回来場。
2回来場。
3〜7回来場。
8〜15回来場。
16回以上。
そして「1回来場」の層には試合情報やイベント情報、優待企画などを届け、「2回来場」のライト層からさらに上へ移ってもらうことを想定している。(Jリーグについて)
これはかなり興味深い。
Jリーグ自身も、
一回来た人と、二回来た人は違う
と考えているのである。
前回の記事で考えた「2回目」の重要性ともつながる。
100万人を、一つの数字にしない
だから今回の「100万人」も、最終的には分解して見たい。
100万人に配った。
そこで終わりではない。
例えば、
初めて来た人は何人だったのか。
久しぶりに来た人は何人だったのか。
もともとのサポーターは何人だったのか。
その後もう一度来た人は何人だったのか。
次は有料でチケットを買ったのか。
JリーグIDを通じてクラブとの接点が続いたのか。
こうしたところまで分かれば、
100万個配布
という数字が、
何人との関係を作れたのか
という数字へ変わる。
JリーグIDはアプリ、チケット、ECなどのサービスと統合され、2024年8月末時点で会員数400万件を突破している。こうした基盤があるからこそ、来場後の行動を把握し、次の施策へつなげる余地もある。(Jリーグについて)
ただし、EVO BAGだけの効果を測るのは難しい
ここは冷静に考える必要がある。
今回のポケモンJリーグフェスでは、EVO BAGだけを配っているわけではない。
クラブパートナーポケモンがいる。
グッズがある。
フォトスポットがある。
『Pokémon GO』のイベントがある。
特別映像がある。
7試合ではスペシャルフェスも行われる。(Jリーグ公式サイト)
さらに2026/27シーズン開幕時には、全国22万人規模の招待キャンペーンも同時に行われている。(Jリーグ公式サイト)
だから、
観客が増えたのはEVO BAGのおかげ。
再来場したのはポケモンのおかげ。
と単純に切り分けることは難しい。
それでも、
IPコラボによって生まれた接点全体が、その後どう続いたか
を見ることはできるはずだ。
そして、それこそが本当の評価なのではないだろうか。
バッグは「メディア」にもなる
もう少し違う角度から考えてみる。
EVO BAGを単なる記念品ではなく、
小さなメディア
と考えることもできる。
スタジアムの広告看板は、その場にいる人が見る。
テレビCMは放送されている間に見る。
SNS広告は画面をスクロールすれば消える。
でもバッグは、持ち主と一緒に移動する。
街へ出る。
電車に乗る。
学校へ行く。
スーパーへ行く。
そこに、
ポケモンがいる。
クラブがいる。
つまり、
100万人へ配ったものが、100万人の生活圏へ移動する。
もちろん全員が使うわけではない。
家にしまう人もいる。
一度しか使わない人もいる。
だから広告効果を過大評価してはいけない。
それでも「持ち帰れる物」を配ることには、スタジアム内だけで完結する広告とは違う可能性がある。
しかも「地域ごとに違う」
ここで、第1回から考えてきた60クラブという構造がもう一度効いてくる。
全員が同じEVO BAGではない。
ピカチュウと、そのクラブのクラブパートナーポケモンがいる。(Jリーグ公式サイト)
だから全国100万人へ一つの広告物を配るのではなく、
地域ごとに違う物を、全国へ配る
ことになる。
「Jリーグ」という全国ブランド。
「ポケモン」という世界的IP。
そして「自分のクラブ」という地域ブランド。
三つが一つのバッグに乗る。
ここまで来ると、単なる来場者プレゼントというより、
全国ブランドと地域ブランドを一緒に街へ持ち出す仕組み
にも見えてくる。
無料にするなら、その先まで設計する
私は無料配布そのものを肯定したいわけではない。
何でも無料にすればいいとは思わない。
無料には当然コストがかかる。
誰かが負担している。
だからこそ、
無料にする目的
を明確にする必要がある。
一回だけ人を集めるためなのか。
認知を広げるためなのか。
新規客を獲得するためなのか。
再来場につなげるためなのか。
街の中でクラブを見てもらうためなのか。
目的によって、評価する数字も変わる。
これは無料チケットと同じである。
無料か有料かだけでは、その施策の価値は決まらない。
何を無料にして、
誰に渡し、
そのあと何をしてほしいのか。
そこまで設計して初めて、無料配布はマーケティングになる。
100万人の「接点」を、そのままにしない
今回のポケモンJリーグフェスでは、100万人という非常に大きな規模でEVO BAGが配られる。
100万人がバッグを受け取る。
100万人の家へ持ち帰られる可能性がある。
その一部は街で使われる。
その一部は友人や家族の目に触れる。
その一部は、今回初めてJリーグへ来た人かもしれない。
だとすれば、
100万人に物を配った
と考えるより、
最大100万人規模の接点を作った
と考えた方が、この企画の意味を捉えやすい。
ただし、接点は関係ではない。
ここが重要である。
バッグを受け取っただけでファンになるわけではない。
ポケモンの写真を撮っただけでサポーターになるわけでもない。
接点は、あくまで入口である。
本当に知りたいのは、9月のあと
ポケモンJリーグフェスは、8月から9月にかけて展開される。(Jリーグ公式サイト)
だから私は、むしろそのあとが気になる。
10月。
11月。
冬。
春。
ポケモン企画が終わったあと、その人たちはどうしているのだろう。
もう一度スタジアムへ来たのか。
クラブの名前を覚えたのか。
選手を一人でも好きになったのか。
試合結果を見るようになったのか。
子どもが、
「またサッカー見に行きたい」
と言ったのか。
バッグを今でも使っているのか。
そこまで分かって初めて、
100万人への無料配布が、100万人規模の接点づくりになったのか
を評価できるのだと思う。
ポケモンがいなくなったあと、何が残るのか
この連作は、
サッカーが目的じゃなくてもいい。
というところから始まった。
ポケモンが入口になる。
60クラブに60匹いる。
「うちのポケモン」ができる。
ほかのクラブや町が気になる。
スタジアムへ行く。
もう一度来てもらう。
そして今回、EVO BAGという「持ち帰れる接点」まで考えた。
ここまで来ると、この企画を単純に、
ポケモンで何人集めたのか。
だけで評価するのは、少し早いように思えてくる。
本当に知りたいのは、
ポケモンがいなくなったあと、Jリーグに何が残ったのか。
である。
一度来た人。
覚えたクラブ。
好きになった選手。
行ってみたいと思った町。
買ったグッズ。
使い続けるEVO BAG。
そして、もう一度スタジアムへ行こうと思う気持ち。
次回は、この連作をそこからまとめたい。
次回:ポケモンJリーグフェスは、Jリーグに何を残せるのだろうか
この問いを、もう少し考えてみたい方へ
ワールドカップをきっかけにサッカーを見る人が増えたとき、その人たちをすぐに「にわかファン」と呼んでしまってよいのだろうか。
この問いから、いくつかの記事を書いています。
「にわかファン」が増えることは、日本サッカーにとって本当に悪いことなのだろうか
まず、「にわか」という言葉そのものから考えました。
4年に一度しかサッカーを見ない人も、日本のサッカー文化をつくっているのだろうか
毎週見る人だけが、サッカーファンなのか。ワールドカップのときだけ見る人も、日本サッカーを支える「見る人」の一人ではないかと考えました。
そして、この問いはさらに大きなテーマにつながりました。
2050年、日本が「サッカー大国」になるとは、どういうことなのだろうか
日本代表がワールドカップで優勝することだけが、サッカー大国なのか。
プレーする人、見る人、話す人、教える人、支える人。
サッカーとのさまざまな接点が日常の中に広がっていることも、「サッカー大国」の一つの姿ではないかと考えています。
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