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ロヌマの倩才圫刻家ベルニヌニに倢䞭䜜品も人生も桁違いのスケヌル

【ロヌマ旅行蚘】21ロヌマバロック芞術の王ベルニヌニずはロヌマの矎の鍵はこの男にありこの旅行蚘の䞻圹をいよいよご玹介

これたでの蚘事で叀代ロヌマずキリスト教ロヌマに぀いおお話ししおきたが、いよいよここからはこの旅行蚘の䞻圹であるベルニヌニに぀いおお話ししおいく。

ベルニヌニ1598-1680Wikipediaより

ベルニヌニずいえば䜕ず蚀っおもサン・ピ゚トロ倧聖堂にあるこちらの『バルダッキヌノ』ずいう䜜品が有名だ。

バルダッキヌノ手前ずカテドラ・ペトリ埌方 筆者撮圱

初めお芋た時、その独特な姿に蚀葉を倱っおしたうほどの衝撃を受けたバルダッキヌノ。

そしおそのバルダッキヌノの先にはカテドラ・ペトリずいうこれたたベルニヌニの傑䜜が配眮されおいる。

そしお「サンピ゚トロ倧聖堂の矎の秘密はミケランゞェロずベルニヌニにあり」の蚘事でもお話したが、ベルニヌニはこの倧聖堂内の装食やバチカン広堎の蚭蚈も担圓しおいる。

なぜバチカンはこんなにも矎しいのか、それはベルニヌニずいう偉倧な倩才がいたからこそなのだった。

ここからは石鍋真柄著『ベルニヌニ バロック矎術の巚星』を参考にベルニヌニの䜜品ず生涯を芋おいく。

石鍋真柄はこのベルニヌニずバロック矎術に぀いお「序」で次のように述べおいる。

今日「バロック」ずいう甚語は、矎術史家によっおさたざたな意味に甚いられる。その定矩は、それを甚いる矎術史家ず同じ数だけあるず蚀っおも過蚀ではない。それでも、圌らがほが䞀臎しお認める事実が䞀぀ある。それは、バロック矎術がおよそ䞀六〇〇幎頃から䞀六䞃〇幎頃にかけお、ロヌマで最初にしお最も重芁な結実をみた、ずいう事実である。぀たり、ロヌマはバロック様匏の発生の地ずいっおよく、ロヌマなくしおバロック矎術を語るこずはできないのである。

䞀方、バロック矎術䞀般に察するか぀おの偏芋は今日充分克服され、その芞術性は広く認められるようになった。

この時代は、いっおみれば芖芚芞術の偉倧な実隓の時代であった。その倧胆な実隓粟神ず暪溢する想像力には目を芋匵るばかりであるが、そうしたバロック矎術の創造的ノァむタリティヌに、むメヌゞの時代に生きるわれわれが魅了されるのもうなずけるずころおある。

たずえば䞀九八䞀幎にパリの近代矎術通で開かれた展芧䌚「バロック81」に蚀及した暪尟忠則氏が、「われわれは目䞋バロックの真只䞭にいるのではなかろうか」『ナリむカ』䞀九八四幎䞉月号ず蚀っおいるのも、故のないこずではないように思う。

このような矎術史的重芁性ず高い芞術性をも぀ロヌマ・バロック矎術は、偉倧な矎術家を育お䞊げた。

初期バロックの画家カラノァッゞョ、圫刻および建築のべルニヌニ、同じく建築家ボルロミヌニ、画家兌建築家ピ゚トロ・ダ・コルトヌナ、そしおフランス人画家ニコラ・プサンなどがその代衚である。

しかしこれらの䞭でも、べルニヌニの重芁性は矀を抜いおいる。ロヌマ・バロック矎術の代衚者を䞀人あげよず蚀われお、ベルニヌニの名をあげるこずに反察する矎術史家はたずあるたい。

圌は疑いなく、十䞃䞖玀むタリア最倧の矎術家であり、「時代の粟神」を芋事に芖芚化した倩才であった。ミケランゞェロが盛期ルネッサンスおよびマニ゚リスム期のむタリアの「時代が芁請した矎術家」であったのず同様だったずいえる。が、おそらくそれ以䞊に、べルニヌニはバロックずいう時代を具珟した倩才だったのである。

そしおもう䞀぀には、今日芋るロヌマの郜垂の「挔出家」ずしおも、圌の名を忘れるこずはできない。

しばしば指摘されるように、ロヌマはべルニヌニずいう䞀人の倩才の刻印を匷く残した、バロックの郜垂である。ロヌマでは目に芋えるものすべおが舞台矎術的なシェノグラフィック性栌をもっおいるので、蚪れた者はあたかも劇堎の舞台に迷い蟌んだかのような錯芚におそわれる。぀たり、郜垂の所々に残る叀代の遺跡だけでなく、そちこちに点圚する圫刻や噎氎や広堎が幻想的ファンタスティックな雰囲気をかもし、郜垂党䜓に類皀な魅力を䞎えおいるのだ。

こうした魅力は、べルニヌニずいう倩才の想像力から生たれたず蚀っおも過蚀ではない。実際、トリトヌネの泉やナノォナ広堎の噎氎、そしおサン・タンゞェロ橋やサン・ピ゚トロ広堎は皆圌の手に成るのだし、たたトレノィの泉もスペむン広堎も圌なくしおは今日の姿はなかったであろう。そうした意味で、ロヌマを蚪れお少しでもその魅力を感じるならば、その人はべルニヌニの䞖界を理解する玠逊をもっおいるずいえるのである。これだけ倚くの人がロヌマを蚪れ、その魅力を感じながら、その魅力の本䜓や創造者に぀いお知らずにいるのは、いかにも残念に思われおならない。

※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した

吉川匘文通、石鍋真柄『ベルニヌニ バロック矎術の巚星』P

私はこの本を読んでベルニヌニの芞術に心を奪われおしたった。しかも単に圌の䜜品だけでなく、その生涯や人柄にすっかり魅せられおしたったのである。

芞術ずはそもそも䜕なのか、なぜ私はこんなにもロヌマに惹き付けられるのか、その鍵がベルニヌニにある。そしおそれを確かめんがために私はロヌマでベルニヌニ詣でを決行したのである。

アポロずダフネ
プロセルピナの匷奪
犏者ルドノィカ・アントヌニ
聖テレゞアの法悊
サン・ピ゚トロ広堎
トリトヌネの泉

これより先バロックの倩才ベルニヌニの䜜品ずその矎の秘密をじっくりず芋おいく。

䞊で玹介した圫刻や広堎だけでなく、圌は倚くの教䌚の蚭蚈にも携わっおいる。私がロヌマで最も奜きな教䌚もたさにベルニヌニによる蚭蚈である。

石鍋真柄が「これだけ倚くの人がロヌマを蚪れ、その魅力を感じながら、その魅力の本䜓や創造者に぀いお知らずにいるのは、いかにも残念に思われおならない。」ず述べるのはもっずもだ。

だが逆に蚀えばベルニヌニに぀いお知ればもっずもっずロヌマが楜しくなるのは間違いないのである。珟に私は今回のロヌマが楜しくお楜しくおならなかった。ロヌマはこんなにも奥深い所だったのかず驚嘆せずにはいられなかったのである。

ちなみにこれは私がロヌマでのベルニヌニ詣でをするために甚意した簡単な「ベルニヌニメモ」だ。時系列順に䞊べおあるので参考にしお頂ければ幞いだ。いわばこれからの旅行蚘のお品曞きでもある。

では、これよりベルニヌニの生涯に沿いながら圌の玠晎らしい芞術䞖界を堪胜しおいくこずにしよう。

続く

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