公務員辞めたいですと? 背中、少しだけ押しましょうかっ?
長年愛用している32GB容量のiPad、、OSをアップデートしようとしても容量が足りない・・泣。

OSが11GB、システムデータが15GB…。少し前までは、アプリを全部消せばアップデートできていたのに、最近は、それすらできなくなってしまった。

ふと、
自治体職員として働いていたころの自分って、このiPadみたいだな〜って。
公務員というOSは固定され、システムデータだけが増えていく。新しい気付きや挑戦を取り入れる空き容量はなく、日々の生活は、限りなくメモリを圧迫してくる。
やりがいは感じていたし、評価されることもあったのだが、、
同じ時間に起きて、
同じ道を通って、
決められた仕事をして、
気付けば、思考停止。
趣味。気分転換。ご褒美。連休。サウナ。旅行。
これらは、“メモリのクリーニング”程度で、動作は少し軽くなるけど、本質的な容量不足は解決してくれない。
アップデートするために動いてみた
容量がパンパンの状態だと身動きが取れない・・。
自分をアップデートするための容量を空けようと思ったら、人生に“大鉈”を振るう必要がある。そう考えた。
思い立ったら我慢できない私。
20年近く働いた地方自治体を退職。自分がまずやったことは、地域おこし協力隊になること(↓かなり長文ですけど笑)。
仕事も、住む場所も、生活も、全部変えてみた。すると、不思議な感覚。OSとシステムデータの容量が、4分の1くらいになった感じ。
頭が軽い。
呼吸が深い。
景色が入ってくる。
ようやく「自分」という人間の輪郭が見えてきた気がする。
公務員として働いていた自分。
地域おこし協力隊として暮らしている自分。
その両方で「どちらにも共通して残っている部分」があって、
たぶん、そこが自分にとっての“わりと本質的な部分”。
逆に、環境によって簡単に変わってしまうどうでもいい部分も把握できた。
人は、自分がいる環境に、思った以上に影響される。
だからこそ、環境を大きく変えてみることには意味がある。
自分にとっての心地よさ
何がしたくて、何がしたくないのだろう。
どんな人間になりたいのだろう。
そんなことに少しずつ気付けると、自分にとっての「心地よいリズム」が見えてくる。
ここで大切なのは、昔の自分からの変化もしっかりと把握すること。
”今の”感性を大事にすること。
マズローの5段階欲求で考えると、今の自分にとって、“精神的欲求”があまり重要ではないことも感じる。承認欲求とか、社会的成功とか。
もちろんゼロではない。
(noteでスキをもらうのは好き笑)
でも、その欲求は長続きしない。
それよりも、
自分のペースを守れること
心がザワザワしないこと
朝、少し気持ちよく起きられること
という ”心が穏やかあり続ける欲求” が、自分の人生にとっては重要だった。

という6段階目も提唱したい(by INFJワイ)
”公務員退職” を「一歩を踏み出した」と考えるなら
自分はもう、何歩だって歩けるし、どんな歩き方もできる気がしている(なんなら、映画『エクソシスト』のブリッジ歩きだってできるはず笑)。
それは、
一歩を踏み出せたから。
この「一歩を踏み出せた」ことと、「踏み出せなかった」ことの差はとてつもなく大きい。
退職前は、正直かなり怖かった。
肩書きがなくなること。
収入が減ること。
人からどう見られるか。
「もったいない」と言われること。
これまで積み上げてきたものを、自分で崩してしまう感覚。
でも、実際に踏み出してみると、不思議なくらい世界は終わらなかった。
不安は、“未知への恐怖”を大きく見積もっていただけだったのかもしれない。もちろん、不安がゼロになったわけではないが。
でも、「未知=即終了ではない」と身体で理解できたことは、自分の中でかなり大きい。
一歩踏み出す前は、崖のように見えていたものが、実際は“段差”くらいだった感覚。
そして、その一歩の先には、「前にいた場所からは絶対に見えなかった景色」がちゃんとあった。
追い求めた先の景色
今は、ブドウ農家さんにお世話になりながら、栽培の勉強をしている。
朝起きて、その日の作業を楽しみにしている自分がいる。車の中で、鼻歌が出る。そんなこと、公務員時代にはなかった。
朝起きて、スーツを着て、ネクタイを締めて、時間になったら無表情で家を出る。
当然やりがいのある仕事もあったのだが・・
この“ワクワク感”はなかった。

今の自分は、
新芽が出た。
葉が広がった。
粒が大きくなった。
それだけで、ちゃんと嬉しい。
このブドウが出荷されて、知らない誰かが食べて、「うまーい!!」と言うところを想像して悶えている。
「明日を少し楽しみに眠れる」ということが、ものすごく贅沢だと知った。

1日1日大きくなりまっせ。
① 「辞めたい」が続いているなら、それは・・
異動しても。
ボーナスをもらっても。
連休に入っても。
ずっと辞めたい。
ずっと、別の生き方が気になっている。
もしそんな状態が何年も続いているなら。
それは単なる“気分”ではなく、“人生からの通知”なのかもしれない。
違和感って、意外と正直だ。
しかも、一度気付いた違和感は、なかなか消えない。
むしろ、見ないふりをするほど、少しずつ大きくなっていく。
だから、自分の感覚を軽視しない方がいい。
② 人生には、タイミングがある
20代、30代では、退職なんて考えていなかった。
でも40代になって、見える景色が変わった。
年齢とともに、人の価値観は変わっていく。
好奇心。
心地よさ。
自分らしさ。
そういうものを、“本気で”求め始める時期がある。
昔は平気だったことが、少しずつ苦しくなることもある。
逆に、昔は興味がなかったものに、強く惹かれることもある。
だから、自分を責めなくていい。
価値観が変わったなら、生き方が変わるのも自然なことだと思う。
③ 人生は、思ったよりやり直せる
今の自分の現在地は、30代のころには想像もできなかった場所にある。
公務員を辞めて。
地域おこし協力隊やって。
今は、ブドウ栽培の勉強をしている。
昔の自分から見たら、かなり意味不明なルートだ。
でも今、ちゃんと笑って生きている。
人生は一本道ではなかった。
少なくとも、「あのときいた場所だけが正解」ではなかった。
今は、そう思えている。
もちろん、無責任に「辞めちゃえ」と言いたいわけではない。
生活もある。
家族もある。
不安だってある。
ただ。
もし今、あなたの人生が容量不足で。
不要なものを消し続けながら、なんとか動いている状態なら。
一度くらい、“消す”ではなく、“入れ替える”を考えてもいい。
人生は、壊れるまで耐えるゲームではない。
朝、少しだけ鼻歌が出る。
一歩踏み出した先で、私はそんな感覚に出会うことができた。
少しだけ。
背中、押しておきます。

雰囲気出せるおじの言うことですが…笑
