【居場所と働く⑧】働くことが社会につながる場所になる「伊丹市雇用福祉事業団」〜焦らせないという支援〜
■最初に
こんにちは!サイボウズのもっちーです😊
伊丹のまちで、働く場を一つひとつ育てながら、
生活のそばで人を支え続けてきた「伊丹市雇用福祉事業団」。
前回は、働くこととまちの循環のお話でした。
今回は、働くことと暮らしを守ることについてです!
▼以前の記事
①「気づいたらずっとやっていた」支援のはじまり
②安定より心が動くほうへ
③育てることと、支えることのあいだで
④できるところから一緒に始める
⑤働く準備は、通うことから
⑥働く場から始まるまちの循環
⑦働くことと暮らしを守ること

■焦らせないという支援
〇必要な支援とは
長く現場にいて、髙木さんが変わらず大事にしてきたことをお聞きしました。
例えば、フードバンクがありますよね。
提供する組織が大きくなるにつれて、「1世帯何回まで」とか、いろんなルールや制限が増えています。
それに、ロス食品が中心になるため、
その日、その場で、渡せるものが限られていて、
お菓子だけなど、偏っていることもあります。
食料支援を本格的に始めた理由は、たまたまケースワーカーさんから、
所持金が無く、働けそうな人だからと金曜日の午後、
週明け受け入れる予定で、面談に同席しました。
そのケースワーカーさんからフードバンク経由で渡されている、
3日間分食料の紙袋を見ると、カレーのルー1つ、春雨スープ1つ、お餅3つ、以上でした。
「これで3日しのいでください」と言われても、正直、もらう側もびっくり。
「家畜じゃない」、「月曜日から働かせる」、
そんな無責任な対応に怒りを覚えましたが、
これが制度の現実だと寂しくなりました。
働くことが決まったのに、食べるものが無くてショックが隠せないご本人と離れる間際、自宅にシッカリ食料を届けることを約束して、
その後も働き続けています。
その相談から、仕事と食料をセットで欠かさず、もちろん食料も「お腹が満たされるよう、食材のコーディネート」も心がけています。
皆さんに、食べるものが無いということは、
現金もゼロであり、買うことも出来ないことを理解してもらいたいです。
それがどんなに悲しいことか。
また、実際に、電気や水道・ガスのライフラインが止まっている家庭も頻繁にありますし、乳幼児がいる家庭、高齢者の家庭もあります。
調理器具、食器類も無い家庭もあります。
そういう環境を聞き取らないと、食材を渡しても食べることができません。
乳幼児にはミルク、歯の無い高齢者には牛乳やパン、ライフラインが無ければお弁当と、僅かな気づかいが大切です。
ですから、
「その人が、生き延びられるか」、「働ける状態になれるか」
そこを基準に、食料を組み立ててお渡ししています。
また、各地の事例を見ると、
自治体から連絡が入り、自宅まで郵送で食料を送る仕組みでは、
どうしてもタイムラグが出てしまう状態を見てきました。
そこで、独自に「伊丹市民限定のローカルフードバンク」を始めて、
その場で渡せる対応にしています。
それまで、市役所の職員さんが、
1~2時間かけてフードバンクに取りに行くこともあり、
「もうしなくていいです」、「私たちがやります」と引き受けています。
ただ、少なくとも月に数万円、食料を買う財源が無く、
私が原稿や講演に呼ばれた謝礼で賄っていましたが、
負担が嵩み、現在は仲間の募金や職場、市民の援助で賄っています。
情熱があっても、身を削ることしかできず、
「無謀な挑戦は金持ちしかできない」と、言われたことを思い出します。
債務超過の職場を引き継ぎながら、他人の支援も、よく対応してきたねと笑いながら過去を振り返っています。
そうしたいくつかのエピソードが根底にあり、
市役所へ「新しい予算、お金は要りません」が、
「市民が働ける仕事をください」と提案させてもらいました。
最初にいただいた仕事250万円は、生活困窮者の賃金に消えました。
仕事さえあれば、お金さえ回れば、いろんな人が救える。
そうやって、たくさんの公共事業が貰えるようになりました。

〇焦らせない支援とは
ひきこもり支援で、面白い事例があります。
と、髙木さん。
初回の面談は、私たち職員が対応しますが、
その後の継続的な支援は、昔から関わってくれている職場のOBにお願いしています。皆さん70歳以上です。
なぜか、私たち現役世代が入ると、
どうしても、「今日はここまでやろう」「ここまでは仕上げてほしい」と、見えないノルマやプレッシャーを与えてしまうようです。
言葉では、「今日、ここまででいいよ」と、伝えながらも、本心じゃないことが、相手に伝わってしまいます。
ひきこもりの方って、そこが、すごく敏感です。見透かされてしまう。
だから、あえて、高齢のOBに見守りを含めて応援してもらいます。
高齢の方だと、「今日はここまでにしとこか」、「続きはまた明日」が、
ほんとに自然に言える。
無理させないし、急がせないし、様子を見ながら進められる。
そんな、高齢者のリズムと、ひきこもりのリズム、フィーリングが実はすごく近く、これが、見守りと、ザ支援だと思います。
ですから、日常は、遠くから見守り、近寄らないようにしています。
「もう帰っていいよ」と、言われても、家よりも居心地がよく、
ずっと過ごしている方もいます。
月1回の調理実習も、自宅では遠慮して食べないのに「お代わりの連発」。
流石に「大雪の時は来ないだろう」と思っても、皆さん時間通りにくることに驚きました。
それは、
焦らせないこと。急がせないこと。その人のテンポで進めること。
そこで身体は大きく成長し、働くリズムが整った時が、社会に出るタイミングだと。
家庭や学校で教わらない体験や経験の蓄積、それが一番大事だと思っています。
こうした、設計図もマニュアルも無い人の支援は、
常にマンパワーをフルに働かせ、何が正解か失敗かの結果は、
その人が微笑んだ瞬間にやりがいを感じます。

■最後に
最後までありがとうございました!
今回もいろいろと学ばせていただきましたが、
食料支援の話も、何を渡すか、いつ渡すかだけの話ではなく、
「その人が」生き延びられるか。
いつも、誰かが主語になっているのを感じました。
そういう、目の前の誰かを見ているところにお話しを聞くことが多いですが、そういうところはやっぱりいいな~としみじみ感じます。
次回も見てもらえると嬉しいです😊
