【居場所と働く②】働くことが社会につながる場所になる「伊丹市雇用福祉事業団」〜安定より心が動くほうへ〜
■最初に
こんにちは!サイボウズのもっちーです😊
伊丹のまちで、働く場を一つひとつ育てながら、
生活のそばで人を支え続けてきた「伊丹市雇用福祉事業団」。
前回は、支援のはじまりのお話でした。
今回は、多様な背景や制度の歴史についてです!
▼以前の記事
①「気づいたらずっとやっていた」支援のはじまり
■安定より心が動くほうへ
〇多様な背景を持つ人たちとの関わり
障害のある方、高齢の方、生活保護を受けている方など、
関わる人が本当にいろいろで対応を勉強しました。
と、髙木さん。
職場にも、そういった背景を持っている方や、
在日の方も多く住んでいる地域なので、
その方たちを目の当たりにすると、支援しないわけにはいかないと思っていました。
野宿されている方も、市役所が夕方5時で閉まるため、
「髙木のところに行けば何とかなる」と職員さんからアドバイスされ駆け込んでこられる方もいます。
公共事業の災害復旧も24時間対応していましたから、
市民の救済も、気づいたら24時間対応でした。
そのなかで、まず一番大切なのは、やっぱり食べることです。
今も「食べるものがない。空腹で何日も食べてない。」という人は、
真っ先に食事をしてもらい、継続して食料を手渡しています。
そこで働ける状態の方であれば、職場で受け入れ、
一緒に働きながら自立するまでサポートしています。

〇失われた制度と現場に残った課題
歴史的に見ると、戦後に大きな失業問題が発生しました。
そのときに作られた制度(昭和24年、緊急失業対策法)は、
髙木さんが職場に入った2年後、平成8年まで残っていた。
と、教えてくれました。
その制度は、失業している人たちを、公共事業とセットで支える仕組みで、仕事をつくり、市民のなりわいを支えることを公的にやっていました。
その後も、エネルギー革命で炭鉱の閉山や、
漁村、農村地域で魚や作物が取れなくなったときも、
インフラ整備を提供して、当時は補っていました。
しかし、そのあと、高度経済成長とか、バブルの時代になって、
「もう、そういう人たちは減少した」との判断から、制度自体がなくなってしまいました。
ただ、現実にそういう人たちは地域に存在していて、
市役所や私たちのところを頼って来られる人が常にいたので、
制度がなくなったあとも、自前で、できる範囲の支援を続けてきました。
それが、リーマンショック(平成20年)から、一気に増えて、これはちょっとまずい。と試行錯誤したことを覚えています。
当時は、正直、支援するお金もなくて、
自腹で食料を買って、配ったりしていましたが、
それにも限界があるなかで、
新しい制度(平成27年、生活困窮者自立支援法)が施行されて、
本格的に支援事業を始めたのが、40歳を過ぎてからでした。

〇生活困窮者自立支援と、福祉制度に依存する現実
つづけて、現在の制度の違いや、その課題感を教えてくれました。
これまで生活困窮者の対応は、基本的に生活保護しかありませんでした。
体調が悪くて、入退院を繰り返している人などは生活保護への移行は仕方ありませんが、たまたま今はお金が底を尽きた人も生活保護の対象です。
そこでできたのが、生活困窮者自立支援の制度。
生活保護になりたくない人から、働ける人たちは自立や生活再建できるように、いわば「第二のセーフティーネット」が必要で、
就労の体験だとか、働く支援とか、食料や住まいを継続的に提供して、
まず働ける状態をつなぐことが目的ですが、現実には、今もなかなか普及していないことが多いです。
理由は単純で、福祉政策と労働政策がつながっていないことが課題です。
制度として、仕事や住むところを探したり、トータルで支援する包括支援体制や重層的支援体制などの仕組みはあるけれど、
精神的に悩んでいたり、僅かでも発達傾向が見られたりすると、
ほとんどの場合、障害者制度(障害者年金の受給)に移行されます。
そうなると、一般就労や自立への目標が遠のき、収入を得にくい状態になり、結局、生活保護になるケースも多くて、自立につながらない状態が増えています。
国の制度の考え方として、介護保険とか障害者自立支援のように、
「一人支援したら、いくら」とお金が出る制度がありますが、
生活困窮者については、「お金をつけると、貧困ビジネスが起きる恐れがある」ため、お金を出さない制度になっています。
そうすると、誰も手を出さず、結果として、支援がなかなか進まない。
だから、ほとんどの自治体では、障害者か、生活保護に移行するケースが、どうしても先行してしまいます。

〇誰でも受け入れる理由
いろんな方の受け入れについてお聞きすると。
基本的に自立したい、働きたい、生活再建したい人、であれば、本当に誰でもオッケーです。
ただ、現状を見ていると、生活保護になってしまったあと、
将来どうなるか、そこが気になるところです。
と、髙木さん。
全国の市町村で、平均寿命が一番低いところは、男女ともに西成です。
青森、秋田のように、塩分とか日照条件の影響で寿命が短い地域は、理由として分かりやすく、それ以上に寿命が低いのが西成です。
生活保護になって、人とのつながりが薄れ、人との縁が切れた状態が続いてしまうと、やっぱり、生きる気力そのものが、だんだん弱くなることを支援の現場にいると感じることが多いんです。
収入が減って、保護になり、人との関係をほとんど遮断してしまい、
孤立孤独になると、心も病んでしまいやすくなる。
そうなると、結果的に、寿命も短くなる。
これは、数字だけじゃなくて、日々関わっている中で、瞬間に表情を失う人たちを目の当たりにすると、そうしたサインを見逃さないようにと居場所を提供しています。
■最後に
最後までありがとうございました!
平均寿命のお話、とても心に残っています。
精神疾患もひととひととの関係性の中で生じると言われているように、
無気力や、表情を失うということも、人とのつながりとも関係がありそうですね。
次回は、育てることと支えることとそのあいだのお話です!
次回も見てもらえると嬉しいです😊
