MVP ARCHIVE PEOPLE | Science : Hans von Ohain 1911–1998 / ハンス・フォン・オハイン - ジェット時代を開いた技術者

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ハンス・フォン・オハイン - ジェット時代を開いた技術者
1939年8月27日、ドイツ北東部ロストック近郊のマリエネーエ飛行場から、一機の小さな航空機が離陸した、Heinkel He 178。
機体にはプロペラがなく、代わりに搭載されていたのは、空気を取り込み、圧縮し、燃料を燃焼させ、そのガスを利用して推進力を生み出す新しいエンジンだった、Jet Engine。
その開発を進めた技術者が、ハンス・フォン・オハイン である。
He 178 の飛行は、ジェット推進だけで飛行した航空機として世界初の成功として知られている。
航空機がプロペラの時代からジェットの時代へ進む、重要な転換点だった。
プロペラの先へ
ハンス・ヨアヒム・パプスト・フォン・オハイン は1911年12月14日、ドイツに生まれ、ゲッティンゲン大学で物理学を学び、1930年代前半には航空機の新しい推進方式について考え始める。
当時の航空機は、レシプロエンジン で プロペラ を回す方式が主流だった。
この方式によって航空機は大きく発展していたが、さらに高速の領域へ進むためには、新しい推進方式が求められていた。
オハイン が注目したのが、ガスタービンによるジェット推進 だった。
空気そのものをエンジンへ
ジェットエンジン では、外部から取り込んだ空気をエンジン内部で圧縮し、そこへ燃料を加えて燃焼させ、高温・高圧のガスを作る。
そのガスによってタービンを回転させながら、後方へ高速で排出する。
その反作用が航空機を前へ進ませる。
従来の航空機が、エンジン → プロペラ → 空気 という形で推進力を生み出していたのに対し、ジェットエンジンでは、 吸気 → 圧縮 → 燃焼 → タービン → 排気 という連続した流れの中で推進力を生み出す。
航空機の推進方式そのものを変える技術だった。
ハインケルとの出会い
オハイン は自身の構想を実現するため、ジェットエンジンの試作を進めた。
その研究に関心を示したのが、航空機メーカーを率いていた、Ernst Heinkel|エルンスト・ハインケル だった。
ハインケル は高速航空機の開発に強い関心を持っており、オハイン を自社へ迎え、ここから、理論と実験段階にあったジェット推進を、実際に航空機へ搭載して飛ばす ための開発が本格化した。
オハイン らは試作エンジンの開発と試験を繰り返した。
燃焼、圧縮、タービン、高温に耐える材料、高速回転する機械構造。
新しい推進方式を成立させるには、多くの技術的問題を同時に解決する必要があった。
1939年
Heinkel He 178
オハイン のエンジンを搭載するために製作された実験機が、Heinkel He 178、1939年8月27日、テストパイロット、エーリヒ・ヴァルジッツの操縦によって He 178 は初飛行する。
飛行時間は短く、機体も実験段階だった。
ジェットエンジン だけで航空機を飛ばせる、それが実機によって示された。
ライト兄弟の動力飛行から36年、航空機は新しい推進方式を手に入れた。
フランク・ホイットル
ジェットエンジン の歴史には、もう一人欠かすことのできない人物がいる。
イギリスの、Frank Whittle|フランク・ホイットル である。
ホイットルは1920年代末からジェット推進を構想し、1930年には 航空機用ガスタービン推進装置 の特許を取得した。
一方、オハインはドイツで独自にジェットエンジンを研究し、ハインケルの支援を受けながら実機開発へ進んだ。
二人の開発は、基本的に独立して進められていた。
そして1939年、オハイン系統のエンジンを搭載したHe 178が飛行。
1941年にはホイットルのエンジンを搭載した、Gloster E.28/39 がイギリスで初飛行する。
異なる国で、同じ航空技術上の問題に向き合った研究者と技術者が、それぞれ別の経路から同じ新しい推進原理へ近づいていた。
戦争とジェット航空
He 178 が飛行した1939年は、第二次世界大戦 が始まった年でもあった。
戦争は航空機に、さらに高い速度と性能を要求した。
ドイツではその後、ジェットエンジン の開発が進み、Messerschmitt Me 262 が実用ジェット戦闘機として登場する。
イギリスでもホイットル系統の技術から ジェットエンジン 開発が進められ、Gloster Meteor が実戦配備された。
アメリカへ
第二次世界大戦 後、オハイン はアメリカへ渡った。
1947年からアメリカ空軍の研究施設で勤務し、航空推進をはじめとする研究に携わる。
航空技術はこの時期、さらに高速・高高度へ進んでいた。
同じ1947年には チャック・イェーガー が Bell X-1 によって音速を突破。
その後、超音速航空、Xプレーン、ロケット、高高度飛行、宇宙開発へと技術領域が広がっていく。
オハインが開発に関わったジェット推進は、その巨大な航空技術の変化を支える一つの出発点となった。
1998年3月13日、ハンス・フォン・オハイン は、享年86歳で死去した。
KEY POINT
ハンス・フォン・オハイン は、新しい推進原理を、実際に航空機へ搭載し、空へ送り出すところまで進めた。
1939年、Heinkel He 178はプロペラを使わずに離陸した。
それでも、そこで示された可能性は大きかった。
ホイットル がイギリスで、オハイン がドイツで、それぞれ独立した道からジェット推進を追求し、新しい推進方式は実験機から軍用機へ、さらに戦後の民間航空へ広がっていく。
やがてジェット旅客機が大陸と大陸を結び、超音速機が音の壁を越え、人類はさらに高い空へ向かう。
Heinkel He 178 の小さな機体が飛び立った1939年8月27日。
そこにはすでに、世界の空をジェット機が飛び交う時代の入口が開いていた。

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