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MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Architecture : Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie 15th Century / サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ 教会・ドミニコ会修道院

Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie 15th Century / サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ 教会・ドミニコ会修道院

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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ 教会・ドミニコ会修道院

イタリア北部、ミラノ。
市街地の西側に建つドミニコ会の教会と修道院が、Santa Maria delle Grazie サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ である。

15世紀に建設され、その後ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの時代に大規模な改築が行われた。
教会、修道院、回廊、食堂などから構成される複合建築であり、その食堂北壁には レオナルド・ダ・ヴィンチ の《 最後の晩餐 》が現在も残されており、1980年には《 最後の晩餐 》とともに、UNESCO世界遺産 に登録。

Origins

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ の成立は15世紀にさかのぼる。
ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァが、ドミニコ会へ土地を提供。
修道院の建設が始まり、その後教会の建設も進められた。
初期の教会を設計したのは、ロンバルディアで活動した建築家、Guiniforte Solari グイニフォルテ・ソラーリ である。

教会は当初、ロンバルディア地方に広く見られるゴシック建築の伝統を受け継いだ構成で建てられた。
現在でも建物の西側を中心に、この初期建築の特徴を見ることができる。

The Sforza Period

15世紀末、ミラノを支配したのが、Ludovico Sforza ルドヴィーコ・スフォルツァ で、ルドヴィーコはサンタ・マリア・デッレ・グラツィエの大規模な改築を進めた。

特に重要なのが教会東側の再構築である。
既存の教会に対して、より大規模な後陣、交差部、ドームを中心とする空間が追加、この部分には、初期ルネサンス建築の特徴が強く現れている。

Donato Bramante

改築は、Donato Bramante ドナト・ブラマンテ と強く結びついている。
ブラマンテは後にローマへ移り、サン・ピエトロ大聖堂の再建計画にも関わることになるルネサンス期の建築家である。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ の東側部分についてはブラマンテとの関連が伝統的に認められている一方、工事全体の設計・施工への具体的な関与については研究上の議論もある。

そのため現在では、建物全体を単純に「 ブラマンテ設計 」とするのではなく、特に東側のルネサンス期改築とブラマンテを関連づけて扱うのが適切である。

Architecture

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ の特徴の一つが、異なる時期の建築が一つの施設に残されていること である。

初期に建てられた教会部分には、ロンバルディア・ゴシックの要素が残る。
一方、15世紀末に改築された東側には、幾何学的な構成、円形・半円形の形態、ドームを中心としたルネサンス建築の特徴が現れる。

外壁ではロンバルディア地方の建築に特徴的な赤煉瓦が広く使用され、教会の東側には巨大なドームを支える交差部があり、その外側を多角形・円形を組み合わせた建築構成が覆っている。

The Tribune

特に特徴的なのが教会東側の、Tribuna トリブーナ と呼ばれる部分である。

中央の大きなドーム。
その周囲に配置された後陣や側面空間。
外部を取り囲む柱、アーチ、円形装飾。

これらが幾何学的に組み合わされている。
教会正面の比較的簡素な赤煉瓦のファサードと比較すると、東側のトリブーナは建築的性格が大きく異なり、これは建物が一度に完成したのではなく、異なる時代の建築が追加された結果でもある。

The Convent

教会に隣接して、Dominican Convent ドミニコ会修道院 が置かれている。
修道院には中庭を囲む回廊が設けられ、修道士たちの生活空間が配置され、
祈りのための教会だけではなく、修道院の日常を支える施設が一体となった宗教建築である。

The Cloister

修道院建築の中心的な要素の一つが、Cloister|回廊 である。
中庭を囲むようにアーチを連続させた通路が配置されている。
回廊は教会と修道院内の各施設をつなぐ動線として機能した。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ には複数の中庭・回廊空間が存在し、現在も歴史的建築の一部として残されている。

The Refectory

修道院の中でも特に知られている施設が、Refectory|食堂 である。
修道士たちが共同で食事をするための空間として建設された。
そして15世紀末、この食堂の北側壁面にレオナルド・ダ・ヴィンチが制作したのが、The Last Supper|最後の晩餐である。

作品はキャンバスや板に描かれたものではなく、食堂の壁そのものに制作され、500年以上が経過した現在も、《 最後の晩餐 》はサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ から切り離されることなく、制作された位置に残されている。

The Opposite Wall

最後の晩餐 》の向かい側には、Giovanni Donato da Montorfano ジョヴァンニ・ドナート・ダ・モントルファノ による、《 Crucifixion|磔刑 》
が描かれている。

制作年は1495年、つまり修道院食堂は、《 最後の晩餐 》だけを展示するために後世に整備された空間ではなく、15世紀に制作された複数の壁画が、建築空間の一部として配置された場所である。

Leonardo da Vinci

レオナルド が《 最後の晩餐 》を制作したのは、1490年代。
当時 レオナルド はミラノで活動し、スフォルツァ家のもとで絵画だけでなく、工学、建築、舞台装置、軍事技術など幅広い仕事に関わっていた。

最後の晩餐 》は、ルドヴィーコ・スフォルツァの時代に進められた サンタ・マリア・デッレ・グラツィ エ整備と同時期に制作された。
建築の改築と食堂の壁画制作が、同じ15世紀末のスフォルツァ家による事業の中で進められている。

Sforza Mausoleum

ルドヴィーコ・スフォルツァ は、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ をスフォルツァ家と強く結びついた宗教施設として整備した。
妻、Beatrice d'Este ベアトリーチェ・デステ が1497年に死去すると、この教会に葬られた。

ルドヴィーコ自身も一族の墓所として教会を利用する構想を持っていた。
しかし1499年、フランス軍の侵攻によってスフォルツァ政権は崩壊。
ルドヴィーコはミラノを追われ、計画はそのまま継続されなかった。

Centuries of Use

スフォルツァ家の支配が終わった後も、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ は宗教施設として存続した。
その間、建物には修理や改変が加えられている。

最後の晩餐 》のある食堂にも変更が行われ、17世紀には壁画中央下部を切る形で出入口が設けられた。
この工事によって《 最後の晩餐 》の一部が永久に失われている。
建築の使用と改修の履歴が、その内部にある美術作品にも直接影響した例である。

1943

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ の歴史で大きな転換となったのが、
1943年8月のミラノ空襲 である。
第二次世界大戦 中、連合軍による爆撃によって修道院の一部が大きく破壊され、《 最後の晩餐 》のある食堂も屋根や周囲の壁が崩壊した。

壁画のある壁面には事前に防護措置が施されており、《 最後の晩餐 》そのものが描かれた壁は残り、戦後に撮影された写真には、周囲が瓦礫となった中で壁画のある壁面が残る状態が記録されている。

Reconstruction

戦後、破壊された修道院建築の復旧が進められた。
残存した歴史的構造を保存しながら、戦災で失われた部分の復旧作業が行われた。

最後の晩餐 》についても長期間にわたる保存作業が続けられ、1977年から1999年には大規模な保存修復が実施された。
現在の サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ には、15世紀から残る建築部分と、後世の修理・戦後復旧を経た部分 が共存している。

UNESCO World Heritage

1980年、Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with “ The Last Supper ” by Leonardo da Vinci として UNESCO世界遺産 に登録された。

登録対象は《最後の晩餐》だけではなく、教会・ドミニコ会修道院と、その内部に存在する レオナルド の壁画を含む歴史的複合体 として登録され、建築と作品が一体となった状態そのものが保存対象となっている。

Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie

Basic Data

名称|Name : Santa Maria delle Grazie サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ
在地|Location : Milan, Lombardy, Italy
成立|Foundation : 15世紀
初期建築|Early Architecture : Guiniforte Solari
ルネサンス期改築|Renaissance Reconstruction : 15世紀末
関連建築家|Associated Architect : Donato Bramante
主要関係者|Patron : Ludovico Sforza
宗派|Order : Dominican Order
主要施設|Complex : 教会・修道院・回廊・食堂
主要作品|Major Work : Leonardo da VinciThe Last Supper
世界遺産登録|UNESCO : 1980

Today

現在も サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ はミラノに残り、教会は宗教施設として使用されている。

一方、《 最後の晩餐 》が保存される旧修道院食堂は、作品保護のため入場人数や見学時間などが厳しく管理されている。

現在の建物には、15世紀のロンバルディア建築、ルネサンス期の増改築、ドミニコ会修道院の空間、レオナルド の《 最後の晩餐 》、第二次世界大戦 による戦災の履歴、戦後の復旧と保存。

それぞれ異なる時代の構造と記録が残されている。
Santa Maria delle Grazie 15世紀に成立し、スフォルツァ家の時代に拡張され、戦災と復旧を経て現在まで残る、ミラノの教会・修道院建築である。

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