MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Leonardo da Vinci : The Last Supper c.1494–1498 / 最後の晩餐

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最後の晩餐
イタリア・ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂壁面に描かれた、レオナルド・ダ・ヴィンチ の壁画。
《 最後の晩餐|The Last Supper 》
キリスト教の新約聖書に記された、イエス・キリストと十二使徒による最後の食事を題材としている。
制作から500年以上、現在も、制作された修道院の壁面に残されている。
The Work
《 最後の晩餐 》は独立したキャンバス画ではない。
修道院の食堂、Refectory|食堂 の北側壁面に直接制作された大型壁画で、大きさは、約460 × 880 cm 横幅は約9mに達する。
現在も作品だけを別の場所へ移動することはできない。
絵画と建築が一体となった作品である。
Santa Maria delle Grazie
制作場所は、Santa Maria delle Grazie サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院、ミラノにあるドミニコ会の修道院である。
15世紀後半、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの時代に修道院の改築が進められ、その一環として食堂の壁面装飾が行われ、レオナルドが《 最後の晩餐 》を制作した。
反対側の壁には、ジョヴァンニ・ドナート・ダ・モントルファノ による《 磔刑 》が描かれている。
作品が最初から置かれていた空間そのものが残っている。
The Scene
題材となったのは、Last Supper|最後の晩餐。
イエスが処刑される前夜、十二使徒と食事をする場面である。
レオナルド は、イエスと十二使徒を長い一つの食卓の向こう側へ配置した。
中央にイエス、左右に十二使徒、合計13人が描かれている。
弟子たちは三人ずつ、四つのグループ としてまとまるように配置され、画面上では、それぞれ異なる姿勢、表情、身振りが描き分けられている。
The Twelve Apostles
画面左から一般的に、
Bartholomew|バルトロマイ
James the Less|小ヤコブ
Andrew|アンデレ
Judas Iscariot|イスカリオテのユダ
Peter|ペテロ
John|ヨハネ
そして中央に、
Jesus Christ|イエス・キリスト。
その右側に、
Thomas|トマス
James the Greater|大ヤコブ
Philip|フィリポ
Matthew|マタイ
Jude Thaddeus|タダイ
Simon|シモン
と同定されている。
現在一般的に使用される人物同定には、レオナルド 自身の準備素描や後世の写本・研究などが利用されている。
Judas Iscariot
イスカリオテのユダも、他の使徒と同じ食卓に描かれている。
ユダだけを食卓の反対側へ孤立させる構図ではない。
画面ではペテロとヨハネの近くに位置し、身体をやや後方へ引いた姿勢で描かれている。
右手付近には金銭の入った袋とされるものが見える。
ユダの人物配置は、同時代以前の《 最後の晩餐 》表現と比較されることの多い特徴の一つである。
Composition
画面の中心にはイエスが配置されている。
背景には三つの開口部があり、中央の窓の前にイエスの頭部が重なる。
室内の天井や壁面には明確な直線が描かれている。
この線を延長すると、一点透視図法の消失点がイエスの頭部付近へ集まる。
また、壁画に描かれた室内空間は、実際の修道院食堂の空間から連続しているように構成されている。
実際の部屋、壁面、描かれた部屋。
その境界を視覚的につなぐ構成になっている。
Preparatory Studies
レオナルド は制作に先立って多数の準備素描を行った。
現在も《 最後の晩餐 》に関連する複数の素描が残されている。
成作品では失われてしまった細部についても、これらの準備資料から制作過程の一部を確認できる。
レオナルド の手稿には、使徒たちの配置や動作を検討した記録も残されている。
Technique
《 最後の晩餐 》の保存状態を理解するうえで重要なのが、
制作技法。
一般的なフレスコ画では、湿った漆喰へ顔料を塗る。
顔料が漆喰と一体化するため、壁面へ比較的強固に定着する。
しかし、この方法では漆喰が乾く前に描かなければならない。
レオナルド は《最後の晩餐》で、乾いた壁面に下地を作り、その上へテンペラや油性成分を含む絵具を重ねる実験的な方法を採用した。
この方法によって時間をかけた描写や修正が可能になった一方、
壁面への定着性に大きな問題が生じた。
Early Deterioration
作品の劣化は非常に早い段階から始まった。
完成から数十年後には、すでに画面の損傷について記録が残されている。
現在見る《 最後の晩餐 》は、制作当初の絵具が完全な状態で残っている作品ではない。
Changes to the Wall
壁面そのものにも後世の変更が加えられた。
17世紀には、壁画中央下部に出入口が設けられた。
その結果、イエスの足元を含む画面の一部が失われた。
現在も中央下部を見ると、その痕跡を確認できる。
建築物と一体になった壁画だからこそ、建物の利用方法の変化が作品そのものへ直接影響した。
Copies
《 最後の晩餐 》は制作後、多数の画家によって模写された。
これは現在の研究でも重要な資料となっている。
原作の損傷が進む以前に制作された模写には、現在では失われた細部が残されている場合がある。
特に16世紀初頭の複数の模写は、レオナルド 完成時の画面を検討するための比較資料 として利用されている。
原作だけでは確認できなくなった部分を、同時代に近いコピーから補助的に研究できる。
World War II
1943年8月、第二次世界大戦 中の空襲によって、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院も大きな被害を受け、食堂の屋根や壁の一部が崩壊した。
《 最後の晩餐 》のある壁面には、事前に土嚢や補強構造による防護措置が施されていたため、壁画のある壁は残った。
戦後の写真には、周囲の建物が破壊された中で《 最後の晩餐 》の壁面が立っている様子が記録されている。
Restoration
《 最後の晩餐 》には長い修復史がある。
特に大規模な保存修復が、1977–1999年 に実施された。
約20年以上にわたる作業だった。
後世に加えられた塗料や補修部分を慎重に除去し、残存する レオナルド の絵具層を調査・保存する作業が行われた。
失われた部分については、原作と区別できる方法で補整された。
そのため現在の作品では、レオナルド 自身の絵具が残る部分と、欠損部分を視覚的につなぐ保存処置 が共存している。
Specifications
作品名|Title : Il Cenacolo / The Last Supper 最後の晩餐
作者|Artist : Leonardo da Vinci
制作年代|Date : c.1494–1498
所在地|Location : Santa Maria delle Grazie、Milan, Italy
設置場所|Original Location : 修道院食堂北壁
寸法|Dimensions : 約460 × 880 cm
支持体|Support : 壁面
技法|Technique : 乾いた壁面上に施した実験的混合技法
主題|Subject : イエス・キリストと十二使徒による最後の晩餐
Today
現在、《 最後の晩餐 》は厳格な保存環境のもとで公開されている。
室内への入場人数や滞在時間は制限され、温度・湿度・空気中の粒子などが管理されている。
これは、すでに非常に脆弱になっている壁画を保存するためである。
作品は500年以上にわたり、劣化・加筆・建築改変・戦争・修復
を経験してきた。
現在見ることができるのは、そのすべてを経て残された壁画である。
Historical Gallery
The Last Supper|最後の晩餐
Leonardo da Vinci
c.1494–1498
約460 × 880 cm。
ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院食堂北壁。
イエスと十二使徒を描いた大型壁画。
一点透視図法による室内構成。
三人ずつ四組に配置された十二使徒。
乾いた壁面上へ描く実験的技法。
完成後早期から始まった劣化。
17世紀の出入口設置による画面の欠損。
1943年の空襲。
1977年から1999年まで続いた大規模保存修復。
そして現在も、
制作された場所の壁面そのものに残されている。
レオナルド・ダ・ヴィンチ の作品であると同時に、500年以上にわたる保存・損傷・修復の履歴まで、その壁面に残している作品である。

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