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【小説】ガトヌショコラに地獄 プロロヌグ&修二線①

 あらすじ

 平成埌期のある冬、ひずりの女子倧孊生が退孊した。それ以降、圌女ず連絡が取れる者は誰もいなかった。

 時は流れ2021幎、女子倧孊生だった件の圌女の葬匏をきっかけに、人の男女が再䌚。圌女の元恋人で今も青春時代にずらわれる修二。圌女の女友達で敏腕瀟長の明里。圌女の幌銎染で埌茩の、ホストの冬也。葬匏が行われる「小芪村」に枊巻く怚念が、圌らに降りかかっおいく。

 なぜ、圌女は消えたのか。圌女は䜕に祈ったのか。圌女の正䜓は䞀䜓䜕なのか。

 圌女を巡る薄暗い恋愛暡様ず、どうしおも圌女を手に入れたかった、怚念の話。



プロロヌグ


 雪がたくさん降っおいた。雪がしんしん、無情にも。

 その日、茚城県氎戞垂は蚘録的な倧雪で、安物のミニスカナヌス服ひず぀じゃ寒さなんおずおもしのげなかった。

 黒目が安定せず、芖界さえもが震えおいる。静たり返った真倜䞭の街を走る。たたに出䌚う酔っ払いが、ピンク色のナヌス服䞀枚に裞足で走る圌女に蚝し気な芖線を向ける。

 もう気にしおなどいられない。酒臭い、タバコ臭い、薬臭い、冷たい、死にたい。それでも圌女は走り続ける。振り返っお、远っ手がいないこずを䜕床も確認する。

 早くしないず、来るな来るな来るな、振り返るな振り返るな振り返るな。远い぀かれたら終わりだ。焊りず䞍快感ず緊匵ず絶望、党郚奥歯で噛みしめお、たた走り出す。

 走っお、走っお、走っお。ようやくたどり着いた目的地は、それはそれは真っ暗な路地だった。傘をさした浮䞖絵タッチの女性が埮笑む、倧きなストリヌトアヌト。誰のかもわからないプリクラやステッカヌがおびただしく匵られたポヌル。たくさんの個性が詰たった路地だった。

 ざらざらしたコンクリヌトの壁に手を぀きながら、手探りで「それ」を探し、芋぀ける。

 䞍気味なほどお札たみれの叀びた祠には、今日もたくさん参拝者が来たようだ。

 はぁ、はぁ、ず癜い息を吐き、どさりず膝を折る。

 ラサ様、ラサ様。私もう、無理です、限界です。痛いよ。怖いよ。寒いよ。

 この祠に祀られる神の名を呌んだずき、じわりず涙が滲んだ。深々ず頭を地に擊り付ける。

 ねぇ、どうしたら私、幞せになれたすか。

「お願いしたす、ラサ様、助けおください、助けお」

 もう神様に瞋るしかない。あの頃ず䜕も倉わらない。そんな自分に吐き気がしお、苊しくお、涙が止たらない。涙が冷たくお口が䞊手く動かない。

「わたっ、私の人生どうにかしお おお、お願いしたす、助けおください もう無理です助けお、どうか、どっ、うう  どうかっ、助けおください 助けおくださっ、たたたた助けお、助けおください 助けおください おおお、お願いしたす、お願いしたすお願いしたす  」

 掠れおいく声が情けない。喉が痛くおもう、声が声にならない。

「あぁ、う、あぁああああぁぁああぁああ」

 どうしおこうも生きるのが䞋手なんだろう。昔からそうだった。人ず䞊手に話せない、人の蚀っおいるこずが分からない、勉匷ができない、運動ができない、アルバむトができない、容姿が恵たれおいない、お金がない、味方がいない、勇気がない、䜕もない。

 人間になりたかった。殎っおこない優しい䞡芪がいお、簡単な仕事ず称しおナヌス服で性行為をさせようずする人じゃない友達がいお、嫌味や悪口を蚀っおこない先茩や同僚や埌茩ずアルバむトをしお、垰り道に玅茶ずケヌキを買う金銭的、心理的䜙裕がある。そんな普通の人間に。

 人間に、なりたかった。

 足の裏がじんじんず痛む。血が滲んで気持ち悪い。嗚咜が響く路地裏に、光はない。

 きぃ。

 叀い朚が軋む音がした。ひどく懐かしい匂いがする。お銙のような、くらりずするくらい華やかで、穏やかな銙り。

 顔を䞊げた先を芋お、喉の肉が瞮んだ。祠が、開いおいる。

『いたいくよ』
「あ、え、え」
『だいじなだいじな、うんめいの぀がい』

 声がする。だれ、ず蚀いかけた口が固たる。この声、知っおる。それも遠い昔から。

 刹那、勢いよく颚が吹いた。生枩かい、けれど花の銙り深い、春の塊のような突颚。目を぀ぶっお、なんずか耐える。

 おずおずず目を開けお、息が止たった。手。祠の䞭から、黒くお倧きな手が八本。圱のようにどんどん䌞びおきおいる。長い觊手のような倧きい掌が、雪でぐしょぐしょの圌女の身䜓をそっず包み、匕き寄せる。

『おいで、おいで、よいこ』
「ひ、あ」
『こわくないよ、だいじょうぶだよ、たもっおあげるよ。おいで、おいでおいでおいで』

 怖い、恐ろしい。誰か。

 ねぇ、なのに、どうしおだろう

 手で抌さえた口の端が䞊がりそうだ。

 䜕の根拠もないけれど、心が蚀っおいる。ずっず、遠い昔から、心のどこかで埅っおいた。この埗䜓の知れない瞬間を。

 きっず「あの人たち」なら、なんだこれ、ずか、気持ち悪っ、ずか吐き捚おるだろう。

 あぁ、でも、もうそういうのいい。もういいよ。

 もうどうでもいいから。䜕もかも党郚。

 圌女は自分でも、心臓が歓喜に震えおいるこずを分かっおいた。頬を染めおいる自芚があった。

 怖いのに、楜しい。恐ろしいのに、嬉しい。心臓が、どきどき、わくわく、震えおる。気が遠くなるほど久しぶりに、心の底から埮笑んでいた。

 あぁ、やっずだ。この手は救いの手。私には分かるの。私、やっず助けおもらえる。

 匕き寄せられおいく。祠がどんどんず近づいおいく。闇より真っ黒で、骚の髄が凍るほど䞍気味な救いの手。

 ありがずうございたす。ありがずうございたす。ありがずうございたす。ありがずうございたす。

 身䜓が祠に吞い蟌たれおいく。自分の身䜓がバラバラに飛び散っおいくような感芚の䞭、圌女は歓喜の涙を䞀滎こがした。

『このひがくるのをたっおたよ』

 うん、私も。

『おいで、よいこ』

 もう二床ず、ずっずずうっず、離さないでね。


ガトヌショコラに地獄


 1章 束長修二


 土曜の午前時。改札内のコヌヒヌショップから銙りが挂う。

 すごい。この時間の駅なのに、こんなに人が少ないなんお。なんお最高なんだろう。マスクを倖しおも文句は蚀われたい。この緊急事態宣蚀䞋のご時䞖だし、やらないけれど。

 駅の改札近くにある電光掲瀺板前で、束長修二(た぀ながしゅうじ)は、ぐっず背䌞びをした。

 玺色のコヌトに぀いた埃を軜く払い、蟺りを芋枡す。倧孊生だった頃より店が枛ったな、あそこガチャガチャコヌナヌになったんだな、なんお、劙なノスタルゞックを噛みしめる。倧孊が茚城だっただけのくせに、どこから目線なんだろうか。

 スヌツケヌスをガラガラず匕きながら、改札を出る。たず行くのは、北口の広堎。職堎の人たちに「茚城っお、駅に氎戞黄門いるんでしょ」ず蚀われたので、黄門様の像の写真を撮りにいく。北口で忙しそうにしおいるのは、出勀する倧人たちだけだった。もう月の埌半だから、孊生はみんな春䌑みなのだろう。

 黄門様たちの像をスマホに収めた。階段を降りおいく。ガス臭いロヌタリヌを通り、県北方面ぞ向かうバス停前に着く。

 ベンチに座った途端、急に北颚が吹いた。寒さに指が悎む。

『修二くん、埅っおるからね』

 声が脳内に蘇る。「あの日」芋た、倢の声。人の蚘憶は声から消えおいくず聞いたこずがある。なのに、この柔らかな声だけはずっず脳に根を匵っおいる。

 指を擊り合わせお、寒さを凌ぐ。今䜏んでる鹿児島よりは圓然寒いこの地に、欠片も歓迎されおいない。そんな気がしおやたない。わかっおる。でも、絶察にここに来る必芁がある。歓迎なんかされなくおいい。

 あの子が死んだこずを聞かされた日のこずだ。あの子に倢で、埅っおいるず蚀われた。きっず葬匏に来お欲しいず蚀っおいるのだず、目芚めおすぐに喪服をクロヌれットの奥から匕っ匵りだした。

 そしお今、ここに戻っおきた。他でもない圌女に埅っおいるず蚀われたのだから、迎えに行くべき、いや、行くしかない。

 それほどに、倧事な人だったから。

 分ほど、がんやりず濁った海を芋るかのように、むンスタを眺めおはスクロヌルを繰り返しおいた。みんな、䜕床目かもわからないコロナりむルス感染症の緊急事態宣蚀の䞋、旅行したり、起業したり、結婚したり。

『もう。修二くんったら、い぀も結婚した埌の話するんだから』

 はにかむあの子が未だに蚘憶の匕き出しにいお、ふずした瞬間にすぐ出おくる。付き合っおいたあの頃はずっず、あの子ずこれからもずっず歳を重ねおいくず、䜕の疑いもなく信じおいたのだ。

 戻りたい、あの頃に。倧孊生だったあの頃に、人で手を繋いでいた頃に、圌女を含めた仲間たちず培倜でカラオケしおいた頃に、どうしようもなく戻りたい。戻れない。

 あぁ、たた。たた、頭に目眩しのような霧がかかる。今珟圚ず、この先の未来を芆い隠すような、远憶の深い霧。修二の埌悔に䌌たこの願望が出た時は、い぀もこうだった。

 気軜にどこかぞ出かけられない、閉鎖的なご時䞖だからずいうものもある。この霧は最近は頻繁に、修二の思考に圱を萜ずしおいた。

 戻りたいず䜕床も䜕床も願うくらいの、青春だった。修二の幎の人生の䞭で倧孊生掻は、今日匔う圌女ずいた日々は、どんな青空よりも眩しく、矎しかった。そんな青い春だった。

 春の成り損ないみたいな颚が吹き抜けお、たたひず぀指が冷めおいく。やがおバスが来た。修二以倖乗客がいないバスは、郜䌚よりずっず快適だった。

 奥の垭でゆったりず、心の糞を緩めお窓の倖を眺められる。叀くからある、よくお䞖話になった文房具屋を通り過ぎお、ラむブハりスがある十字路を通り過ぎお。やがおもうすぐ、癟貚店が芋える頃だった。

 バスが停留所にずたる。けれど、乗車する者は誰もいない。運転手が間違えたのだろうか、そういえばこのバス䌚瀟の運転手に「お釣りあるなら先に蚀えよ」っお降りるずきに怒鳎られたこずあったっけな。がんやりず取るに足らないこずを考えおいた。

 たばたきを回したずきだ。その点を修二はふず、芋぀めた。絶察に普段なら目に入らない、その路地裏がやけに気になったのだ。

 路地裏の壁には絵があった。和颚の傘をさした、浮䞖絵みたいな画颚の女が笑う、倧きな倧きなストリヌトアヌト。い぀芋おもセンスがある絵で、倧孊時代からあの路地は奜きだった。

 けれど、芖線の先はそこだけじゃない。

 女が立っおいた。黒い長髪を高い䜍眮で二぀結びにした、センチはあるであろう長身で、掟手な振袖を着た女。顔は良く芋えないが、惹き぀けられる䜕かがある。掟手な栌奜をしおいるから、だけじゃない。魅力ずでも呌ぶべき、たばゆさがあった。

 䜕かの撮圱だろうか、ず胞が逞る。倧孊の先茩が瀟長を務める、小芏暡アパレルブランドのプロモヌション担圓をしおいる修二の勘が働く。こういった小さな出䌚いもたた、仕事に圹立぀に違いないず、勘が蚀っおいた。

 だが同時に、胞の蟺りに違和感が挂う。喉の蟺りに魚の骚が匕っかかっおいるかのような、劙な痛み。

 薄暗い路地裏ずはいえ、あんなにも掟手な栌奜をしおいるの女がいるのに、䜕故、歩いおいる人たちは気にも留めないのだろう このバスからでも芋えるのだから、歩いおいればなおさら芖界に入るはず。

 バスは動かない。女は盎立䞍動でそこにいた。

 す、ず女が袖を揺らし、腕を肩の高さたで䞊げる。

 指をさしおいた。修二のこずを、しっかりず、真っ盎ぐに。

 刹那、ぐっ、ず息を短く吐いた。寒い、重い。身䜓が、動かない。

 なんだ、なんだよ、ず頭が戞惑いで埋め尜くされる。身䜓が動かない、息が苊しい。たるで䜕か玐状のものでギチギチず瞛られおいるかのように、腕呚りが締め付けられおいるような気さえする。自分の身䜓を芋たくおも銖が動かない。目も動かない。

 あの女から、芖線が離せない。

 埗䜓のしれない感芚に錓動をバクバク速くさせおいるず、ガタン、ず音がした。バスは、䜕事もなかったかのように走り出す。するり、ず締め付けられる感芚が解ける。なんだったんだ、今の。修二は窓ガラスに手を圓お、慌おお女の方を振り返った。

 女は倉わらずこちらを指さしおいた。バスが動いおも、ずっず。

 ずっず。

 

 皮肉なくらいの快晎だった。

 バスに揺られお時間、午前時。ようやく目的地である、「小芪村しょうしんむら)」に蟿り着いた。片道時間もかかるんだったら、せめお送迎バスくらい甚意しおくれよ、ず、圌女の葬匏を行う連絡がきたずき思った。でも今はそう思うこずさえ眰圓たりだず感じるし、到底䞍可胜なこずなので、控えおいる。圌女の家にきっず、そんな䜙裕も、そんな颚にお金をかけおたで圌女を匔おうずする気持ちはないだろうから。

 未だ、バスの䞭の金瞛りに䌌た劙な出来事のこずを考えおいる。あれは倢だったのだろうか。あの金瞛りの埌、すぐに眠っおしたった。修二は倢だず思うこずにしよう、ずいう自分の楜芳的意芋を採甚した。未だ䞍思議な感芚は残るが、倢だず思わないず、これから始たる葬匏に集䞭できない。今はあの子のこずを真剣に考えたかった。

 背䞭が痛い。腰に手を圓お身䜓を反り、バキバキの背骚を「くうっ」ず声を出しお䌞ばした。

「おっさん臭くなったねぇ、しゅうくん」

 背埌から、よく通る女性の声がした。

「明里じゃん。髪、すごい䌞びおる」
「あはは、圓たり前じゃん 最埌に䌚ったのコロナ前でしょ 髪くらい䌞びるっおの」
「だっお倧孊時代の印象匷すぎお」
「䜕それ。た、あたしみたいな綺麗な女、印象薄い方が無理か」
「はいはい。そういうこずにしずく」
「冗談よ、半分ね」
「半分」

 䞉毛門明里みけかどあかりは鮮やかなベヌゞュの髪をさらりず手で靡かせる。毛先は巻いおあり、品よくカヌルしおいた。どこずなく髪色ず髪型が、今日葬匏を行う圌女の倧孊生時代に䌌おいた。倧孊生時代、ずいっおも、修二はその頃の圌女しか知らないのだが。

 珟圹若手女瀟長。その肩曞がよく䌌合う明里は、孊生時代より化粧が薄くなったような気がする。瀟䌚人のメむク、ずいう感じ。なんだか違う人ず話しおいるみたいで、修二は意味もなく手銖を掻いた。

「ねぇ、もうさ、来るだけで疲れたんだけど。なにこのク゜田舎」
「あヌ、確かに田舎すぎるよな」
「ね。しかもあたしたち以倖ただ誰も来おないみたいよ みんな遅ヌい」
「え、俺たちが䞀番乗り」
「たぁね。た、圓然か。だっお他の人もきっず、早く来たがらないっしょ あの子ずご飯食べるほど仲良かったの、あたしたち人だけじゃん。だからさぁ、ね」

 人、ずいうのは、ただ来おいない埌茩の山砎冬也やたはずうやを含む、修二、明里たち人のこずだった。

「あたしたち以倖の友達いなかったからね。地元の友達ずか来んのかな た、来るわけないか。倧孊の人はあたしたち人しか来ないみたいだし」
「そうなんだ」
「そう。あの子の芪はもう死んでるしさ。たったく、誰が葬匏なんかやろうっお蚀いだしたんだか」

 桃色のマスクを倖し、明里はペットボトルの氎を飲む。

「あのさ、たた蚀い方き぀いんじゃね たしおや亡くなった人のこずを悪く蚀うの、やめた方がいい」
「えヌ 䜕ムキになっおんの」
「明里、この前もむンスタで炎䞊しかけおたじゃん。すごく心配なんだけど。友達ずしお」
「ふヌん。そっか。嬉しいねぇ」

 明里は髪をなびかせ、銖をこ぀んず傟げお子䟛のように笑う。

「気分悪くさせちゃっおごめんね。でも、あの子のこず悪く蚀ったわけじゃないよ、本圓のこずすぐ口に出しちゃう癖がただ治らなくおさ」
「バカ。毎床毎床ひやひやする俺の身にもなれっお」
「ごめんっお。最近、うちの䌚瀟にコミュニケヌションアドバむザヌずか呌んで郚䞋に研修しおんだけどさ、あ、もちろんあたしも受けおるんだけど」
「えらいね。瀟長も盎々に受けるんだ」
「たぁね。やっぱ気を付けないず、この什和のご時䞖。叩いおくる奎らの動機はさ、ただのバカみたいな嫉劬からだけど、たたに殺害予告ずか来るし。ほんず怖い䞖の䞭」

 圌女は「敏腕若手女瀟長は蟛いのよ」ず笑う。

「マゞかよ。倧䞈倫」
「倧䞈倫じゃないっお。この前なんか、うちの䌚瀟のポストにね、生きおる蜘蛛を倧量に、ほんっず匕くほど入れられたの マゞで信じらんない あヌあ、早く虫のいない䞖界に行きたいわ」

 明里はそう蚀い぀぀も、盞倉わらずの口の悪さで、楜しそうに愚痎を修二にぶ぀けおいた。倧孊時代から倉わらない、匷かな人だ。

 分ほど経過した頃、村に繋がる林道の奥から、喪服姿の䞀人の男がこちらに向かっお走っおきた。明里の止たらない愚痎にうんざりしおきた修二の顔が、明るくなる。

「すんたせん お埅たせしたした」
「冬也。お前、盞倉わらずのピンク髪だな」
「ぞぞっ。オレず蚀ったらこの髪っしょ シュヌゞさんは倧人っぜくなりたしたね。たすたすクヌルさに磚きがかかりたした 今もモテるっしょ」
「圌女はずっずいない。あずオブラヌトに䞁寧に包むな。老けたっお蚀っおいいよ」
「やっべ、蚀いたいこずバレおた。あの、なんかすんたせん。苊劎しおんすね」
「コラ謝るな、お前は玠盎だず逆に気持ち悪い」

 修二は぀い笑みを溢しおいた。絶望的に喪服が䌌合わないピンク色の髪の冬也は、こういう軜いやりずりが、男女問わずいろんな人から奜たれおいた。倧孊のずきは、ほが党おの孊生のLINEを知っおいたくらいだ。今もホストずしお、池袋で働いおいる。

「ここからはオレが案内したすね。䞀応、この村に䜏んでた時期あるんで。ちなみにここ、滝が芋える枩泉もあるんですよ」
「あたしも聞いた聞いた。しかも今日、旅通に泊めおくれるんでしょ 旅行じゃん」
「そうっすよねぇ。名様ご案内したヌす」
「もっずホストっぜく蚀いなさいよ。珟圹でしょ」
「急に蚀われるずできないなぁ。今は自粛で出勀できおねぇんですよ。もうコヌルずか忘れそう」

 あっけらかんずした声が、小芪村の晎れ枡る空の䞋に響く。

 村を人で進んでいく。蟺りは暹朚に䟵食された、空き家ばかりだ。生い茂る朚々に、家が食べられおいるようにさえ芋えた。

「ねぇ冬也、この村っお人䜏んでるの どうしよう、あたしたち劖怪かなんかに化かされおたら」
「盞倉わらず倱瀌の極みっすね。ベルさんのご芪族に頌たれお、おふたりの案内圹しおるんですよ、オレ」

 小山こやたべる。それが圌女の名前だった。

 LINEずむンスタの名前は、カタカナでベル。アむコンは赀い花のむラスト。ホヌム画面は人で行ったディズニヌランドのシンデレラ城。今もすぐに思い出せる。

「冬也」
「はいはい。疲れたずしおも、あず少し我慢しおくださいね。たったく、郜䌚人は足腰匱いんだから」
「ベルっお、本圓にこの村で育ったのか」

 冬也の顔は芋えない。けれど䞀瞬、確かな間があった。

「そりゃそうっすよ。蚀ったでしょ オレたち子䟛の頃、よく遊んでたっお」
「ふヌん。ね、でも冬也は小孊幎で匕っ越したんでしょ」
「そうなんすよヌ。あのずき匕っ越さなかったら、もっず違っおたんでしょうけどね」

 䜕が違うんだ、ず蚀いかけお、やめた。もうそんな話に意味はないず、修二は、そしお明里も冬也も、察しおいた。

 ベルず修二が最埌に話したのは、倧孊幎の冬。圌女は突然、倧孊をやめた。修二には䜕も、䞀蚀も告げず、ベルは修二たちの前から応然ず姿を消した。誰も䜕も連絡を受けおいなくお、倧孊の事務局に聞いたずころ、母芪が倒れお介護するこずになった、ずのこずだった。

 修二はベルが退孊した理由を聞いた瞬間、その埌の蚘憶がない。その埌倧孊でなにをしおいたか、どうやっお家に垰ったか、芚えおいない。家に垰り、しばらく玄関でうずくたっおいたこずしか芚えおいなかった。

 いわゆる毒芪、芪ずしおの矩務を果たさない芪。それがベルの母だった。

『私、今が䞀番楜しいの。人生が色づくっおよく蚀うけどさ、こういうこずを蚀うんだね』

 ショッピングモヌルの喫茶店で、クリヌム゜ヌダのアむスをすくいながら圌女は頬を染めおいた。ベルの人生は、倧孊で修二たちず䞀緒にいた、あの幎間しか色づいおいなかった。䞀䜓、どんな気持ちだっただろう。自分を虐げおいた母芪の介護のために、倧孊をやめるこずになっお。

 ベル。俺の人生も、ベルがいた幎間がピヌクだったよ。今はもう、どんなに高䟡で排萜た服を觊っおも、䜕も感じない。あの頃着おいた円の叀着には敵わないんだ。

 こんな蚀葉に意味はない。でも意味がないのなら、心の䞭で吐き捚おたっおいいいだろう。

「お、芋えおきた芋えおきた おヌい おばちゃヌん」

 冬也の声が晎れ晎れずした空に響く。圌が倧きく手を振る先には、゚プロン姿の癜髪の女性が立っおいた。

「遅いんでねえけ、冬也くヌん おばちゃん腰悪ぃんだから手加枛しなヌ」
「ごめんごめヌん お二人共、ちょっず小走りでお願いしゃす」
「だるっ」
「明里、わがたた蚀わない。走るぞ」

 ただでさえ匕くこずがしんどかったスヌツケヌスを、さらに倧きな音を立おお匕きずり、駆ける。修二の錻腔に倏の倕焌けず、硫黄の匂いがする。倧孊時代、ただ冬也ず知り合う前の旅行。ベルず明里ず修二の人で「枩泉だヌ」ず各々の鞄を振り回しお、旅通前でバスを降りたあの倕暮れ。

 修二は小さく口角を䞊げる。なんだか孊生の頃に戻ったみたいで、センチメンタルの海に沈んでいた修二の心が少し、䞊を向いた。

 走ったおかげで、冬也が「おばちゃん」ず呌んだその人のずころたで、分も経たずに到着した。

「いんや、若者は元気だね。おばちゃんね、元気な子は気に入ったわ。今日のご飯は豪勢にしおあげっから、楜しみにしおおな」

 小声で冬也が「ね、走っおよかったでしょ」ず囁いた。盞倉わらず人に取り入るのが䞊手い男だ。

 数分歩くずようやく、居䜏区域にたどり着く。

「わっ、え すご」

 䞀番先に声を出したのは、明里だった。

 芋おいるこちらのノスタルゞックを匕き出す、和颚の家々。盆栜に囲たれた旅通がちらほらず倧きく構えおいる。さらに梅の花が満開で、あちらこちらで桃色の春の息吹をちら぀かせる。空で舞うカラスさえも䞊機嫌に芋えた。先皋たでの冬の終わりよりも冷たい、無機質で色のない村ず同じ堎所ずは思えなかった。

「んだ、気に入った 昔はなんもない村、過疎地域っ぀ヌや぀だったけどな、今は芳光で儲けおんだわ」
「おばさた、あの䞀番倧きな旅通はなんですか すごい、叀き良きっお感じで奜きだなぁ」
「あそこが、あんたらが泊たるずこだよ。おばちゃん、あそこで飯炊きの仕事しおんだ」
「ほんずですか」

 明里がたすたす目を茝かせる。早速、圌女はスマヌトフォンで写真を撮りはじめた。修二も、職堎の人に芋せようずスマヌトフォンを手に取る。

 本圓に旅行みたいだ、ず鮮やかな景色を目に、春の銙りを楜しむ。たたにはいいか。こんな颚に、のんびりした時間も。

 スマヌトフォンを取り出し、カメラアプリを起動したずきだった。

 え、ず声が短く途切れた。

 カメラ越しに広がる景色に、色がない。快晎の空だけが青くお、あずは瓊瀫ず、枯れ朚ず、黒いどろどろずした謎の塊が転々ずしおいる。焌け野原のような、呜のない光景がスマヌトフォンに閉じ蟌められおいた。

 䜕より、画面の巊端。

 女がいる。背の高い、着物を着た、バスで芋たあの女が。顔はよく芋えない。なのに、こちらを睚み぀けおいるこずだけがひしひしずわかる。たるで煮えたぎる怚みでも持っおいるような、おどろおどろしい真っ赀な瞳。

 どくどくず、血液の流れが早たる。スマホを䞋げ、蟺りを銖を振っお芋枡す。

「しゅうくん」

 呚囲には芳光雑誌の䞭に飛び蟌んだかのような、矎しい郷が広がっおいる。慌おおスマヌトフォンに芖線を戻すず、画面にも同じく、綺麗な颚景があった。先ほどたでの死の光景など、悪い倢だったかのように。

「なんなんだよ  」
「顔真っ青よ 貧血」
「ごめん、ちょっずバスで疲れたかもしれない。倧䞈倫」

 倧䞈倫。きっず疲れたんだ、そうだ、きっず。

 傷薬を塗り蟌むように、修二は自分に䜕床も蚀い聞かせる。

 空は晎れ枡り、人を歓迎するかのように空気は枅々しく凪いでいた。ただひたすらに、矎しく。

続

話

話

話

話

話章 スタヌト

話

話

話章スタヌト

話

話最終話


いいなず思ったら応揎しよう

くいん 生掻費の足しにさせお぀かあさい切実に