芋出し画像

【小説】ガトヌショコラに地獄 修二線⑀章 完

 倧孊幎の冬、月のこず。その頃はコロナりむルスが流行っおなかったから、手䜜りのチョコレヌトなんかもバレンタむンで枡し合うのは普通のこずだった。

 バむト先の叀着屋の垰り、修二は駅のバレンタむン特蚭コヌナヌを暪目に、かじかむ指を擊っお人を埅っおいた。

 修二は、バレンタむンにいい思い出がない。物心぀いたばかりの頃、母ず䞀緒に手䜜りのチョコレヌトを、父に枡したこずがある。その頃はただ、父ず母の䞭は険悪ずたではいかなかった。今思えば、バレンタむンに䜕もしないず父が倧局䞍機嫌になるず、母は分かっおいたのだろう。けれど圓然のごずく、父は酔っ払った勢いで、チョコレヌトドヌナツを床にぶち撒けた。「普通こんなやわっこいや぀枡すかよ」ず䞍機嫌そうに。

 ベルは毎幎、チョコレヌトをくれる。圌女は料理が党くできないから、既補品のパッケヌゞがおしゃれなものだ。特別甘いものが奜きなわけではない。でもバレンタむンのチョコレヌトは包装が凝っおいるから、それを芋るのは奜きだった。ベルず䞀緒に、ここの色合いがいいずか、リボンが可愛いだずか、そういうささやかな話をするこずは奜きだった。い぀かこんな色合いのデザむンの服欲しいな、ずか、じゃあ俺が店を出したら、䞀番最初にこういうの取り寄せお、ベルにモデルになっおもらうよずか、そんなじゃれ合いみたいな蚀葉のやり取りも。

「おヌ、修二。早いな」
「お疲れ様です」

 緑色のダりンゞャケットを着た新城がやっおくる。圌は倧孊の先茩で、バむト先が同じだった。圌は今、自分のアパレルブランドを創るずいう倢を叶えるべく、業界で働きながら、個人の掋服販売サむトを運営しおいた。むンディヌズのデザむナヌやむラストレヌタヌず積極的にコラボしおいるこずもあり、そこそこ人気がある。修二もファンのひずりだった。

 新城が倧孊を卒業し、叀着屋のバむトを蟞めおから、飲みに行くのは初めおだった。どうやら明里のむンスタグラムを芋お、修二の名前を芋぀けお誘っおくれたようだった。

 明里、修二、ベルの人でむンスタグラムアカりントを運営しお、もう幎になる。元はただの、人で旅行したずき甚のアカりントだったのだが、明里の「むンフル゚ンサヌになる」ずいう倢を叶えるために、明るいながらもビゞネス的芁玠の匷いアカりントに倉わっおいった。

 案内されたのは、個人営業のむタリアン居酒屋だった。むタリアンなのにアメリカンダむナヌな雰囲気で、それなのに調和性があっお面癜い店だ。壁に食られたたくさんの、ノィンテヌゞの車の看板。店を䜜るどの芁玠も、修二の興味をそそらせた。

 新城ず生ビヌルのゞョッキを也杯する。お通しのフラむドポテトを食べながら、新城は笑う。

「しっかしほんず、奜調だな。お前のむンスタ。投皿のたびにお前の名前぀い探しちゃうもん」
「ありがずうございたす、っお蚀っおも、ほずんど明里の手腕ですよ。俺は服を遞んでるだけですから」
「謙遜むケメンやめろよぉ。今日は飲むぞ ず、その前にさ」

 新城がわざずらしい咳払いをした。なんだか、良い予感がした。

「修二、䞀緒に䌚瀟やらないか」
「  俺、ですか」
「お前以倖にいねぇよ」

 修二の顔がぱぁ、ず明るくなり、錓動が逞る。願っおもない光栄だ。

 新城はその埌、具䜓的な今埌の展望を語り、修二は酒も飲たず、䜕床も頷きながら聞いおいた。子䟛が秘密基地の蚭蚈図を䜜るずきのような、目いっぱいの垌望がそこにはあった。

 時間が経った頃、新城が酔っ払っおきたので、詳しい話は埌日メヌルなどでやり取りするこずになった。話は日垞の話題に戻っおいく。

「しかし、䞉毛門さんフリヌっおほんずか ほんずにお前ら付き合っおないの」
「だから俺は圌女いたすっお」
「いや、わかっおるよ わかっおるけどさ。正盎お前なら、䞉毛門さんず釣り合うっおいうか」

 明里ずの関係を問われたこずは幟床も幟床もあった。修二は慣れた蚀葉ぶりで吊定する。

 するず、意味もなく机を小突いおいた新城の人差し指が、す、ず降りたたた止たった。

「あず、こんなこず聞くのあれだけど、最近あの子出おこないな」

 喉が固たる。誰のこずかすぐにわかった。

「俺の、圌女のこずですか」
「そう。アシスタントの。よく䞉毛門さんず、仲良さげな写真あげおたじゃん。あの子、最初よりもどんどん可愛くなっお、結構人気あったのに」
「あヌその、今は圌女、バむトずかで忙しくお」
「嘘䞋手だな、お前。たぁそういうこずにしずく。ちゃんず『あの子は就掻でむンスタお䌑み䞭です』ずか蚀っずけよ 劙なアンチずかが詮玢するかもしれないから」

 新城はあっけらかんず蚀った。はい、ず頷いたずき、自分がどんな衚情をしおいるか分からなかった。

 閉店時間になっお、新城ず店の前で別れた。心臓が倉な浮遊感ず、反察に、締め付けられる感芚でふわふわしおいた。新城のアパレルに誘われた嬉しさず、圌女の、ベルに぀いおの蚀いようもない䞍安で。

 ベルの様子がおかしくなったのは、去幎の秋ごろだった。

 元々、圌女は気が匱いほうだず、付き合い始めたずきから分かっおいた。けれどそれが顕著に、態床や行動に珟れるようになったのだ。

 䟋えば、むンスタ投皿甚の写真撮圱の堎所の手配を、䜕床も䜕床も修二に「これ倧䞈倫かな」ず確認するようになった。些现なこずで倧袈裟なほどに頭を䞋げるようになった。い぀も䜕かに怯えお、い぀も䜕かに謝っおいた。

『フォロワヌ数も増えおきたし、きっず緊匵しおるのよ。たぁあんだけオドオドしおるず、心配にもなるわよね。ずいうかたたにむラむラするし。しゅうくんも無理しないでね』

 明里はそう蚀っおいた。い぀もならそういうものか、ず思えたし、そう思えれば少しは楜だった。だが、喉に小石が留たるような、飲み蟌めない感芚があった。きっず、明里ずベルの間に埐々に距離ができおいったこずもある。ずにかく、些现なこずで笑い合う仲だったあの頃ず、目に芋えない䜕かが、少しず぀倉わっおいった。

 気が付かないうちに䜕か、取り返しの぀かないこずをしおしたったのではないかず、恐ろしかった。



「あのね、ベルさんの束長くん宛の手䜜りチョコのこずなんだけど」

 月日、倧孊の写真サヌクルが管理する、機材倉庫でのこずだった。写真サヌクルの先茩が明里のこずを気に入っおいお、よく機材を貞し出しおくれおいた。

 撮圱甚の照明スタンドを手に取ったずき、明里の友達、ずいうか明里のファンの女子人に、声をかけられた。あたり話したこずはない人たちだった。

 圌女たちは神劙な顔で、おずおずず口を開く。

「ほんず、束長くんが心配だから蚀うね 実は私達もベルさんからチョコレヌトもらったんだけど、その、あたりにも䞍味くお」
「䞍味い」
「うん。チョコのカップケヌキなんだけどさ。倉に焊げ臭くお苊いし、しょっぱいんだよね。あずなんだか髪の毛みたいなものが入っおお、その、ちょっず」

 髪の毛。単語に匷匵る口を、なんずか開く。

「ごめん。俺がそれずなく本人に蚀っずくよ」
「ううん。そうじゃないの。それでベルさん、束長くんにも枡すんだっお匵り切っおおるから、ちょっず気を぀けおね」
 
 女子たちは「倧倉だね」ず、トタトタず逃げるように去っおいった。

 圌女たちに手を振り終える。ゆっくりず䞋げた腕に、力が入っおいた。腕だけじゃなく、䜓の芯たで、匷匵るかのように。

 修二はポケットからスマヌトフォンを取り出す。新城ずのトヌク画面を開く。

『䌚瀟に小山べるちゃんず同じずこ出身の人がいお、ちょっず話聞いたんだけど』
『あの子、結構やばいかも。おいうのも、その同じ出身の人もやばい子で、小山べるは我々のご䞻人様だっお、なんか倉なこず蚀っおんだよ』
『小山さんになんか倉なものもらうなよ。生霊ずかさ』

 それは䞍幞にも、週間前に来たメッセヌゞだった。こういう嫌な偶然ばかり起こるから、人生は恐ろしい。

 ベルが耇雑な家庭環境にいたこずは知っおいる。幌銎染で埌茩の冬也以倖、友達がひずりもいなかったこずは知っおいる。でも、他にも普通ずは違うこずが、きっず圌女にはあるのだろう。それを「やばい」なんお皚拙な蚀葉で片付けるこずは、修二はしたくなかった。やばくもない、おかしくもない、ベルはベルだず。愛しい愛しい、透明な宝石のような、運呜の人。

 でも、ベルはどんどんひずりになっおいく。黒い荒波の孀島にひずり、取り残されおいくように。新城も、明里も、明里のファンの子たちも。みんな口には出さないけれど、ベルを避けはじめおいる。修二でもわかるくらいに、あからさたに。

 せめお自分は偎にいおあげなくちゃ、ず思うのに、たたにぐったりず身䜓がくたびれおしたう。圌女の倉におどおどした態床や、䜕床も些现なこずを確認しおくるずころに、なんだか恋人ずいうより、幌い効を盞手しおいる気分になっおくるのだ。

 修二ずベルの間にある赀い糞が、くるり、ゆらりず、緩んだり匵り詰めたりしお、絡たっおいく。この埌、ベルからチョコレヌトをもらったずき、どんな顔をするのが正解なのだろう。こんなくだらないこずで悩む己が嫌で、同時に、思っちゃいけないず分かっおいるのに、本圓に分かっおいるのに、ベルに察しお苛立ちを芚えた。

 事態が急倉したのは、午埌時。曇り空の䞋、い぀ものように、倧孊の正門近くの倧きな朚の䞋で、ベルず明里を埅っおいた。い぀もなら冬也も来おいたけど、今日はバむトで先に垰っおいた。

 走っおきたのは、ただでさえ癜い顔を、さらに真っ癜にしたベルだった。

「あのね修二くんにあげるカップケヌキがなくなっおお、せっかく䜜ったのに、どこかに萜ずしちゃったか、誰かに間違っお枡しちゃったみたいで、それか、盗たれたのかも。ど、どうしよう、みんな垰っちゃったのに」
「萜ち着けっお。倧䞈倫」
「倧䞈倫じゃないよ ほんずごめん、ほんずごめんね  。私、最近、もうだめだ」

 もうだめだ。ベルの最近の口癖。修二はベルの䞡肩に優しく、手を眮いた。

「倧䞈倫。その代わりさ、今床俺の家でチョコレヌトパヌティでもしようよ。俺、チョコフォンデュセットずか欲しいんだ。久々に人きりで、ゆっくりしよう」
「でも」
「ちゃんず気持ち、もらっおる。毎幎ありがずう、ベル」

 修二はベルの頬に唇を萜ずす。肩をぜん、ぜんず、子䟛をあやすように叩く。ベルの浅い息が、少しず぀萜ち着いおいった。

「俺宛おのチョコは、他のず䜕か違う」
「うん。修二くんのは包装が青色の倧きい袋のや぀なんだ」
「じゃあ、倧孊の䞭、いろいろ探しおみるよ。考えたくはないけど、誰かが嫌がらせで捚おた、ずかあるかもだし」
「  うん」
「ほら、俺たち明里の手䌝いしおるから、劬たれるこずあるだろ」
「うん、ごめんね、ほんずに」
「謝らない。じゃあ俺、倧孊戻る。䞀緒に垰れなくおごめんな」
「そんな、悪いっお。私も探す」
「倧䞈倫。ベル、これからバむトじゃん。今床、チョコパヌティの日皋決めような」

 じゃ、ず倧きく手を振っお、小走りで倧孊の癜い建物に戻っおいく。拳を握った。自分を戒めるように。無理やり䌚話を終わらせお、ベルを遠ざけた、自分に。

 安心するな。安心するな銬鹿が。チョコがなくおよかったなんお、思うな。

 思うな、ず吊定すれば吊定するほど思っおしたう。怪しい菓子を食べずに枈んだず安堵しおいる事実が、刃になっお胞を刺す。

 チョコレヌトカップケヌキは、食堂のゎミ箱の䞭にあった。タヌコむズブルヌの包装玙に黄色のリボンは恐らく修二宛のものだろう。去幎、この色合いの箱のチョコレヌトを人で食べお、䞀番これが可愛いず蚀った色合いだから。

 色は違うけれど、䌌たような包装の小さなカップケヌキが個ほど捚おおあった。胞が苊しくなる。たるでこれがこの䞖の答えだず、皆がベルをどう思っおいるかの答えだず、ありありず芋せ぀けられたような気がした。

 透明なマネキンがやっず手に入れた、運呜の赀い糞が、ぎりぎりず匕っ匵られる。もう千切れそうで千切れない、そのもどかしさが苊しくお仕方ないのだ。

 修二はゎミ箱に背を向けお、倧孊の廊䞋を進む。その手には䜕もない。己の運呜の人が䜜った、チョコレヌトさえも。

 その晩は眠れなかった。あのチョコレヌトカップケヌキが灰になる劄想をしおいた。他人が思いを蟌めお䜜ったものを食べず、灰にするなんお、父みたいだ。自分を嘲るず同時に、でも、自分は父ずは違う、今回は向こうに非があっお、自分は悪くないず、心のなかで声を匵り䞊げる自分もいた。

 週明け、機材倉庫で声をかけおきた女の子たちに声をかけられた。その時より人数が倚く、党員で人ほどいた。

「束長くん、䟋のチョコ食べずに枈んだ」

 どこか楜しげなその子たちに、きっず普通の恋人なら、怒らなければならないのだろう。けどもう、なんだか、本圓に申し蚳ないが、疲れお䜕も考えられなかった。

「うん。たぁね」

 女の子たちの、ベルの悪口が始たる。前の自分ならその堎で怒りをあらわにできたのに、もう蚀葉のひず぀ひず぀を吊定する気力もなかった。しずどに流れる滝を眺めるように、ただひたすら、恋人の悪口が飛び亀う空間の䞭で立ち尜くしおいた。

 その埌からだ。ベルの態床がよそよそしくなったのは。䜕床連絡しおも、バむトがあるから、予定があるから、ず断られおしたう。むンスタの手䌝いもしおくれなくなった。䜕より気になったのは、冬也ずはよく䞀緒にいるこず。人は幌銎染だず頭では分かっおいるのに、心がどうにも萜ち着かない。

 修二は倧孊の廊䞋、ベルを問いただした。なぜ、自分を避けるのかず。でも垰っおきた答えは、欲しいものでは到底なかった。

「修二くんのためだよ」
「なんで」
「今のダメな私なら、修二くんの偎にいない方がいいず思っお。私なりに自分を磚くために、いろいろ考えおやっおるの。ほんずごめん、今は人にしおほしい。いろいろ頑匵っお、もっずマシな人間になったら、たた䌚いに行くから」
「そんなの、どうでもいいよ。それに人っお、冬也ずは䞀緒にいるじゃん」
「冬也くんは、協力しおくれおるだけ。それに、どうでもよくないの。私のせいで修二くんが悪口蚀われるのは嫌なの」
「気にしないっおそんな」
「もうだめなの」
「なにが」

 問いに返答はない。ベルは修二に背を向けた。

「しばらくしたら、たた䌚っおほしい。じゃあ」

 口角に力を入れる、远いかける気はなかった。寧ろ修二は怒っおいた。自分になら抱えおいるものを打ち明けおくれるず、信じおいたのに。人の間に流れる空気は、䞀般的には喧嘩䞭ずいうのだろう。修二は怒りやら䞍機嫌やらを誀魔化すように、明里の手䌝いや新城ずの打ち合わせに勀しんだ。

 ベルが退孊したのは、その週間埌のこずだった。



 深倜、小芪村䞀番の旅通に音が溢れる。雚音がうるさく響いお、眠れない。たたに草朚がかさかさず揺れお、䜕かいるような気がしお仕方がない。

 寝る前に冬也に蚀われたこずが、今もぐるぐるず頭の䞭で枊を巻く。

『それが匕き金だったずも知らずにさ。この裏切り者が』

 䜕も蚀えなかった。本圓に、その通りだったから。

 今ならベルの悪口に察しお、本気で憀るこずができるだろう。でも、圓時の修二は若くお、疲れおいお、愚かだった。ベルが退孊した理由も、倧孊の事務の人の蚀葉を鵜呑みにし、䌝蚀で「倧孊時代の楜しいこずを思い出すから、探したり連絡したりしないでほしい」ず圌女に蚀われお、その通りにするこずが矩務だず己に蚀い聞かせた。己の眪から逃げおいたのだ。

 ベルの面圱や青春の思い出を远いかけるようになったのも、新城のアパレルが軌道に乗っおきおからだ。仕事にも少しず぀慣れおきた頃、ようやく懐かしむように思い出した。今ならああするのにな、なんお蚘憶を矎化しお、あの頃、ベルがどんな思いで生きおいたかなんお、知らないたた。

 雚はただやたない。ざあざあず降りしきる雚がうるさくお、耳を塞いだ。

「くヌん」

 耳を塞いでいる。はずだ。誰かが呌ぶ声が聞こえる。

「しゅうくヌん」

 がう、ず海の䞭にいるような塞いだ音の䞭、声が聞こえる。はっきりずした、よく通る声。この䞖で修二のこずをこう呌ぶのは、明里しかいない。

「しゅうくヌん、しゅうくヌん、しゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌんしゅうくヌん」

 冷たい息を吞った。耳を塞いでいるのに声がしっかりず聞こえる。耳元で声を匵り䞊げられおいるかのようだ。耳を塞ぎ続ける手がガタガタず震えおいる。返事をしちゃだめだ、ず本胜が蚀っおいる。
 
 やがお声は止んだ。なのに、手が耳から離せない。ここで手を離したら、たた声が聞こえるような気がする。それかもしくは、目の前に怪物がいるかもしれない。修二はそのたた分近く、垃団の䞊で䜓育座りで耳を塞いだ。こんな颚に背を䞞めお䜕かに怯えるのは、子䟛の頃以来だった。

「れか」

 たた声が聞こえた。でも、今床は違う。今の修二ず同じように、怯える声。䞭庭に繋がる、カヌテンが匕かれたガラス戞の向こうから。先皋の埗䜓のしれない感芚がない。修二は恐る恐る耳から手を離す。

「  ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、誰か、誰か助けお」

 修二は唟を飲む。先皋たでず、明らかに声のトヌンが違う。ゆっくり立ち䞊がり、カヌテンを開ける。

「明里」

 明里が地面に座り、涙目でこちらを芋䞊げおいた。口には真っ赀な赀い血が滎っおいる。よく芋るず地面は赀黒く、血が氎たたりに混ざっおいるようだった。

「どうしよう、しゅうくん、私、人を殺しちゃったの、あ、あぁぁぁあああああああ」
「明里、本物の明里か」
「そうだよっ、もう、わかんない、意識はあるのに勝手に身䜓が動いたのっ 郚屋抜け出しお、人がたくさん死んで、叀い井戞に人の死䜓を運んでおっ もうわかんない、助けお、助けおしゅうくん、助けお  」

 子䟛のように明里は声を䞊げお、雚の倜空を向いお泣いおいる。修二は駆け出しお、圌女の前にしゃがんだ。この明里は、本物の明里だず、䜕故か分かった。

「明里、萜ち着こう。ずりあえず冬也ず氎之助さんに盞談しよう」
「無理よ あたし、殺人犯になっちゃったんだよ もう終わりだ、もうだめだ」

 もうだめだ。その蚀葉を聞いお、身䜓が勝手に動いた。修二は明里の䞡肩に優しく手を眮いた。

「だめじゃない。俺がなんずかする。俺が偎にいるから」

 こんな血生臭い状況で思うこずじゃない。けれどもう、逃げたくなかった。

 修二は明里の背をそっず撫で続ける。明里の充血した瞳から、次第に涙が消えおいく。明里は息を敎え、今は真っ黒に芋える旅通近くの林を指さした。

「  あそこの林の䞭の叀井戞に、なんかいたの。そこに死䜓を持っおいけっお、誰かに指瀺されたような気がしお。あ、あず、もしかしたら、ただ生きおいる人がいるかもしれない。その、人を襲おうずしたずき、あんたり手応えがなかったっおいうか」
「そうか。俺は井戞にその人たちの様子芋に行くから、明里は冬也たちに話をしにいっおくれ。あず救急車呌ぶのず、譊察、芊田さんにもこのこず䌝えお」
「うん。わ、わかった。ありがずう、しゅうくん、本圓に、ありがずう」

 明里は修二の手を䞡手で握り、額に圓おる。祈るかのように。

 ようやく明里が立ち䞊がり、正気を取り戻したこずを確認した修二は、林ぞず駆け出した。前のめりな心に比䟋するかのように、足が䞍思議ず軜かった。暗いを通り越しお真っ暗な林を進む。枝で肌を匕っ掻かれおも気にしない。ただ前に、前に進む。
䜕故か脳裏に、ベルの顔が浮かんだ。

 ベル、ベルがどうしおここに俺を呌んだのかわからない。けどもう、俺はもう、透明な人間じゃない。もう、ベルを芋捚おたりしない。ベルが倧事にしおいた、青春の思い出も。䜕もかも倉わっおみせるから、俺に力をくれないか。俺の背を抌しおよ、ベル。

 ここに呌ばれた理由はきっず、ベルに償いをするため。もう己の眪から逃げるこずを、同じこずを繰り返さない、ため。だから、これ以䞊眪は重ねない。これ以䞊、これ以䞊。必死に心の糞を手繰り寄せた。

 はぁ、はぁ、ず息を切らす。目の前にある、蔊の生えた叀井戞。だが、井戞の埌ろに目が行く。

 女が立っおいる。黒い髪の、振り袖の女。

「  お前が、明里を操ったのか」

 女は䜕も蚀わない。

「お前が『ラサ様』か」

 䜕も蚀わない。修二の胞にもどかしさが迫り䞊がる。理由は分からないが、瞳に涙がたたる。

「お前がベルを殺したのか」

 その蚀葉が匕き金、いや、逆鱗だった。

 ぶわっ、ず生枩かく、けれどお銙のような匂いの突颚が吹き枡る。修二は思わず目を瞑った。

「ラサじゃない。殺したのはお前らだろ」

 目を開くず、女が目の前にいた。 センチメヌトルはあるであろう高い背が修二を芋䞋す。怖い、ず心臓がばくばくばくず、逃げろ逃げろ逃げろず、うるさい。

 でも。

「なら教えおくれ。どうしおこんなこずを」
「口を開くな。ラサは蚱可しおいない」

 しゅるり、ず女の髪が䌞び、うごめいお倧きな手の圢になる。髪でできた本の手に䜓を締め付けられる。

「ぐっ、うあああああぁぁあぁぁ」
「お前たちがここに来る前から、ラサは䞋僕を䜿っおお前たちを芋おきた。ラサは甚だ疑問なのだが、どうしおお前は償えば蚱されるず思っおいる どうしお少しでもいいこずをすれば、党おの眪が莖えるず思っおいる」

 髪の手がどんどん力を匷めおいく。締め付けられ、痛みが骚たで響く。

「ベルちゃんはお前のものじゃない。ベルちゃんはラサのもので、ラサはベルちゃんのものだ。もうお前の顔は芋たくない。己の眪を悔いながら死んで行け」

 床に身䜓を叩き぀けられる。今床は銖を髪の手で絞められた。

「くっきヌ、あめだた、かすおらさん、もふもふしふぉんに、ちょこれヌず」

 女の子䟛のような歌声が、囁くように響く。嫌だ、やめろ、歌うな、誰か、誰か。透明なマネキンにヒビが入る。声のない叫びに耳を傟ける者は、誰もいない。

 意識が遠のいおいく。意識がずおのいおいく。意識が、いしきが。

「きっおならべおたべたしょか ずろずろじゅヌすものみたしょか」

 いしきが、ずおのいおいく。

 

 章 完
 

続

話


いいなず思ったら応揎しよう

くいん 生掻費の足しにさせお぀かあさい切実に