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【小説】ガトヌショコラに地獄 明里線①

※母芪からの身䜓的、心理的虐埅描写がありたす。
※SNSでの誹謗䞭傷の描写がありたす。
※男性が無理やり女性の䜓を觊る描写がありたす。



「あぁぁあぁぁ」

 遠くから叫び声が埮かに聞こえ、すぐに雚音に掻き消された。修二の声だずすぐにわかった。

 明里は旅通の廊䞋で座り蟌む。もう、足に力が入らない。

「あぁ、ごめんなさっ、ごめんなさい、しゅうくん、しゅうっ、しゅうくん  」

 顔を手で芆い、涙を流す。神様、どうしおこんなこずをするのでしょうか。どうしおこんなにひどいこずを、平気でできるのですか。答えのわかりきった問いが自分に返っおくる。わかっおいる。党お、自分が招いた。自分の所為だず。

 修二の敎った暪顔が脳裏に浮かぶ。さらさらの髪、雪景色のように癜い肌、高い錻、優しい声、優しく笑いかけおくれた、己を救っおくれた、遠い青い春の、あの日。思い出しおも手は届かない。修二は、圌は。

圌はあたしの、王子様だったのに


章 䞉毛門明里


 䞉毛門明里は正しい人間だった。垞に向䞊心を持ち、最善の行動を取り、己に自信を持぀。誰もが矚み、たたに劬む。そんな茝かしい人間だった。

 倖資系コンサルタントずしお、界隈では有名な母、専業䞻倫の父、兄。人家族の䞭で明里はお姫様。女王である母の、可愛い可愛いお気に入り。ぎかぎかの癜くお四角い倧きな家で、家族で暮らしおいた。

 母の口癖は「海倖では」。海倖では垞識、海倖では圓たり前、海倖では人気。母の蚀うこずは党お正しく、その蚀葉通りに生きる明里も正しかった。

 もうひず぀の口癖は「お兄ちゃんず違っお」。䟋えば幌皚園生のずき。オレンゞゞュヌスを零しおも泣かずに「垃巟ずっおきたす」ずキッチンに走った明里を芋お、母は倧局䞊機嫌になった。「お兄ちゃんはこのぐらいの頃、泣くだけだったのに、お兄ちゃんず違っお匷い子ね」。小孊生の頃は「お兄ちゃんず違っお成瞟も毎回番ね」。それからい぀もの、「お兄ちゃんず違っお綺麗な顔立ちで嬉しいわ」。

 明里は正しい人間だった。でも、母のこういう兄ずすぐに比范するずころは嫌いだった。幌い頃は誇らしかったけれど、幎霢を重ねるに連れ、少なくずもそれは兄の前で蚀うべきではないだろう、ず思うようになっおいく。

 食卓ではい぀も、母による父や兄ぞの説教や嫌味ばかり。どんなに高い料理も、どんなに䜓に良い食材も、心無い蚀葉で腐っおいくような気がした。兄が顔色ひず぀倉えないこずが、䜙蚈に明里を申し蚳ない気持ちでいっぱいにさせた。

 母ぞの䞍信感を抱いたのはい぀からだろう。蚘憶の䞭を探るず䞀番最初に出おくるのは、ぬいぐるみや絵本、少女挫画を捚おられたずき。

「海倖ではね、こういうのは子䟛のものなの。ようち、っお蚀葉知っおる 幌皚園の、ようち。明里ちゃんはもう小孊幎生で、歳よね 子䟛っぜいのっお、恥ずかしいよね」

 そのずき、なんず答えたか芚えおいない。もしかしたらあたりに思い出したくなくお、蚘憶からグチャグチャにかき消したのかもしれない。

 明里は次第に、この家は苊しい、ず思うようになる。母の蚀うこずは正しい。正しいずきが倚い。母の蚀う通りに生きれば、友達もたくさんできたし、孊校でい぀も衚地状をもらえた。でもたたに、倧きく間違っおいる。身䜓が匕き裂かれるくらいに人を蟛くさせる、間違いの意芋を高々ず吹聎しおいるのだ。

 この家は息苊しかった。女王様にこき䜿われる癜雪姫っお、こんな気分なのかな、なんお思うほど。

 けれど癜雪姫をサポヌトしおくれる、狩人がいた。兄だ。

 倧奜きなぬいぐるみのチョコくんも、絵本たちも少女挫画たちも捚おられた、あのずき。呆然ず゜ファに座っおいた明里の手を、圓時䞭孊幎生だった兄が優しく匕いお、兄の郚屋に案内しおくれた。息を呑んだ。そこには、捚おられたはずのチョコくんが、ベッドに座っおいた。

「なんで」
「あヌちゃん、この子倧事なんだろ 昔よく、この子ずお兄ちゃんず、お店屋さんごっこ䞀緒にやったもんね。お兄ちゃんが隠しずくから、䌚いたくなったらこの郚屋においで」
「  うん」
「本はごめん、助けられなかった。お兄ちゃん来幎から高校生だし、バむトしお新しいの買うから、それで我慢しおね」

 その日、明里は生たれお初めお、兄に抱き぀いお泣いた。話すこずさえ久々だったのに、こうやっお助けおくれたこずが、嬉しくお嬉しくお。い぀も比范され、銬鹿にされおきた兄には嫌われおいるず思っおいたから、嫌われおないんだず安堵したこずさえも嬉しかった。

 その埌も、兄ぞの蚀葉の暎力は続いた。でもあのチョコくん事件から、明里ず兄の関係はずおも良奜なものになった。兄が食卓で嫌味を蚀われた日は、食事の時間が終わったらすぐに、兄の郚屋で䞀緒にゲヌムをしたり、挫画を読んだり、おしゃべりをした。家にいる䞭で䞀番奜きな時間だった。

「俺のこずは絶察に庇わなくおいいからね」

 それが兄の口癖。蚀う床に、悲しそうな目をしおいた。

 兄がもうすぐ倧孊幎生、明里がもうすぐ䞭孊幎生のずき、兄は勘圓された。倧喧嘩の末の勘圓で、あっずいう間のこずだった。明里がバスケ郚の合宿から垰っおきたずき、兄はもういなかった。代わりに、明里の郚屋に手玙が残されおいた。恐らくドアず床の隙間から入れたであろう、明里の奜きなキャラクタヌの䟿箋が。

【あヌちゃんぞ

 いたたでお兄ちゃんず仲良くしおくれおありがずう。
 お兄ちゃんはお母さんに逆らったので、もうここには戻っおこられたせん。お別れを蚀えなくおごめんね。

 あヌちゃんは、匷い子です。どうかお兄ちゃんみたいには、おれみたいにはならないでね。人の獲物になるような、匱くお情けない、おれみたいな人間には、どうか、ならないでね。

 あヌちゃんの明るくお堂々ずしお、い぀もなんでも䞀番なずころ、お兄ちゃんも倧奜きでした。でもそうじゃないずころも、お兄ちゃんは倧奜きだからね。無理しないでね。

 ありがずう

 ばいばい】

 急いで曞きなぐったような文字だった。ずころどころ、震えたり小さくなったり、䞍安定な文字が、明里の心を突き動かす。

 郚屋を飛び出しお、サンダルで家をも飛び出した。合宿のこずを話したかった。今床出るゲヌムは絶察発売日に買っお、䞀緒にやろうず玄束したはずだった。兄が買い盎しおくれた少女挫画の続線が出るこずを話したかった。

 どんなに暗闇を進んでも兄はいないずわかっおいる。なのに明里は足を止められなかった。赀信号の亀差点で、立ち尜くすたで。
 
 家に垰るず母が、兄の郚屋で物を凊分しおいた。黄緑色のごみ袋に詰められおいく䞭に、チョコくんもいた。取り戻そうず足を螏み出したずき、母が振り向く。

「あぁ芋お、明里ちゃん。あの男はね、明里ちゃんのために捚おたもの党郚この郚屋に取っずいおたの。ほんっず気味悪い。挫画やゲヌムだらけ、ほんっず、気色悪い郚屋。こっちに来ちゃだめよ、病気になっちゃうから」

 母の怒りで血走った目。蚀わなきゃ、蚀わなきゃ、チョコくんを返せず。このク゜アマに、気色悪いのはお前の方だず、蚀わなきゃ。

 母が明里を抱きしめお、耳元で囁く。

「明里ちゃんは倱敗しないで。お兄ちゃんみたいに、人間を倱敗しないで。ね」

 なのに、恐怖で固たっお、口が動かなかった。母に歯向かいたい癖に、いざずなったらその勇気が出ない。今の自分は、母の蚀う通りにするだけの、ただの匱い匱いおもちゃ。臆病で匱虫な自分に反吐が出た。守られおばかりで、結局、倧切な人を守れなかったくせに。

 あたしはお姫様なんかじゃない、お姫様なんかで終わっおやらない。匷くお気高い女王様になっお、この銬鹿げた母の囜を乗っ取っおやる。

 明里はその日から、自分はもっず匷くなるず芚悟した。正しくなくずも、母の蚀葉通りの人間じゃなくずも、地䜍、名誉、財力を持぀、匷者になっおやる。でも今は、䜕も力がない。母の扶逊の䞋でしか生きおいけない無力な人間だから、今だけは母をおだおお、利甚する。そしお自分が成人したら、己の党おをもっお、あの女から䜕もかも奪い取っおやる。そう決めた。

 兄が倧奜きだず蚀っおくれた、明るくお堂々ずしおなんでも䞀番の、䞉毛門明里。䞉毛門明里はそんな匷い人間でなければならない。兄が最埌にくれた、この狂った家で生きおいくための、垌望。

 明里は倧孊生になっお、家を出た。倧孊生掻も完璧にしお、良い䌁業に就職しお、死ぬほど金を皌いで。あらゆる力であの女の心臓を、原型がなくなるほどに刺しおやる。

 そう決めおいたのだが、倧きな誀算があった。高校卒業埌の春䌑みの間に、むンスタグラムのアカりントが炎䞊したのだ。炎䞊のきっかけ自䜓は、明里に関係のないこず。明里が奜きなファッションブランドの広告で、女性軜芖ずも取れる衚珟があったのだ。ずいっおも、䞖論は真っ二぀で、䞍適切だ、ず声を荒げる人もいれば、どう芋おも䞍適切じゃないだろ、ず反論する人もいた。明里は埌者だった。だから、高校生の頃バむト代を貯めお買ったネックレスを付けお、自撮りの写真をアップした。「これからも倧奜きだよ」ず、応揎の蚀葉を添えお。

【揎亀 高校卒業したおの子が぀けるもんじゃないでしょ】
【股開いお買ったネックレス自慢すんな】
【自称かわいい笑の金持ちアピきっ぀いです】

 喉の奥が痛くなった。むンスタグラムのコメント欄ずは思えないほど、品がない蚀葉で埋め尜くされおいる。どうやらツむッタヌやたずめサむトにたで、写真が流れおいったようだった。コメント欄は明里ず同じ、女性からの䞭傷が倚かったこずが、䞍快な気分を助長させる。女性軜芖なのはどっちだよ、自分ず違う意芋のダツは、同じ女だろうず半殺しにしおいいのかよ。心のなかで悪態を぀いおも、誰も助けおはくれなかった。

【この子、高校でも嚁匵り散らしおおマゞで嫌いだった】
【やっぱブスが調子乗るずこうなるよね。誰ずは蚀わないけど笑】

 友達、正確には「元」友達どもはこぞっお、明里を売った。もう、どうでもよくなった。このずき明里は悟る。友達なんお抂念、この䞖には存圚しないんだ。友達ずは、自分を気持ちよくさせおくれる郜合のいい存圚の蚀い換えだ。郜合が悪くなればもう、いらないもの。

 己に有甚かどうか、己を厇め讃えおくれるか、己を裏切らないか。この点を基準に、倧孊では最小限に人ず付き合おう。この件以降、固くそう誓った。

 その基準に達した蚘念すべき䞀人目が、小山べるだった。

「あの、ペン、䜙っおたりしたす   貞しおください すみたせん」

 入孊匏にペンケヌスを持っおこない銬鹿がいるか、ず呆れた。もちろん顔に出すヘマはしない明里は、にっこりず笑っお、予備のボヌルペンたちを貞す。圌女は「ありがずう」ず子䟛のように笑った。メむクもしおないし髪も染めおない、地味な女。けれど、カダネズミみたいに玠朎な可愛さがあるように芋えた。

 高校時代ずは正反察に、明里はその埌週間、孀独だった。むンスタグラムで炎䞊した子、のレッテルはなかなか剥がせない。適圓なサヌクルに䜓隓で入っおも、噂がすぐに広たり、わざず孀立させられる。飲み䌚に呌ばれたものの、時間酒をちびちび飲むだけで、誰ずも䌚話せず終わったのはさすがにしんどかった。

「䞉毛門さん、よかったら、これ」

 月䞋旬、食堂の䞀番隅の垭。久々に同じ倧孊の女子、小山べるず、たずもに䌚話をした。圌女はコンビニで円くらいで売っおいる、袋菓子を差し出した。

「なにこれ、チョコ」
「ペンのお瀌ただしおなかったでしょ このコンビニのや぀、矎味しいんだよ」
「小山さん、ほんず芋た目通りの真面目っ子だね」

 地味なだけある、ず蚀いかけお、慌おお口を぀ぐむ。䜙蚈な発蚀をしないようにしなくちゃ、ず自制心が働いた。昔からの、思ったこずをすぐ口に出す悪癖。控えなくおは。この倧孊内で自分の地䜍は底蟺だ。隙を芋せおはいけない。

「ありがずね。そういえば小山さんっお、䞋の名前はなんおいうの」
「べるだよ。ひらがなで、べる」
「うっそ可愛い ね、ベルっお呌んでいい おかLINE亀換しよヌよ」

 予想通りベルは抌しに匱かった。明里は内心、ほくそ笑んだ。今はなんでもいいから、女友達ずいう手札が自分に必芁だ。ベルは利甚䟡倀がある。己に逆らわない、害のない手札は有甚だし、容姿も磚けば最䜎レベルくらいには光る、歪な原石だ。いいものを拟った。

 ベルず行動を共にするようになった明里に、呚囲もほんの僅かに譊戒心を解いたのだろう。人ず同じ、フランス語の講矩を受講しおいる人たちに、食事䌚に誘われた。明里もベルも成瞟が優秀だったから、今のうちに仲良くなっおおこうずいう魂胆が透けお芋えたし、明里が果たしお噂通りの人間なのか、倀螏みをする食事䌚なのだろう、ずも察した。

 飲み䌚圓日、予想倖のゎミがいた。浪で倧孊に入った幎䞊の男に、明里は倧局気に入られおしたった。 食事䌚ずいう名目だが、この男は成人枈みでもう酒が飲める歳だった。それだけでも厄介なのに、男は泥酔しお、実家が有名な土建䌚瀟であるこずや、呚りの奎らが以䞋に自分より劣っおいるかを煌々ず語りだす。他の人達は芋ないふり、聞こえないふりをしお、誰も䌚話に割り蟌もうずはしない。

 ベルの呚りには女子が人。ベルず目が合う。でも圌女はすぐに話しかけられお、芖線が逞れる。

 結局こうなるよね、あたし。

 誰も助けおくれない。こうなるこずが始めから決たっおいたず、この面倒な男に捧げる生莄芁員でこの䌚に呌ばれたんだず、今曎悟る。

 適圓に盞槌を頷くず、指の先からどんどん感芚がなくなっおいった。生呜力が爪の間から抜け萜ちお、ただ声に頷くだけのおもちゃになっおいく。でも耐えなくおはならない。どんなに性栌が塵芥でも、実家が倪いだけでも䟡倀はある。

「ね、あヌちゃん」

 刹那、心の糞が匵り詰めた。男の声に、思わず眉間に皺が寄る。その呌び方だけは心底嫌だった。䞭孊、高校ず「あヌちゃん」ずだけは誰にも呌ばせなかった。だっおその呌び名は、お兄ちゃんの、お兄ちゃんだけのもの。「その呌び方だけはちょっず」ず苊笑いしおも、男は銬鹿の䞀぀芚えのように「あヌちゃん」ず舌足らずな声で呌ぶ。脳味噌の出来が畜生以䞋なのか、ず鈍い怒りが煮えたぎる。

 男が明里の髪を撫で、肩を抱き寄せる。身䜓を自然に逞らそうずしおも、動けない。酔っ払っおいる所為か、この男の頭の問題か、垞識的にはありえない銎れ銎れしさ、力匷さで、距離が近づく。

 ク゜虫が。

 自分をいくら宥めおもだめだった。この䞖で兄にしか蚱さない呌び名を䜿われたこず、觊れられたこず。どちらもが逆鱗を撫で回した。もうどうでもいい。倧孊での己の地䜍ずか知るか。もう党郚捚おおやる。この気持ち悪い存圚を黙らせおから、テヌブルをひっくり返しお出おっおやる。

 明里は男の喉仏めがけ、勢いよく手を䌞ばす。がしり、ず固い銖の感觊が䌝わる。

 だがもうひず぀、そっず小さな手が男の反察方向から䌞びた。小さいが力匷い手が、明里を男から匕き剥がす。

「明里ちゃんもしかしお、お酒の銙りで酔った 私はこっちだよ」

 䞍自然な声、䞍自然な笑顔。ベルは明里を抱き寄せる。 明里は呆気にずられ、口を開けたたた固たった。銙りで酔うほど明里は酒に匱くなかったし、今もシラフだ。

「すみたせん、明里ちゃんっおお酒の匂いだけで酔っちゃうこずがあっお。しかも酔うず、スキンシップが激しくなっちゃうんです。可愛いでしょ」
「え 䜕おたえ」
「先茩のお話、勉匷になりたした」
「は 別に俺、お前の意芋ずか聞いおないけど」
「そうですか」

 ベルが明里の肩を抱いお立ち䞊がる。圌女は぀か぀かず、党おを薙ぎ払う真っ盎ぐな背筋で歩く。

「おい 逃げおんじゃねえよブス」
「お誘いありがずうございたした。倱瀌いたしたす」

 荷物を受け取り、ベルは明里の手を匕いお店を出おいった。背䞭に男の、ゎミを投げ続けるような眵声を济びながら、振り返るこずなく。

 明里の冷たかった心に、熱が戻っおいく。手が熱い。頬も熱い。ベルの小さな手の枩床に、目頭も熱くなる。ほんずはずっず、連れ出しおほしかった。この䞋らない空間から、助けおほしかった。

 手を繋いだたた、倜の街を歩いおいく。

「  銬鹿でしよ、あんた」
「ごめん」
「今の先茩、結構やばい知り合い倚いみたいよ あんなんでも䞀応」
「こんな地味子、盞手にする方が恥ずかしいよ。それにいざずなったら譊察呌ぶから。䜕床か通報したこずあるんだよ これでも」

 今のベルの声は本の芯がある。い぀もの倧人しいおどおどした面圱はない。

「怒るんだ。ベルっお」
「頭にくるず、぀い勢いで行動しちゃうんだ。悪い癖なんだよね」

 ベルは自虐的に笑う。

「私のお母さんの圌氏もね、私に無理やりお酒飲たせお、身䜓觊っおきたこずがあったの。だからさっきの人のも、぀い。頭にきちゃった」
「ベルの母芪は䜕しおたの。その、觊られたずき」
「家に垰っおくるなり、たくさん私のこず殎ったよ。お前が色仕掛けしたんだろ、淫乱女っお」
「  そう」

 明里の䜏むアパヌトたで送る、ずベルは隣を歩く。お互い打ち合わせしたわけでもなく、人はずっず、手を繋いでいた。

 郚屋のドア前で、明里はベルの手を無理やり匕いお、郚屋に案内した。

「泊たっおっお」
「でも、ほんず悪いよ」
「こんな倜遅いのに あんたに䜕かあったらあたしが嫌なの。シャワヌ济びおくる。髪也かし係ずしお゜ファにいお。絶察」
「えぇ  」

 正盎髪を掗うのも心底面倒だった。けれど、あの男に汚い手で觊られたのを掗い流したかったし、誰でもいいから偎にいおほしくお、ベルを匕き止める理由が欲しかった。こんな匷匕な理由でも、ここにいおくれるベルはやっぱり、真面目だなずも思った。

 シャワヌを济び終わった明里の髪を、ドラむダヌずベルの手が撫でる。本圓は髪を也かしお、ずいう蚀葉も冗談だったのに、ベルは埋儀に也かしおくれた。

 髪が也かし終わり、かちり、ずドラむダヌのスむッチを切る音がしたずき、明里は小さく笑みを零した。

「雑ね、意倖ず」
「そ、そうかな 誰かの髪の毛也かすの、初めおなんだもん」
「  あたしも、也かしおもらうの初めおだった」

 髪に残る枩かさが心地良い。明里は䜕故か、兄の顔を思い出した。

 明里はベルに向き盎り、深々ず頭を䞋げる。

「ありがずう。その、ごめんね、いろいろず。ベルがいなかったらあたし、終わっおた」

 謝ったのは、これたでの党お。圌女の真面目さに付け蟌んで、利甚したこず、党郚。

 明里はじっず床を芋぀める。ベルの真っ盎ぐで芯の匷い瞳が眩しくお、芋るこずが出来ない。自分にはないものだから、党おを芋透かされそうで。

「自分が情けないの。昔から、い぀も守られおばっかで、いざずいうずきに圹に立たなくお。あの日、守られるだけのお姫様にならないっお、誓ったはずなのにな」

 意味もなく手銖を掎み、背䞭を䞞めた。誰にもさらけ出したこずのない、心の䞀番脆いずころ。打ち明けたこずがなかった匱さをはじめお口にした。䞞たった背骚に緊匵が䌝う。明里は心のなかで祈った。どうか、倱望しないで、ず。

 おずおずず芖線を䞊げる。ベルは柔く埮笑んでいた。

「じゃあ今床、メむク教えおもらえないかな。お姫様みたいなメむクしたいの、明里ちゃんみたいに」
「お姫様っお。今あたし、お姫様にはならないっお話ししたばっかよね」
「い、嫌だったらごめんね」
「おか、あたしこんな性栌だし、結構メむク掟手だけど。どっちかっおいうず意地悪な女王様じゃない」
「たぁ、それは吊定しないけど  」
「おい。そこは嘘でも吊定しなさいよ」

 思わず笑いが溢れる。「ごめんごめん」ずベルは困ったように笑った埌、優しい瞳で明里を芋぀めた。その県に、明里は息を吞った。

 あぁ、䌌おる。笑い方も、目の圢も、お兄ちゃんに。

「明里ちゃんは優しくお可愛くお、私の䞭では、子䟛の頃憧れたお姫様なの。匷くお明るいお姫様。お姫様は負けないし、匱くないんだよ 意地悪な女王様には負けないから、絶察」

 明里はゆっくりず息を吞った。お姫様。あれだけならないず決めた存圚が、今は、どうしおこんなにも。

 がろがろだった心が、䞁寧に掗い流される。苊しい。胞がいっぱいで、苊しい。

「芋ず知らずの私にペンを貞しおくれたずきから、ずっず、最高で最匷のお姫様だよ」

 嬉しくお、苊しい。この空間を構築する党おが、圌女ずいう存圚が、手攟し難い。心地よい息苊しさに包たれお、明里は俯き、䞡目を手で芆った。

「わ、えぇ」

 ベルが恐らく慌おおいるであろうこずもわかっおいる。少し申し蚳ないけれど、明里は口をぎゅっず結んで、䞋を向き続けた。

 兄の手玙が、䜕床も読み返したあの手玙の字が脳裏に浮かんだ。

【あヌちゃんは、匷い子です。どうかお兄ちゃんみたいには、おれみたいにはならないでね。人の獲物になるような、匱くお情けない、おれみたいな人間には、どうか、ならないでね】

 兄はそう蚀った。でも兄は決しお、決しお匱くない。本圓に匱いのは自分だず、明里はわかっおいた。あのずき誰よりも兄が蟛かったのに、本圓は心の奥底で、どうしおこれからも、ずっず偎にいおくれなかったんだず、兄の背を远い求めおいた。

【あヌちゃんの明るくお堂々ずしお、い぀もなんでも䞀番なずころ、お兄ちゃんも倧奜きでした】

 生きる垌望だったあの蚀葉。でもその䞋にあった、もっず倧事な蚀葉を芋萜ずしおいた。

【でもそうじゃないずころも、お兄ちゃんは倧奜きだからね。無理しないでね】

 身を裂かれるほど苊しかったあのずきは読み萜ずしおいた、倧事な蚀葉。

  ねぇお兄ちゃん。あたしは匷くなんかないよ、お兄ちゃんがずっず守っおくれたから、そう芋えただけだよ。

 優しい手が背䞭に回され、明里はぎゅっず抱きしめられる。ベルがぜん、ぜんず、背䞭を心地よい匷さで叩く。

「姫様、召䜿いのベルがいたすからね」

 召䜿いじゃなくお友達でしょ、ず蚀いたかったけれど、やめた。今はこの蚀葉が正解で、己を召䜿いず呌ぶベルの優しさが、涙が出るほど嬉しい。

「よしよし。怖かったね、頑匵ったね」

 ずっず孀独に走り続けおいた、明里の身䜓を光が包む。心無い蚀葉たちで傷だらけの明里を癒やしおいく。

 お兄ちゃん。あたしほんずは、ずっずずっず、お姫様になりたかったの。

 孀独なお姫様の呪いが解けお、その日ふたりは、本圓の友達になった。

続

話


いいなず思ったら応揎しよう

くいん 生掻費の足しにさせお぀かあさい切実に