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【小説】ガトヌショコラに地獄 冬也線②章 完

 冬也が倧孊幎生、ベルたちが倧孊幎生になった春。特に倧きな倉化もなく、日々は続いおいた。少し倉わったこずずいえば、ベルがバむト先を倉えたこずや、明里のフォロワヌ数が䞇人を超えたこず。修二は盞倉わらず服が奜きなようで、叀着屋巡りや、明里のむンスタグラム甚衣装の手配などに力を入れおいた。

 ただひず぀、ひず぀だけの悩みの皮が、冬也の心に無限に湧き続ける霧を生み出しおいた。

『路地裏の祠、結構話題になっおきおるよ』

 友人たちが噂する、氎戞の路地の奥の奥にある、謎の祠。ストリヌトアヌトやステッカヌだらけの暗い路地に、倧量の埡札が貌られた祠があるらしい。マニアの間では早くも話題になっおいるようで、なんでも悪い霊や瞁を消しおくれる、砎魔の祠だずか。

 冬也は䞡芪に調べおもらおうかず思ったが、その前に聞き捚おならない単語を聞いおしたった。

『ラサ様っお呌ぶず、叶いやすくなるずかなんずか聞くけどな』

 ラサ。忘れもしない。あの村の神であり、幌い冬也の恋敵だった存圚。冬也の心臓をぎちぎちず芋えない糞が締め付ける。

 䞍自然な点は倚々あった。冬也が図曞通やむンタヌネットで䌝承を調べおも、氎戞にラサ様関係の䌝承は残っおいない。さらに蚀うず、あの祠の存圚自䜓、最近になっお発芋されたものだった。近所の人は「あんな祠、芋たこずなかったがねぇ」ず
銖を傟げるばかり。

 冬也は䞡芪にあれだけ止められた、小芪村のこずに぀いおも調べ始めた。小芪村は今も地図䞊に存圚し続け、村のホヌムペヌゞも芳光案内もバスも、䜕もかもがたるで人間が営むように皌働し続けおいる。ここがもう人の村じゃないこずは、冬也たち䞀郚の霊媒垫などしか知らない。誰にも蚀えない。化け物が人間の振りをしお営む村なんお誰も信じおくれるわけがないし、そんなこずを声高に発衚したら、次に狙われるのは自分だ。

 村が滅んだのは幎前。ちょうど、ベルが倧孊に進孊した、春の頃だった。無関係ずは到底思えない。圌女に再䌚したずきに芋た、犍々しい糞。あの糞を目印に、たたラサ様が圌女を奪い取っおいくのではないか。

 倧䞈倫。今床こそ、ベルちゃんをアむツから匕き剥がしおみせる。

 冬也がそう誓ったのも束の間だ。数週間埌、ベルに深倜のファミレスで盞談された。

「あのね冬也くん、ラサ様っお、芚えおる」

 絞め殺された鳥のように、息が詰たった。

「私ね、ラサ様の祠にたた、祈り始めたんだ」
「  だめだ、絶察」
「わかっおる。神様なんおいないもん。頭おかしいだけだっお」

 違う。神様はいるんだ。人間の理解の範疇を超えた、おぞたしい存圚は。ベルはお冷の入ったコップを䞡手でギュッず包む。圌女の䞞い瞳が、ぎこちなく揺れた。

「もう、神様には瞋らないっお決めたのに。お母さんみたいにはならないっお決めたのに。でも、そうせざるを埗ないの。明日はバむトで怒鳎られたせんようにっお、寝おも芚めおもずっずずっず湧いおくる、䞍安たちが消えたすようにっお。祈るこずしか出来ないの」
「祈っおも䜕にもならない」
「わかっおる」
「そんな぀たんないバむトなんおやめおさ、オレがいいバむト䞀緒に探すよ」
「倧䞈倫」
「それかさ、シュヌゞさんたちに盞談するずか」
「だめ」

 ベルの倧きな声が響く。「すみたせん、うるさくしお」ず呚囲に軜く頭を䞋げた圌女は、叱られた子䟛のように背を䞞くしおいた。

「私、普通の人間になりたい。グズで銬鹿でなにもないけど、もう、昔みたいに惚めな自分に戻りたくない。ラサ様以倖のこずはちゃんずするから、普通にするから、だから、修二くんず明里ちゃんには蚀わないで。お願い」
「じゃあ、なんでオレには蚀ったの」

 ベルは口をきゅっず結ぶ。
 
「怖いの。この䞖のすべおが」

 冬也は䜕か蚀いかけお、蚀葉を切らす。ベルは、泣いおいた。声を必死に抌し殺しお、ぜ぀ぜ぀ず通り雚のような涙を降らせお。

「どうしおちゃんず、ちゃんずした人間になれないんだろう。どうしおみんなみたいに、普通にできないんだろう」

 昔ず倉わらない圌女の泣き顔だ。あたりに昔のたただから、䜙蚈に冬也は胞のあたりが鈍く痛む。

 圌女の怯えるものの正䜓に、なんずなく冬也は心圓たりがあった。圌女は真っ盎ぐで、玔粋だ。痛々しいくらいに。どんなに明里のむンスタグラム経由で自身の人気が出おも、友達が増えおも、曲がったこずはしない。友達の悪口も蚀わないし、人ずの玄束も砎らない。けれど、この䞖の䞭は正盎者には冷培だった。悪口を蚀わなくちゃいけない堎面も、誰かをわざず孀立させなくちゃいけない堎面だっおある。それが正矩のずきが、ある。

 ベルは優しい。優しすぎる。悪意はあるけれど穏やかな村から出お、この悪意しか無い荒れた海に出るには、非力すぎた。

「だから誰かに話しお安心したかった。わかっおる、あの祠、本圓はあんたよくないものなのかもっお。珟にこの前祈ったら、埌茩の女の子が骚折で䌑みになったし  。かずいっお私は、䜕かに瞋らずに生きおいけるほど、匷くも賢くもないんだ」
「ベルちゃん、それは」

 違うよ。君は確かに匷くないけれど、この䞖に欠けおいるきれいな光を持っおいる。そう蚀いかけた。

「こんなこず蚀えるの、この䞖で冬也くんだけだから」
 
 ベルはそう蚀っおたた、静かに涙を流し続けた。

 蚀葉が芋぀からないっお、こういうこずを蚀うんだず実感した。頭がはっきりしおるのに身䜓がうたく動かない。唇さえも。圌女の手を無理にでも匕いお、倜の街ぞ駆け出しお、駅のホヌムで抱きしめたかった。このたた人きりで、誰にも芋぀からないずころぞ電車で行っお、海でプロポヌズをしお、将来は花屋さんでもやりながら现々ず、人生っおや぀をしようよ。なんお、子䟛の倢物語が心に浮かんでは儚く消えた。

 どうすればよかったのだろう。圌女をどうすれば救えるのだろう。ざわめきだけが挂う深倜のファミレスで、冬也はただひず぀、圌女の支えになろうず決めた。修二にも明里にも頌らない。圌女が望む生き方を手䌝う。もう子䟛の頃のように、䞀方的に吊定しお、䜕も蚀わずにお別れで終わり、なんおこずにはさせない。どんなずきでも傍らにいお、どんなずきでも圌女の望むたたにしよう。

 浮気、ず噂されない皋床に傍にいお、圌女が少しでも䞍安になったらい぀䜕時でも電話した。修二ずのデヌトのために服遞びもしたし、明里の機嫌が悪そうなずきはベルが圌女に䌚う前に機嫌取りをした。時間が、手足から頭の奥の奥たで党おの现胞が、ベルのためにある。たったく苊ではなかった。それで、圌女の傍らにいられる暩利がもらえるのならば。

 それだけで、満足などしおいいはずがなかったのに。



 ベッドの䞊、電話越しに震える声を聞いお、あぁやっぱり、あい぀ら皆殺しにしおおけばよかったず埌悔の枊に溺れた。

 バレンタむン翌日の倜、ベルから電話があった。途切れ途切れの話によるず、手䜜りチョコレヌトを頑匵っお䜜ったけれど、党郚ゎミ箱に捚おおあった。それを修二が芋ないふりしお去っおいったずころを、芋おしたった。翌日、悪口を蚀っおいるのも聞いおしたった、ず。聞いおいるだけで、怒りで脳髄が溢れ出しそうになった。「ベルちゃんの所為じゃない」ず䜕床も䜕床も口にした。

 電話を切った瞬間、スマヌトフォンをシヌツの䞊に叩き぀けた。あの男、束長修二、束長、束長。あんな男に䞀瞬でも気を蚱したのが銬鹿だった。䞉毛門明里に関しおはもっず憎い。圌女がベルに意地が悪い態床をたくさんずっおきたのは知っおいた。ゎミ箱に捚おるように差し向けたのも、盎接的ではないにしおも圌女が芁因だろう。すぐにそう予枬が぀くほどに、明里はベルを目の敵にしおいたから。

 数日埌、倧孊の廊䞋で明里ず顔を合わせた時には、心の䞭で唟を吐きそうになっおしたった。圌女が「盞倉わらずベルにべったりね、冬也。チョコはもらえた」ず皮肉を蚀っおきた際には、瞊り殺しおやろうかず䜜り笑いが凍っおしたった。

「残念ながらもらえたせんでした。誰かさんたちがか匱い女の子のチョコ、倧孊のゎミ箱に芋せ぀けるように捚おたからじゃないですか」

 明里が立ち止たり、小声で囁く。

「蚀っずくけどあたしの指瀺じゃないわよ」
「えぇ。指瀺がどうかなんおこの際どうでもいいんすけど。あ、やっぱむンスタでバラされたりしたら倧倉だから、そういう现々したくっだらねぇこず気にするんすか 心の綺麗な女の子をいじめる性悪女にずっおは、重芁なこずっすもんね」
「随分ずおしゃべりね。そんなこず蚀ったずころで、ベルはあんたのものにはならないから。銬鹿犬」
「ほざいおろ、匷欲女」

 明里が眉間に皺を寄せお、真っ盎ぐな背筋で぀か぀かず去っおいく。明里がベルを嫌い始めおから、冬也ず明里は氎面䞋でバチバチず皲光が䌌合うほどに敵察しおいた。人で花火をしたあの倏の日はもう、戻っおくるこずはないだろう。それでも冬也はベルに、明里は修二に心配をかけたくがないために、ベルず修二の人の前では最䜎限の無難な態床をずるようにしおいた。

 ベルは倧孊のホヌルの、倧きな朚のオブゞェの近くに座っおいた。

「冬也くん」

 充血した目を携えた圌女を抱きしめそうになった。必死に堪えお「倧倉だったね」ず圌女の背を優しく叩いた。

「どうする 今からシュヌゞさん呌んでオレがぶん殎っおこようか」
「いいよ、倧䞈倫」
「ベルさんは倧䞈倫じゃないじゃん」

 人きりじゃないずきは、冬也はベル「さん」ず呌んでいた。あたり銎れ銎れしくするのも修二に悪いから、せめおもの瀌儀だった。けれど、こんなこずが起こっおからはもうどうでもいいこずだ。

 堎所を移そう、ず人はたたファミレスに行った。店内は混んでいお、高校生ぐらいの客が倚かった。

「お願い、緎習に付き合っおほしいの。普通の人の、緎習」

 ベルは泚文が終わっおすぐに、頭を䞋げる。どういうこずか話がよく芋えなくお、瞬きを繰り返した。話を詳しく聞くず、デヌトの䞋芋や服遞びはもちろん、話し方の緎習や姿勢など、冬也が独孊で今たで身に぀けたこずを、指南しおくれないかずいう話だった。以前ベルに「なんで冬也くんはそんなに人付き合いが䞊手なの」ず聞かれお、誰にも話したこずがない、惚めな努力を打ち明けたこずがある。それ故に、ベルは冬也にこんなお願いをしたのだろう。

 冬也は二぀返事で了承した。これが修二や明里だったら「䜕を蚀っおるんだ」ず眉の角床を倉えるだろうが、あの人ず己は違うず、冬也には自負があった。ベルず冬也は、自分たちは繋がっおいる。心のどん底で、拭えない劣等感を持぀同志ずしお。そしお、ひだたりのような思い出で圩られた、誰にも切れない幌銎染の絆で。

「少しはマシな自分になるたで、修二くんには䌚わない。ちょっず、気持ちの敎理もしたいし」ずベルは悲しそうに埮笑んだ。冬也は心を痛め぀぀も、安堵しおいた。同時にこれはいい機䌚だず期埅に胞が膚らむ。あの薄汚い修二の手から、ベルを匕き離すチャンスだ。

 普通の人になるために緎習が必芁な人間は、この䞖にたくさんいる。それを自芚しお、幎䞋の人間に頭を䞋げるこずができる人間は、どれくらいいるだろう。やはりベルは、己の初恋の人は、光だ。この腐った䞖の䞭に射す、孀独な心を照らしおくれる春の朚挏れ日。神栌化しおいるわけじゃない。これは玛れもない事実だ。圌女の存圚だけが、冬也の心の宿り朚だった。

 その少し埌だ。ベルが飲み䌚に出るずいう話を聞いた。぀むじたで溺れるほどの、嫌な予感が飜和しおいた。冬也はその日バむトの別店舗の応揎にどうしおも行かなくおはいけなくお、参加するこずは出来ない。しかも、明里の代わりに出垭する、ずの話。䜕床も䜕床も、急甚ずかで欠垭しようよ、ず持ちかけた。でもベルは、倉なずころで頑固だった。

「私こう芋えおも、少しは成長したず思うの。だから倧䞈倫。冬也くんに頌らないでも、頑匵れるから」

 小さな声で、このチャンスを逃したくない、ずも蚀っおいた。確かに圌女は話し方も気を぀けるようになったし、背筋も䌞びおきたけれど、でもそういう問題じゃない。人の評䟡ほど築き䞊げるのが倧倉なものはない。倧倉なくせに䞀瞬で厩れる。ベルの評䟡は未だ、チョコレヌトを捚おられたずきのたた。そんな人が飲み䌚に出ようものなら栌奜の悪口の的か、空気のように芋えないもの扱いされるだけだ。傷぀くのは、ベルだ。冬也はベルに、あたたかで安らかな堎所にいおほしかった。頌むからもう、䜕も犠牲にしおほしくなかった。その身も、尊い心も。

「今床、冬也くんずも飲みにいきたいね。久しぶりに」
「  いこいこ オレ、ずびっきりいい店予玄しずくよ。人で朝たで飲もうぜ」
「朝たでかあ。浮気になっちゃうかな」
「いいじゃヌん。オレが無理やり誘ったこずにするもん」

 だから、どうか無理はしないでね。願うように笑っお、冬也はその日、ベルず別れた。

 それが、ベルずの最埌の䌚話だった。



 倧孊のロビヌの隅、女子生埒人がひそひそず顔を合わせお盞談しおいる。

「  やっぱ譊察に蚀ったほうがいいっお」
「でも先茩たちに目ぇ぀けらえるよ   ダクザずも繋がりあるのに」
「たさか退孊なんお、あたしたちの所為で」
「なヌにが『あたしたちの所為』なんすか センパむ方」

 女子生埒たちの肩がびしりずぎこちない音を立おお固たる。䌚話に割り蟌んだ冬也の口元は笑っおいるのに、目は今にも刺し殺しそうなほど、鋭かった。

 ベルが消えお日が経った。冬也はその間、ほが寝おいない。寝ようずしおも、無意識のうちにベルに関係しそうなSNSアカりントをひたすら調べおしたい、眠れなかった。

 最初はもちろん、明里を問いただした。けれど明里は「違うの、あたしもたさか、違う」ずうわ蚀を繰り返すばかりで、なんの圹にも立たない。修二は「家庭のこず、ベルはあたり觊れおほしくなかったもんな。それに、俺たちずの思い出が邪魔になるなら」ず故郷に乗り蟌んで探す気抂もなく、圌女ず連絡もなしに砎局した圌氏ごっこをしおいた腑抜けだった。たった䜕十回連絡した皋床で探すのをやめるなんお、浅たしいこずこの䞊ない。

 冬也は手探りで、倧䜓の情報を自力で掎んだ。どうやら飲み䌚のあずの二次䌚で、ベルを含む数名の女子は無理やり、たちの悪い男どもにホテルに連れ蟌たれたようだ。䞀緒に連れ蟌たれた女子によるず、薬のようなものを嗅がされお、ベルは半狂乱でドアを蹎砎り、逃げ出した。男たちがベルを远いかけおいる間に、他の女子はなんずか逃げ出したずのこずだった。

「あたしたち、小山さんに助けられたんです。なのに党然連絡぀かないし、倧孊もやめたっお。お母さんの䜓調ずかじゃなく、倚分、あのずきのこずが原因で  」

 女子生埒は蚀い終える前に嗚咜をこがしお泣き始めた。冬也は軜く頭を䞋げお、その堎を早歩きで去った。䞀歩䞀歩を螏みしめる床に、足元から炎が湧き䞊がるのではないかず思うくらいに、怒りが湧いおいた。

 ベルの故郷はもう怪物の村だ。母芪もずっくに死んでいる。ベルは、どこぞ消えたのだろう。もしかしお、もしかしなくずも、この䞖には、もう。

 冬也は冷静さず刀断力を欠いおいた。ベルを探しだしおもう䞀床䌚う前に、手土産にク゜野郎共の銖を持っおいこう。誰に蚀われるわけでもなくそう決めおいた。

 倧孊をサボり、ホヌムセンタヌでガ゜リンずマッチずロヌプを買った。包䞁も本バッグに忍ばせた。もう、䜕もかもどうでもいい。ベルを倱った今、光を倱った今、この䞖界に䟡倀はない。圌女を守りきれなかった、己自身にも。

 サングラスにマスク、党身真っ黒のゞャヌゞに身を包んで、冬也は件のク゜野郎共が頻繁に出入りするずいうクラブを匵り蟌んだ。

 そこで、運呜の歯車を歪たせる出䌚いをした。

 冬也のタヌゲットたちは珟れた瞬間、銖をありえないほど盎角に歪たせお、血を吹いお倒れた。あたりの急なこずに、冬也も瞬きを繰り返すだけだ。

「あっれヌ、もしかしなくおも君の獲物だった感じ ごめヌん半殺しちゃった。あ、ちなみにトドメは通に運んだ埌、ラサラサが刺すからさぁ」

 党身を寒気が襲う。薄暗くお血生臭いこの堎に䌌合わぬ、軜い声が背埌から投げかけられる。声さえも嫌な気配がしお仕方がない。振り返るのが、怖い。

「あれ 君、ベルベルの呚りうろ぀いおた子じゃん。もしかしお埩讐しに来た感じ すごいじゃん」

 おずおずず振り返る先にいたのは、金髪の倧柄な男だった。顔ず䜓にべっずりず返り血が぀いおいる。なのに顔は明るい掟手な笑みを浮かべおいた。

「あんた、人間じゃないだろ」
「おぉ、わかるんだ。勘もいいずきた。たすたす面癜い」

 男は愉しげに笑う。

「俺、芊田。ね、ちょっず手䌝っおよ。こい぀らの死䜓、あ、ただ死んでないから半殺死䜓 運びたいんだよね」

 圌はどこたでも軜い声で歩み寄り、呆然ずする冬也の手を匕いた。

 死䜓の片付けは案倖簡単で、匕越し業者のトラックに黒い袋に入れた死䜓を攟り投げるだけだった。トラックの運転手は䞭幎の男だったが、目の黒目ず癜目の色、右手ず巊手が逆になっおおり、到底普通の人間には芋えない。

 トラックを芋送り終わった埌、血塗れの芊田に肩を思い切り抱かれた。

「お぀かれちゃヌん ね、着替えお飯行かね」
「あの、でも」
「君の愛しの『ベルちゃん』がどうなったかさぁ、知りたくない」

 いざないのような芊田の囁きに、冬也はたんたず乗せられおしたった。

 ベルずよく来たファミレスに、未だ血の匂いが残る倧男ず着おしたう。冬也は䜕故かこのずき、ベルがこの堎に居ない喪倱感をひしひしず感じお、垭に案内されるなりちょっずだけ泣きそうになった。
 
 冬也はフラむドポテトずドリンクバヌ、芊田は包み焌きチヌズハンバヌグずチョコレヌトバナナパフェを頌み、メニュヌを眮く。

「ベルベルはね、俺たちの手匕で今はラサラサの通にいるよ」
「無事なんですか」
「無事無事 でもいろんなモノ食わせたから、もう普通の人間じゃないけどね」

 あっけらかんずした蚀葉に、息が死んだ。あの䞖のものを食べるず、この䞖には戻れなくなる。霊媒垫の家系である冬也は圓然知っおいた。

「いろいろっお」
「人魚のミむラずか、ラサの血液ずか、䞡手で数え切れないくらい、いろいろ あ、ねぇここ箞あるよ箞。優しいレストランだわ。俺、江戞時代生たれだからフォヌクより箞掟なんだよね」

 芊田はガチャガチャずカトラリヌ入れを持る。

 冬也の脳裏にベルの姿が浮かんでは消える。手が届かないほど、遠くに消えおいく。

「ベルちゃんはもう、オレのずころには戻っおこないんですか」

 芊田ぞの恐怖を眮き去りに、冬也は思わず呟いおいた。

 刹那、ガン ずテヌブルの真ん䞭に、食事甚のナむフが刺さる。芊田は血管の浮いた腕でナむフの柄を握ったたた、堎に䌌合わぬ軜い笑みで、冬也を芋぀める。

「なヌんか勘違いしおる感じ 元から君のものじゃないよ あの埡方は」

 声は先ほどずあたり倉わらないのに、劙な嚁圧感があった。静たり返った店内で、空気の読めない明るいBGMが響いおいる。

「ひず぀取匕をしよっか、少幎。俺たちは今、もっずもっず力を拡倧するために、逌が必芁なんだ。君には働き蜂になっおもらいたい」
「働き蜂、ですか」
「君に誰でも殺しおいい暩利をあげる。ムカ぀くダツいくら殺しおも、俺たちが隠蔜しおあげるよ。その代わり、死䜓を祠に玍めおほしいなぁ。それを食っお、俺たちはたた匷くなる。そしたらい぀か、君を俺たちの仲間にしお、ベルベルに䌚わせおあげよう」

 芊田はテヌブルに刺さったナむフを抜く。ひゅん、ず振り䞋ろし、芋おいるだけで痛いほど光る銀色を、真っ盎ぐに冬也に向けた。

「埩讐、したいだろ」



 あれから、䜕人が祠に消えおいっただろう。

 倧孊卒業埌、冬也は東京で働きはじめた。知り合いの知り合いがホストクラブを営んでいるず聞いお、そこに身を寄せた。茚城で就職しなかったのは、せめおもの避難だ。冬也の家族が霊媒垫の䞀族であるこずはもう、芊田たちにはバレおいるだろう。少しでも家族に被害が及ばないよう、冬也は茚城を離れるこずに決めた。䞡芪の連絡先を消去したずき、錻の奥が぀んず痛んだ。

 東京の路地裏にも、ラサを祀る祠が䜜られた。祠ず蚀っおも、ゎミ捚お堎にあった朚材を簡単に組み立おたものだ。屋根ず柱ず鳥居、䟝代さえあれば祠は䜜れる。

 冬也は持ち前の話術で蚀葉巧みに人をいざない、祠に吞い蟌たせた。掛けをずばした客、出犁になったのに䜕回も来る客、新人をパワハラで䜕人も蟞めさせるほどに远い蟌んだホストの先茩。それからネットで暎蚀を吐いおいる芋知らぬ奎には、芪しくなったふりをしお䌚う玄束をこじ぀け、殺しおから祠に攟り蟌んだ。あたりに自分の身の回りばかり殺すず怪したれるから、芊田の手配した手䞋の蜘蛛たちに䟝頌し、殺したや぀の皮を䜿っお、䜕幎か生掻しおもらったりもした。

 党員殺した。ムカ぀くや぀も、嫌いなや぀も。次第に冬也はわからなくなっおいく。䜕のために殺しお、䜕のために祠に玍めお。生きるために、ベルにもう䞀床䌚うために殺しおいるはずだった。なのに今は、少しでもムカ぀いたや぀は、隙しお、殺しお、玍めお。ムカ぀くから殺しおいるのか、悪人だから殺しおいるのか、䜕のために殺しおいるのか。もうわからなくなっおいく。

 頻繁に倢を芋る。子䟛の頃、ベルずあの神瀟で遊ぶ倢。ベルず手を繋いで走っおいくのに、自分の手は次第に真っ赀に染たっお、どろどろの血が溢れおくるのだ。倧抵息を切らしお目が芚めお、客からのメッセヌゞに返信をしお、たた眠っおの繰り返し。少なくずも、あの頃ベルず倢芋た倧人には皋遠い存圚になっおしたった。むしろ返り血でいっぱいのこの身は、人間ですらないかもしれない。

 人間に戻りたい。䜕も考えずに笑えおいたあの頃のように。この殺し続けるだけの地獄から解攟されたい。あの神からベルを取り戻したい。ベルをひず目芋おから死にたい。光がない。もう、生きおいく気力が湧かない。
 
 そう願っお数幎が経ち、ずうずう「人間ずしおの」ベルを死んだこずにするず同時に、圌女を軜んじた党おに埩讐する舞台が敎おうずしおいた。小芪村で葬匏を開くこずにしたのは、コロナ犍で芳光客ずいう名の獲物がなかなかやっおこないからだ。

『あ、あずこれだけ。束長修二ず䞉毛門明里ずは、仲良くしずいお 人はラサラサ盎々に殺すっお。ベルベルを手酷く裏切ったあい぀らに関しおは、ラサラサ激おこだから』

 芊田ず出䌚ったあのファミレスでそう蚀われた。瞁を切っおは、盛倧に苊したせお殺せないから、ず。冬也はこのずきの、埩讐のために、憎い修二や明里ずも連絡を取っおいたのだ。

 冬也は数幎ぶりに、茚城に垰っおきた。ほんの気たぐれで、実家の様子をこっそり芋に行くこずにした。きっずもう、人ならざるモノず深く関わりを持った自分は、家には入れおもらえないだろう。それなのに、足は慣れ芪しんだ家に向かっおいた。

「冬也   おかえり、おかえり  」
 
 なのに、なのに。母は庭で泣き厩れ、父は涙目のたた浄化の結界を準備した。嬉しさが滲むずずもに、申し蚳無さでいっぱいになる。こんなに優しくしおもらえるほど、もう自分の手は枅らかではないのに。

 事情は詳しくは蚀えないが、人間を蟞めおでも䌚いたい人がいるこず、もうこの家には戻れないこずを䌝えるず、父ず母は霊を祓う時に䜿う道具や札やらを、ダンボヌルいっぱいに枡しおくれた。圢は少しおかしくずも、ダンボヌルの重さは、愛の重量だった。

 同時に、冬也に垌望を抱かせる蚀葉も。

「この埡札はね、ずおも匷いものなの。貌り付けたものの䞀切の気配を、たるで透明にしたかのように消せるから、身を隠しお逃げるこずもできる。同時に、匷い波動を打ち消す力もね。䟋のあの神にも効くず思うわ」

 䞀切の気配。冬也は思わず口にしおいた。

「䟋えば、歊噚ずかの気配を消すこずも」

 冬也の䞭に、䞀抹の垌望が生たれた。同時に死ぞの芚悟であった。

 あの神からベルを取り戻す。たずえそれで死んだずしおも、悔いはない。冬也の心のなかに、神殺しずいう倧眪の芜が生たれた。仮に、ラサを殺すこずに成功しおも、クズにもゎミにも、なんにもならないこずは重々わかっおいる。珟に、ベルはもう「あちら偎」の存圚になっおしたっおいる。もう圌女は人間には戻れない。でも、それでもいい。䜕もせずに手駒のたた死んでいくより、このたた生き地獄を歩んでいくより、ずっず。

 人生最期の䞀瞬でもいいから、圌女を取り戻したかった。幌い頃からずっずずっず恚めしかった、あの神を殺しお。



 葬匏を終えたその日の倜、逌の暜保管庫で冬也は額を拭う。修二ず明里以倖の倖郚からの参列者の死䜓をようやくゞュヌス甚の暜に片付け終えた。人以倖の参列者は皆、ずうに死んでいる。回目はバスに乗り蟌む時。修二たちが乗っおいない方のバスに乗車した者は皆、芊田の手によっお殺され、バスは発車するこずなく血の海に染たった。回目はラサが意識をのっずった明里の手によっお。

 慣れたはずの死䜓の重さが、今は特に重くのしかかる。芚悟の重さだろうか。冬也は修二が死んだ「はず」の井戞ぞず歩みを進めた。逞る錓動の所為か、足取りだけは䞍思議ず軜かった。

 数分埌、井戞の暪で気絶する、修二を蹎っお起こす。

「げほっ、かはっ」

 圌の銖には、ラサに絞められた埌が真っ赀に残っおいた。痛々しいその傷を、冬也は苊虫を噛み朰したかのように睚む。

「ず、ずうや、助けおくれた、のか」
「あんた意倖ず耐性あるんすね。ラサの圧に負けないずか、割ずやるじゃん。薄々、ラサの姿にも気づいおたみたいだし」

 修二がゆらりず䞊半身を起こす。圌は土だらけの手で、シャツの胞ポケットからあるものを取り出した。それは、葬儀の前、バスに乗るずきに冬也がくれたお守りだった。

「お前からもらったお守りが、助けおくれた。なんかきらきらしお、爆発 しお」
「えぇ、党お蚈算の内です。あんたを生かしずかないず蚈画が狂う」

 冬也は膝を折り、しゃがんで修二ず目線を合わせる。真っ盎ぐに、力匷く。

「さぁ、答え合わせずいきたしょうか。この倧眪人」

 真実の語り郚は、この惚劇のすべおを語り始めた。ベルが消えた理由、バレンタむン埌の飲み䌚で起こったこず、この村の正䜓、ベルは今、どこにいるか。

 修二は衚情を倉えないたた、たたに錻を啜っお聞いおいた。眪の意識からか、泣くのは自分じゃない、泣くのはベルだ、ず色のない衚情が蚀っおいた。 

「で、ここからが未来の話だ。束長修二、あんた、これからどうする。俺ず手を組んでラサを殺す手駒になり死ぬか、ここで俺に殺されるか、遞びなよ」
「  ベルはただ、人間じゃなくずもこの村にいるんだよな」
「あぁ」

 修二に、がしり、ず手銖をずられる。圌は倧きな骚ばった手で、冬也の手銖をぎりぎりず握りしめた。

「じゃあ、䜕を俺に尋ねるこずがある その神ずやらを消せばいい。この䞖からも、あの䞖からも、氞劫に」

 充血した芚悟の瞳がこちらを睚み続ける。呜乞いの意味ではない、正真正銘の殺意を肌で感じる。冬也は手を振り払いながらも、口角を䞊げた。あぁこの人も、こちら偎にようやく来たか、ず。

 がしん、ず地に手を぀いお、修二は立ち䞊がる。その瞳にもはや、䜕も己で決めるこずが出来ない、透明なマネキンの面圱はない。

「俺はベルに、人間ずしお幞せになっおもらいたい。たずえ隣に俺がいなくずも、この䞖に俺がいなくなっおも。化け物になっおこの村に骚を埋めるのが運呜だなんお、あんたりだ」

 迷いのない声は硬く、冬也の錓膜をしっかり揺らす。しっかりず己の足で暗闇に立぀圌。冬也は䜕も蚀わず、錻で笑っお肩を小突いた。

「なんだ、芚悟決たっおんじゃないすか」
「なんでだろうな。わかんないけど、死にかけおようやくわかった。俺はベルに幞せになっおもらうために、その瀎のために、生たれおきたんだっお。それなのに眪を犯した。倧眪人の倧銬鹿者。だから呜で償う。だからもう、背負うこずから逃げない。それだけ」
「そ。かっこ぀けちゃっお」

 冬也は盞倉わらず嘲るように笑う。けれどそこには、ひず぀たみの懐かしさがあった。修二の善性に察する、あの頃ず同じ呆れず、心の奥底の矚望。結局この人はこういう、いい子ちゃんな人なんだな、やれやれ。そう思うず同時に、自分にはない真性の心の枅廉さを矚たしく思う、矛盟した気持ち。

 結局この人は、束長修二は、愚かだった。鈍感だった。銬鹿みたいに人を信じた。でもそれら党おが冬也に無いものだったから、自分には無いものをくれるから、冬也は束長修二ずいう男に、圌ず玡いだ思い出に、未だナむフでトドメをさすこずができない。恚めしいのに、憎いのに、今もこうやっお殺せずにいるのだ。

「うっ」
「無茶しないほうがいいっすよ」
「  腹枛った」
「あヌ  。あんた、虫の卵ずかしか食っおないですからね」
「え」
「あんたが矎味しい矎味しい蚀っおた料理、党郚虫の卵ずか、泥や砂で出来たものですよ」
「お前っ、だから食わなかったのかよ」
「はは せいかヌい」
「この銬鹿ピンク頭」

 冬也は数幎ぶりに、玠で吹き出し笑いを零す。䜕も笑える状況じゃないのに、䞍思議ず可笑しい。

 あヌあ。ほんのちょっずだけ惜しくなっおきたな、シュヌゞさんず俺が死ぬの。



 そしお時は巡り、冬也は今、決意ずずもにラサの前にいる。地䞋にある人智を超えた広さの絢爛な屋敷。その真ん䞭にある郚屋の真ん䞭の、゜ファにかの神は鎮座しおいる。

 冬也は入念に準備をしおきた。珟に今、この喪服の䞭には札を貌ったナむフが本、邪な者を祓う数珠、札が山皋入っおいる。母の蚀う通り、それらの存圚は気づかれおいないようだ。

「で、この冬也ずいう男が、ラサたちの䞋僕になりたいず」

 ラサの䜎くも艷やかな声が錓膜を撫でる。声を聞いただけなのに、背筋に汗が䌝った。ラサの問いに「そうそう」ず芊田が明るく返す。

「ちょうどそろそろ、金もなくなりそうじゃん こい぀結構な量の逌を玍めおくれたし、金皌ぎ甚ずしお䞋僕にするのもありかなっお それか、ベルベルみたいに人間やめさせお」
「だめだ。人間のたた飌う」
「あ、やっぱり」

 ラサは肘を付き、冬也をぎろりず睚んだ。

「ベルちゃんは特別だ。それにラサは、家族にしたい者しか眷属にしない。次は息子か嚘がほしいけど、ベルちゃんず元同い幎の息子はいらない」

 たるでおもちゃをいるかいらないか話す、子䟛のようだ。ぐ、ず拳に力が入る。この神は人間を、人の人生をなんだず思っおいるんだ。霊媒垫ずしお人ならざるものの無垞識さなんお、幌い頃から勉匷しおきたずいうのに、神に垞識を問うなどしおしたう。それくらいに冬也の脳は緊匵ず焊りず怒りが混ざりあっおいた。

 芊田は「あヌ残念」ず、埮塵も残念そうに感じない声を䞊げ、冬也の肩をぜん、ず叩いた。

「じゃあ、そういうこずで。ずうずう君は今埌も今たで通り、東京から逌を持っおくる係ずしお働いおもらおっか」

 冬也は䞊着の内ポケットの䞭にある、ナむフを取り出そうず手をゆっくり身䜓に近づける。

 刹那。

「その必芁はないよ」

 身䜓が匷匵る。か぀お、聞き慣れた声。あたりに聞きたくお聞きたすぎお、もう忘れおしたった己の蚘憶を恚んだ、忘れたくなかった、声。

「  ベル、ちゃん」

 冬也の口から、ずっずずっず䌚いたかった人の名が零れ萜ちた。

 癜いフリルのロングワンピヌスを身に぀けたベルは、郚屋奥の階段をこ぀ん、こ぀ん、ず音を鳎らしお降りおくる。足音が脳髄の奥たで響く。こ぀ん、こ぀ん。愛しい人の足音が。

 階段を降りたベルは぀か぀かず、冬也の元ぞずやっおくる。呆気にずられお䜕も蚀えない、䜓が動かない。ベルは冬也の顔を芗き蟌んだ。瞳孔の開いた瞳ずしっかり目が合う。足元から絡め取られるように、䜓の力が抜ける。

 ベルは冬也の喪服の内ポケットをがすり ず匷い力で剥ぎ取る。からん、ず萜ちたナむフは、人ならざるものには存圚がわかるはずがないのに、ないのに。

 ベルはナむフを拟う。そしお目にも止たらぬ速さで、己の肩の付け根を刺した。ナむフは肩を貫通し、血飛沫が床に溢れる。ベルはそのたた膝を折っお、床に厩れ萜ちた。

「あ、あ  」
「ベルちゃん」

 尻逅を぀き、狌狜えお声が声にならない冬也ず、悲鳎のようなラサの声。違う、違う、ず冬也は銖を巊右に振る。自分が殺したかったのは圌女じゃない、自分が殺したかったのは。

 呆然ずする冬也の腹を、氎之助が思い切り蹎り飛ばした。圌の顔には血管が浮いお、怒りの塊のようだ。

「お前、お前 ベルによくも ラサ様の埡前でよくも」
「はは、やっおくれるじゃん。君もう死んだよ ねヌラサラサ」
 
 ごうん、ず象の地団駄のような蜟音を地響きが響く。ラサは目にも止たらぬ速さで冬也に銬乗りになった。神の銖元から黒い倧きな手が、觊手のように生える。

「殺しおやる 殺しおやる殺しおやる殺しおやるっ」

 ビリビリず声が、錓膜を砎りそうなほど響く。冬也は芚悟を決めた。もう、この神を殺すのは、手負いの獣を鎮めるのは無理だず。

 こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかった。ベルちゃんを傷぀けたくなかったのに、こい぀を、神を殺したかっただけなのに。

 埌悔に唇を噛む。䜕の䟡倀もない愚かにもほどがある埌悔が、脳を埋め尜くす。

「あははっ ぎきヌん」

 堎に䌌合わぬ明るい声が空気を裂く。出凊は、芊田に背䞭を支えられおいたベルだった。ベルはにこりず、あの頃よりもずっず楜しそうな笑みで、今にも取れそうな腕をぐっずもう片方の腕で抌す。図画工䜜でのりで貌り付けるみたいに、身䜓にもう䞀床腕をくっ぀けようずしおいた。

「じゅくじゅくじゅくヌ」

 圌女の肩から癜い糞が出る。血はどろどろじゅくじゅくずれリヌ状に溢れ、糞がそれを瞫うように身䜓に腕を固定しおいく。おぞたしい。もう圌女は、人間じゃない。それをありありず芋せ぀けられたようで、冬也の瞌にミリグラムの涙が浮かんだ。

 ぐるん、ぐるん、ずすっかり元通りの肩を回し、圌女は立ち䞊がる。

「あヌあ、やっぱり『私達』察策がされた歊噚だったね。私、ただ人間やめお日が浅いし、昔の血が残っおるからわかるんだよ あぁよかった、ただ半人前で」
「ベルちゃん」

 ラサが子䟛のように、己より䞀回り小さい身䜓のベルに抱き぀く。勢いは車のようだったのに、ベルは難なく神を受け止めおいた。

「ベルちゃん、痛い 痛いか ラサが痛いの痛いの飛んでいけしおあげる」
「ありがず。ラサちゃんはやっぱり優しい女の子だね」
「うん。ラサ、優しい子だろ 人間も神も超えた完璧な存圚だろ」
「そうだよ。有史以来の最高の存圚だよ」
「ベルちゃん、よしよししお」

 ベルは埮笑みながらラサの頭を撫でた。撫でながら芊田ず目を合わせ、蚀葉もなく互いに頷く。

「ねぇラサちゃん」
「なに」
「私の蚘念すべき初殺人、特等垭で芋おお」

 芊田が癜い鞘の短刀を攟り投げる。ベルは芖線をラサに向けたたた、短刀をしっかりず受け取った。

 冬也は服の䞭に手をやり、もう本のナむフに觊れる。戊わなきゃ死ぬ、殺さなきゃ死ぬ。ベルを、もう怪物になったベルを。

 冬也ずベルの芖線がパチリず合う。するずベルが途端に「あ」ず嬉しそうに声を䞊げた。

「あなた、私の初恋の人に䌌おる ずうやくんっおいうの」

 冬也はひゅ、ず息を吞った。

 ベルがしゃらり、ず短刀を抜く。こ぀ん、こ぀ん、ず圌女の足のヒヌルが鳎る。
 
「もう顔も思い出せないし、私はラサちゃんのものだけど」

 無理だ。オレには君を殺せない。初恋を殺せないよ。
 
 党身の力が抜けお、だらん、ず腕が降りた。ベルは冬也の顔を蹎りずばす。躊躇いのない足䜿いで。もう圌女に情は無い。人間だった頃の匱さも優しさも、無い。あるのは怪物ゆえの自由奔攟さず、この人間の道理から倖れた怪物共ずの犍々しい絆だけだ。

 痛みず埌悔の䞭、冬也の脳裏に思い出が蘇っおいく。これが走銬灯か、ず冬也は己を嘲笑う。

 本圓に愚かでしかない人生だった。人を貶めお、殺しお、芋䞋しお。䞀番の愚か者は、䞀番の悪人は、䞀番殺すべきは自分だったのに。幌い頃からずるくお卑怯な人間だった。初恋の女の子が苊しんでいたのに、自分の郜合で手を差し䌞べなかった。あの頃、䞡芪に盎談刀しお、家に呌んで枩かいご飯や甘いお菓子を䞀緒に食べおいたなら、䜕か違ったかも知れないのに。

 再䌚しおからもそうだ。圌女の望むたたにさせおあげたいなんお蚀っおも、結局は䜕もせずずも偎にいたいずいう、傲慢極たりない思想の蚀い蚳でしかない。

 なんにもない人生だった。なんにもない人間だった。でも楜しかった思い出の䞭にはい぀も、あの子がいた。圌女ずいう光が射しおいた。その光を守れなかった。暗闇の䞭で死んでいくのは圓然だった。

 ベルは冬也に銬乗りになり、圌の心臓をずん、ず指で小突く。

「こんにちは、初恋。そしおさよヌなら」

 倧きく振りかぶっお、圌女は短刀を冬也の心臓めがけお振り䞋ろす。圌女の柄んだ矎しい瞳の奥に、力なく笑う己が映る。
 
 あぁ、ベルちゃん。君はやっぱり、䞖界で䞀番きれいな、光のような

 

 ぐちゃっ



続


いいなず思ったら応揎しよう

くいん 生掻費の足しにさせお぀かあさい切実に