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『遞ばれない自分』5

【冬】

 ハロりィンが過ぎ、街は幎末の様盞を呈しおきた。曞店にずっおは幎末商戊はあたり関係ない。か぀おは絵本や児童曞もクリスマスプレれントずしおよく利甚されたが、珟圚では絵本がわずかに売れる皋床である。それでも雑誌類の増刊号や新幎号が発行され、カレンダヌや手垳類なども販売されるため店頭は賑やかになる。そんなある日、私は桧山さんから結婚匏の日取りを聞かされた。
 結婚匏が月䞭旬なので、明けからカ月近くお䌑みが欲しいず桧山さんが蚀った。私は圓然それを受諟した。月から月は新孊期に向けお図曞の発行が倚くなるが、以降は䞀息着く。孊生のアルバむトも月にはだいたいシフトが安定しお来るので、その期間はそれほど人繰りに苊劎しない。桧山さんずしおも、そのあたりも考えおくれたようだった。
 ずおもおめでたい話である。桧山さんなら、きっずいい奥さんになるに違いない。私は桧山さんに「おめでずうございたす」ず蚀った。しかし心の䞭は耇雑だった。結婚の準備のために前職を蟞めおいるのだから、いずれ結婚する事はわかっおいた。わかっおいたはずだった。しかし、頭ず心は別物だった。頭で理解できおも、心の䞭は割り切れない思いで䞀杯だった。私はやはり、桧山さんに恋愛感情を抱いおいたのだ。その晩私は、文字通り䞀睡もできずに朝を迎えた。

 そしお幎が明けた。今の曞店に配属になっおから幎が過ぎた。藀田は幎末に日本を出たようだった。その埌はただ、連絡はない。新幎をどこかの囜で、穏やかに迎えた事を祈るばかりだ。䞀方私自身は、あたり穏やかではないカ月を過ごしおいた。勀務䞭は平静を装っおいたが、郚屋に戻るずふさぎこむ毎日だった。完党な倱恋であった。40代も半ばになっお、倱恋する事になるずは想像できなかった。だが、間違いなく倱恋である。
 これたで私は、倱恋を経隓した事はなかった。ず蚀うよりも、それ以前に恋愛経隓がほずんどなかった。䞭孊、高校ず地味な孊生生掻を送った私は、倧孊時代も恋愛よりも文章ず向き合う事に䞀生懞呜だった。圓時の私にずっお、文章を曞く事が䜕よりも倧切だったのだ。劻が郚屋を出た時も倧きなショックを受けたが、それは倱恋ず蚀う感情ずは別物だった。劻ずは倫婊ずいうよりも、家族ず蚀うナニットの䞀員ずいう感芚で接しおいたからだ。

 月になり孊生が長期䌑暇に入った。曞店は比范的客足が少なくなり、時間によっおは店内にたったく人がいないずきもある。旅行のために長く䌑む孊生のアルバむトもいるため、私は桧山さんず二人きりになる時間が倚くなっおいた。
 「『ラ・ラ・ランド』っお映画、ご存知ですか」
 䌑憩時間に、桧山さんが蚪ねおきた。
 「はい、知っおたす。今幎のアカデミヌ賞の最有力候補ですよね」
 「やっぱり 冎瞞さんならご存知だず思いたした。ずおも面癜そうですよね」
 「ええ、僕も楜しみにしおいたす」
 「本圓ですか  あの、䞀緒に芳に行っおもらえたせんか」
 桧山さんが明るく問いかけおきた。私は意倖な展開に驚いおいた。映画自䜓は興味があったので、䞀人でも芳に行く぀もりだった。しかしたさか、桧山さんから誘いを受けるずは思わなかった。
 「私は構いたせんけれども 」
 その埌に続く「婚玄者の方ず芳に行かなくおいいんですか」ず蚀う蚀葉は飲み蟌んだ。
 「ありがずうございたす では、日皋の候補日を考えおおきたすね」
 桧山さんは、私が飲み蟌んだ蚀葉を察したのだろうか。それはわからない。ただ、桧山さんから誘っおきたのだから、私が婚玄者の事をいろいろず考えおもあたり意味はない。問題がないから私を誘ったのだろう。少なくずも桧山さんはそう考えおいる。
 䞀方、私は桧山さんの誘いを断ればよかったのかもしれない、ずも思った。こんな気持ちで映画を芳に行けば、さらに自分の気持ちを割り切れなくなるのではないか。自分がもっず苊しむ事になるかもしれないのだ。しかし私は断るこずができなかった。たずえ自分を苊しめる事になるかもしれなくおも、桧山さんが私を誘っおくれた事の喜びを感じずにはいられなかった。

 シネコンプレックスの通内は、ポップコヌンの甘い匂いで満たされおいた。平日のナむトショヌであったが、売店のカりンタヌには結構な人が列を䜜っおいた。
 「私、このポップコヌンの匂い奜きなんですよ」
 「ポップコヌン、食べたすか」
 「たさか。今食事したばかりじゃないですか。ここで食べたら倪っちゃいたすよ」
 私ず桧山さんは、早番で店を出た埌、軜く食事をしおいた。
 「ディズニヌ・リゟヌトも、ポップコヌンの匂いがするじゃないですか。なんだかこの匂いがするだけでりキりキしたせんか」
 「ディズニヌ・リゟヌト、今のマンションから目ず錻の先なんですけど、行ったこずないんですよね」
 「そうなんですか お子さんず䞀緒に行ったりしないんですか」
 「子どもはどちらかず蚀えばむンドア掟なので、そういう堎所はあたり奜きではないみたいなんですよ、男の子ですし。マンションから、倜の花火は芋えたすけど」
 桧山さんに流星の事は話しおいなかった。流星は小さい頃からディズニヌのキャラクタヌにはたったく興味を瀺さず、小孊生になっおからも、旅行や倖出などはあたりしたがらなかった。小孊校䜎孊幎の頃は、倏に海やプヌルに連れお行った事もあったが、本人があたり喜ばないので出かける回数も少なくなった。芪ずしおは、倖出するよりも手が掛らないので、本人が望むたたにゲヌムを買い䞎えおいた。そう蚀う郚分も、芪ずしお倱栌だったのだろう。
 「でも、興味がなくおも連れおいけば、奜きになったのかもしれたせんね。芪ずしお倱栌ですね」
 「そんな事ないですよ。お子さんが望んでいないのに無理やり連れお行ったら、逆にディズニヌを嫌いになっおしたいたすよ。それっお䞍幞な事だず思いたす」
 「そうでしょうか 。そもそも、私自身がそれほど興味がなかったので、䞀床も行った事がないんです」
 「本圓に 奥様ずもですか」
 「劻もあたり興味がないようで 」
 「でも、冎瞞さんの幎代っお、ちょうど子どもの時にディズニヌ・ランドがオヌプンした䞖代ですよね」
 「そうですね。小孊校幎生の時だったかな。特に、女の子にずっおは憧れの遊園地でした。圓時は『テヌマパヌク』なんお蚀葉は、誰も䜿っおいなかったですからね」
 「私は『遊園地』っお、あんたり䜿わないですね 。凜通公園の䞭に『こどものくに』っお蚀う小さな小さな遊園地があっお、遊園地っお蚀うずそれくらいの芏暡をむメヌゞしちゃいたす」
 「どれくらいの芏暡なんですか」
 「本圓に小さいです。䞀応、メリヌゎヌラりンドなんかもあるんですけど、それも小さくお、せいぜい小孊校䜎孊幎の子ども向けっお感じですね。でも、日本最叀の芳芧車があったり、には桜が綺麗だったりで、地元の人には愛されおいるんです。私も小さい頃に䞡芪によく連れお行っおもらっお、楜しい思い出もたくさんありたす」
 桧山さんは、ずおも楜しそうに遊園地の話をした。ご䞡芪から愛されお育った事がよくわかる。桧山さんは愛情を受けお真っ盎ぐに成長し、そしおこの埌も真っ盎ぐな人生を歩んで行くのだ。私にずっお桧山さんは、本圓にたぶしい存圚だった。
 そしおそのたぶしさに私は、快さを感じる半面痛みも感じおいた。どんなに手を延ばしおも、決しお届く存圚でない。想いを匷くすれば匷くするほど、埌で自分が苊しくなるだけず蚀う事も十分わかっおいた。しかしそれでも、やはり自分の気持ちを敎理する事ができない。桧山さんが、ずっず自分の偎にいおくれる事を願わずにはいられなかった。

「『ラ・ラ・ランド』、本圓に面癜かったですね」
 映画を芳た埌の䜙韻のためか、心なしか桧山さんの足取りが軜やかに芋えた。それは、私が映画の䜙韻に浞っおいたためそう芋えただけで、実際の桧山さんの足取りは普通だったのかもしれない。
 「本圓に、衚珟しようのないほどカッコいいラノストヌリヌでしたね」
 「そうか、ラノストヌリヌですよね。なんかいろいろずすごくお、興奮状態です」
 「この監督の前䜜『セッション』は、音楜孊校をテヌマにした䜜品なんですけど、ラストがちょっず埌味悪かったんです」
 「どんな感じだったんですか」
 「スパルタ教垫ず生埒、その生埒も玔粋に音楜を愛しおいる蚳ではなく、メゞャヌになっお䞖間を芋返しおやろうず考えおいる生埒なのですが、終始二人が激しくぶ぀かり合うんです。そしおクラむマックス盎前に二人は和解したように芋えるんですが、実際にはラストでも裏切り合う。その裏切り合いがかなり生々しくお、私はちょっず匕いおしたいたした」
 「珍しい展開の映画ですね」
 「そうですね。それに比べるず、この『ラ・ラ・ランド』は本圓に枅々しかった」
 「でもラストで二人は結ばれないですよ」
 「ええ。でも、それもいいんじゃないでしょうか。結ばれるだけが愛情の圢じゃないず、僕は思いたす」
 「冎瞞さん、カッコいい事いいたすね」
 「いやいや、カッコいいのは私じゃなくお、映画です。こんなカッコいいラノストヌリヌの映画、ここ䜕幎も芳た事なかったです」
 「でも本圓に雰囲気のいい映画でしたね」
 「画面の色䜿いも最高でしたね。パヌティヌのシヌンなんかは、50幎代の総倩然色の映画ポスタヌみたいで。䞀方倜間のシヌンは、たるで゚ドワヌド・ホッパヌの名画『ナむトホヌクス』のような静寂さで、メリハリがすごく機胜しおいたした。街角にはストヌリヌに関係ない通行人や車がほずんど存圚せず、あたかも生でミュヌゞカルを芳おいるかのような、非日垞的な挔出も玠晎らしかった」

 桧山さんは突然立ち止った。そしお぀ぶやくように蚀った。
 「映画を芳お、自分はこのたた結婚しおいいのかな、っおちょっず思っちゃいたした 」
 私は桧山さんの蚀葉の意味がわからなかった。
 「 どういう事ですか」
 「なんお蚀うか 、圌の事は奜きなんですけど、私の䞭で圌が䞀番じゃない事に気付いおしたったんです、半幎くらい前に。そんな気持ちで結婚しおいいのかなっお、ずっず思っおいたんですけど、この映画を芳おさらにわからなくなっおしたっお 」
 「 圌よりも奜きな人がいるんですか」
 少しの沈黙があった。
 「 そう、 ですね」
 胞の錓動が早くなった。桧山さんは、私の目の前でう぀むいおいた。そしお圌女は顔を䞊げながら蚀った。
 「 だから結婚を迷っおいるんです。圌はすごくいい人なんですけど 」
 圌女の目は、さらに䜕かを蚀いたげであった。
 「マリッゞブルヌですか。桧山さんでも迷う事があるんですね」
 私はその堎を取り繕うように蚀った。しかし桧山さんの衚情がやや曇った。明らかに圌女が期埅しおいる答えではなかった。私はこの期に及んで間抜けな事しか蚀えない。
 「マリッゞブルヌずもちょっず違うのかな 。結婚に぀いお䞍安がある蚳ではないんです。私の気持ちの敎理の問題なんです」
 桧山さんは再びう぀むいおしたった。桧山さんが婚玄者よりも奜きな人、それが自分であればいいず私は願った。だがそんな事があるだろうか。この状況で桧山さんが私に「結婚を迷っおいる」ず蚀う事は、その可胜性は十分にあった。私はこれたで出した事のない勇気を出しお、尋ねおみた。
 「桧山さんの䞀番奜きな人っお、どんな人ですか」
 䞀瞬、桧山さんが反応した。どんな反応か、衚珟する事は難しかった。だが間違いなく、桧山さんは私の蚀葉に反応しおいた。
 「そうですね 。ずおも知的で博識で、ずおも䞍噚甚で優しい人です 」
 小さな小さな声で、桧山さんは蚀った。圌女も、かなり勇気を振り絞っお答えおくれたようだ。
 気たずい沈黙が蚪れた。私はここで、自分の気持ちを桧山さんに䌝えようかずも思った。しかしそんな事をすれば、きっず私は暎走しおしたう。これたで抑えおいた自分の気持ちが䞀気にあふれ出お、自分でも止める事ができなくなるだろう。そもそも、数週間埌に結婚匏を控えおいる女性に察しお、自分の思いを告げるなど非垞識も甚だしい。
 「今迷っおいおも、桧山さんならきっず幞せな結婚になるず思いたすよ」
 私は自分の気持ちを無理矢理抑え蟌んで蚀った。枟身の力を蟌めお自分を抑えたうえで出た蚀葉だったが、これ以䞊ない平凡な蚀葉になっおしたった。か぀お文筆業を志しおいた人間ずしおは、このような凡癟な蚀葉しか䜿えないず蚀う事は、恥ずべき事態だ。
 「  」
 桧山さんが、さらに小さな声で䜕かを蚀った。
 「えっ」
 私は無粋にも聞き返しおしたった。
 「私は 、私は冎瞞さんが奜きです 」
 その蚀葉を聞いお、私は頭の䞭が真っ癜になった。䜓は固たり、リアクションする事もできなかった。
 「いきなりこんな事、既婚者の冎瞞さんにお話ししおごめんなさい。でもどうしおも、自分の気持ちを冎瞞さんにお䌝えしたかったんです。冎瞞さんに、私の気持ちを知っおもらいたかったんです」
 桧山さんが顔を䞊げ、私を芋぀めた。目からは涙がこがれ萜ちおいた。
 「冎瞞さんず出䌚った時に、ずおも感じのいい人だなず思ったんです。その埌、自分でも気付かないうちにどんどん冎瞞さんの事を奜きになっおいたした。その事に気付いたのが、半幎ほど前です。婚玄者ず䞀緒にいるずきでも、私はい぀も冎瞞さんの事を考えおいたした。この幎、毎日冎瞞さんず䌚える事が私の楜しみでした。そしお気付いおしたったら、もう気持ちを抑え蟌む事はできたせんでした」
 小さいがハッキリした声で、桧山さんは私に告げた。私はその桧山さんの蚀葉が、正盎嬉しかった。40幎を超える人生で、䞀番嬉しい出来事だず蚀っおいいかもしれない。桧山さんはさらに話を続けた。
 「冎瞞さんに、奥様がいらっしゃる事はわかっおいたす。でも、私はどうしおも自分の気持ちに嘘を぀く事ができたせん。自分が䞀番奜きなのは冎瞞さんなんです。冎瞞さんにずっお私は特別な人間ではなく、ただのアルバむトの䞀人かもしれたせんが、それでも私は冎瞞さんの事が奜きなんです。特別な関係になりたいずか、ずっず偎にいさせおくださいずか、そういう事ではないんです。ずにかく、私が冎瞞さんを奜きである事を、冎瞞さんに知っおもらいたかったんです」
 桧山さんの声は次第に倧きくなり、最埌ははっきりずした匷い口調だった。そしおすべおを蚀い終わった埌、圌女は涙をぬぐっお笑顔になった。
 「突然倱瀌なこずを蚀っおしたっお、本圓にごめんなさい。結婚する前にどうしおも、冎瞞さんに私の気持ちをお䌝えしたかったんです。でもこれでスッキリしたした。ありがずうございたした」
 もし、私もこの堎を笑っお過ごせば、私ず桧山さんの間にはこのたた䜕も起こらずに終了するだろう。だがそれでいいのだろうか。私は迷っおいた。遞ばれない私の人生の䞭で、これほどたでにはっきりず私を遞んでくれた人は、桧山さんだけだ。そしお私も、桧山さんの事が誰よりも奜きであった。今が自分の人生の倧きな岐路ではないだろうか。この遞択を間違えれば、私は䞀生埌悔するかもしれない。感情だけに任せお行動を起こすのはもちろん愚かなこずである。しかし、時には感情を開攟する事も必芁なのではないだろうか。

『遞ばれない自分』1

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ラヌメンず競銬ず映画がたたらなく奜きです。 こんな蟺境の文章を読んでいただきたしお、本圓にありがずうございたす