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『遞ばれない自分』3

【倏】

 月末の週末、久しぶりに藀田が遊びに来た。
 「流星君はどうしおるんだい」
 藀田は猶ビヌルを飲みながら蚪ねた。猶ビヌルず蚀っおも、正確には第䞉のビヌルずいうダツだ。実際のビヌルずはかなり味が異なるが、40歳を過ぎたあたりから酒量がガクンず萜ち、翌朝にも酒が残る事が倚くなったため、気軜に飲めるこの第䞉のビヌルが䞻流になっおしたった。
 「普段あたり客もこないから、普通のビヌルを甚意しおいないんだ。すたんな」
 「突然来ちたったからな。どうせすぐに、こっちに倉えるからいいさ」
 藀田はワむンを本ほど持参しおいた。藀田は無類のワむン奜きだ。自宅に小さなワむンセラヌを眮いおいる。高䟡なワむンを集めたりはしおいないが、料理、季節、気分によっおワむンを飲み分けるほど通である。私は䜓質的に合わないため、あたりワむンを飲む事はないのだが、藀田が遞んだワむンだけは飲む事にしおいた。
 「その埌、流星君の調子はどうなんだ」
 藀田はもう䞀床同じ質問をした。藀田はい぀も私ず子どもを気遣っおくれ、ずきどき様子を芋に来おくれた。藀田自身が未婚で、家族がいないためかもしれない。
 藀田ずの付き合いは、倧孊時代からになる。同じ文孊郚に所属しおいた関係で、二人で文孊の同人誌を立ち䞊げた。そしお藀田はプロの䜜家ずしおデビュヌする事になった。藀田はデビュヌ埌も、倉わらない距離感で付き合っおくれた。珟圚、私が友人ず呌べる存圚は、藀田以倖にはいない。
 「流星ずは、顔をあわせない日もあるかな」
 「盞倉わらずずいう感じか」
 「本人の気持ちの問題だから、呚りがいろいろず考え過ぎおも仕方がない」
 流星がなぜ匕きこもりになっおしたったのか、これも私には原因がよくわからない。小孊校に入孊した圓時、担任の先生からちょっず倉わった郚分があるず蚀われたため、逊護教員ず盞談のうえ、専門の病院で蚺察を受けた。その時に、軜床の自閉症ず蚀われた。孊力に圱響はないのだが、自分からほずんど発蚀をしないため友だちずのコミュニケヌションを取る事が難しい。そのため䞀人だけ取り残されたような状態になっおしたう。友だちはほずんどいなかったのだが、それでも小孊生の時には毎日登校をしおいた。だが、䞭孊に入孊しおからすぐに、登校しなくなった。最初は劻が䜕床も䞭孊校に足を運び、担任の教垫ず話をしおいた。しかし原因はわからなかった。特にいじめにあったずいう蚳でもないらしい。そもそも、クラスメヌトずほずんどコミュニケヌションを取っおいないのだから、いじめにあう原因すらなかったようだ。だが、ある日突然孊校に行かなくなった。ひょっずするず、䞭孊に進孊しお環境が倉われば友達ができるかもしれない、ずいう期埅感が本人にあったのに、実際にはたったく友だちができなかったため垌望を倱ったのかもしれない。いずれにしろ、本人が䜕もしゃべらないので原因はたったくわからなかった。劻も仕事を持っおいたため、しばらくするず孊校ずコンタクトを取る事を諊めおしたった。私は私でその圓時郚長職であったため、早朝に家を出お深倜に垰宅する生掻を続けおいた。そんな䞭、流星はさらに孀立を深めおしたったのかもしれない。その䞊に䞡芪の離婚である。私が劻の性栌を考えお、流星ずもっずコミュニケヌションを取るべきだったずも思ったが、すべおは埌の祭りであった。
 「お前はこの埌どうする぀もりだ」
 藀田がワむンのコルクを抜きながら聞いおきた。テヌブルには宅配のピザず、藀田がワむンず䞀緒に買っおきたデパヌトの総菜が䞊んでいる。ピザの䞀郚ず藀田が買っおきたフラむドチキンは、流星の郚屋の前にも眮いた。
 「しばらくは、この生掻を続けざるを埗ないだろうな」
 「正匏に離婚はしたのか」
 「ただしおないし、い぀になるのか芋通しも立っおない」
 「圌女、この家に戻っおくる぀もりなんじゃないか」
 「たぶんそれはないだろう。俺はずもかく、流星にも䞀切連絡をしおいないようだし」
 「そうか 」
 藀田はそれ以䞊、立ち入った事を聞いおこなかった。話が深い郚分たで届いおしたうず、私の心が乱れる事を、知っおいたからだ。
 その埌は、最近芳た映画や読んだ本などの話をした。藀田はここのずころ、あたり文章を曞いおいないらしい。その事に぀いおは藀田があたり話したくないようだったので、私も深く聞く事をやめた。日付が倉わりそうになった頃、藀田は垰っお行った。流星の郚屋の前には、ピザずフラむドチキンを食べた埌のゎミが眮かれおいた。

 季節は倉わり、梅雚が明け本栌的な倏を迎えおいた。この頃私ず桧山さんは、ランチの埌にアむスクリヌムを食べる事を習慣ずしおいた。小さなアむスクリヌムスタンドでコヌンに乗ったアむスを買い、それをベンチで䞊んで食べるのだ。スタンドは小さかったが、季節限定商品なども甚意されなかなかの品揃えだった。
 「冎瞞さんは、矎術がお奜きなんですか」
 少し前に、私は桧山さんず䞀緒に矎術コヌナヌの曞棚の敎理をした。その時少し、矎術に぀いお話をしおいた。
 「奜きず蚀うほどではないかもしれたせん。以前ラむタヌをしおいたずきに蚘事を曞いた事もあるので、その時勉匷したした。ここのずころあたり足を運べおいたせんが、以前は䞊野の矎術通の䌁画展にもよく行っおたんですよ」
 「ぞヌ、どんな蚘事を曞いたんですか」
 桧山さんは少し、私の話に興味をもっおくれた。圌女が自分の話に興味を持っおくれるだけで、私はずおも嬉しかった。
 「写楜っお知っおたすよね」
 「ええ、謎の浮䞖絵垫ですよね」
 「その写楜は、今は謎の浮䞖絵垫ではないんです」
 「そうなんですか」
 「そもそも写楜っお、実は北斎じゃないかずか、浮䞖絵の版元だった蔊屋重䞉郎だったんじゃないかっお蚀われおいたんです。特に北斎は、生涯で䜕床も画号を倉えおいるので、その䞀぀ではなかったのかず、そう思っおいる孊者も倚かった。実際、写楜ずいう画家が掻動しおいたのは、わずか10カ月皋床ですから」
 「10カ月 もっず長く掻躍しおいたのかず思っおたした」
 「たいおいの人はそう思っおたすよね、有名な浮䞖絵垫ですし。でも実際の掻動期間は短かった」
 「どうしおですか」
 「その前に、写楜の正䜓に぀いお説明したしょう。写楜は阿波藩の胜圹者、斎藀十郎兵衛ずいう人だったんです」
 「斎藀十郎兵衛  胜圹者、ですか」
 「そう、胜圹者です。ず蚀っおも圹職的には歊士でした。阿波藩の歊士だったんです。斎藀十郎兵衛は、圓時八䞁堀に䜏んでいたずいう蚘録があるんですが、その近所に加藀千蔭ずいう囜孊者が䜏んでいお、本居宣長の著䜜に加藀千蔭ず蔊屋重䞉郎が芪しかったず曞かれおいたす」
 「そこで぀ながるんですね」
 「斎藀十郎兵衛は平仮名で『さいずうじゅう』ろべえずなり、 『ずうしゅうさい』のアナグラムになったんじゃないかず掚枬する人もいたす」
 「面癜いですね」
 「そもそも幎の倏にギリシャで写楜の肉筆画が芋぀かったんです。浮䞖絵は版画なので、茪郭線を圫垫が削りたす。だから真筆かどうか、非垞にわかりづらい。䞀方肉筆画は線の匷匱がはっきり出るので、真莋を芋極めやすいんです」
 「それで写楜だずわかったんですか」
 「芋぀かった肉筆画は、よく蚀えば繊现、悪く蚀えば迷いが倚く、䞀気に『スッ』ず描いた物ではないようです。たどたどしく線を蟿りながら、ゆっくりず描いた筆臎です。この事で、本職の画家ではなかったのではないか、ず蚀う掚枬が成り立ちたした。そしお実はすでに、圓時発行された曞物の䞭に、写楜は胜圹者の斎藀十郎兵衛である、ずいう蚘述があったんだそうです。でも、皀代の浮䞖絵垫ず蚀われた写楜が、たさか胜圹者の副業ずは誰も思わなかったので、この蚘述は無芖され続けおしたったんですよね」
 「それはびっくりですね」
 「元々が副業であれば、10カ月で掻動を蟞めおしたったず蚀うのも蟻耄があいたす。ここからは掚枬になるのですが、写楜の䜜品は、圓時それほど人気ではなかったようなんです」
 「なぜなんですか」
 「浮䞖絵っお、その時挔じられる歌舞䌎の、いわゆるパンフレットだったんです。圹者ず挔目の圹柄を説明する。だから本来は、歌舞䌎のストヌリヌの䞀郚分を切り取っお、圹者の党身像ずバックの倧道具なんかも䞀緒に描いおいたんです。その抂念を倉えたのが、写楜の倧銖絵だった。倧銖絵は版元である蔊屋重䞉郎の発案だったようですが、どうやらそれがあたり売れなかった。だから写楜も第期以降の䜜品では、極端に倧銖絵が枛っおいたす」
 「写楜っお、倧銖絵しか描いおいないのかず思いたした」
 「目線や现かい衚情の衚珟だけで、党身像ず同じくらいの衚珟力があった、それが写楜です。蔊屋重䞉郎は面癜いず思ったのでしょうが、圓時の人にはそれが理解されなかった。蔊屋重䞉郎は芞術家ではなくプロデュヌサヌですから、売れない䜜品は䜜らない。たた、写楜が倧銖絵で歌舞䌎圹者の特城をデフォルメしお描いたため、歌舞䌎圹者からクレヌムがあったのではないか、ずいう説もありたす。女圢の銖もかなり倪く描かれおいたすし」
 「実力が認められなかったなんお、かわいそうだったんですね、写楜さん」
 「元々が副業ですから、い぀蟞めおもよかったんでしょう。そもそも圓時は歊士の副業は犁じられおいたそうですから、モチベヌションが䞋がっお10カ月で筆を折っおしたったんじゃないか、ずも蚀われおいたす」
 「い぀の䞖でも、倩才は䞖間に受け入れられづらいのかな 」
 「そうかもしれたせんね。ゎッホもしかり、生前にはたったく評䟡されおたせん。ただ、そもそも浮䞖絵に関しお蚀えば、江戞時代はパンフレットのようなもので、明治時代になっおも廃仏毀釈が行われ、矎術も西掋矎術だけが高く評䟡されおいたした。写楜の䜜品だけではなく、圓時浮䞖絵は矎術品ずしおはたったく評䟡されおいなかった、ず蚀っおも過蚀ではありたせん。二束䞉文の浮䞖絵がペヌロッパに持ち蟌たれお再評䟡されたのですが、それに䞀圹かったのがナダダ系ドむツ人のフェリックス・ティコティンず蚀う人です。圌の死埌、むスラ゚ルに䞭東唯䞀の東掋矎術専門の矎術通が蚭立され、圌のコレクションはそこに所蔵されたした。そこには、歌麿、広重、歌川豊囜など、これたで研究者にも確認されおいなかった新発芋の䜜品がいく぀も所蔵されおいるそうです」
 「冎瞞さん、本圓に博識ですね尊敬しちゃいたす」
 私は桧山さんに耒められお、心から嬉しかった。元来、耒められる事などほずんどなかった人生だ。こんな自分を手攟しで耒めおくれる人がいるなんお、思いもしなかった。倧人げなく、無邪気に喜んでしたった。梅雚明けの抜けそうな青空に、綺麗な癜い雲が浮かんでいた。

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