40年間の末路 第41章 第二の奇跡の日 ドキュメンタリー小説|自叙伝|60代
母の日からさらに数日が経ち、還暦を祝ってくれる日を迎えた。
康雄の車は福祉車両のため、僕が三千代を車椅子ごと乗せ、この日は父を助手席に座らせて、土浦の会場へ向かった。
ハンドルを握りながらも、僕の頭の中は、これまでの40年間という怒涛の半生が走馬灯のように駆け巡っていた。
高校卒業を期に親元を離れ、大海原に漕ぎだした小舟の希望に満ちた航海は、全く順風満帆ではなかった。仁美と出会ったことにより、望んでいなかった航路へ大きく舵を切った。
転職で茨城に戻れるはずだったのに、直前で秋田の本社勤務を強いられたり、報復人事による玉突きの影響で三重の単身赴任が任期途中で解かれる等の理不尽な社会の波に揉まれ、何度も転職を繰り返した。
何度も沈没、遭難しそうになりながらも、なんとか母港に戻ってきた。そして僕はもうすぐ、還暦の節目を迎える。
59年前の「奇跡の日」を乗り越えて、僕を産み育ててくれた両親がいたからこそ、今日がある。そしてその僕の背中をいつの間にか追い越していった娘たちがいるからこそ、辿り着けたこの日は、まさに「第ニの奇跡の日」と言える。
途中、康雄がひ孫たちに何かプレゼントを買いたいと言うので、ホテル近くの百円ショップに駆け込み、ひ孫たちが喜びそうな、オモチャやシールを買った。
「さあ、着いたよ」
ホテルに到着すると、ハンドルを握っていた手がじんわりと汗が滲んでいた。気恥ずかしさと、それを遥かに上回る圧倒的な感謝の想いで、胸の鼓動がいつもより少しだけ速くなっていた。
三千代の車椅子を降ろしていると、愛里たちも到着した。
「パパ!爺ちゃん、婆ちゃんお疲れ様。
今日はよろしくね」
「こちらこそ、いろいろ気遣ってくれてありがとう」
「会場は2Fの白鳥の間だからね」
エレベーターで2階に上がると、スタッフが部屋に案内してくれた。
白鳥の間では12脚の椅子が大きな円卓を囲んでいた。
「パパはここに座って、隣に婆ちゃんと爺ちゃんが並んで…」
愛里の言われた通り席に着いた。全員が着席したところで、進行役の愛里が開会を宣言した。
「今日は少し早いけど、ヨシ爺の60歳のお誕生をみんなでお祝いしたいと思います。
まずは乾杯の準備をお願いします」
父・康雄は生ビールを頼んだが、康雄以外はみんなジュースを注ぎ、僕は雰囲気だけでも、とノンアルビールを次女・真那に注いでもらった。飲み物が出そろったところで、
「では、乾杯の音頭を康雄爺ちゃんお願いします」
あれ?米寿のお祝いも兼ねていたのではないか?
と一瞬戸惑っていると、愛里が僕の方を見て目くばせしながら頷いた。
(あぁ、今回の席はあくまでも僕が主役なんだ)
急に大役を命じられた康雄は、スクッと立ち上がり乾杯の挨拶を述べた。
「今日はヨシ爺の60歳の誕生会のために、愛里家族、真那家族が集まってくれて、ありがとうございます。
まだまだ子どもだと思っていたら、いつの間にか5人の孫を持つお爺ちゃんになり、同時に私も5人のひ孫を持つ、ひいお爺ちゃんになっていました。
そんな私たちもこの誕生会に呼んでくれた愛里たちに感謝します。
これからのヨシ爺と皆さまの健康と成長を願って乾杯したいと思います。____それではカンパイ!」
「カンパーーイ!!」
乾杯が終わるとスタッフが前菜から徐々に中華料理の提供を始めた。
「中華料理で円卓だから、ターンテーブルなのかと思った」
「私もそう思ってたけど、これじゃ結婚披露宴みたいだね」
と食事を摂りながら、歓談の時間がしばらく続いた。
メインディッシュが出てきたころに、愛里がまた立ち上がった。
「それでは、これからヨシ爺への質問コーナーに入ります。
食事の途中だけど、ヨシ爺はお立ち下さい」
え?そんな企画聞いてないぞ…
それでも口をモグモグさせながら起立した。
「誰か、ヨシ爺に質問ありませんか?」
すると愛里の旦那が一番最初に手を挙げた。
「これまで一番おいしかった納豆は何ですか?」
お?これは納豆王選手権の最後の質問への伏線か?
「一番おいしい思った納豆は…」
ここで栃木や茨城でも入手できる納豆を紹介してはつまらないので、TVチャンピオン出演時に感動した納豆を思い出した。
「神奈川の鎌倉山納豆の黒豆納豆です」
「えぇ?知らなーーい!!」
全員がどよめいた。
「さすが納豆チャンピオン、斜め上を行く答えだね!!」
と愛里が言うと、みんな納得して笑いが飛び交った。
「おぉ!これかーー!」
真那の旦那がすかさずスマホで検索した。
「ネットでも買えるので、是非一度食べてみてください」
僕はそう言って、みんなの笑いを誘った。
「続いてどなたかご質問ありませんか?」
すると今度は真那の旦那が手を挙げた。
「これまで子育てした中で一番大変だった子どもは誰でしたか?」
小学校の教師らしい質問だった。
一番大変だったのは、光太郎だが正直に答えてしまえば、場が白けるので明言を避けた。
「3人とも大変でしたねぇ」
と、苦笑いをして、煙に巻いたものの、光太郎と向き合ったあの壮絶な日々の記憶が蘇り、僕の胸の奥が一瞬だけチクリと痛んだ。
でも、今日はめでたい席だ。仁美と一緒に僕の前から消えた光太郎の名前を出すわけにはいかない。
すると、真那の旦那が続けて質問をした。
「真那が就学前に『パパ!会社行かないで』と泣きつき、
会社を休んだのは本当ですか?」
「それは本当です!」
「え~!本当だったんだぁ!」
すると、みんなはドッと吹き出して笑った。
「出勤直前に真那に泣かれて、体調不良を理由に急遽会社を休みました。
そして夏休み期間中だったので、家族5人で東武動物公園に行きました」
27年前当時の情景が目に浮び、子育てに悪戦苦闘した日々を思い出し感慨深くなった。
(そう言えば、あの日は風が強くて、観覧車には乗れなかったなぁ)
さらに今度は愛里から質問を受けた。
「60歳になってからの将来の夢は何ですか?」
(将来の夢?ここで言っていいのか?)
急に不安になって、即答するのを一瞬躊躇った。
実は「将来の夢」は最後の締めの挨拶に言うつもりだった。
でもここで言ってしまえば、僕のシナリオが崩れてしまい、娘たちの段取りも無駄になってしまう…
「康雄爺ちゃんみたいに、元気な爺ちゃんを目指します」
と、数秒の間を空けて出した答えは、当たり障りのない「将来の夢」だった。
しばらくするとデザートのアイスが出てきた。
(もうそんな時間か)
時計を見ると開会から2時間が過ぎていた。
そろそろフィナーレだな。
予定では娘たちから両親と僕へのプレゼント贈呈のあとに、
僕が最後の挨拶をする。
その時に本当の「将来の夢」を公表する。
刻一刻とその時が迫ってきた。
第1章はこちらから
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