40年間の末路 第40章 娘たちからの一大イベント ドキュメンタリー小説|自叙伝|50代
光太郎の一件から少し時間を遡った今年2月下旬、長女・愛里からLINEが来た。
「やっほ!パパの還暦祝いするぞー!!」
「ホントに?ありがとう!」
ついこの間まで小さかったはずの長女が、今や36歳となり自分の家族を持ち二人の娘を育てている。
子育てに忙しいはずなのに、離れて暮らす父親である僕の節目の歳を自発的に祝おうとしてくれているとは、なんていい娘に育ってくれたのだろう。
言葉には表せない感情がこみ上げ、目頭が熱くなった。
「ところで茨城で?それとも栃木で?」
愛里は栃木住み、そして僕は茨城の実家に住んでいた。
「もちろんパパの家の近くで!
何、食べたい?」
「やっぱり中華かな?」
「だよねーwww
ちなみに康雄爺ちゃんと三千代婆ちゃんは今年米寿だよね?」
「そそ!
康雄爺ちゃんは4月、三千代婆ちゃんは7月が誕生日だよ」
「二人も一緒に米寿お祝いしたいな。
でも中華食べられるかな?」
「大丈夫だけど、三千代婆ちゃんが一緒なら、
バリアフリー対応の店じゃないと無理だよ」
「なるほどね!わかった!」
(しっかり大人になったんもんだな)
愛里たちの祖父母のことまで頭が回るようになった愛里の優しさと視野の広さに頼もしさを感じた。
すると3月になって、還暦祝いの案内がLINEで届いた。
日時:6月〇日(土)12時~
場所:ホテルマロウド筑波
人数:大人7人、子供5人
料理:中華コース料理
その他:円卓・バリアフリー対応
開催日は僕の誕生日の10日前で、会場は車で30分位の土浦市内の老舗ホテルだった。
「予約したから予定空けといてね。
私たち家族と真那たち家族からのプレゼントだから、
美味しくたくさん食べてね」
「手配、ありがとう!
楽しみにしているよ!
康雄爺ちゃんと三千代婆ちゃんにも伝えておくね。
ところで、当日は赤いちゃんちゃんこ着るの?
米寿祝いの黄色いちゃんちゃんこはある?」
「お義父さんが来た赤いヤツを借りる予定だけど、
黄色いヤツはないなぁ」
「じゃ、黄色はパパが用意するよ」
折角愛里たちが企画してくれる一大イベントだから、全力で楽しんで、盛り上げるために一役買ってでた。
「よろしくね」
「どのタイミングで着るの?」
「デザートが出てきたら、私たちからプレゼント渡すから、
その時に着てもらって、最後に記念撮影しようかな?」
「だよねwww
食事中にちゃんちゃんこを汚したら大変だもんね」
「あと、一番最後にパパからみんなへ一言よろしくね。
言い終わったら『あなたにとって還暦とは?』
って聞くからTVチャンピオンの時みたいに答えてねwww」
「了解!でもあの時、田中義剛に『あなたにとって納豆とは?』って聞かれたけど、
なんて答えたか忘れたwww」
「DVD残ってないの?」
「それが5年くらい前に紛失しちゃって…
愛里は持ってない?」
「さすがにないねwww」
26年前の過去の栄光は、今では笑いのネタでしかない。
さて年々白髪が増え、背中が少し小さくなっていくた父・康雄。
かつては大きく、頼もしかったその背中は、今や毎日の母の介護と、畑仕事の重みに耐えていた。
4月になって、康雄が米寿の節目を迎えた。
ただ黙々と日常を生きる父の姿に、胸の奥がツンと痛むような、それでいて深い尊敬の念が込み上げてきた。特に誕生会をすることはせずに、その思いをプレゼントに託し康雄に贈った。
それは最近流行りのリカバリーウェアのTシャツと「にんじんだもの」と書かれたTシャツ。せめてこの小さなシャツが、父の張り詰めた身体と心を少しでも解きほぐしてくれますように――そんな祈るような願いを込めて、僕はプレゼントを差し出した。
「88歳おめでとう。
誕生会は後日開催するけど、今日は先にプレゼントだけね」
「ありがとう。おぉ!これがテレビCMでよく見る、着ると疲れが取れるヤツか!」
「とりあえず、試して効果があれば、自分も買ってみるよ」
「『にんじんだもの』って、そう言えば、今年のニンジンは雨不足で、ぜんぜんダメだった」
「相田みつをの名言『にんげんだもの』のパロディTシャツね。これ着れば、次は美味しいニンジンができるかもよwww」
「あぁ!そういう事かwww」
翌月の母の日には、こちらも例年通り、三千代にカーネーションを贈った。
出勤前に花屋で鉢植えを調達して、仕事後に自宅へ持ち帰った。
しかしこの夜は帰りが遅かったので、両親は既に寝ていた。しかたがないので食卓のテーブルの上に置いて、翌日の朝に渡すことにした。
翌朝7:00食卓に行くと既に康雄がいた。
「おはよう。これはかーちゃんへのプレゼントだな?」
「おはよ。そうだよ」
三千代はいつも7:30に目を覚ます。
一人で朝食を済ませ、身支度を整えて、食卓に戻ると、康雄が鉢植えの包装フィルムをメッセージカードごと剥がして、ゴミ箱に捨てたところだった。
「何してるの?!」
「あ?フィルムがあると花が長持ちしないんだよ」
「それはいいんだけど、まだかーちゃんにカーネーション見せてないのに、フィルムもメッセージカードも捨てちゃって……」
「あん?まだ見せてなかったのか?」
「だって昨日帰ってきた時は、もう2人とも寝てたでしょ?」
「あ、そっか。ごめん」
せっかく綺麗に飾られた包装フィルムやメッセージカードは既にぐちゃぐちゃにされて、復元するとは出来なかった。
ゴミ箱に捨てられたメッセージカードを前に、僕は一瞬、やり場のない虚しさに襲われた。
母の喜ぶ顔を思い浮かべながら丁寧に選んだカーネーション。その温もりを、父の「良かれと思って」という単純な行動が、一瞬にして無惨なゴミに変えてしまったのだ。
しかし、すぐに思い直した。
悪気など微塵もない父が台無しにしてしまったメッセージカード。
けれど、その裏にあるただ花を長持ちさせたい一心だった父の不器用な愛に触れた時、僕はふと思った。
完璧な形などなくてもいい。こうして不器用に、けれど懸命に想い合えることが、家族の真実なのだと。
自分に言い聞かせるように深く息を吐き出した。
そしてその直後に三千代が起きた。
康雄が介助して車椅子に乗せて、食卓に連れて来た。
「おはよう。1日遅れだけど、いつもの母の日のプレゼントね」
「おはよう。いつもありがとうね」
「とーちやんが間違えて、包装フィルムとメッセージカード捨てちゃったけど(苦笑)」
「とーちゃんはおっちょこちょいだからね」
65年間、父と連れ添った三千代は康雄のミスを咎めることなく、ただカーネーションを目を細めながら眺めた。
あと1ヶ月もすれば、娘たちが企画する晴れの日がやってくる。
今度は僕がしっかりと受け止める番だ。僕の還暦、そして両親の米寿。
二つの大きな節目が重なるその瞬間まで、どうか、どうかこの平穏で幸せ日々が途切れませんように。
第1章はこちらから
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