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風車が悪魔に見えたなら

 風車が悪魔に見えたなら、迷わず悪魔と書け。<正確を期する事>。これだけだ。

近藤康太郎『三行で撃つ<善く、生きる>ための文章塾』(CEメディアハウス)
p.112

近藤康太郎さんの『三行で撃つ』で、特に印象に残った文章だ。
ちなみに私が本書につけた付箋は約80、ドッグイヤーは13あった。上の文は、その中のひとつである。

本を読んで付箋をつける。つけるときは「ああ!すごい」と思ってつける。鉛筆で線も引き、なんなら殴り書きで何を感じたか書く。読み終わるころには、大量の付箋がはられている。結果、付箋が多すぎて、より大切だと感じた部分がどこかわからなくなる。
今までの読書だと、これで終わりだった。しかし今回は、作中で出てきた読書の方法を真似してみることにした。付箋の部分だけを、読後にもう一度読み返してみたのだ。すると、その中でも自分により響いた、読む度に体温が1度ぐらい上がりそうな文章があることに気づく。
それが、今回の『三行で撃つ』は13こだった。すごい本には、たくさん耳が生える。結果、付箋の中にも、「すごい」と「超すごい」の階層が生まれた。これはいい。後で見返しやすくなりそうだ。

ところで、今私は「読む度に対応が1度ぐらい上がりそうな」という書き方をしたが、実は

・ドキドキした
・魂を揺さぶられた
・心臓をぐっと掴まれた

などという表現が候補に上がっていた。これは、近藤さんからすれば<正確ではない>表現だろう。ドキドキなんてオノマトペに頼って文章を書くべきではない。魂を揺さぶられるなんて書くなら、魂を定義しなければいけない。心臓をぐっと掴むなんて、使い古された慣用句でしかない。

ドキドキってなんなんだろう。鼓動が早くなることだ。
魂を揺さぶられるってなんだろう。心が動き、行動が変わることだ。
心臓をぐっと掴まれるとどうなるのだろう。息ができなくなりそうだ。これはちょっと嘘だな。息はしていた。

ひとつの文章を書くのに、これだけ考えた。
こうやって、自分の表現を磨いていくしかない。
嘘は書かない。
感じたままを、できる限り正確に。

ライターという職業は、フィジカルを、五感をフル活用しなければならない職業だと、今更に思い知らされた。


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