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父の葬儀と、家族の笑顔

9月3日、父の葬儀ミサがありました。

父が長年通っており、
私も、子どもの頃から通っていた教会にて。

その教会は、
父が聖堂の建て替えに力を尽くした記憶も、
私の結婚式をしていただいた記憶もある、
第二の家のような、大切な場所。



当日、教会の150ほどある席は、
ほぼ満席でした。

親族だけで40名近く。
私たち4人の子どもと、
10人の孫(+お腹の中にもう1人)。
小さな子どもの声が、癒しになりました。

教会の方もたくさん来られ、
葬儀ミサが滞りなく行われるようにお手伝いしてくださった方も、たくさんいらっしゃいました。
生前、教会のために、心も時間も尽くしてきた父。
教会の共同体が、みんなで一緒に協力しながら、
父を天国へと送ってくれました。
小さい頃から姉妹のように一緒に過ごした
教会の友人は、
姪っ子甥っ子たちが飽きてしまわないようにと、
おもちゃやおりがみをたくさん持ってきて、遊んでくれました。

父の友人や仕事関係の方もたくさん参列されていましたし、
母や妹の友達など、父と直接つながりのない方も、
残された私たちのために、来てくださいました。

参列できなかった方からも、
お花を送りたいとの申し出や、
たくさんのお祈りを寄せていただきました。


父も、私たち家族も、
たくさんの方に支えられていることを感じ、
感謝の気持ちでいっぱいでした。

父の生きた証が、ぎゅっと詰まった葬儀ミサ。



葬儀ミサの侍者(神父さまのお手伝い)は、
小学6年生の次男はっくんと、
小学3年生の末娘くんちゃん
がしてくれました。
ふだんのミサとは違う流れだったのに、
しっかりと役目を果たしてくれた二人。

ミサが終わって、私のところに戻ってきたとき、

くんちゃんは、ハンカチで顔をぬぐいながら、
いっぱい涙を流していました。
それを見て、一緒に泣き始めるはっくん。

2人とも、前に立って侍者をしているときは、
涙一つ見せなかった。
ずっと、涙をこらえながら、役目を果たしてくれていたそうです。

「ありがとうね。よくがんばったね。」と、
くんちゃんとはっくんを抱きしめながら、
私も一緒に、泣きました。



中学3年生の長男にっくんは
参列者一人ずつが棺に献花をするときに歌う聖歌を、オルガンで伴奏してくれました。

オルガンへ向かうにっくんは、
目を真っ赤にして、泣いていました。
ふだん、ほとんど涙を流すことのないにっくん。
大好きなおじいちゃんの死を、目の前にして、
見たことないくらい、泣いていました。

「大丈夫?オルガン弾ける?」
と、オルガニストの方が心配してくれましたが、
「弾きます」と。

その返事通り、
しっかりと、伴奏を務めてくれました。

孫の伴奏や侍者で、送ってもらえた父は、
きっと嬉しかったと思います。


参列者が多く、献花のために用意していた3曲の聖歌も歌い終わってしまったため、
私も、BGMとしてオルガンを弾きました。
(あまり上手ではないのですが…)

父が昔、好きだと言っていた、
スピッツの「チェリー」
実は、父が亡くなった翌朝、
目が覚めた時、ふと耳の中で流れたのが「チェリー」でした。
いつの間にか覚えてしまった歌詞を、
一つずつ頭に思い浮かべたら、
父からのメッセージのようで、
涙が止まらなかった朝。

それから、もともと母が大ファンで、
父と母の2人で日産スタジアムのライブに行った思い出のある、
藤井風の「帰ろう」
ライブ会場の夜風に吹かれながら、
「これが幸せってやつなのかなぁ」と父がつぶやいていたのだと、母から聞いて、この曲を選びました。

長年、大して上手くもならないのに、習わせてもらったピアノ。
父の好きだった曲で、見送ることができたら、
少しは親孝行になったでしょうか。


父の棺には、
子どもや孫からの手紙を入れました。
他にも、
父の趣味であり、師範をとって教えていた
書道の作品。
運営にもたずさわっていた俳句会の句集。
父がずっと編集していた教会報。
モンブランやエベレストにも登った父が、
最後にあと6つ、日本百名山で登れなかった
山の写真。
好物の梨とスイカは、甥っ子が紙粘土で作ってくれました。
祖母と私の名前にちなんで、百合の花を、
くんちゃんが折り紙で作ってくれました。
97歳になる祖母も、手紙を入れてくれました。

そして、参列者ひとりひとりが入れてくれたお花。
いっぱいのお花で、
棺の蓋が閉まらないのではないかと思ったほど。


**

葬儀ミサには、
聖書の言葉や、賛美歌が、たくさん登場します。
ふだんのミサでも、なにげなく聞くことのある言葉ですが、
天国へのぼっていく父を目の前にして聞くと、
一つひとつが、なぐさめとなりました。

中でも、神父さまが読んでくださった福音朗読がこちら。

「心を騒がせるな。神を信じなさい。
そして、わたしをも信じなさい。
わたしの父の家には住む所がたくさんある。
もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。
こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。
わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」

ヨハネによる福音書14章 1-4

実はこの箇所は、少し前に、
ふだんのミサのお説教で読まれた箇所でした。

この記事を書いたときには、
まさか4か月後に
父が亡くなることになるなんて、
想像もしていませんでしたが。



父の死は、本当に突然で、
悲しくて、寂しくて、
今でも会いたい気持ちでいっぱい。

でも、不思議と、
心は落ち着いているのです。

それは、
「父は、天国にいる」と、
絶対的に信じることができるから。


小学3年生のくんちゃんが、
めちゃめちゃ純粋に天国を信じているのと
同じくらい純粋に、
「お父さんは、絶対に天国にいる」
41歳の私も、心から信じています。


天国は、苦しみや悩みから解放されるところ。
父は今、最上の安らぎの中で、
神さまのもとにいる。

そして、私たちのそばにいる。
身体に束縛されることなく、自由に、
行きたいところに行ける。

今までは、
実家に行かないと父と会えなかったけれど、
これからは、ずっと父がそばにいてくれる。
守ってくれている。
私の中にいる。体の中に、心の中に。


心の底から、そう信じることができるから、
父との日々を思い出して、さみしくなることはあっても、
悲しみに覆いつくされてしまうことが、不思議と、あまりないのです。

むしろ、
父が残してくれた知識や、知恵や、経験や、
父から受け継いだ命を、力を、
これからもっと周りの人たちのために、活かしていきたい。

父の孫である我が子たちを、
しっかり育てていきたい。

私自身が、自分の日々を、
明るく、楽しく、充実して過ごしていきたい。

それがきっと、
亡くなった父のためにできる、一番のこと。

そう思っています。



父が亡くなる前に、2人のクリスチャンの方から、
メッセージをいただいていました。

たとえ何があっても、それが最善なのだと信じきって、神様に委ねていてください。

神様は完全で、良いお方だから悪いようにはなさらない。一番良い形に必ずなる。
だから、私たちは信頼してより頼むことを頑張るだけ。

いただいた言葉を、父が亡くなる直前、
兄弟や母にもシェアしていて、

その言葉が、本当に、支えになっていました。


父自身、
「自分の命は、神さまに委ねている」
と言っていました。
そして、神さまのみもとへ、旅立っていきました。

父の死は、悲しいけれど、
それが「神さまの計画」なのだと思うと、
あぁ、神さまに委ねたらいいのだ、と
どこかで救われる思いでした。

そして、
「神さまは悪いようにはなさらない」
という言葉の意味が、
今、わかるような気がします。


**

父の葬儀のために実家に帰った3日間、
母と、4人姉弟と配偶者、その子どもたち、
みんなで良い時間を過ごしました。

おしゃべりしたり、遊んだり、食事をしたり、
いっぱい笑った3日間でした。
笑いすぎて、近所の人に、
「あそこのおうち、お父さん亡くなったんじゃなかったかしら…?」と訝しげに見られているのではないかと思うくらい、
笑い声ばかりが響いていました。


葬儀の日の夜、

4人姉弟、それぞれの子どもを配偶者に任せて、
一晩中、語り明かしました。
(気づけば朝5時!)

子育てのこと、仕事のこと、
教会共同体と、信仰のこと、
子どもたちの生きる未来のこと、
子どもの頃の話、
そして時折出てくる、父の話。

4人の子どもたちに、
いろんな経験をさせてくれた父。
細かいことは言わないけれど、
大事な場面で絶妙に軌道修正してくれた父。
ほとんど怒ることはなかったけれど、
言葉遣いや食事のマナーは注意してくれた父。
優しくて、ちょっぴりおちゃめな一面もある父。
社会のこと、教会のこと、
山や自然や、おすすめの本など、
たくさんのことを教えてくれた父。
みんなにとって、大好きで、尊敬する、父。

「お父さん、すごかったよね」
「あの時、お父さんがさ…」
「これ、お父さんに言ったら叱られるかもしれないけど…」
「あー、お父さんがこの話聞いてたら、何て言ってくれたかなぁ」

私たち4人の子どもの中に、
父は、しっかりと生きています。



居間には、父の遺影と遺骨。

その前で、遊び回る孫たちと、
笑い合う子どもたちと母。


ねぇ、お父さん、
今、一緒にここにいるんでしょ?

ずっと、見ていてね。
お母さんを、私たちを、孫たちを、
ずっとずっと、守っていてね。

お父さん、
今までも、これからも、
ありがとう。



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