天国で、どうか安らかでありますように
今朝早く、
父が、天国へ旅立ちました。
昨日の夜7時頃に、
「今夜が山場だと言われた」
と、母から連絡があり、
最終の新幹線に飛び乗って、
夜中に病院に到着。
母と、妹と、上の弟が、
病室に集まっていました。
父は、
今朝までは妹や母と会話もできていましたが、
急速に状態が悪くなり、
血圧が下がり、
私が到着した時は、息をするのが苦しそうな状態でした。
少し前には、
言葉を発していたようですが、
着いた時には「うん、うん」と返事をするのがやっと。
それでも、こちらの言葉はちゃんと聞こえているのがわかりました。
会えたことに感謝です。
私が荷物をまとめている間に、
3人の子どもたちが、おじいちゃんにお手紙を書いてくれました。
手をにぎりながらそれを読み聞かせると、
「うん、うん」と、しっかりと聞いてくれました。
中学3年生のにっくんからの手紙↓
おじいちゃんへ
僕が生まれた2011年◯月◯日、この時おじいちゃんが、僕を温かく受け入れてくれたと、お母さんから聞きました。
本当にありがとう。
海、美しい山々、夏のプール、時々行った電車旅、
習字、人間として美しく生きるためのマナーなど、
おじいちゃんからは数え切れないほどの楽しみ、おめぐみをもらいました。
本当にありがとう。ありがとう。
僕は、おじいちゃんがくれたたくさんのものを、これからの人生に存分にいかしていきたいと思っています。一生ものにします。
次会う日は、たぶん来ないと思いますが、
天国に行った時も、僕のことを時々思い出してくれたら嬉しいです。
おじいちゃんがいないこの世界は、僕の人生のいろどりがとても減ってしまいますが、
頑張って生きるので、天国に行ってもおじいちゃんのことは一生忘れません。
そして、きっと第一志望の高校に合格して見せるので、もし天国に行くことになっても見守っていてください。
おじいちゃんの優しさは、本当に今まで僕を励ましてくれたりしました。本当にありがとうございます!
本当は、大人になってからおじいちゃんと、いとこたちとどこかにたくさん行きたかったです。
その願いがかなわなかったのが、とても悔しいです。
もっとおじいちゃんとの時間を過ごしたかったです。もっと海にも行きたかったです。
もっと電車の豆知識も教えて、電車の魅力をもっと教えたかったです。
富士山にもおじいちゃんと登りたかったです。
このような願いがかなわなかったのが本当に本当に悔しかったです。
おじいちゃんとの関わりがある人も、みんな何かしらの悔いがのこっていると思います。
でも、それだけおじいちゃんが好かれている、すばらしい人生を送ってきたということを、ぜひ実感してほしいです。
おじいちゃんとの別れは誰もがつらいもので、僕も急すぎて頭の整理が追いつかないですが、今までのおじいちゃんにしてもらったことには感謝しきれません。
この短い14年間、本当にありがとうございました。
天国にいって、やすらかに神さまと生きていけることをお祈りしております。
父の前にいる私たちは、
「ありがとう」「大好きだよ」と繰り返すばかり。
にっくんはじめ、はっくん、くんちゃんのお手紙を読みながら、
「そう、お父さんに伝えたかったのは、こういうことなの」と、
父の生きた時間を、きちんと言葉にしてくれたにっくんたちに、感謝しました。
実は、一番下の弟はブラジルにいて、
今から向かったとしても、早くて2日後になります。
私たちは、弟が父に会えないまま旅立ってしまうのが本当に心残りで、
なんとか今夜を乗り越えて、
明日の朝から緩和病棟に移り、
持ちこたえてくれることを切に願いました。
弟ともビデオ通話をつないで、
みんなで、父への感謝の言葉を伝えました。
「お父さんとお母さんの子どもに生まれて良かったよ」
「お父さん、大好きだよ」
「お父さん、ありがとう」
何度伝えても、伝えきれないくらいの感謝。
途中で、父は少し眠りについて、
私たち姉弟は一度家に帰って休んでおいで、と
母に言われました。
妊娠8ヶ月の妹の体調を気にしてのことだったのかもしれません。
私と妹と弟は、
また明日の朝に来るね、と伝えて
誰もいない実家に戻りました。
3人で、父の思い出を思い出しては、
笑ったり、泣いたり。
「楽しかったよね」
「こんなことあったの、覚えてる?」と話しては、涙が出てしまう。
布団に入っても寝付けず、
深夜3 時半、横で妹がようやく寝息を立てはじめたなぁと思った頃、母からのLINE通知が鳴りました。
「意識が混濁しているから、
朝6時には来たほうがいい」
母に電話すると、
「早めに来たほうがいいけど、なっちゃん(妹)は妊婦さんだから、何かあったらいけないし、眠っているなら無理しないで」
とのこと。
同じタイミングにトイレに起きた弟と、
「5:30に目覚ましかけて、その前になっちゃんが起きるタイミングがあったら、すぐ病院に行こう」
と決めて、もう一度布団へ。
程なくして、妹が、スマホの通知が鳴ったのに気付いて目を覚まし、
「やっぱり、今すぐ行こう」
と、病院を目指しました。
病院に着いたのが4:30頃。
父に、みんなで声をかけ、
ブラジルにいる弟もビデオ通話で繋ぎました。
最期に立ち会えない弟の悲しみを思うと、
私も妹弟も、胸が張り裂けそうな気持ちでした。
最期に会いたかったはず。
手を握りたかったはず。
もっと父と直接話したかったはず。
それでも、
みんなで一緒に、
父に最後の感謝を伝え、泣きました。
4:45頃、
病院に着いた時の苦しそうな呼吸ではなく、
静かに穏やかに、眠るように、
父は帰天しました。
父の最期に立ち会えたことは、奇跡としか言いようがありません。
父が、私たちを待っていてくれたのかな…。
神さまが、私たちを父の最期に、導いてくださったのかな…。
ふと見ると、病室の窓の外に、
美しい朝焼けが広がっていました。
私たちを慰めてくれるような、
父を、天国に迎え入れてくれるような、
美しく、悲しい、優しい朝焼けでした。
**
父は今頃、
天国で、祖父や祖母たちに会えたでしょうか。
苦しみから解放されて、穏やかに過ごしているでしょうか。
父に会いに来てくれた教会の友人が、
「お父さん、今頃イエスさまに会ってるんだねぇ!すごいねぇ!」
と言ってくれて、
あぁそうか、天国でイエスさまに会ってるのかぁ。
それってすごいなぁ、と思いました。
母は、
「お父さん、これからはずっと私たちのそばにいるんだね」
と言ってくれて、
今までは、直接行かないと会えなかったけど、
これからはずっと一緒で、
ずっと見守ってくれているんだなぁ、
と心強く思いました。
私が子どもの頃に、教会学校のリーダーをしてくれていたお姉さんが、
父の枕元で、一緒に祈ってくれました。
子どもの頃から聴き慣れた優しい声と一緒に唱えるアヴェ・マリアの祈りは、父だけでなく、私たちへの癒しでした。
夜には、家に残してきた子どもたちと夫と、
ビデオ通話で繋ぎながら、
母も一緒に、ロザリオの祈りをしました。
毎晩、父のために続けてきたロザリオの祈り。
父が天国でやすらかでありますように、と、
祈りの意向は変わっても、
祈ることで支えられていることは、同じでした。
亡くなった後の葬儀の相談は、
教会の方が、いつも懇意にしている葬儀屋さんを紹介してくださいました。
葬儀のことを、私たちの希望を確認しながら
テキパキと決めてくださる葬儀屋さんの女性。
実は、父は教会で、墓地の管理や、葬儀ミサの侍者をしていたので、この葬儀屋さんの方と一緒に、たくさんの先輩を送ってきたそうです。
私たちが一番心配していた死後の手続きも、
全て葬儀屋さんがしてくださいました。
葬儀の後、司法書士さんを紹介して、
銀行の解約から相続のことまでできます、と、
「今はとにかく、葬儀のことだけ考えてください」
と言ってくださいました。
おかげで、母や私たちにとって、どんなに安心して、心穏やかに過ごせることか…
とても信頼できる葬儀屋さんに感謝しつつ、
父のこれまでのはたらきにも、感謝しました。
たくさんの人から、
父へのメッセージが届き、
「お父さんは、本当にたくさんの人に愛された
幸せな人生だったんだね」
と、母たちと、父の生き様をたたえました。
一度涙が引っ込んで、
誰かから温かいメッセージをいただいて、
また泣いて…
というのを繰り返しながら、
過ごした一日。
隣にいる父は、
なんだか眠っているような顔をしています。
**
父のために、
本当にたくさんの方がお祈りで支えてくださいました。
温かいメッセージや、スキでの応援、優しいコメント、全てに感謝です🍀
心からの感謝を込めて。
