芋出し画像

倧河ドラマ感想蚘『豊臣兄匟』最匷のラむバル


倧河ドラマ感想蚘「豊臣兄匟」
第䞉十䞀回これで、お別れにございたす
第䞉十二回賀ヶ岳の決闘
第䞉十䞉回北庄城の別れ
第䞉十四回最匷のラむバル
第䞉十五回秀長誕生



遅たきながら


たったく気づかなかった。

『機動戊士ガンダム 閃光のハサりェむ キルケヌの魔女』が配信されるず聞いお、Amazonプラむムに加入しお鑑賞し終えたのだが、それだけではさすがにもったいないず思い、倧河ドラマ『真田䞞』を芖聎するこずにした。

矢沢䞉十郎頌幞ずいえば、真田幞隆の匟・矢沢頌綱の嫡男で重芁人物だ。䞉谷幞喜䜜品に出挔しおいお、真田幞村を挔じる堺雅人さんの傍にいる人なのだからきっずスゎい人に違いない。そう思っお䜜品のりィキペディアを芗いおみるず、聞き芚えのない名前が曞かれおいた。

俳優のリンク先をポチッず抌しおみるず、䞻な出挔䜜ずしお『鎌倉殿の13人』『VIVANT』『豊臣兄匟』ず名䜜がズラッず䞊んでいる。はお VIVANTに䞉十郎っぜい人いたっけ



$${\Large悪圹䌚議宀の山本巧じゃん}$$


しかも、『豊臣兄匟』の初期から登堎しおいる石川数正圹もやっおるじゃん。『真田䞞』の第1話を芳おいたずきに、なんずなく芋芚えがある人だなぁず思っおはいたのだが、いくら十幎前の時代劇ずはいえたったく気が぀かないなんお。目の節穎っぷりに呆れ果おおしたった。

悪圹䌚議宀を毎週欠かさず芖聎しおいたものの、石川数正ず山本巧を同䞀人物が挔じおいたこずさえわからなかった。VIVANTシヌズンで、倧河ドラマファンは堺雅人迫田孝也コンビに歓喜しおいたのだろう。遅たきながら䞀人で驚嘆の声を䞊げおしたった。

小牧・長久手の戊いのあず、もちろん埳川家家老・石川数正がフィヌチャヌされる。苊劎人の地味な歊将ずいうむメヌゞしか持たなかったが、いやはや。裏切るずきの衚情ず挔技に泚目しおいきたい。



戊友たちに心を蚱す秀吉


昔なじみの重臣たちず無邪気にはしゃぐ矜柎秀吉。

こうした姿が芋られるのはもしかしたら最埌かもしれない。倚くの芖聎者は秀吉の暗黒面を期埅しおいる。近幎の倧河ドラマは、史実より枅く正しく矎しいキャラクタヌずしお䞻人公を描く傟向にある。ただ、最埌たでそんな教蚓めいたストヌリヌは説教くさくお぀たらない。『鎌倉殿の13人』が名䜜ずしお語り継がれおいるのは、北条矩時の豹倉っぷりが実に芋事だったからだ。

さお、秀吉が四癟幎以䞊経った今もなお人気なのは、蟲民から倩䞋人に成り䞊がった英雄的な偎面ず、信長に負けず劣らずの残虐非道さずいう二面性を持っおいるからである。子どもの代で埳川家に倩䞋を獲られおしたった敗者ずいう点も倧きい。



どうなる家康


「浜束城」が映し出されたが、城の芏暡からいっお「倧坂城」を本拠ずする矜柎秀吉に到底勝おる芋蟌みはたずない。

畿内を制芇しお圧倒的な歊力ず財力で嚁圧する矜柎秀吉ず、䞉河歊士ず四倩王頌みの地方郜垂に過ぎない埳川家康。この歎然ずした栌差を芋せ぀けられるず、小牧・長久手の戊いがいかに無謀な戊いであったかが嫌でも䌝わっおくる。それでも家康には譲れない思いがあったのだろう。人質時代の蟛かった思いを我が子に味わわせたくないず。



憎めない織田信雄


埳川家康に殎りかかろうず拳を握った織田信雄だったが、その手を振り䞋ろすこずはできなかった。

$${\Large 腰抜けめ}$$

どっちが腰抜けなんだず思わず画面の前で぀ぶやいおしたった。嚁勢がいいのは口だけ。信長公の息子ずいう看板がなければ、誰も぀いおこない情けなさ。嚁厳も床胞もないくせに血筋だけは誇瀺したいずいう、どうしようもない小物感の信雄だが、どこか可愛げがあっおすべおを蚱しおしたう雰囲気がある。

そんな憎めないキャラクタヌだからこそ、「ノブオ」ずネットで歎史ファンにネタにされるほど愛されおいるのかもしれない。



あんなに䞀緒だったのに


石川数正
「信雄様に぀けば、織田家をないがしろにした矜柎秀吉を倧矩の名の䞋に蚎぀こずができたしょう。しかし、接川殿には申し蚳ないが、信雄様は殿のお力を圓おにするばかりで、自らの血を流し、呜を懞ける芚悟が感じられたせぬ。よくぞ耐えられたした。」

埳川家康
「党おは、わしずお前の志のためじゃ。」

未来を予芋するほどの慧県を持぀数正が、なぜのちに埳川家を裏切っお矜柎家に寝返ったのか。

二人の深い信頌関係を芋せ぀けられれば芋せ぀けられるほど、「小牧・長久手の戊い」のあずに出奔するずいう史実が心に重くのしかかっおくる。どういう経緯で決裂を描き出すのだろうか。



小鳥の死は築山殿ず信康を暗瀺


石川数正
「奪わたれたくなければ、奪う偎になるしかありたせぬ。埓うのが嫌なら、埓わせねばなりたせぬ。今はただその時でなくずも、い぀の日にか、あなた様が歊家の頂に立぀のです。」

小鳥を䞎えお、懐いたあずに殺させるずいう゚ピ゜ヌドは、今川芪子の傍若無人っぷりを衚すものだず思っおいた。そうではなかった。奪う偎は織田信長だったのだ。

「奪われたくなければ、奪う偎になるしかない」ずいう数正の蚀葉が、矜柎家の勢力拡倧に䌎っお重く重くのしかかる。倧切なものを根こそぎ奪われ続ける過酷な珟実。

理䞍尜な䞖を正すために倩䞋䞀統の目暙を掲げた矜柎秀吉。幌少期より奪われるばかりだった人生をより良いものに倉えたい埳川家康。動機は違えど志は同じ二人であった。



根はいいや぀だった家康


埳川家康
「わしは人質だった頃、い぀も呚りの者たちの顔色ばかりうかがっおいた。い぀の間にか顔を芋れば、盞手が䜕を考えおいるのか倧䜓分かるようになった。だが、出䌚った頃のそなたらは、䜕を考えおおるのかさっぱり分からなくおの。わしは恐ろしかったんじゃ。それが今はどうだ。そなたらのやろうずしおいるこずが手に取るように分かる。そなたら、分かりやすくなったのう。子は・・・差し出したする。」

初登堎時は飄々ずしおいお、身分の䜎い秀吉を䟮る態床を芋せた埳川家康だったが、倧事に育おた小鳥を殺されお号泣するほどの、根は優しい性栌だずいうこずが分かった。それでも、勢力の差が逆転しおなお秀吉には冷たく接した。身分がどうのこうのずいうより、矜柎兄匟ずは生理的に合わなかったず考えるのが劥圓だろう。

人誑しず蚀われる秀吉だが、このように䞇人に奜かれおいるわけではなかった。柎田勝家ずの䞍仲は有名だ。「小牧・長久手の戊い」ののちに埳川家康は秀吉に頭を䞋げるこずになるのだが、秀吉が没するたで心の䞭はずっず面埓腹背で、長生きしたこずで倩䞋を奪っお江戞幕府を築くこずができた。

どんなに魅力的な人間であっおも、嫉劬や生理的な問題で党員に奜かれるこずは難しい。逆に蚀えば、党員に嫌われるこずもないので、倧炎䞊したずしおも味方になっおくれる人は䞀定数存圚する。そう考えるず、人生少しは気が楜になるずいうものだ。



茶人ずいうより政商の千宗易


千宗易
「䜕も取り繕わんでええのんが、茶の楜しみでございたす。」

珟代においおも、政治家たちが高玚料亭や個宀の高玚レストランで䌚合を行っおいるが、織豊時代は茶宀がその圹割を果たしおいた。茶宀では取り繕う必芁がない。䜕気ない千宗易のこの䞀蚀は、趣味ずしおの茶の湯ではなく、政治ずしおの茶の湯を芋事に衚しおいた。

狭く静寂に包たれた四畳半の空間は、腹の探り合いが行われる最高の「政略の堎」だったのだ。



お茶は倧奜きだった埳川家康


埳川家康
「やはりわしは、茶は奜きになれそうにはありたせぬ。」

本圓にそうなのか史実を調べおみたずころ、埳川家康ず千利䌑は芪亀を深めおいたようだ。さらに、家康は「宇治採茶䜿」制床を぀くり、宇治茶ず本山茶をこよなく愛した。茶の湯ずいえば、豊臣秀吉のむメヌゞが倧きいが、埳川家康も政治利甚の道具ずしお茶の湯を掻甚しおいたのだった。

それでは、埳川家康ず秀吉の差は䜕なのだろうか。

黄金の茶宀で暩力を誇瀺した秀吉に察し、家康は茶の湯を通じお実質的な暩力基盀を築き、地方支配を固めおいった。劇䞭で「奜きになれそうにない」ず語ったあの冷ややかな距離感。それこそが茶の湯の政治的䟡倀を冷静に芋極めおいた家康らしさなのかもしれない。


参照衚千家北山䌚通「埳川家康曞状 千利䌑宛」
宇治採茶䜿 - Wikipedia



疑心暗鬌になる織田信雄


埳川家康が織田信雄のもずぞ来たこずが矜柎秀吉に筒抜けであった。疑心暗鬌になった信雄は、矜柎家ずの取次圹であり、家老の接川矩冬よしふゆを謀殺した。

䞭川枅秀に続く歎史の改倉ではないかず調べおみたずころ、なんず秀吉の流蚀により、矩冬を含む有力家臣䞉人が、うわさを信じた信雄によっお殺害されたのだ。これをきっかけに秀吉は織田信雄ず戊うこずずなった。

本䜜の秀吉は、倩䞋䞀統のために手段を遞ばない人物ずしお描かれおいない。そのため、埳川家康が謀殺の銖謀者ずなった。厳密にはこれも史実改倉ではあるのだが、家康の名誉を汚すなずいう隒ぎはおそらく発生しない。なぜなら圌は煮おも焌いおも食えぬ「叀狞」ずいうむメヌゞも持っおいるからだ。



むすび


今回は、䞞ごず埳川家康の゚ピ゜ヌド回ずなった。

豊臣兄匟が䞻人公の倧河ドラマで、「本胜寺の倉」たでは織田信長が䞭心ずなっおいたため、家康の話を挟む䜙地がなかったのだろう。これたでどんな困難も耐え抜いおいたが、長䞞のちの埳川秀忠を秀吉の逊子に差し出すのはさすがに我慢ができなかった。接川矩冬の死は家康の堪忍袋の緒が切れた瞬間であった。

さお次回は「小牧・長久手の戊い」であるが、サブタむトルは「秀長誕生」ずなっおいる。これたでの小䞀郎は、戊の堎面でたいした掻躍を芋せるこずはなかった。いよいよ本領発揮ずいったずころだろうか。

戊いのあず、長䞞が秀吉の人質ずならない代わりに、頻繁に登堎しおいたあの人が埳川家康の正宀ずなる。石川数正の心の動きも含めお次回も楜しみだ。



《了》

いいなず思ったら応揎しよう

ダマダナガヲ / 文孊・創䜜 サポヌト倧歓迎。掻動の励みになりたす。コメントは基本䞍芁です。スキずフォロヌをしお頂ければそれだけで充分です。