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「老後2000万円」に怯えるのをやめた日。40代が数字より先に整えたもの

家計簿をつけていて、手が止まった夜がある。

老後2000万円問題という言葉は、正直もう聞き飽きていた。数字だけが独り歩きしている話だと思っていた。

けれど実際に自分の家計で試算してみたら、話がまったく違った。生活費だけでなく、住居の修繕費や医療費も入れて計算し直した。どう切り詰めても、老後にかかるお金は5000万円近くになる…。

2000万円どころか、あと3000万円足りない。そう分かった瞬間は、さすがに焦った。電卓を何度も叩き直したが、数字は変わらなかった。

生活水準考えると、2000万どころか全くもって足りないじゃん…。

それでも、その焦りの中で一つだけ浮かんだ考えがある。足りない分をただ嘆くより、今から何を増やせるかを考える方がずっと建設的だということだ。

必要な額は年収や家族構成で変わる。だから3000万円という数字自体に意味はないのかもしれない。それでも、自分の数字を一度直視したことには意味があったと思っている。

ただ不思議と、諦めの気持ちにはならなかった。まだまだ色々トライしなければという気持ちの方が強かったのを覚えている。40代のうちに動けば、まだ間に合う範囲だという感覚もあった。

以前の記事で、老後2000万円問題より怖い話について書いたことがある。あの時はまだ、数字の怖さを少し外から眺めていた気がする。

今回は自分の家計で、その怖さを正面から受け止めることになった。

まず手をつけたのは、出ていくお金を減らすことだった。積立の仕方を見直し、使っていないサブスクを解約した。契約していたことすら忘れていたサービスもいくつかあった。ここまでは、よくある節約の話だと思う。

変わったのは、その先だった。

節約で浮いたお金を、ただ貯めるのではなく、副業に必要な投資として使おうと決めた。以前の記事で、毎月の投資は節約ではなく設計だと書いたことがあるけれど、まさにあの感覚に近い。

守るだけでなく、増やす手段にもお金を回す判断だ

この判断は、妻に相談した。反対されるかもしれないと身構えていたけれど、拍子抜けするくらいすんなり話が通った。

「どうせ不安なら、動いてから不安になろう」と妻が言ったのを覚えている。その一言で、こちらの肩の力も抜けた。毎回すんなりいく保証はないと思う。それでも、話す前から諦めていたら、この一言には出会えなかった。

タイミングが良かったのもあると思う。夫婦で同じ方向を向いて、一緒に頑張ろうと決められたことは大きかった。一人で抱えていたら、途中で心が折れていたかもしれない。

ここまで読むと、3000万円の不足が解消したように聞こえるかもしれない。でも実際は、まだ何も解決していない。数字はそのまま残っている。

それでも、以前ほど怖くはない。

理由を考えてみると、恐怖そのものが消えたわけではないとわかる。定年まで20年もない。悠長に構えていられる時間ではないという焦りは、今もある。夜中にふと目が覚めて、数字のことを考える日もまだある。

変わったのは、指をくわえてただ待っているだけではない、という感覚だ。何もせずに時間だけが過ぎていく状態と、動きながら不安を抱える状態とでは、同じ不安でも重さがまるで違う

挑戦する手段を、自分の手で持てている。動けている実感がある。それだけで、同じ数字が違う顔をして見えてくる。

以前の記事で、稼ぐ仕組みの次に守る設計を置くと書いたことがある。今の自分は、守るだけでなく攻める判断も同時にできている。

数字を整える前に、まず動ける体制を整えたということなのだと思う。3000万円という不足額は、いつか埋まる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。それでも、今日より明日の方が動ける自分でいられる気はしている

もし今、老後の数字を見て怖くなっている人がいたら伝えたい。数字が消えるのを待たなくていい。怖いままでも、動き出せる場所は意外と近くにある

あなたが自分の老後資金を試算したら、いくら足りませんでしたか?


和泉澤 裕(いずみさわ ひろし)
40代・都内IT企業の中間管理職。
「テック×ライフ」をテーマに、忙しさの中でも人生の時間を取り戻すために、思考・判断・生活をどう削るかを、実体験ベースで書いています。


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