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【倩橋立・番倖線】海郚氏・物郚氏・阿曇氏──籠神瀟の配眮から蟿る、鏡ず玉を守り継いだ氏族の系譜

Ricoです。

倩橋立シリヌズ②で、元䌊勢籠神瀟の境内をめぐったずき、私はある䞀瀟の配眮に目が留たりたした。──それが、恵矎須瀟です。

本線では「深掘りは別蚘事にお」ずだけ蚘しお、あえお立ち入りたせんでした。

ここで、次の巡瀌蚘事ぞ向かう前に、忘れないうちに曞き留めおおきたいず思いたす。
ずいうこずで、今回は、シリヌズ②の番倖線です。

▌分かりやすい境内案内が公匏サむトに掲茉されおいたすので、参照ください

今回お䌝えしたいのは、瀟殿配眮の解説や神さたそのものの話ではありたせん。珍しいかも

䞀぀の瀟の「䜍眮」に心を留めたずき、そこから糞を手繰るように氏族の系譜が芋えおきお、やがお、か぀お蚪れた熊野や志賀島の蚘憶たでもが、䞀本ずしお連なっおゆく。
その䜓隓そのものを綎っおいきたいず思いたす。

熊野
志賀海

みなさんも経隓があるのではないでしょうか。

なぜか気になる堎所だったり、忘れられない感芚を芚える瀟だったり──。

きっず、その時々で感じるものは倉わるのかもしれないけれど、
確かに「」ずいうような蚘憶に残る参拝があるはず。。。

「なぜ、あの瀟の前で足を止めたのか。」
「なぜ、お蚈らいを感じる堎所で、心が震えるのか。」

配眮からの小さな気づきを入口に、鏡ず玉、そしおそれを守り継いだ氏族の連なりぞず、分け入っおいきたす。

瀟殿の配眮は、語っおいる──䞉぀の気づき

たず、今回の出発点ずなった気づきを、手短に敎理しおおきたす。
境内をめぐるずき、瀟殿や境内瀟の「配眮」に目を留めるず、ふだん芋えないものが芋えおくるこずがありたす。

✔ 通䟋ずしお、拝殿に向かっお右が䞊座にあたる
出雲倧瀟のように、向かっお巊を䞊䜍ずする䟋倖もありたす

✔ そのうえで、個々の境内瀟がどこに配されおいるかに、その瀟の歩んできた歎史が映し出されるこずがある

✔ 䞀般的な神名だけでは刀断できない、固有の歎史的な謂れが、祭神の奥に隠れおいるこずがある

籠神瀟の恵矎須瀟は、この䞉぀がそろっお立ち珟れる䞀瀟でした。

向かっお右手、぀たり䞊座にあたる䜍眮に眮かれた恵矎須瀟。

埡祭神
圊火火出芋尊ひこほほでみのみこず
倭宿犰呜やたずすくねのみこず

䞀般的なえびす様事代䞻神や蛭子神ずは異なるのです。

耇数の資料は、この瀟が倧化以前の籠宮の「元神もずがみ」、すなわち本来の䞻祭神であった可胜性を䌝えおいたす。
圊火明呜を䞻祭神ずするより前の、より叀い籠神瀟の蚘憶を留める瀟かもしれない──。

䞊座に眮かれおいるのは、いわば「元の䞻」だったから。
そう考えたずき、䜕気ない䞀瀟の䜍眮が、急に深い意味を垯びお芋えおきたのです。

なぜ、その瀟が気になったのか

ここで、少し正盎な話をしおみたす。

瀟殿配眮は、「あの堎」が気になったので埌から調べおわかったこずです。
しかしながら珟地では、理屈より先に、ただ「惹かれた」のです。
そしお、重なるように「倭宿犰呜」像にも釘付けになりたした。

こういう感芚を、私は以前にも経隓しおいたす。

九州・志賀島の志賀海神瀟を蚪れたずきのこずです。
海神の総本瀟ず称えられるあの瀟で、亀石遥拝所の前に立ったずき、蚀葉にならない感慚が抌し寄せおきたした。

阿曇磯良(あづみのいそら)ずいう海人の祖が、黄金の亀に乗っお珟れ、神功皇后に「千珠䞇珠(せんじゅたんじゅ)の玉」を授けたずいう䌝説の地。

志賀海神瀟の亀石遥拝所の「亀石」

海ず空がひず぀に溶け合う景色の前で、自分がなぜここたで心を動かされるのか、その時はわかりたせんでした。

▌このずきの参拝は、こちらの蚘事に綎っおいたす。

籠神瀟の恵矎須瀟で足が止たったずき、私はあの志賀島の感芚を思い出しおいたした。そしお埌になっお、その二぀が偶然ではなかったこずに気づくのです。

恵矎須瀟に祀られる倭宿犰呜は、神歊倩皇の東埁のずき、明石海峡で亀の背に乗っお珟れ、倩皇を先導したず䌝えられる、海郚氏の祖。
亀に乗っお海を枡る海人の祖ずいう姿は、志賀島の阿曇磯良ず非垞に酷䌌しおいたすよね。
海神ず結ばれた山幞圊・圊火火出芋尊、亀に乗った倭宿犰呜。
぀たり、恵矎須瀟は、たぎれもなく「海の瀟」だったのです。

海の民が祀る、海の神。

私が惹かれたのは、知識ずしおそれを知る前から、その瀟が攟぀「海の気配」だったのかもしれたせん。心が震えるずき、理屈はい぀も埌からやっおきたす。そしお、その震えにこそ、たどるべき糞の端が握られおいるのだず思うのです。

鏡を「守り抜いた」氏族──海郚氏ずいう連なり

恵矎須瀟から芋えおきた海郚氏あたべうじ。
この䞀族こそ、シリヌズ②でも觊れた、あの「鏡」を守り抜いおきた氏族でした。

籠神瀟には、息接鏡おき぀かがみず邊接鏡ぞ぀かがみずいう二面の鏡が䌝わりたす。

昭和62幎(1987幎)の調査で、邊接鏡は前挢時代、息接鏡は埌挢時代のものず刀明したした。出土品ではない「䌝䞖鏡」ずしおは日本最叀ずされ、その由緒は囜宝『海郚氏系図』に蚘されおいたす。
海郚氏が圓䞻から圓䞻ぞ、代替わりごずに口䌝をもっお二千幎䌝えおきた、ずいう鏡なのです。

ここで心惹かれるのは、鏡そのものの叀さ以䞊に、それを「守り継いだ人々」の連なりです。海郚氏は珟圚たで八十代を超えお䞖襲を続けおきた叀瀟家。その家系図は、珟存最叀の系図のひず぀ずしお囜宝に指定されおいたす。

そしお、この海郚氏ずいう䞀族をたどっおいくず、思いがけず広い氏族の地図が芋えおきたす。
私たちが各地で手を合わせおいる神々は、実は芋えない系譜の糞で、互いに結ばれおいるのです。

海郚氏・尟匵氏・物郚氏──ひず぀の祖から分かれた氏族たち

籠神瀟の䞻祭神・圊火明呜ひこほあかりのみこず。
この神を祖ずする氏族は、海郚氏だけではありたせん。

『先代旧事本玀せんだいくじほんぎ』の「倩孫本玀」は、圊火明呜の子・倩銙語山呜あめのかごやたのみこず以䞋の子孫が、各地に広がっおいった様を䌝えおいたす。その系譜から枝分かれしたのが、䞹埌の海郚氏であり、尟匵(珟圚の愛知県)を本拠ずした尟匵氏でした。

尟匵氏は、熱田神宮の祭祀に深く関わり、草薙剣を奉斎した䞀族ずしお知られたす。海郚氏ず尟匵氏は、ずもに倩火明呜を祖ずする同族ずされ、尟匵氏の別姓が「海郚氏」であったず䌝える史料もありたす。
䞹埌の海ず、尟匵の地──。離れた土地に根を匵った二぀の氏族が、同じ祖神を戎いおいたのです。

さらに、ここに物郚氏もののべうじが関わっおきたす。

『先代旧事本玀』は、籠神瀟の圊火明呜を、物郚氏の祖神・饒速日呜にぎはやひのみこずず同䞀神ずする立堎をずりたす。同曞で䞻祭神は「倩照囜照圊倩火明櫛玉饒速日尊」ずいう長い神名で蚘され、倩火明呜ず饒速日呜がひず぀の神ずされおいたす。

この同䞀神説に立おば、鏡を守る海郚氏・尟匵氏ず、物郚氏は、はるか神代においお䞀぀の源流から分かれた同祖、ずいうこずになりたす。鏡の氏族ず、これから芋る「玉」の氏族が、根で぀ながっおいる──壮倧な系譜が立ち珟れたす。

ただし、ここは慎重に申し添えおおく郚分もありたす。

平安初期の氏族名鑑『新撰姓氏録』は、「饒速日呜は倩神、火明呜は倩孫であり、断然別人ずすべし」ずしお、䞡者を明確に別神ずする立堎をずっおいたす。同䞀神ずみるか別神ずみるかは、叀代から珟代の研究者たで議論が続く、決着の぀いおいない問題です。「確実に同祖である」ず断定はできたせん。

しかし、断定できないからこそ、面癜いのだず思いたす。叀代の人々が、これらの氏族を䞀぀の神のもずに束ねお捉えようずした、その䞖界芳そのものが、私たちに䜕かを語りかけおきたす。
系譜ずは、血の぀ながりの蚘録であるず同時に、人々が「自分たちはどこから来たのか」を物語ろうずした、祈りの地図でもあるのです。

▌以䞋でもルヌツを蟿っおいたしたね

物郚氏が守った「玉」 ──玉眮神瀟ず石䞊神宮ぞ

では、海郚氏・尟匵氏ず同じ源流から分かれたかもしれない物郚氏は、䜕を守り䌝えたのでしょうか。
それが、十皮神宝ずくさのかんだからの「玉」でした。

ここで、か぀お蚪れた熊野の奥宮・玉眮神瀟が、私のなかで぀ながっおきたす。

玉眮山に鎮座するこの叀瀟の名は、神歊倩皇が埡東埁のずき、この地で「十皮神宝」の「玉」を鎮め眮いお歊運を祈願されたこずに由来する、ず瀟䌝は䌝えおいたす。最重芁の聖地・玉石瀟は、瀟殿も祠もなく、癜い玉石に囲たれた黒い䞞石そのものを埡神䜓ずする、磐座(いわくら)信仰の堎。瀟殿ずいう噚を持たず、石に盎接神を芋るこの祈りの圢は、眞名井神瀟の磐座ずも、深いずころで響き合っおいたす。

▌玉眮神瀟ず熊野䞉山に぀いおは、こちらの蚘事に綎っおいたす。

十皮神宝は、『先代旧事本玀』倩孫本玀に蚘される十皮の宝。

瀛郜鏡・蟺郜鏡・八握剣・生玉・死反玉・足玉・道反玉・蛇比瀌・蜂比瀌・品物之比瀌──鏡二皮・剣䞀皮・玉四皮・比瀌䞉皮からなりたす。

饒速日呜が倩降りの際に倩神から授かったずされ、その子・宇摩志麻治呜うたしたじのみこずが神歊倩皇に奉献し、宮䞭で鎮魂祭みたたしずめのた぀りを創始したず䌝えられたす。

そしお厇神倩皇の時代、十皮神宝は奈良・石䞊神宮いそのかみじんぐうに、宇摩志麻治呜の子孫である物郚氏によっお玍め祀られたした。十皮神宝の霊力は垃留埡魂倧神ふるのみたたのおおかみずしお神栌化され、今も祀られおいたす。

か぀お石䞊神宮に参拝したずき、私はこの瀟が「起死回生」「魂の若返り」の信仰を䌝えおいるこずに、匷く心を動かされたした。

✔ 神歊倩皇が熊野で生気を倱ったずき、垃郜埡魂剣の力で蘇ったずいう神話。
✔ 鎮魂祭は「魂を若返らせ、元気を取り戻す祭り」であるずいう、宮叞の蚀葉。
物郚氏が守り䌝えたのは、ただの宝物ではなく、「いのちを甊らせる力」そのものだったのです。

▌石䞊神宮の鎮魂祭ず参拝の意味に぀いおは、こちらに綎っおいたす。

「ふるべ ゆらゆら」が結ぶもの

ここで、シリヌズ②をお読みくださった方は、ある蚀葉を思い出されるかもしれたせん。

眞名井神瀟の埡生れ鈎みあれすずのずころで觊れた、「ふるべ ゆらゆらず ふるぞ」ずいう垃留の蚀ふるのこずです。

この呪詞こそ、十皮神宝ずずもに䌝えられたものでした。

『先代旧事本玀』には、饒速日呜が「もし痛むずころがあれば、この十皮の宝をもっお、䞀二䞉四五六䞃八九十ひふみよいむなやこずず唱えお振るわせなさい」ず教えられたず蚘されおいたす。
十皮神宝を振るい、垃留の蚀を唱えれば、䞇病も癒え、死者さえ甊るずされた。石䞊神宮の鎮魂法では、今も「ひふみ祓詞」が唱えられたす。

この「ふるべ ゆらゆらず ふるぞ」をめぐっおは、こちらの蚘事でも觊れおいたす。

倩橋立の眞名井神瀟で聞いた鈎の響き。
熊野・玉眮神瀟が䌝える神歊東埁の玉。
奈良・石䞊神宮の垃留の蚀ず、いのちを甊らせる力。
──これらが「十皮神宝」ずいう䞀本の糞で、静かに結ばれおいる。

そしお、その玉の物語は、海の圌方の志賀島にも響いおいたした。

志賀海神瀟の阿曇磯良が神功皇后に授けた「千珠䞇珠の玉」は、朮の満ち匕きを操る朮満珠・朮干珠。海人族が「玉」に蚗した、いのちず自然を叞る力の信仰です。

海郚氏の鏡、物郚氏の玉、阿曇氏の珠。

守る氏族も、祀る土地も違いながら、叀代の人々は「聖なる宝を守り䌝える」ずいう同じ営みを、列島の各地で続けおきたのです。

系譜をたどるこずは、自分の立぀堎所を知るこず

ここたで、鏡ず玉、そしおそれを守り継いだ氏族の連なりを蟿っおきたした。

海郚氏(鏡)。尟匵氏(剣)。物郚氏(玉・十皮神宝)。阿曇氏(珠)。

これらの氏族が、ある説では䞀぀の祖から分かれ、列島の各地で聖なる宝を守り続けおきたずいう䌝え。その地図を眺めおいるず、私はあるこずに気づかされたす。

私たちが䜕気なく手を合わせおいる神瀟の神々は、決しお孀立した点ではないのです。

たずえば、熱田神宮に参るずき、その背埌には尟匵氏ずいう鏡ず剣の氏族がいる。石䞊神宮に参るずき、そこには物郚氏ず十皮神宝の蚘憶がある。志賀海神瀟や䜏吉倧瀟に参るずき、海人・阿曇氏の珠の信仰が息づいおいる。そしお籠神瀟に参るずき、二千幎鏡を守り抜いた海郚氏が、今も祭祀を続けおいる。

▌海神をめぐる䜏吉の流れに぀いおは、倧阪・䜏吉倧瀟ず九州・䜏吉神瀟の蚘事にも綎っおいたす。


これらの瀟を蚪れ、系譜の糞を手繰っおいくず、自分がいた手を合わせおいる神が、どの氏族によっお、どんな祈りずずもに守られおきたのかが芋えおきたす。
点が線になり、線が面になり、やがお叀代の人々が描いた壮倧な祈りの地図が、ほのかに浮かび䞊がっおくるのです。

そしお、その地図は、きっず読者のみなさん自身にも぀ながっおいたす。

✔ あなたが生たれ育った土地の䞀宮には、どんな氏族の蚘憶が宿っおいるでしょうか。
✔ あなたの産土神うぶすながみは、どの系譜の流れに連なっおいるでしょうか。

自らの郷里の神瀟の由緒をたどるこずは、自分ずいう存圚が、どれほど深い時間の連なりの先に立っおいるのかを知るこずでもありたす。

なぜ、ある瀟の前で足が止たるのか。
なぜ、お蚈らいを感じる堎所で、心が震えるのか。
その震えは、もしかするず、自分でも気づかぬうちに、自らの連なる系譜の蚘憶に觊れおいるからなのかもしれたせん。理屈ではなく、身䜓のずっず奥のほうで、「ここは知っおいる堎所だ」ず感じ取っおいる──。

巡瀌ずは、そうやっお自分の立぀堎所を確かめながら、祈りの地図を䞀歩ず぀描いおいく営みなのだず思いたす。

次にどの聖地を蚪れるずき、たた新たな糞が結ばれるのか。
そう思うず、心が静かに高鳎りたすね。


では。

い぀も、ありがずう


@Rico

幞せは自分のために
䞖界が平和であるために

いいなず思ったら応揎しよう