福岡・住吉神社|日本第一住吉宮の真髄を知る
@Ricoです。
福岡市博多区に鎮座する住吉神社は、全国に2,129社ある住吉神社の中でも「日本第一住吉宮」「住吉本社」と称される特別な存在です。古書にもそのように記され、三大住吉の一つとして、大阪の住吉大社、山口下関の住吉神社とともに篤く崇敬されてきました。
創建から1800年以上の歴史を持ち、筑前国一之宮として今も多くの参拝者を迎えています。今回の記事では、この住吉神社に秘められた本質と、住吉大社参拝からの気づきと共通点を俯瞰してみてみたいと思います。
住吉神社とは|日本第一住吉宮の由緒
住吉神社は、福岡県福岡市博多区住吉に鎮座する神社です。その創建は1800年以上前に遡り、全国の住吉神社の中でも最古とされています。
延長5年(927年)成立の延喜式神名帳では、筑前国那珂郡に「住吉神社三座 並名神大」と記載
中世以降は筑前国一之宮として位置づけられる
江戸時代には福岡藩主黒田家の崇敬も篤く、元和9年(1623年)に黒田長政が白銀2,000枚を寄進して現在の本殿が再建
明治5年(1872年)に県社に列し、大正14年(1925年)には官幣小社に昇格、現在は神社本庁の別表神社
御祭神|禊祓から生まれた三神
古事記によれば、住吉三神の御出現は極めて神聖なものです。
伊弉諾大神が筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原でミソギハラヘ(禊祓)をされたとき、海の底で底筒男神が、海の中で中筒男神が、海の表で表筒男神がお生まれになったとされています。
つまり、住吉神社の御祭神は禊祓そのものから生まれた神なのです。このことは、住吉信仰の根本が心身の清浄にあることを示しています。
筑紫の日向の橘の小戸|御出現の地
住吉三神が生まれた場所として古事記に記される「筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原」は、まさにこの福岡の地に比定されています。
住吉神社の周辺には、日向峠、古賀市の青柳(阿波伎)、立花山(橘)、尾東山麓(小戸)といった地名が残されており、これらが神話の舞台を今に伝えているのです。
大阪の住吉大社が神功皇后により鎮斎された地であるのに対し、福岡の住吉神社は住吉三神が実際に生まれた御出現の地という点で、より根源的な聖地としての性格を持っているのです。
御神徳|心身の清浄がすべての基本
住吉神社の御神徳は、ミソギハラヘの御出現の由来から、「心身の清浄」を以てすべての災から身を守ることにあります。
現代社会では、さまざまなストレスや雑念に囲まれて生活しています。心が濁り、本来の自分を見失いそうになることも少なくありません。住吉神社への参拝は、そうした心身の穢れを祓い清め、本来の清らかな自分に立ち返る機会を与えてくださるのです。
また、”つつのを(筒男)”の「つつ」には星の意味があると言われ、航海・海上の守護神としても厚い崇敬があります。人生という航海を安全に導いてくださる神として、古来より信仰を集めてきました。
国重要文化財の本殿|住吉造の美しさ
現在の本殿は、元和9年(1623年)に黒田長政が白銀2,000枚と材木を寄進して再建したもので、国の重要文化財に指定されています。
建築様式は、神社建築史上最も古い様式とされる住吉造です。直線を基調としたシンプルなデザインが特徴で、屋根は切妻造、妻入りという配置をとっています。
朱塗りの柱と白壁のコントラストが美しく、400年近い歳月を経た今も、その荘厳な姿で参拝者を迎えています。境内の掃き清められた砂利と相まって、清浄な空気が満ちており、まさに禊祓の神を祀るにふさわしい佇まいです。
鬼縛り石|追儺祭神事と除災招福
御本殿の向かって左手前には、鬼縛り石と呼ばれる石柱があります。
追儺祭(おにやらい)は疫神を追い払うという意味合いがあり、その際に境内に蔓延った邪気災厄を鬼に見立てて「桃の弓」「葦の矢」を以て鎮められた鬼を縛りつける石柱です。
この儀式が除災招福の祈念へと繋がっていきます。
摂社|志賀神社の深い意味
御本殿の向かって左側には、摂社が並んでいます。その中でも特に注目すべきは志賀神社です。
住吉三神と志賀三神(綿津見三神)は、ともに伊弉諾大神の禊祓の際にお生まれになった兄弟神です。住吉神社の境内に志賀神社が祀られているのは、この深い御神縁によるものなのです。
志賀神社には福分小判と呼ばれる特別な奉納物があります。この小判は、志賀大神を氏神とする豊の国(大分県)久住の志賀氏が宝籤に当籤したことを報恩感謝し、参拝者にも福が授けられることを願って奉納されたものです。
志賀神社と潮満珠・潮干珠の繋がり
志賀神社の案内板には、重要な記述があります。
ここに、大阪の住吉大社で見た潮満珠と潮干珠の伝説が繋がってきます。
海幸彦・山幸彦の神話において、山幸彦が海神(綿津見大神)から授かった潮満珠と潮干珠は、潮の満ち引きを操る玉とされています。この海神こそが志賀神社の御祭神なのです。
水の循環、浄化の営み、そして龍神信仰。これらすべてが禊祓の思想と深く結びついており、住吉神社の信仰の核心を成しているのです。
人丸神社と菅原神社
志賀神社の隣には、人丸神社と菅原神社も並んでいます。
🔹人丸神社
御祭神:柿本人麻呂公
和歌・芸能の神として崇敬されています
🔹菅原神社
御祭神:菅原道真公
学問の神として広く知られています。
これらの摂社が住吉神社の境内に並んでいることは、心身の清浄という基本の上に、芸能や学問といった文化が花開くことを示しているのではないでしょうか。
荒熊・白髭稲荷神社|もう一つの聖域
御本殿の左手奥に向かうと、お祓いの鈴の心地よい音が聞こえてきます。
その先に鎮座するのが、荒熊・白髭稲荷神社です。
鳥居をくぐって進むと、宇賀神社とも呼ばれた時代があることを示す手水舎があり、さらに奥に御本殿が見えてきます。
御祭神は豊受大神で、長い歴史を持つ神社です。
一夜松|命をつなぐ御神木
荒熊・白髭稲荷神社の境内には、一夜松と呼ばれる御神木があります。不思議な場所に立っているこの松には、興味深い伝説が残されています。
古より命をつなぐ松にあやかり、子孫繁栄、延命長寿の御神徳があると言われています。連歌師の宗祇も、この松について「神垣の松にも頼む言の葉も すぐなる道に立ちや直ると」と詠んでいます。
のぞき稲荷|祈りが聞き届けられる場所
荒熊・白髭稲荷神社の近くには、のぞき稲荷と呼ばれる不思議な場所があります。雰囲気のある岩の鳥居から中をのぞき込むと、奥に御鏡が見えます。
まず奇岩の鳥居から中をのぞき込み、次に自らの姿を御鏡に写して一つ願いを掛けると、祈りが聞き届けられると言われています。正面から参拝すると、その御神威をはっきりと感じることができます。
唐門から三日恵比須神社へ
荒熊・白髭稲荷神社のさらに奥には、美しい唐門があります。この門をくぐって進んでいくと、三日恵比須神社のエリアに入ります。
まず目に入るのが、大きな恵比須様の御神像です。正式には三日恵比須神像と呼ばれ、触れる場所によってさまざまな御利益があるとされています。
お顔に触れると家内安全、お腹に触れると病気退散、鯛に触れると金運上昇、腕に触れると技能向上の御利益があると言われており、笑門来福の象徴として親しまれています。
三日恵比須神社の御由緒
三日恵比須神社の御祭神は恵比須大神です。
その由緒は、昭和21年元旦に遡ります。
現在も福を求めて市内外から多くの参拝者が訪れており、笑顔の恵比須様が人々を温かく迎えています。
古代力士像|力を授かる
参道の近くには、古代力士像が建っています。これは博多人形師の中村信喬・弘峰親子の合作で、古代の力士をかたどった像です。
この力士像の右手のシワの形が「力」という漢字に見えることから、その手に触れると力を授かれると言われています。開運・立身出世の御利益があるとされ、相撲ファンはもちろん、力を必要とする人々が訪れます。
住吉神社と相撲の縁は深く、10月に行われる相撲会大祭は、神功皇后が朝鮮から帰国したとき、住吉神に対して神恩感謝として相撲・流鏑馬を奉納したことに由来すると言われています。
少彦名神社|薬祖神と酒造神
参道入り口近くには、少彦名神社が鎮座しています。御祭神は少彦名大神で、薬祖神・酒造神として崇敬されています。
少彦名大神は大国主命とともに国造りをされた神で、医薬・温泉・酒造などの文化を人々にもたらしたとされています。大阪の少彦名神社(神農さん)と同様、健康と医療の守護神として信仰されているのです。
境内はそれほど広くはありませんが、一つ一つの摂社末社に深い意味があり、参拝ポイントごとに新たな発見があります。
博多古図|海に面した往時の姿
境内には博多古図が展示されています。これは鎌倉時代の博多の様子を描いたもので、明治時代に奉納されました。
この古図を見ると、当時の住吉神社が海に面していたことがわかります。今の天神あたりまで海だったことが伺え、住吉神社が港の守り神として機能していたことが実感できます。
海との距離は時代とともに変わりましたが、航海安全・海上守護の神としての性格は今も変わりません。むしろ、人生という航海を守護する神として、より普遍的な信仰を集めているのです。
相撲会大祭|最も重要な祭礼
住吉神社で最も重要な祭礼が、10月12日から14日に行われる相撲会大祭です。神功皇后が朝鮮から帰国したとき、住吉神に対して神恩感謝として相撲・流鏑馬を奉納したことに由来すると言われています。
※日程は、2025年時点情報を記載
祭事では、稚児行列のほか、流鏑馬、少年相撲が奉納されます。古来からの伝統を今に伝える重要な神事です。
追儺祭と潮井祭|一年を通じた祭事
住吉神社では、年間を通じてさまざまな祭事が行われています。
日本第一住吉宮の意味
住吉神社が「日本第一住吉宮」と称される理由は、住吉三神が実際に生まれた御出現の地であるという、根源的な聖性にあります。
この違いは極めて重要と感じます。御出現の地である福岡の住吉神社には、禊祓の根源的な力が宿っていると言えるでしょう。
三大住吉の関係性
三大住吉と呼ばれる福岡、大阪、下関の住吉神社は、それぞれが独立して存在するのではなく、深い関係性で結ばれています。
福岡で住吉三神が生まれ、神功皇后の三韓遠征を守護し、その凱旋の途中で大阪に和魂が、下関に荒魂が祀られました。つまり、三つの神社は時間軸と空間軸の両方でつながっているのです。
福岡から大阪、そして下関へと至る参拝の旅は、住吉信仰の全体像を理解する上で、極めて意義深いものとなるでしょう。
いつか下関の地へも参拝に上がりたいと思います。
住吉神社が示す生き方
住吉神社が示す生き方とは、心身の清浄を保つことです。これはすべての基本であり、人生における成功や幸福の土台となるものです。
心が清らかであれば、正しい判断ができます。身体が清潔であれば、健康を保つことができます。禊祓の精神は、決して古臭い教えではなく、現代を生きるわれわれにとって最も必要な智慧なのです。
志賀海神社へ続く道
住吉神社での参拝は、さらなる深い旅への扉を開いていきます。
✔️ 志賀神社で見た福分小判に描かれた昇鯉と昇龍
✔️ そして潮満珠と潮干珠の伝説
この二つを以って、志賀海神社(福岡市東区)へとつながっていきます。
志賀海神社は、志賀三神(綿津見三神)をお祀りする神社で、住吉三神と兄弟神の関係にあります。住吉神社から志賀海神社へと参拝を繋ぐことで、禊祓と海の神々への理解がより深まっていくと感じるのです。
おわりに|清らかな心で生きる
日本第一住吉宮である福岡の住吉神社は、住吉三神が実際に生まれた御出現の地として、禊祓の根源的な力を今に伝えています。
心身の清浄を保つこと。それを意識して生きることが大切なことであり、原点であると思い出させてくださいます。
心と身体に気を巡らせるためにも、清く在ることは先決であると言えます。
1800年以上の時を超えて受け継がれてきた禊祓の精神を、ぜひ住吉神社で体感してください。清らかな心で生きることの大切さを、住吉三神が優しく教えてくださるでしょう。
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
