見出し画像

3 中原大戦後に広州国民政府が立ち上がる

 北伐完成後に、軍閥時代最大の内戦、中原大戦が1930年おこったが、その後、さらに反蒋介石派が結集し、1931年5月広東では汪兆銘陳済棠李宗仁唐生智らが広州国民政府を立ち上げたことは、あまり知られていない。

1931年5月広東では汪兆銘陳済棠李宗仁唐生智反蒋介石派は、広州国民政府を立ち上げ、蒋介石の独裁を批判し、下野を要求した。
 その後、満州事変が勃発したことを期に
張学良の仲介で、蒋介石の下野(主席の辞任)により和解し、陳済棠以外は南京政府に合流した。(陳済棠は広州で政権を維持し続け、福建省の中華共和国討伐では蒋介石南京政府に協力したが、1936年南京政府の切り崩しにあい、陳済棠は香港へ逃亡し消滅。)なお、蒋介石は主席を下野し、林森が後任の主席に就任、1か月後、汪兆銘が行政院長に就任、2か月後には蒋介石は軍事委員会委員長に復帰している。1943年8月、蒋介石が国民政府主席に再就任するまで、林森がずっと主席だったことも知られていない。

このような知られていないエピソードが満載ですので、是非ごらんください。
北伐完成の後に起きた最大の内戦、中原大戦|CRAFT TOOLS
不戦条約違反第1号は張学良とソ連|CRAFT TOOLS
日中近代史再整理Ⅱ|CRAFT TOOLS
日中近代史再整理1|CRAFT TOOLS
日中近代史再整理Ⅲ|CRAFT TOOLS
4 満州事変の原因は張学良が、日本と袁世凱との条約を破棄したから|CRAFT TOOLS
5 第1次上海事変は中国共産党の対日宣戦布告が発端|CRAFT TOOLS
6 盧溝橋事件のときに北京に駐留していた軍隊は日本のほかに米、英、仏、伊がいた|CRAFT TOOLS
7 第2次上海事変で日本軍に戦闘を仕掛けたのはドイツ式軍服と装備の中華民国軍|CRAFT TOOLS
8 関東軍はいつから満州にいたのか。     |CRAFT TOOLS
9 日中戦争、蒋介石最大の誤算はソ連陸軍義勇軍が参戦しなかったこと|CRAFT TOOLS
10 南京陥落後、蒋介石は持久戦を決断、自ら講和の可能性を断つ|CRAFT TOOLS
11 蒋介石は首都を漢口から重慶に移転する時間稼ぎのため、黄河を決壊させ、長沙城を焼き払った|CRAFT TOOLS


いいなと思ったら応援しよう!