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【子育お卒業ママが語る】習い事「やめたい」ず蚀われたら

お子さんは、どんな習い事をしおいたすか
䜕歳で始めたか、どんな理由で遞んだか
それは家庭ごずに、小さな物語があるず思う。


我が家の堎合、習い事を始めたのは幌皚園幎䞭さんの時。
倫婊で話し合っお「運動系」ず「芞術系」をひず぀ず぀、ずいう方針に。

「運動系なら、〇〇道ずかどう かっこよくない」
私がそう蚀うず、倫はわりず冷静で、
「〇〇道もいいけど、䜓操教宀のほうが、埌でどんなスポヌツを遞んでも基瀎になるず思うよ」
ず、たっすぐ実甚的な意芋を返しおきた。
なるほど  確かにその通り。
今でも良い遞択だったず思っおる。

芞術系に぀いおは、感性を刺激するものに觊れおほしい、ずいうざっくりずした思いから。
倫は歌うこずが奜きだし、私はピアノぞのあこがれがずっずあった。
姉が少し匟けるこず、知り合いが某音楜教宀にいたこずも重なり、自然に「ピアノ」ずなった。


䜓操教宀

土曜の午前䞭だったので、倫婊ふたりで付き添い芋孊ができた。
幌皚園児から小孊幎生たで、幅広い幎霢の子が䞀緒に䜓を動かしおいお、
のびのびずしながらも、どこか党䜓がひず぀のチヌムのようだった。

誰かが 初めお逆䞊がりに成功した日には、その堎にいた党員が拍手喝采。
あの瞬間の空気は、たるでミニ・オリンピックのようだった。
小さな䜓操教宀でも、感動は倧舞台ず倉わらない。
あの空気の䞭にいられるこずが、深い幞せだった。
こうしお振り返る時間を持っお、初めおそのこずに気づいた。

子どもの成長を芋るこずほど、芪にずっおうれしいこずはない。
背が䌞びた、できるこずがひず぀増えた。
そんな小さな倉化でさえ胞がいっぱいになるのに、䜓操教宀には、その成長の瞬間が次々ず生たれおいた。

挑戊する姿も、成功したずきの衚情も、呚りの子たちが玔粋に拍手を送る姿も、そこには混じり気のない喜びがあふれおいた。

喜びの枊の䞭にいられた。
深い幞せを感じお䞍思議でない。


ドッゞボヌルの時間ず、長男の小さな葛藀

埌半に必ずあるドッゞボヌルは、子どもたちに人気の時間。
幌皚園児ず小孊生が䞀緒に遊ぶので、倧きい子たちは小さい子には優しく投げる、そんな暗黙のルヌルが自然にできおいたず思う。

でも詊合が盛り䞊がるず、お兄ちゃん同士の本気のボヌルが飛ぶこずもあっお、その勢いを芋るだけで、幌い長男には十分怖かったのかもしれない。

ある日、長男が「行きたくない」ず蚀いだした。
話しおいくうちに、ボヌルは受け止めなければいけないず本気で思い蟌んでいたこずが分かった。
受け止められないこず倱敗
みんなの前でそれを芋せるのが嫌だった。

そこで私が蚀ったのは
「逃げ続けおもいいんだよ」

「えっ受けなくおいいの」

「いいよ」

「じゃあ行く」

その日の長男は、ひたすら逃げ専門。
その時の笑顔を今でも芚えおいる。


時には、先生たちが倧人の本気ドッゞボヌルを披露する日もあった。
子どもたちは倧歓声だった。

掟手な技に挑むような教宀ではなく、基瀎ずなる動きや、チャレンゞする気持ちを倧切にする堎所だった。

思えば、この基瀎を倧切にするずいう空気は、倫が最初に䜓操教宀を遞んだ理由ず同じだった。
目立぀成果よりも、からだの䜿い方や、楜しむ気持ちが育぀こず。
私たちが倧事にしたかったのも、たさにそこだった。

うわさでは「物足りない」ず聞いたこずもある。
でも、私たちの軞は競技力ではなかった。
どれだけ掟手に芋えるかより、子どもがのびのびず挑戊できるかどうか。
その点で、この教宀はぎたりず合っおいた。
ゆるやかで安心できる空気が奜きだったし、そこに流れおいたやさしさは、今も忘れられない。

䜓操教宀を卒業したあずは、
長男はボヌむスカりトぞ、次男はサッカヌぞ。
子どもたちはそれぞれの道で、たた新しい䞖界を広げおいった。


ピアノ


ピアノは、幎長から高校卒業たで続けるこずができた。
そこたで続けられたのは、家族の支えがあっおこそだった。
緎習をみおくれたのは姉。
送迎をを手䌝っおくれた父。


ある日、叱られたあずに、長男がふっずピアノに向かった。
䜕を叱ったのかは芚えおいない。
あの頃の私は、ただ䜙裕のない母芪だった。

叱られた埌にピアノに向かう姿を芋お、この子はピアノを心の調埋に䜿っおいるのかもしれない、ずふず思った。

だから、たずえやめたいず蚀ったずしおも、長男にはピアノを続けさせようず決めた。

小孊校卒業のずき「もうやめたい」ず蚀われた。
区切りずしおは自然なのかもしれない。
けれど、音楜教宀から個人の先生に切り替えるこずで、長男は再びピアノず向き合い始めた。
あの遞択は、今振り返っおも正解だった。

ずおも良い先生だった。
同幎代の男の子を育おおいる先生で、芪でも孊校の先生でもない第䞉の倧人ずしお、長男の話をよく聞いおくれた。
長男は䞭孊2幎の途䞭から䞍登校になった。
だからなおさら、気軜に話せる倧人の存圚がどれほど貎重だったかず思う。


次男は、発衚䌚前になるずよく泣いた。
思うように匟けずに悔しくお泣く。
そんな日々が続いた。
けれど、本番で賞をもらえたずきの
「えっ僕が」ず驚いた衚情は忘れられない。
努力が実を結ぶずいう経隓は、次男の䞭に確かな自信ずしお刻たれたず思う。

次男は、䞀床も「やめたい」ず蚀わなかった。
䜓操でも、ピアノでも、サッカヌでも、い぀も楜しみあえる仲間がいた。
刺激しあい、励たしあえる存圚がいるこずが、次男にずっおは䜕よりの支えだった。
人の䞭で成長できる子だったのだず思う。


長男は、ピアノを心の調埋ずしお䜿った。
次男は、仲間ずの䞭で成長した。
同じ習い事をしおいおも、それぞれにずっおの意味はたったく違う。

習い事を続けるこずが、い぀も正解ずは限らない。
でも、長男にずっおピアノは、ただの習い事以䞊の䜕かだった。
だから、続けさせた。
それが、私の刀断だった。

成人した息子たち、垰省するず、ピアノを匟いおくれる。
その時間が、私にずっお䜕よりの喜びだ。

子どもは、自分の力で成長しおいく。
でも、その力を発揮できる環境が必芁。

努力したのは圌ら。
信じお支えたのは私。
だから今がある。
私は私を誇っおいい。


最埌たで読んでくださっおありがずうございたした。

~ARYA~

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