重伝建を歩く⑤ 観光地化のその先に。長野県・海野宿に思うこと。
1625年に始まった海野宿(長野県東御市)は今年、開宿400年を迎える。これだけの風情を残し、人の生活の場として残る海野宿だが、実際に来てみるまでは半信半疑だった。

重要伝統的建造物群保存地区に選定されるような古い町並みでも、観光地化されすぎて、完全に風情と情緒を失ったところが多いからだ。あるいは、保全活動をとうの昔に諦めてしまった宿場町もあるからだ。ところが海野宿はまさにタイムカプセルのような空間を残していた。
海野宿は北国街道の宿駅として開設され、中山道と北陸道を結ぶ重要な街道として栄え、江戸時代には旅籠屋として、明治時代には養蚕業で活気ある町として成長したという。

その見どころと言えば、江戸時代の旅籠づくりといわれる「出格子」や、明治時代の養室づくりといわれる「小屋根」を特徴とする建築だ。「出桁つくり」「うだつ(卯建)」「気抜き」などの建築用語を通して、海野宿の奥深さを知ることができる。


「馬の塩舐め石」には「伝馬に与えた塩を盛った石」と説明がつけられていた。宿場から宿場への人やものの移動は、当時、馬がリレーのようにして行ったり来たりしていたことがわかる。海野宿資料館によれば、「海野から上田まで旅人を載せて運んで24文」だったという。この宿場にも25頭の馬が待機していたそうだ。

海野宿では、当時の人や動物、あるいは商売や生活に思いを馳せることができた。だが、こうした空間も、この先、保全していくことができるのだろうか。

「行き過ぎた観光地化」で失われるもの
父の出身は飛騨高山だが、昭和の飛騨高山にあったようなあの静けさは今はもうなく、コロナ禍の前から観光地化に舵を切り、「古い町並み」の商業化やホテル建設ラッシュなど「行き過ぎた観光地化」に近づこうとしている。

海野宿も「観光地化か、現状維持か」に揺れているようだ。どちらにも理があるので、なかなか決まらないと推察する。飲食や土産物販売など、新たな価値で味付けすれば、「令和の宿場町」としてさらなる活気が生まれるだろう。一方で、「観光地化」を突き進むことで確実に失われるものもある。
観光客の急増は確実に「質の低下」を招く。例えば、従来できていた「来訪者に土地や店のよさを伝える」といったコミュニケーションも、観光地化が進みすぎればそれどころではなくなってしまうだろう。ドッと観光客がなだれ込めば、“説明疲れ”、“対応疲れ”で観光客の顔を見るのも嫌になるからだ。
コロナ前、東京の葛飾柴又も観光客が押し寄せる事態となっていて、客の対応に疲れてしまった店側がうっかり見せた対応が、客の顰蹙を買ってしまったことがあった。SNSで拡散されたその店の汚名、撤回には多くの時間を費やした。

また、観光客がドッと入ってくるエリアを虎視眈々と狙うのは「外資」や「大手」、すなわち外からの大資本である。インバウンド真っ盛りの今、全国津々浦々、チェーン店がご当地を侵食するようになった。風情も情緒も景観も、これによって失われるのは残念なことだ。過去から受け継がれる日本の遺産を抱える海野宿も、“商業資本の思うつぼ”に陥ってしまうのではないかと、今から心配だ。

生活者の居場所もなくなった
生活者の居場所もなくなるだろう。私は都内に住んでいるが、中央線沿線駅の南北に延びる商店街も、2010年代中盤以降「観光客向けの品ぞろえ」になってしまった。飲食店を中心とする地元民向けの名店もここ10年でどんどんなくなった。
町そのものも汚くなってしまった。「ゴミ出しルール」を守らない飲食店は、土地の資本だとは考えにくい。そのゴミ置き場は、缶チューハイを片手にたむろする“来訪客”のゴミ捨て場と化し、カラスが生ゴミをつついて散乱させる始末だ。
もちろん観光地化にはメリットもある。「家業としての店づくり」の復活もその1つだ。インバウンドの波をうまく利用することで、今まで斜陽とされた乾物屋さんが息を吹き返した事例もある。元気な街づくりという共通の目標を得て、店どうしにコラボレーションが生まれる現象もあった。

これは埼玉県川越市が生んだ好事例だが、今の「川越の古い町並み」(ここも伝統的建造物群保存地区)は人の多さでは鎌倉の小町通りと比肩し、「どこにでもあるような街並み」になりつつあるからだ。もとより川越の商店街には「観光ブームに乗らない慎重さ」があったのだが…。
やっぱり「行き過ぎた観光地化」はよくない。それを止めるには、まずは国策であるインバウンドの目標値「年間6000万人」を取り下げることだと思っている。世界の観光地と比べて、日本の観光地はどこも基本的に規模が小さいし、特に木造の古い町並みは自ずと受け入れに「限界」が潜在する。観光収入以上に、住民にのしかかる社会コストの負担が今後は増えていくだろう。
海野宿には、住民との調和、歴史的価値のあるものの保全、内資・外資とのバランス、訪問客との対話など、うまく課題を乗り越えて、「そこにしかない町並み」を維持してほしいと願っている。

