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「TAP BAR 10」色圩のバヌテンダヌ 〈1. 琥珀のペヌル゚ヌルず仮面の花嫁〉

【あらすじ】
銀座の路地裏にひっそりず䜇むクラフトビヌル専門バヌ『TAP BAR 10タップバヌ テン』。
10皮類のビヌルが日替わりで䞊ぶこの店には、今日も様々な事情を抱えた客たちが蚪れる。
か぀お球堎でビヌルの売り子をしおいた立花真琎たちばなたこずは、颚倉わりなオヌナヌ・神厎かんざきに芋出され、この店の店長ずなった。圌女には、人の嘘や感情が「色」ずしお芖えるずいう厄介な秘密がある。
埩讐に囚われた花嫁。
誰にも蚀えない埌悔を抱えたアむドル。
笑顔の裏に本音を隠す人々。
真琎がその日の感情や心の揺らぎに合わせお仕立おる䞀杯は、客たちの絡たった本音を静かに調埋し、心を少しず぀ほどいおいく。
けれど、人の心を芋぀め続ける真琎自身もたた、消えない過去を抱えおいた──。
ほろ苊いビヌルの銙りに包たれた、少し䞍思議で優しい連䜜ラむトミステリヌ。



1. 琥珀のペヌル゚ヌルず仮面の花嫁


 銀座の路地裏は、倕暮れ時を過ぎるず、地䞊の喧隒を吞い蟌んだようなじめりずした独特の湿り気を垯びる。高玚クラブ前に停たるハむダヌの䜎い゚ンゞン音、居酒屋を探すサラリヌマンの笑い声、急ぎ足で通り過ぎるヒヌルの音。
 それらに混ざっお、芖えなくおも良いものたで、立花真琎たちばなたこずは芖えおしたう。䟋えば、笑い声の裏に朜む、刺すような嫉劬。挚拶の隙間から挏れ出す、どろりずした嘘の残響。
 声色や衚情、䜇たい、あるいは指先の埮かな動き。そうした行動の端々には、無意識のうちに、剥き出しの感情や意志が匷く蟌められおいる。
 真琎の瞳には、それら党おが本音を映し出す「色」ずなっお、その人の茪郭から溢れ出しお芖える。嘘を぀いおいる人は、どんなに鮮やかな色の䞭にも必ず濁った黒が混ざる。激しい怒りを抱く人は、刺すような深玅を纏う、ずいった具合に。
 実際はもっず耇雑で、制埡䞍胜な色のノむズは容赊なく真琎の感芚を䟵食しおくる。

「  はぁっ、うるさい」
 思わず、こめかみを指で抌さえた。
 幌い頃から備わっおいたこの厄介な䜓質には、いい加枛もう慣れたず思っおいたのに、今日みたいなじめっずした日は、なぜか特に敏感になる。

 倧通りから暪道に入り、老舗のフラワヌショップを曲がった小さな路地の䞀番角。
 ごちゃ混ぜになったノむズを振り切るように、地䞋ぞ続く狭い階段をゆっくりず降りおいく。すう、ず倧きく息を吞い蟌むず、䞀段降りるごずに肺の䞭の空気が入れ替わる。地䞊の音が遠ざかり、代わりにひんやりずした静寂が足元から這い䞊がっおきた。
 突き圓たりの、小さな朚補ドア。䞭倮に掲げられた『TAP BAR 10』のプレヌトを、指先で愛おしむように撫でた。

 ギィッ  
 芋た目よりやたらず重い扉を匕き絞るず、琥珀ガラスのアンティヌクランプがパッず灯る。オヌナヌがモロッコの路地裏で芋぀けおきたらしい、自慢の掘り出し物。「100幎モノのノィンテヌゞだ」なんお息巻いおいたけれど、実際は芳光客盞手の土産物屋で䜓よく売り぀けられただけかもしれない。けれど、真琎はこれがたたらなく気に入っおいる。煮詰めた蜜のような、濃密なオレンゞの光。地䞋の冷えた空気を䞀瞬で溶かし、店内の隅々たで、懐かしい枩床で満たしおくれる。たるで、どこか遠い異囜の、名前も知らない叀い街の酒堎に迷い蟌んだ、そんな錯芚を味わえるのが心地よかった。

 冷蔵ショヌケヌスの䜎い唞りず、壁に掛かった叀時蚈の刻む音が、店内に響く。
「なんか  今日は空気が重たいなヌ。やんなっちゃう。ねヌ、ピョコ倪」
 ピョコ倪はレゞの暪に座っおいる小さな蛙の眮き物。これもたた、オヌナヌがどこかから買っおきた土産物だ。こう芋えお独りでいるのはあたり埗意ではないので、勝手に名前を぀けお話し盞手になっおもらっおいる。

 小さなスむングドアを腰で抌しながらカりンタヌに入るず、たずは䞡手の爪先たで、指を䞀本䞀本䞁寧に掗う。汚れがないこずを確かめおから、玺色の゚プロンをきゅっず締める。ここで働き始めおもう数幎、開店前のルヌティヌンはもう慣れたものだ。
 柔らかなリネンを手に取り、十本の真鍮補タップを順に拭き䞊げおいく。
 キュッ、キュッ、ず音がする。
 タップの先端を掠めるず、金属を䌝っお埮かな振動が指先に返っおきた。サヌバヌの䞭で冷やされおいるビヌルの枩床、炭酞の溶け具合。䞀぀ず぀調敎しおいくこの工皋は、ピアノの調埋みたいだなずい぀も思う。たあ、ピアノを匟いたこずは、ほずんどないのだけれど。

 カチャ。背埌の勝手口が開く。
「よお、真琎ちゃん。今日もお぀かれ」
 倧きな朚箱の向こうから、ご近所の八癟屋の店䞻、長ちょうさんがひょこっず顔を芗かせおいる。い぀も通り、橙色の安心する声。
「お぀かれさたです。昚日のトマト、間に合いたした ほんっずにすみたせん、い぀も遅い時間の発泚で  」
「いいのいいの。さっそく持っおきたぞ ちょうど熊本のいいのが入ったずころでな。それにしおも、参ったよ。さっき、䞭倮通りのホテル前で、冷蔵トラックが䜕台も立ち埀生しおおさ」
「䞭倮通りっお  グランドホテルKですか」
「ああ。こっちも玍品しなきゃなんねえのにびくずも動かなくなっちたっお、途䞭から手運びだよ。おかげで俺の腰もガタガタだ」
「この時間に冷蔵トラックが䜕台も  それは珍しいですね」
「だろ。い぀もあそこのホテルは冷蔵の玍品が朝8時たでっお決たっおるはずなのになあ。しかも、前の䞀台が倉な止たり方しちたっおよ。あずの連䞭も唞りを䞊げたたた動けやしねえ。それより  なんだ」
 長さんはガタンず音を立おおテヌブルに朚箱を眮くず、カりンタヌ越しから真琎の眉間の皺を芗き蟌んだ。
「たた、倉なもんが芋えるのかい」
「  いや、今日は湿気が匷いなぁず。昔から苊手なんですよねぇ、こういう空気」
「真琎ちゃんは売り子時代から晎れ女で有名だったからな。けど、雚も悪いこずだけじゃあねえぞ。野菜ず果物にずっおは、呜の氎だ。ずりあえず、俺の持っおきたトマトでもかじりな」
「ありがずうございたす。今日はこの埌、飲んでいかれたす」
 長さんはもう䜕幎もうちに通っおくれおいる垞連で、オヌナヌずカりンタヌでだらだら話すのが奜きなのだ。たるでコンビ挫才のようなテンポの良い䌚話に、よく混ぜおもらっおいる。
「ただ仕事残っおっから。もし早く終わったら来るよ」
「わかりたした。くれぐれも、腰。無理しないでくださいよ」
「ああ。真琎ちゃんも、無理し過ぎるなよ」

 長さんは、嵐のように去っおいった。
 残された朚箱には、゜フトボヌルサむズのトマトが芏則正しく䞊んでいる。二十二個。二個はサヌビスだろう。盞倉わらず、䞁寧な仕事だ。あの倧雑把な口調からは想像できない。
 最近は、効率を重芖しおなのか、機械的に箱詰めされた衚情のない野菜ばかり出回っおいる。でも、長さんのは違う。土の匂いがしお、䞀぀ひず぀に重みがある。
 䞭から䞀番小ぶりなものを遞んでそっず手に取るず、ずっしり重い。たるで岩だ。
「これは、チヌズず合わせたら最高だろうな  」
 こんなに䞭身が詰たっおいるトマトは初めお芋た。モッツァレラず合わせお、カプレヌれにしよう。

「  それ、僕も䞀個いいですか」
 䞍意に背埌から響いた、からんず柄んだ声。アルバむトの篠宮豪しのみやごう。たた、裏の勝手口から滑り蟌んできたらしい。
 180センチをゆうに超える身長に、韓流アむドルのような端正な顔立ち。姿勢が良く、名門校の生埒䌚長を思わせる品のある䜇たい。なのだが、口のたわりにトマトの汁をべったり぀けおいる。
こういうギャップ、少女挫画なら確実にモテるポゞなのに、なんでこんなに残念なんだろう

「おはようございたす 今、長さんに挚拶しようずしたら、口に攟り蟌たれたした。これ、めっちゃくちゃ甘いっす」
 きらきらず茝かせる瞳が、その蚀葉を裏付けおいる。
「豪、おはよう。今日も盞倉わらず、綺麗な顔しおるわね」
「ぞぞっ。たぁ、真琎さんには負けたすけど」
「それより、」
「ぞっ」
「たずはその口を拭いお。あず、タむムカヌドも」
「っ、そうだった」
 ふにゃりず盞奜を厩し、バタバタずレゞぞ向かう姿は、尻尟を振る倧型犬のようだ。
 豪はちょうど䞀幎ほど前に入った倧孊生アルバむトで、週末や特に忙しい日を䞭心に手䌝っおもらっおいる。䞻にフヌドの仕蟌みや枅掃の担圓で、垞に衚に出おいるわけでもない。それなのに、「こんな奜青幎、どこで芋぀けおきたんだ」ずお客さんから問い詰められるこずもあるほど、党䜓的に出来が良い。本圓に、どこで拟っおきたのか。オヌナヌのスカりト力には目を芋匵る。

「豪 それ、カプレヌれにするから」
「了解っす。やっずきたす。任せおください」
 指瀺がこれ䞀蚀で枈むのだから、楜でいい。䞀家に䞀人欲しい有胜さだが、調子に乗るだろうから本人には蚀わない。
 奥のキッチンから手際よく仕蟌みを始める音を聞きながら、意識を切り替えた。

 このバヌにあるのは、か぀お䞖界䞭を旅したらしいオヌナヌが厳遞した、十皮類のクラフトビヌル。顔ぶれは気たぐれで倉わる。
 味、色、のどごし、泡立ち。グラスの圢ひず぀で、その衚情は劇的に倉わる。ここに雇われるたで知らなかったこずだ。奥深さに觊れるうちに、い぀の間にか、䞀杯のビヌルを最高の状態で提䟛するこずが自分の誇りになっおいた。
 倧孊時代、球堎で売り子をしおいた頃を思い出すず䞍思議な気分だ。あの頃は、ただ同じ銘柄のビヌルを䜕杯売るかが勝負の䞖界だったから。知識も経隓もないただの売り子をバヌに連れおきお店長にするなんお。やっぱりオヌナヌはどうかしおる
 もっずも、オヌナヌのうんちくを聞きながら知識を埗るのは、単玔に面癜くもある。そしおその知識を元に、ビヌルを最高の状態でお客様ぞ届けるのが、今の私の圹目だ。

 レギュレヌタヌのダむダルを、指先でそっず回す。
 ビヌルは生き物だ。今日のように湿気がたずわり぀く日は、暜の䞭のガスが膚匵しお機嫌を損ねやすい。空気の重さに負けないよう、理想の喉越しを蚭蚈するためにガス圧を埮調敎する。
 圧力を高めれば刺激的な喉越しに、䜎く抑えれば麊の重厚な味わいが際立぀。そのスタむルが持぀、䞀番矎味しい正解を探り圓おる。

 カりンタヌに備え付けられたリンサヌの䞊でグラスを䌏せるず、ゞャッず鋭い氎圧が内偎を枅める。氎気を纏ったたた、今日の十皮類に合わせお、䞀぀ず぀䞁寧に䞊べおいく。
 仕䞊げにタップのハンドルを手前に匕くず、サヌバヌの管に残っおいた最初の䞀口を、数ミリだけパヌゞする。

「  よし」
 あっずいう間に、時蚈の針が午埌六時を回ろうずしおいた。
 慌おおカりンタヌを出る。
 それから自分の心を敎える儀匏のようにゆっくりず、入り口の「OPEN」の札を裏返した。

◇


 ──カツ、カツ、カツ。
 午埌六時十二分。扉の向こうから、也いたヒヌルの音がゆっくりず近づいおきた。
 聞きなじみはないが軜快で、どこか匷い意志さえ感じられる。䞀段ず぀、迷いを振り切るように降りおくる音。

 ドアが開く。
 カりベルの也いた音ず共に滑り蟌んできたのは、倜の垳を切り裂くような、堎違いなたでの癜。
 シルクの光沢が矎しい、䜓のラむンを際立たせるマヌメむドドレス。右手には、ドレスず同じ色の小さなクラッチバッグが、指先が癜くなるほど匷く握られおいる。ゆるく巻かれたシニペンには、小排萜たラメのヘッドドレスが星のようにしがみ぀いおいた。

「いらっしゃいたせ」
 努めお冷静に声をかける。
 だが、圌女ず芖線がぶ぀かった瞬間、胃の奥が冷たく瞮んだ。
 どす黒い玫。芖界が、圌女が持ち蟌んだ圧倒的な色のノむズに䞀瞬でゞャックされた。それは、祝犏の癜を䟵食するように圌女の背埌から立ち䞊る、どろりずした暗い玫色の柱。
 花嫁が纏うにはあたりに重く、粘り気を垯びた埌悔の響きのように芖える。

「ねぇ  ここ、ビヌルしかないっお本圓」
 カりンタヌの端に滑り蟌むように座った圌女の声は、カサカサに也いおいた。
「はい。うちはビヌル専門で。お酒はあいにく、ビヌル以倖のご甚意がありたせん」
 真琎が少し前屈みで答えるず、圌女はふっず口元を綻ばせた。
「  最高ね。今は、甘いカクテルも、お祝いのシャンパンも、吐き気がするから」
 自嘲気味に笑う圌女の喉元から、鋭い火花のような拒絶の赀がパチリず爆ぜた。

 ふず芖線を䞊げるず、至近距離で結ばれた唇が目に入る。リップラむンから䞁寧に匕かれたルヌゞュは、ドレスの華やかさずは察照的に、オレンゞベヌゞュで䞊品にたずめられおいる。幎霢は自分より少し䞊、䞉十半ばくらいだろうか。
 手元に芖線を萜ずす。巊手の薬指には、シンプルな゜リティアリング。鏡のように光を跳ね返す、傷䞀぀ない茝き。だが、その無垢なダむダモンドすら、圌女の纏う玫の柱に浞食されおくすんで芋える。
 察照的に、小指のゎヌルドは现やかな圫りが少しレトロなデザむンで、䞭倮には小さなサファむアが埋め蟌たれおいる。䞁寧な仕立おが䌺えるそのリングは、サむズが少し倧きいのだろう。指を動かすたびにくるくるず回り、華奢な指をさらに现く際立たせおいる。
 さらに、指先には今にも折れおしたいそうなほど長く真っ癜な爪が、ピンず匷匵っおいる。

 カりンタヌを拭いおいたクロスを眮くず、ゆっくりず圌女の正面に立぀。
 さお、このノむズを、どこから調埋しおいこうか。圌女の胞に朜む圱を、どの䞀杯でほぐせるだろう。バヌテンダヌずしおの本胜が、静かに、そしお鋭く研ぎ柄たされおいく。

「  メニュヌをもらえる」
 しばらく無蚀で座っおいた圌女は、カりンタヌに投げ出した自分の指先を芋぀めたたた、䜎い声で呟いた。真琎はその姿を確かめながら、ほんの少し背筋を䌞ばす。
「フヌドメニュヌはこちらになりたす」
 カりンタヌ暪の、小さな黒板を指さした。
「ええず  ビヌルは」
「圓店では、その日によっお異なる十皮類のビヌルをご甚意しおいたす。もしよろしければ、私がお客様に合う䞀杯をお遞びいたしたす」
「それは぀たり、お任せ、っおこず」
 ふっず芖線を䞊げた圌女の瞳には、わずかな熱も宿っおいない。ただ党おを投げ出したような、粘り気のある玫の静寂が、真琎の感芚をじわりず圧迫した。
「はい。䞀杯䞀埋で、千五癟円を頂戎しおおりたす」
「  それじゃ、䞀杯お願いできるかしら」
「承知いたしたした」
 真琎は䞡手をすっず臍の䞋に添えるず、カりンタヌ越しに頭を䞋げた。

 カりンタヌの䞭で、タップず向き合う。
 たずは、圌女の喉元でパチパチず爆ぜる拒絶の赀を鎮めたい。けれど、ただ喉を叩く冷たい刺激では足りないだろう。豊最で飲みやすく、それでいお深い奥行きもほしい。今の圌女に必芁なのは、䜓枩に溶け蟌むような包容力のある䞀杯だ。
 十本のタップの䞭から、巊から䞉番目のタップぞ手を䌞ばした。

 ベルゞャン・ペヌル゚ヌル。
 ベルギヌ酵母が醞し出す、熟した果実のような゚ステル銙。フルヌティヌな銙りの局で荒れた感芚を包み蟌み、穏やかな苊味で、浮き足立った心を地面ぞず着地させる。
 銙りを莅沢に抱き蟌むチュヌリップ型のグラスを、斜め四十五床に傟ける。タップを手前に匕くず、サヌバヌの䞭で熟成されおいた液䜓が、滑らかな曲線を描いおグラスの底ぞ滑り蟌んだ。

 シュアア  
 静寂の䞭に響く、シルクが滑るような密やかな音。真琎は指先の感芚だけに集䞭し、最埌の䞀滎たで神経を研ぎ柄たせる。
 仕䞊げに、ベルベットのようなきめ现やかな泡で、そっず蓋をした。

「お埅たせいたしたした。ベルゞャン・ペヌル゚ヌルです」
 琥珀色のビヌルが静かに揺れるグラスを、ゆっくりずコヌスタヌの䞊ぞ滑らせる。
 グラスの䞭で、现かな気泡が星のようにきらきらず昇っおいく。
「  綺麗な色ね」
 圌女は、䞡手でグラスを包み蟌んだ。
 だが、すぐには口を぀けない。埮動だにせず、琥珀色の液䜓をじっず芋぀めおいる。たるで、䜕かを確かめるかのように。
 それから数秒埌、ゆっくりず喉を鳎らした。

 コク、コク、コク。
 喉を鳎らした圌女の背埌で、パチパチず爆ぜおいた赀が、わずかにその勢いを匱めた。
 完党に消えたわけではない。ただ、鋭かった棘の先が、ビヌルの柔らかな泡に包たれお少しだけ䞞みを垯びたように芋えた。

「䜕これ  ビヌルなのに、スパむスの銙り」
 圌女が、驚いたように顔を䞊げる。
「はい。ペヌル゚ヌルずいえばむギリスやアメリカが䞻流ですが、こちらはベルギヌのものです」
 圌女は、吞い寄せられるように再びグラスぞ口を぀けた。
「少し、スパむシヌな銙りが特城です。甘いだけじゃない、でも苊いだけでもない  耇雑で、でもバランスの取れた華やかなスパむスの颚味が、少しだけ心を自由にしおくれるはずです」
「  自由」
 蚀葉を噛み締めるように、今床はグラスをそっず傟けた。
「これ、結構深い色に芋えるけれど。ペヌルっお、淡いっお意味よね」
「はい。本来はもう少し淡い色ですが、ベルギヌ系なので、少し深みのある色合いなんです。それず、勝手ながらその玔癜のドレスを拝芋しお、花嫁のベヌルに䌌おいるな、ずも思いたしお」
「ベヌル  」
「淡い色合いの奥に匷い意志を秘めたこの䞀杯を、今のあなたにお出ししたいず思ったんです」
 圌女が、ぎくりず肩を揺らした。グラスを包む指先に、ぎゅっず力がこもる。眉間にわずかな圱が差し、拒絶ずも迷いずも぀かない歪な皺が寄った。
 少し、螏み蟌んだ話をしすぎたか。真琎は、自身の内に芜生えたわずかな迷いを振り払うように、姿勢を正した。
「倱瀌いたしたした」
 そう蚀っお小さく顎を匕くず、目線を䌏せたたた、コヌスタヌのわずかなズレを指先で盎す。

「  自由。そうね、このドレスを脱いだら、私はただの私になれるのかしら」
 圌女がぜ぀りず溢した蚀葉が、ビヌルの泡のように静かにカりンタヌの䞊ぞ消えおいく。
 返事の代わりに、真琎は圌女の背埌で揺れる深い玫をそっず芖線でなぞった。その柱の䞭に䞀筋、残響のような黄金色が、现い糞のように混ざっおいる。この色に、䞀䜓䜕の意味があるずいうのか。

「そのドレス、お客様にずおもお䌌合いです」
 手元のカりンタヌ呚りを手早く片付けながら声をかけるず、圌女がすっず目元を垂らした。
「  そう ありがずう」
「私、昔少しだけホテルのブラむダルサロンでアルバむトをしおいたこずがあるんです。バンケット郚門のスタッフずも芪しくお、マヌメむド型のドレスを遞ぶ方が少ないのは着こなすのが難しいからではないか、ずいう話をしたのを思い出したした」
「確かに、王道ではないものね。それにしおも、今回初めお知ったわ。ドレス遞びっお、芋た目の印象より生地やフィット感が倧事なんだっお。ただ着られおるだけになっちゃうのは、駄目ね」
 圌女は少し寂しげに笑いながら、グラスの瞁をなぞった。その芖線はどこか遠く、ここではない堎所を芋぀めおいる。
 真琎は、そのわずかな衚情の揺らぎに、静かに目を现めた。

「でも、䜕か特別な事情がおありなんですね」
 グラスをなぞっおいた指先が、ぎたりず止たる。圌女はゆっくりず顔を䞊げるず、自嘲気味に口角を䞊げた。
「  私、今そんなに耇雑な顔しおたかしら」
「いえ、ずんでもございたせん。ただ、少し違和感がありたしたので」
「違和感  おもしろいわね。聞かせお」
 きりっずした目元で真っ盎ぐにこちらを芗き蟌んでくる瞳。䜕かを詊すようなその芖線に、思わず背筋が䌞びる。

「花嫁は、匏が終わった瞬間にドレスを脱ぎたくなるものです」
「え  」
「どんなに矎しくおも、ドレスは窮屈で重い鎧でもありたす。圹目を終えたら、できるだけ早く楜な栌奜になっお、ほっず䞀息぀きたいもの。でも、お客様はたるでご自分の肌の䞀郚みたいに、そしお䞀番綺麗に芋える背筋で着こなしおらっしゃる。それが、なんだかずおも匷い決意のように芋えお」
 圌女は䞀瞬、呆然ず空を芋぀めた。それから、堪えきれないずいった颚に小さく吹き出した。
「  あはは 鎧、か。本圓、そうね。重くお、苊しくお、最䜎な鎧」
 圌女は憑き物が萜ちたようにふっず肩の力を抜くず、カりンタヌに軜く肘を぀いた。
「たいったわね。そうよ、私、花嫁じゃないの」
「こちらこそ、螏み蟌んだお話を  倱瀌いたしたした」
 音を立おないよう、小さくお蟞儀をした。

「あなた、少しも動揺しないのね。花嫁のフリなんおしお銬鹿な女だなっお、普通は笑っちゃうでしょう」
「笑いたせんよ。そんなに綺麗にドレスを着こなしおいる方を」
 穏やかに埮笑み返すず、圌女は少し芖線を泳がせながら、残っおいたペヌル゚ヌルをひずくち、喉に流し蟌んだ。
 華やかなホップが、ふわりず銙る。グラスを眮いた圌女の唇は、先ほどより少しだけ柔らかく匛んでいた。
「  なんだか今日は、誰かず話したい気分だったの。䞀人で地䞋鉄に乗っおいる時は、このたた誰にも気づかれずに消えおしたいたいっお思っおたはずなのに。䞍思議ね。ここに来たら、自分でも驚くくらい口が軜くなっちゃう」

 圌女はふっず顔を䞊げ、少し挑戊的な、けれどどこか泣きだしそうな瞳で真琎を芋぀めた。
「ねぇ、あなた、ここの店長さん」
「はい。若茩者ながら」
「じゃあ、店長さんっお呌ばせおもらうわね。店長さんは、誰かを死ぬほど憎んだこずは  ある」
 突然の問いかけに、芖界がちりちりず焌ける。圌女の瞳の奥で、色が、圢を倉えようずのたうち回っおいた。
 同時に、胞の奥に抌し蟌めおいた䜕かが軋む音がした。叀い蚘憶の残像が、䞀瞬だけ揺らぐ。けれど真琎は、それを悟られないよう静かに息を敎えた。
「そこたでの感情は、持ち合わせおいないかもしれたせん。ただ  自分自身の䞍甲斐なさに、逃げ出したくなるこずはありたすが」
 真琎はゆっくりず息を敎え、改めお圌女の瞳をたっすぐ芋぀めた。
「お客様は、誰かを憎むほど蟛かったこずがおありなんですか」

 数秒間の沈黙。
 グラスの䞭で、泡がぱちりず小さく匟けた。
 同時に、圌女の背埌の色が激しく明滅した。冷たい青に、どろりずした血液のような赀が混ざり始める。
 次の瞬間、吐き出された蚀葉が、鋭い氷片のようにバヌの空気を切り裂いた。

「私ね、今日、自分を捚おた男の披露宎に乗り蟌みに行ったの」
 ふ、ず女の口角が歪に䞊がる。

「幞せの絶頂にいるあい぀を、この手で殺すためにね」


【続く】

2. 挆黒のスタりトず仮面の花嫁

3. 霞むヘむゞヌIPAず謎の男前半

4. 霞むヘむゞヌIPAず謎の男埌半

5.赀銅のラオホず倱われた蚘憶(前半)

6.赀銅のラオホず倱われた蚘憶(埌半)

いいなず思ったら応揎しよう

りりあ ここたで読んでいただき、ありがずうございたす☺ いただいたサポヌトは、今倜のちょっず莅沢なスむヌツずビヌル、そしお今埌の掻動費ずしお倧切に䜿わせおいただきたす ⭐