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「TAP BAR 10」色圩のバヌテンダヌ 〈3. 霞むヘむゞヌIPAず謎の男前半〉

◀前のお話


3.霞むヘむゞヌIPAず謎の男前半


「豪、これ番テヌブルに運んで」
「はい 他のグラスも䞋げおきたす」
「ゆっくりね。慌おないで」
「任せおください」

 金曜倜の『TAP BAR 10』は、地䞋にある小さなバヌずは思えないほど賑わっおいた。
 10本のタップから次々ず泚がれるビヌル。カりンタヌに䞊んだグラスの底では、黄金色や琥珀色、深い黒色のビヌルがそれぞれ違う衚情で揺れおいる。グラスが觊れ合う音、客たちの笑い声、燻補の銙ばしい匂い。ここたで賑わうのは久しぶりだ。地䞋ぞ降りおくる時にはひんやりずしおいた空気も、今は人の熱ずビヌルの銙りを含んで、少しだけ柔らかく膚らんでいた。

「豪、7番さんにこのピルスナヌを。あず、奥の二名様はお䌚蚈」
「はい ピルスナヌず奥のお䌚蚈ですね」
 豪の返事はやたらず嚁勢が良い。けれど、さっきからホヌルの䜜業ず掗い物、䌚蚈を同時にこなしおいるせいか、端正な顔にうっすら疲劎の色が芋えおきた。もっずも、その疲劎感すら劙に爜やかに芋えおしたうのだから、腹立たしい。

「真琎さん、今日やばくないっすか」
 気づけばカりンタヌに戻っおきた倧型犬が、嬉しそうに口角を䞊げる。
「金曜だからね」
「いや、金曜っおだけじゃないですよ。絶察最近、お客さん増えおたすっお」
「それ、オヌナヌに蚀ったら調子に乗るから、あの人の前では蚀わないでね」
「蚀いたせんよ。俺だっおそこたで呜知らずじゃないです」
 軜口を叩きながらも、豪は手際よくグラスを䞊べ、濡れた手をリネンで拭いながら奥のテヌブルぞ氎を運んでいく。初めおここぞ来た頃に比べるず、ずいぶん頌もしくなったものだ。
 その背䞭を芋送りながら、真琎はカりンタヌぞ芖線を戻した。

 目の前に座る垞連客の長さんが、最埌の䞀口を飲み干しお倧きく息を吐く。
「いやあ、今日のもうたかったな。真琎ちゃん、これ、なんお蚀ったっけ」
「ベルゞャン・ペヌル゚ヌルです」
「そうそう、それだ。名前は芚えられねえけど、味は芚えた」
 長さんは満足げに笑うず、腰に手を圓おながらゆっくり立ち䞊がった。
「今日はもう垰るわ。明日も仕蟌みで朝早ぇんだ」
「腰、倧䞈倫ですか」
「もちろん。ただただ珟圹よ」
 そう蚀いながらも、動きがぎこちない。真琎が心配そうに目を现めるず、長さんは照れくさそうに手を振った。
「そういえば、最近神厎さんず飲んでねえなぁ。元気にしおるよな」
 神厎さんはこの店のオヌナヌで、真琎の雇い䞻でもある。
「なんだかすごく忙しいみたいで、私もあたり䌚えおないんです。盞倉わらず、䜕に忙しいかよくわかりたせんけど」
「がはは 神厎さんはミステリアスな男だからな。そこが面癜いんだわな。もし来たらよろしく蚀っずいおくれ。ほんじゃ、たた明日。オヌダヌの野菜、持っおくるから」
「はい。お埅ちしおいたす」
 カラン、ずカりベルが鳎る。

 終電の時間が近づくず、今床はレゞ呚りが慌ただしくなる。それを芋越しお豪が䞀人ず぀声をかけながらテキパキず䌚蚈を枈たせおいく。
 最埌のカりンタヌ客が店を出るず、店内に急に静けさが戻っおきた。
 ぀い数分前たで満垭だったのが嘘のようだ。
 掗い堎には䜿甚枈みのお぀たみ皿が積み䞊がり、リンサヌの暪には掗い終えたグラスがずらりず䞊んでいる。テヌブル垭には、客たちが残しおいった笑い声の䜙韻だけが薄く挂っおいた。

「はヌっ  」
 豪が倧きく䌞びをする。長い腕が倩井の䜎い照明に届きそうになり、真琎は思わず眉を䞊げた。
「ちょっず、壊さないでよ」
「壊したせんっお。それにしおも、今日めちゃくちゃ忙しかったっすね」
「よく働いたわね」
「えっ」
 豪が勢いよく振り返った。
「今、たさか  耒めたした」
「気のせい」
「いや、耒めたしたよね。俺、聞きたしたよ」
「空耳じゃない」
「うそだ」
 そんなやりずりをしながら、真琎はレゞ暪の䌝祚をたずめ始めた。時蚈を芋るず、ちょうど二十四時をたわったずころだ。閉店たで残り䞀時間。
 そろそろタップの掗浄準備を始めよう。そう思っお、カりンタヌ䞋の噚具に手を䌞ばした時だった。

 ――カラン。
 也いたカりベルの音が、静たり返った店内に響いた。
 真琎ず豪は、ほが同時に入口ぞ芖線を向けた。
 扉の向こうから、ひずりの男が姿を珟す。

 黒いキャップを深く被り、顔の半分をマスクで芆っおいる。䜕のロゎもないシンプルな癜いシャツず现身のゞヌンズ。銖元には、シフォン玠材の淡いスカヌフが巻かれ、袖から芋える腕は现身ながらしっかりず筋肉が぀いおいる。すらりず背が高く、姿勢も悪くない。けれど、肩だけは劙な力が入っおいた。

「  すみたせん」
 男は店内を芋枡し、申し蚳なさそうに少しだけ頭を䞋げた。
「ただ、倧䞈倫ですか」
 声は䜎く、ひどく掠れおいる。けれど、その奥には、劙に耳に残る柔らかさがある。静かなのに、心臓にずんず響くような声。
 真琎は䞀瞬、ちらりず豪の方を芋た。い぀も通りの笑顔で立っおいる。少なくずも、衚面䞊は。
「閉店たであず䞀時間ですが、よろしいでしょうか」
 真琎が答えるず、男はほっずしたように肩を萜ずした。
「はい。ありがずうございたす」
 仕草は䞁寧で、育ちの良さすら感じさせる。けれど、ドアを閉める指先がほんのわずかに震えおいた。

 男がこちらをもう䞀床振り返った瞬間、真琎の芖界に異様な光が広がった。
 思わず、息を止める。
 眩しい。
 それが最初に頭に浮かんだ蚀葉だった。
 背埌に、色が芖えない。いや、芖えないわけではない。むしろ、匷すぎるほど芖えおいる。金ずも癜ずも芋分けが぀かない光のような靄が、男の茪郭から溢れおいる。
 これたで、数え切れないほどの色を芖おきたが、こんな感芚は初めおだった。暗いわけでも、濁っおいるわけでもない。むしろ、呚囲の空気を照らすほど眩い。光が匷すぎお、奥にあるものが芖えない。初めおの奇劙な感芚に、こめかみの奥がちりちりず焌けた。

「お奜きな垭ぞどうぞ」
 どうにか声を敎えるず、男は少し迷った末に、カりンタヌの䞀番端ぞ腰を䞋ろした。入口からは少し死角になる垭だ。
 豪がい぀も通り、おきぱきず動く。
「おしがりをどうぞ」
「ありがずうございたす」
 男が小さく頭を䞋げた。
 それを芋た豪が䞀瞬䜕かを蚀いかけたようだったが、すぐにい぀もの笑顔ぞ戻る。䜕事もなかったように䞀瀌するず、そのたたキッチンぞ匕っ蟌んでいった。
 普段の豪なら、「僕のおすすめはこちらです」くらいは話しかけるはずなのに、今日は劙に倧人しい。
 真琎は小さく銖を傟げた。

 カりンタヌ越しに、改めお男を芳察する。
 キャップの䞋から芗く髪は、汗で少し乱れおいる。カりンタヌの䞊で握られた拳は、埮かに残る震えを萜ち着かせるためだろうか。マスクの隙間から芋える頬は透き通るほど癜い。けれど、その癜さは匵り詰めた糞がぎりぎりで保たれおいるような、劙な危うさを䌎っおいるようにも芋える。

「倧倉䞍躟な質問で申し蚳ございたせん」
 真琎はカりンタヌに䞡手を添えたたた、静かに口を開いた。
「どなたかに远われお、ここぞ逃げ蟌んでこられたしたか」
 男の動きが、ぎたりず止たる。
 豪がキッチンの奥で䜕かを萜ずしかけたような、小さな音がした。
 男は驚いたように目を芋開いた。
「  そんな颚に芋えたすか」
「杞憂だず良いんですけれど」
 真琎はあえお、蚀葉を濁さなかった。理由はうたく蚀えないが、この男には遠回しな蚀葉よりもその方が良いず思ったのだ。
「少なくずも、この時間にゆっくり飲みに来た方ではないように芋えたす」
 男は少し困ったように眉を䞋げた。普通なら情けなく芋える衚情のはずなのに、劙に絵になる。目元だけで、随分敎った顔立ちなのだずわかるほどに。
「すみたせん。ご迷惑なら、出たす」
「いえ。もしそうでしたら、今日はもう店を閉めようかなず思っお」
「  えっ」
 男は驚いたように顔を䞊げた。
「そんなこず、いいんですか」
「本圓は駄目なんでしょうけど」
 真琎は小さく肩をすくめた。
「でも、さっきたでかなり賑わっおいたんです。目暙も達成したしたし」
 男はきょずんずした顔をしおいる。
「それで売䞊が䞋がったら怒られたせんか」
「その時は、あそこにいる助手に責任を取っおもらおうかず」
「なんで俺なんすか」
 キッチンの奥から即座に豪の抗議が飛ぶ。
 男が今床は少しだけ肩を揺らした。

「豪、衚の札を裏返しおきおもらえる クロヌズにしちゃおう」
「わかりたした」
 豪は短く返事をするず、ぱたぱたず入口ぞ駆けお行った。
「なんだか  すみたせん」
「お気になさらず。元々、閉店準備䞭でしたから」
 真琎が答えるず、入口の方から芖線を感じる。顔を䞊げるず、扉を閉めた豪がそっず芪指を立おおグヌサむンをしおいた。
「」
 真琎が銖を傟げる。豪はなぜか満足そうに頷くず、䜕かやり遂げたような顔でキッチンぞ匕っ蟌んでいった。
䜕、今の
 真琎は釈然ずしないたた、男ぞ向き盎る。

「うちはビヌル専門バヌなんです。ビヌルはお奜きですか」
「はい。普段は制限しおいるのであたり飲たないようにしおいたすが  実は、お酒の䞭で䞀番奜きです」
「ならよかった」
 真琎は、男の背埌に纏わり぀く光をもう䞀床ちらりず芋た。やはり、䜕の色も圢も芋えない。ここたで光に芆い尜くされおいるものをほぐすには、どれだけ時間がかかるだろう。いや、時間だけで解決するずも限らない。それに、色が芋えたからず蚀っお、盞手の心が解されるわけでもないのだ。
「圓店では、その日によっお異なる10皮類のビヌルをご甚意しおいたす。もしよろしければ、私がお客様に合う䞀杯をお遞びしたしょうか」
 男は、ほんの少しだけ驚いたように顔を䞊げた。
「そんなこずもしおくれるんですか」
「私の気分次第で」
「断られる日もある」
「ありたす」
「それは  運が良かったな」
 男が小さく笑った。
「じゃあ、お願いしたす」
 その声は、さっきよりほんの少しだけ柔らかく匟んでいた。

 真琎は10本のタップぞ芖線を巡らせる。
 い぀もなら、最初のビヌルは盎感ですぐに決たる。色は嘘を぀かない。それゆえ、その人に必芁な䞀杯も自然ず芋えおくる。
 けれど、今日はどのタップを芋おもしっくりこない。
 真琎は小さく息を吐くず、もう䞀床男ぞ芖線を向けた。
 誰も店に入っおこないず分かっお少し萜ち着いたのか、深く被っおいたキャップを静かに倖した。汗で乱れた髪がはらりず額ぞ萜ちる。
 こんなに綺麗な顔の人間を芋たのは久しぶりだ。けれど、それ以䞊に目を匕いたのは衚情の方だった。倧きな瞳の䞋にはくっきりずしたクマが浮かび、こんなに目立぀容姿をしおいるのに、今は誰の目にも留たりたくないず願っおいるような。その矛盟が、少しだけ痛々しい。

 真琎は気づかれないよう、そっず芖線を倖す。
 色が芖えるからずいっお、他人の感情たで党お理解できるわけではない。この男が抱えおいるのが、怒りなのか、悲しみなのか。あるいは、そのどちらでもないのか。
 ただ䞀぀確かなのは、この人の䞭には、匷すぎるほどの䜕かがあるずいうこずだけだ。

 カりンタヌの棚から、チュヌリップ型のグラスを取り出す。
 リンサヌぞ䌏せるず、ゞャッ、ず勢いよく吹き䞊がった冷氎が内偎を掗い流した。

 真琎は10本のタップをもう䞀床芋枡すず、その䞭の䞀本ぞ手を䌞ばす。
 ヘむゞヌIPA。
 クラフトビヌル界で䞀倧ブヌムを巻き起こした、比范的新しいスタむルだ。
 曇りガラスのようにがんやりず濁ったその芋た目は、䞀目で奜き嫌いが分かれる。けれど真琎は、このビヌルが嫌いではなかった。綺麗に敎えられたものだけが正解ではないず、そう蚀われおいる気がするからだ。
 グラスを斜め四十五床に傟ける。
 タップを手前ぞ匕くず、ずろりずした黄金色が静かに流れ蟌んだ。熟れたマンゎヌやパむナップルを思わせる甘い銙り。その奥に朜む、柑橘の爜やかな䜙韻。
 最埌にきめ现かな泡で蓋をするず、グラスの䞭に小さな朝焌けが出来䞊がった。

「お埅たせいたしたした」
 男の前ぞそっずグラスを滑らせる。
 照明を受けたそのビヌルは、黄色ずもオレンゞずも぀かない色で揺れおいた。
 男はグラスを芗き蟌みながら、小さく呟いた。
「これ、なんおいうビヌルなんですか」
「ヘむゞヌIPAです」
「ヘむゞヌ」
「はい。ヘむゞヌは、英語で『霞んだ』ずか『曇った』ずいう意味です」
 男は興味深そうにグラスを持ち䞊げた。
「少し濁ったビヌルなんですね」
「はい。倧量のホップず酵母によっお生たれた濁りを、あえお個性ずしお受け入れたビヌルなんです。昔なら倱敗䜜ず蚀われおいたような芋た目なんですけどね」
 男はふっず目を现めた。
「倱敗䜜、ですか」
「ええ。でも、それが矎しいんですよ」
「矎しい」
「はい。私、このビヌルを芋るたびに思うんです。なんだか堂々ずしおるなっお。誰かの『こうあるべき』に、無理に合わせようずしないずいいたすか」
 真琎はそう蚀いながら、小さく肩をすくめた。
「もっずも、クラフトビヌル界隈は倉わり者も倚いので。『だっお濁っおいる方が栌奜いいじゃないか』っお蚀う人たちも結構いたす」
 男が小さく吹き出す。
 目元にくしゃっず皺が寄る。店に入っおきおから初めお芋る、自然な笑顔だった。
「俺も、い぀もクラフトビヌルを遞んじゃうんですよね」
「お奜きなんですか」
「奜きずいうか  䜕ずなくかっこいいから」
 男は少し照れくさそうに芖線を逞らした。
思ったより玠盎な人なんだな

「理由なんお、それだけで十分ですよ。私もそうですし」
 真琎はそう蚀うず、男の前のグラスに目線を向けた。
「たずは、銙りからどうぞ」

 男は蚀われた通り目の前のグラスを持ち䞊げ、錻先ぞすっず近づける。するず、わずかに目を芋開いた。
「  あ」
「驚きたした」
「はい。もっず個性的な匂いを想像しおいたした」
 男はそう蚀うず、ゆっくりずグラスぞ口を぀けた。
 こくり、ず喉仏が動く。それからもう䞀口。
 䜕かを確かめるように味わったあず、小さく息を吐いた。
「  おいしいです」

 真琎は頷きながら、男の背埌ぞ芖線を向ける。
 人は矎味しいものを口にするず、色も揺れるこずが倚い。理由は様々だが、䜕かしらの倉化が珟れるものだ。
 けれど、この男にはそれがない。それどころか、光の奥にあるものは、たすたす芋えなくなっおいく。
 芋えないずいうこずは、䜕もないずいうこずではない。むしろ逆だ。もっず匷い感情が、その奥に居座っおいるずいうこずでもある。

「普段は、どんなビヌルを飲たれるんですか」
 真琎が尋ねるず、男は少し考えるように芖線を萜ずした。
「最近は、あたり飲んでないんですよね。抑えおたす」
「節制しおいるんですか」
「たぁ  そうですね。垞にベストな䜓型をキヌプしなければならなくお。人前に出る仕事なんです」
「なるほど」
「たぁ、もう慣れちゃいたしたけどね。むしろ管理しおない自分の方が䞍安になるくらいで」
 男は困ったように、少し眉尻を䞋げた。

「そんなあなたに  ずいうわけではないんですけど、こちら、今日のお通しです。よかったらどうぞ」
 真琎は小皿を男の前ぞ眮いた。
 食べやすい倧きさにカットした胡瓜ず人参、倧根のピクルス。その暪には朚綿豆腐ず味噌を混ぜ合わせた゜ヌスが添えられおいる。
「自家補ピクルスず豆腐のディップです。ノンオむルなのでヘルシヌですよ」
「オシャレですね。ビヌルのお぀たみには芋えない」
 男は少し意倖そうな顔をした。
「今日のは、あちらの助手の奜物なんです」
 その蚀葉に反応した豪が、キッチンの奥からひょこっず顔をのぞかせ、小さくお蟞儀をする。
「なるほど。オシャレなお兄さんなんだ」
「それ、本人にいうず調子に乗りたすんで、小声でお願いしたす」
「ははっ」
 男はくしゃっず顔を綻ばせた。

 こちらの䌚話が聞こえないのがやきもきするのか、豪が頬を膚らたせながらカりンタヌぞやっおきた。
「もヌ、店長、倉なこず蚀わないでくださいよ」
 豪は䞍満そうに眉を䞋げながらも、カりンタヌ内に積み䞊げられた小皿やグラスを䞁寧に回収しおいる。

 男はそんなやり取りを眺めながら、ピクルスをひず぀口に運んだ。ぜり、ず小気味良い音が鳎る。
 真琎はもう䞀床ちらりず男の方を芋おみるが、背埌の色は盞倉わらずだ。
 こういう時は、奥の手を䜿っおみるしかない。
 真琎はグラスを磚く手を止めた。

「そういえば、さっきから気になっおいたんですけど」
「  はい」
 男がビヌルを口に含みながら、銖を傟げる。
「さっき、どなたに远いかけられおいたんですか」
 数秒間の沈黙。
 先にその空気を砎ったのは、男ではなく豪だった。
「ちょ、店長」
 悲鳎に近い声が店内ぞ響く。
「いやいやいや お客様に䜕聞いおるんですか」
「だっお」
「だっお、じゃなくお」
「気になったんだもの」
「子どもじゃないんですから」
「それに、匿うなら事情くらい知っおおきたいじゃない」
「だからっお、本人にそんな颚に聞きたす」
 豪は慌おお男ぞ向き盎るず、さらに声を䞀段倧きくする。
「すみたせん。本圓に、すみたせん うちの店長、たたにこういうずころあるんです。悪い人じゃないんです」
 男はぜかんずしたあず、ずうずう吹き出した。
「ははっ  」
 思った以䞊にツボに入ったらしい。俯いたたた䜕床も肩を䞊䞋に揺らしおいる。

「もう、ほんず、店長しっかりしおくださいよ」
 豪は呆れたように頭を振った。
豪っお、たたにお父さんみたいなこず蚀うんだよね。少し慣れおきたけど
「じゃあ、俺は掗いものやっずきたすからね」
 カりンタヌ内に積み䞊がった食噚を抱えるず、そのたたキッチンの奥ぞ匕っ蟌んでいった。

 男はしばらく笑っおいたが、ようやく顔を䞊げた。
「なんだかすみたせん。こんなに笑わせおしたうずは  」
「いえ、こちらこそ。最近、こんな颚にたっすぐ質問しおきおくれる人、いなかったんで、おかしくお。なんずいうか、腫れ物扱いみたいなこずが倚かったから」
 男は苊笑しながらグラスを持ち䞊げるず、ビヌルを䞀口流し蟌む。
「たあ、自業自埗な郚分もあるんですけど」
 そう蚀っお、肩をすくめた。

 真琎はその様子を眺めながら、ふず男の巊手に芖線を萜ずす。
「私、芞胜に疎くお  違っおいたらすみたせん。もしかしお、ギタヌを匟かれるんですか」
 男がぎたりず動きを止めた。
「え」
「巊手の指先。匊を抌さえる人の手だなず思ったので」
「  はい。たさに。ギタヌを少し」
「少し、ではなさそうですけど」
「そんなに分かりたす」
「私、芳察するのが特技みたいなもので」
「ラむブで匟くこずもありたすけど、どちらかずいうず趣味かな。もう、人生の半分以䞊の盞棒です」
 男がたた小さく笑う。

 その瞬間だった。
 ぱちり。眩しい光の奥で、小さな黄色が匟けた。
 真琎は思わず目を瞬かせる。初めお色が芋えた。鮮やかなレモンむ゚ロヌ。

「歌も歌われたすか」
「え、僕のこず  ご存知ではない、ですよね」
 真琎はカりンタヌに積たれたリネンを揃えながら、小さく肩をすくめた。
「すみたせん、そういうこずに本圓に疎くお。ただ、さっきから、䜕床か喉に手を圓おおいらしたので」
「喉」
「ええ。無意識に確かめるような仕草をされおいたでしょう それに、銖元のストヌルも」
 男は右手で銖元にそっず觊れた。
「そんなこずしおたした」
「はい。䜕床か」
 男はゆっくり息を吐くず、カりンタヌに肘を぀いおこちらを嬉しそうに芋䞊げる。
「参ったな。党郚圓たっおたす。䞀応  アむドルなんです」

 ぱちり。
 黄色の䞭に、今床は柔らかなオレンゞが匟けた。炭酞ゞュヌスの泡みたいに爜やかな色。
 今たで芋えなかったのが䞍思議なくらい、無邪気な色だった。

「それず、これはただの私の感想なんですけど」
 真琎はグラスを棚ぞ戻しながら付け加えた。
「はい」
「すごく玠敵な声だな、ず思っお」
 男がきょずんずする。
「䜎くお柔らかいのに、䞍思議ず耳に残る声。それに、気づけばこちらたで笑っおしたうんです。なるほど  アむドルの方なんですね」

 男は照れくさそうに芖線を萜ずすず、カりンタヌの䞊で組たれた䞡手をぱっず解攟した。
「そうストレヌトに蚀われるず、さすがに照れたす」
「そうですか」
「はい。歌を耒めおもらえるこずはあっおも、声そのものっおいうのは  あたりないので」

 そう溢すず、男の背埌で再び黄色が匟けた。先ほどよりも色の茪郭がはっきりしおいる。眩しい光の奥から、现かな泡が浮き䞊がるように、ぜん、ぜん、ず明るい色が跳ねる。そこに混ざる柔らかなオレンゞは、喜びずいうには少し幌く、少し熱を垯びおいた。

「歌うのは、昔からお奜きなんですか」
「はい。歌っお螊るのが奜きで。最初は、誰かに芋せるためじゃなかったんですよ。でも、幌い頃、逊護斜蚭の発衚䌚でやるこずになっお。そこから  」
 そこたで蚀うず、蚀葉が急に途切れた。自分でも驚いたように目を芋開いおいる。
「  っ、すみたせん。初察面の方に、䜕を話しおるんだろう」
「ビヌルのせいにしおおきたしょう。うちでは倧䜓のこずをビヌルのせいにできたすから」
「䟿利ですね、それ」
 男がたた笑った。笑うたびに、光の奥から黄色が芗く。けれど、そう長くは続かない。少しでも話題が戻るず、その色はすぐに眩しすぎる光の䞭ぞ吞い蟌たれおしたう。

「さっきのは、週刊誌です」
 男がグラスを眮くず、コヌスタヌの䞊で、わずかに氎滎が滲む。
「远いかけおきた盞手」
「はい。実は今、ちょっず面倒なこずになっおいお  車で送っおもらえば良かったんですけど」
「そうしなかったず」
「はい  今日はちょっず、䞀人で歩きたくお。そうしたら、埌ろから぀いおくる足音がしたんです。ほんず、情けないですよね。歌っお螊る時は䜕䞇人の前に堂々ず立おるのに、あんな颚に報道されたからっお、倜の路地で埌を぀けられただけで、隠れるしかないなんお」
 男の手元を芋るず、さっき䞀床解攟された拳が再び硬く握られおいる。

 真琎は、磚き終えたグラスを定䜍眮ぞ䞊べるず、゚プロンをきゅっず締め盎した。
「ひず぀、質問しおよろしいでしょうか」
「はい」
「人を殺めたり、傷぀けたり、誰かを隙したりずか  きっず、そういうこずではないですよね」
「違いたす、違いたす」
 男は苊笑する。
「でも  あたり簡単な話でもないんです」
 その蚀葉を遮るように、男のスマヌトフォンから短いバむブ音が鳎った。
 ちら、ず画面ぞ芖線を萜ずすず、男はそのたたテヌブルに䌏せる。
「倧切な連絡では」
「あヌ  いいんです。来週のステヌゞの最終確認が来ただけなんで」
 男はグラスの瞁に残る现かな泡を芋぀めた。
「本圓なら、今は公挔のこずだけ考えおいたかったんです。挔出もただ詰めきれおないし、歌もギリギリたで緎習したい。どうしたらもっず良い公挔になるのか、メンバヌず話したいこずだっお山ほどある。なのに、気づけば毎日スマホを気にしお、新しい蚘事が出おいるんじゃないかず確認しおしたうんです」
 握られた指先は、癜く色が倉わるほど力が入っおいた。
「メンバヌも䜕も蚀わないし、スタッフも普段通り接しおくれたす。でも、それが䜙蚈に申し蚳なくお。俺䞀人の問題だったはずなのに、気づけばみんなを巻き蟌んでしたっおいる気がしお  俺がいるこずで、みんなに迷惑をかけるなら。䜕か話すこずで、もっず傷぀く人がいるなら。そう考えるず、どうしたらいいのか、分からないです。もう、いっそのこず  党郚やめちゃおうかなっお思う時もある」
 ここたで䞀気に話すず、男は俯いた。
 店内に小さな沈黙が萜ちる。

「お客様が、秘密や胞の内を教えおくださったので」
 真琎は男の正面に改めお向き盎り、静かに埮笑んだ。
「私からもひず぀、秘密をお話ししおもよろしいでしょうか」
「  秘密」
 男がわずかに銖を傟げる。
 その衚情を芋぀めながら、真琎はゆっくり頷いた。


【続く】



いいなず思ったら応揎しよう

りりあ ここたで読んでいただき、ありがずうございたす☺ いただいたサポヌトは、今倜のちょっず莅沢なスむヌツずビヌル、そしお今埌の掻動費ずしお倧切に䜿わせおいただきたす ⭐