【ゼルサポ遠征記】2604 ACLE決勝 <本編>ジェッダに散る(5)
<本編>
初出場初優勝まであと一歩
ジェッダに散る
決勝3日前にサウジアラビアへ行くことを決断し未知の国へ向かった話と、行ってみたらサウジアラビアという国やイスラム教についてとても興味がわいた話
プロローグ、本編、番外編 と続く予定
(5)
たった10年前まで厳格に未婚男女を隔離し、娯楽も禁止していた国がなぜこれほどまでに大きな変貌を遂げたのか。なぜ準々決勝で戦ったアル・イテハドは200億ものチームを作ったのか。その背景にあるサウジアラビアの国家改革プロジェクト「サウジ・ビジョン2030」について解説します
それまでのサウジアラビア
公共空間と娯楽
前述の通り、イスラム世界の中でも厳格な事で知られるサウジアラビアでは、「男女の不道徳な接触」を避けるためにショッピングモールや飲食店など、公共の場での男女の空間が完全に分けられたり、イスラム本来のアイデンティティや伝統的価値観が損なわれることを懸念し、映画館などの娯楽は一切禁止されていた
男性だけに許されたサッカー観戦
娯楽については、国技と言えるほど絶大な人気を誇るサッカーがあったが、スタジアムに入れるのは男性のみ、クラブに所属する選手も自国や中東圏の選手が中心で、今のように世界中のスターが集まるようなリーグではなかった。ACLEのような国際大会が開かれることも限定的だった
行き過ぎた女性保護
「女性は保護されるべき存在」という考えが行き過ぎた結果、女性の運転や社会進出は制限され、女性が結婚・就業・旅行などの重要な決定を行う際には男性親族(後見人)の許可を必要とする制度が深く根付き、女性が自立して移動することを制限していた
偏った国家収益モデル
オイルマネーという言葉が象徴するように、国家収入の8割超を石油関連の収入が占めていた。オイルマネーで石油関連産業や公務員の仕事を大量に作り、国民を養うというモデルだった
厳しい入国制限
これが一番驚いたのだが、観光ビザが存在せず、国外からの入国はイスラム教徒の巡礼やビジネス目的に限定されていた。これもまた伝統文化や価値観を保全するためだったのだろう
プロジェクト実施の背景
最大のきっかけは原油価格暴落
直接的な引き金となったのは2014年から2016年にかけて起きた原油価格の歴史的な暴落です。原油価格が1バレル100ドル超から30ドル台まで急落し、国家収入の8割以上を石油に依存していたサウジアラビアの国家財政は、一気に巨額の赤字に転落した
また、世界的な脱炭素の流れやアメリカを中心としたシェールオイルの台頭により、石油に頼り切ったモデルはもはや持続不可能であるという現実をつきつけられた
若年層人口の爆発
宗教的・伝統的に子だくさんであることが幸福や繁栄の象徴とされてきたサウジアラビアでは、潤沢なオイルマネーによる非常に手厚い福祉制度も後押しし、高い出生率が続いたことで、今では人口の約3分の2が30歳以下という、世界でも稀に見る若者の国になった
しかし、この若年層人口の爆発で困ったことが起きる。これまでのオイルマネーで石油関連産業や公務員の仕事を大量に作り国民を養うというモデルに限界が訪れ、政府だけでは雇いきれなくなったのだ
所得税、住民税、教育費、医療費がかからず、結婚する時には手厚い住宅購入補助金が出るほど恵まれ、ただでさえ就労意欲が低いと言われているサウジアラビアの若者に、誇りをもって働ける場所を早急に用意する必要に迫られた
国内経済活性化のための近代化
過度な石油依存から脱却し、国内経済を活性化するには、産業の多角化はもちろんのこと、海外からの投資を呼び込み、優秀な外国人や観光客に来てもらう必要があった
事実上の鎖国解除にあたって、映画も音楽も禁止、男女は厳格に隔離という従来の環境では、外資系企業の誘致や観光業の発展は望めない。極端な宗教解釈を和らげ、社会を近代化させることが、経済成長のための前提条件となった
プロジェクトの全体像
前述の背景を踏まえ、2016年、現皇太子のムハンマド・ビン・サルマン)が主導する「石油依存からの脱却」と「社会の近代化」を掲げた壮大な国家改革プロジェクト「サウジ・ビジョン2030」が策定された
活気ある社会
イスラム教の価値観を大切にしつつ、国民の生活の質を向上させ、近代的なエンターテインメントや文化を享受できる社会を目指す
女性の社会進出を促し、 女性就業率30%を目指す
映画や音楽など、大衆娯楽を解禁、国際的なスポーツイベントや音楽フェス、F1などを積極的に誘致
イスラム教の二大聖地(メッカ・メディナ)への巡礼者受け入れ能力を拡大
繁栄する経済
石油価格に左右されない強固な経済基盤を構築し、民間セクターの役割を拡大させる
経済の多角化を推進し、非石油部門GDP寄与率を上昇させる
政府系ファンド(PIF)を世界最大級に成長させ、国内外の成長産業への投資を促進
未来都市「ネオム(NEOM)」建設や、紅海リゾート、歴史遺産(アル・ウラ)の観光開発により観光大国を目指す
野心的な国家
政府の透明性を高め、効率的でデジタル化された行政サービスを実現
財政の健全化と環境保護(サウジ・グリーン・イニシアチブ)への取り組みを強化し、責任ある国家運営を推進する
実績と変わった日常
女性の権利と社会進出
自動車の運転禁止
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運転解禁(2018年)
単独での海外渡航や就業に男性後見人の許可が必須
↓
21歳以上は男性後見人の許可なしで渡航・就業が可能
女性労働参加率は約22%(就職先も限定的)
↓
女性労働参加率は35%を超え、目標(30%)を大幅前倒しで達成
公共空間のルール
飲食店やモールではエリア分けし未婚男女を隔離
↓
男女別の入口・座席分離義務が撤廃(2019年)
宗教警察が未婚男女の接触や服装を厳しく監視
↓
宗教警察の逮捕権・監視権限が剥奪され、実質弱体化
娯楽・文化産業
映画館の営業禁止(約35年間)
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映画館が解禁され全国にシネコンが普及
商業的な音楽ライブ、野外フェス、演劇公演の開催は原則不可
↓
大規模な音楽フェスや大型エンタメイベントが定着
経済・産業構造
国家収入の8割超を石油関連事業に依存
↓
非石油部門のGDP貢献度が過半数を記録
民営化推進と新産業(IT、再生エネルギー、観光等)発展
サウジ人若年層の失業率:12%超
↓
サウジ人若年層の失業率:7%台まで低下
観光・開国
観光ビザは存在せず、訪問者は巡礼やビジネス目的に限定
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日本を含む多国向けに観光ビザを解禁(2019年)
国際的なイベントは限定的
↓
2030サウジ万博の開催が決定
スポーツ分野への投資
プロジェクトの中でも最重要戦略の一つで、投資規模は総額1,000億ドル(約15兆円)を超える。 観光客を呼び込み、スポーツ産業そのもので収益を上げるだけでなく、若者のエネルギーをスポーツに向け生活の質を向上させたり、厳しい宗教国家という印象を「スポーツとエンタメの国」へと塗り替える狙いがある
サッカー
国民の圧倒的な支持を得ている「最も重要なツール」。ACLEファイナルズ(25年~29年)や2027アジアカップ、2034FIFAワールドカップなど、大規模国際イベントを次々と招致、5都市で15のスタジアム建設・改修が進んでいる
国内サウジ・プロフェッショナルリーグでは、政府系ファンドが国内主要クラブを直接買収し、圧倒的な資金力で世界的なスターを巨額の年俸で獲得し、リーグを強化している。なお、買収したクラブはいずれまた民間へ売却する計画で、国内産業の多角化や民間企業の収益力向上を図る
eスポーツ
世界一の「eスポーツ大国」になることを公言。eスポーツ・ワールドカップ(EWC)を2026年夏(7月〜8月)にリヤドで開催。賞金総額は史上最高額の7,500万ドル(約115億円)に達し、24種目以上のゲームで世界最高峰の戦いが繰り広げらる
Savvy Games Group(政府系ファンド傘下の企業)が、カプコンや任天堂、SNKといった世界の有名ゲーム企業の株を次々と取得し、世界的な影響力を強めている
ゴルフ・テニス・格闘技
2021年に設立され破格の賞金や選手の引き抜きなどによりゴルフ界を揺るがした「LIVゴルフ」、WTAファイナルズの開催地がリヤドとなった女子テニス、ヘビー級のビッグマッチがジェッダやリヤドで頻繁に開催され、いまや「格闘技の聖地」としての地位を確立したボクシングなど、数々の世界的スポーツに影響力をおよぼしている。
未来都市NEOM
NEOMを構成する4つの主要プロジェクト
SINDALAH(シンダラ)
紅海に浮かぶ超高級アイランドリゾート。2024年に完成したが、国王の鶴の一声で再整備中となっている
OXAGON(オキサゴン)
紅海に浮かぶ世界最大の浮体式産業都市。自動化された次世代ポート(港)と物流ハブ
TROJENA(トロジェナ)
標高1,500m〜2,600mの山岳地帯に作られる、中東初の屋外スキーリゾート
THE LINE(ザ・ライン)
鏡張りの巨大な壁が170kmにわたって続く、車も道路もない直線都市。すべてのサービスに徒歩5分以内でアクセス可能。資金難や建設難易度の高さから第一工期は2.4kmに短縮された

まとめ
たった10年の間にこれほどまでの変貌をとげている事に驚きを禁じ得ない。プロジェクトの前後では、まるで別の国かと思うほどだ。サウジアラビア政府のその凄まじいまでの実行力は称賛に値する
それまで抑制されていた娯楽が一気に解き放たれた時、サウジアラビアの人々は何を思ったのだろうか。かつては「悪」とされたものが、今では国家を活性化させる「エネルギー」として扱われている点は最もダイナミックな変化の一つと言える
まだまだ道半ばのサウジ・ビジョン2030。これからまだまだダイナミックな変化が起きることは間違いない。また現地へ行って、この目でしっかり確かめてみたいと思っている
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